第318堀:一の太刀を疑わず 二の太刀要らず これ示現流といふなり
一の太刀を疑わず 二の太刀要らず これ示現流といふなり
Side:タイゾウ・モトメ
桜が風に吹かれ、花びらを散らし、風に舞い、空を桃色に染め上げる。
「まぁ……」
「こ、れは、凄い……ね」
私にとっては懐かしい光景だが、彼女たちにとっては初めて見る、自然が織りなす芸術と言うところか。
まあ、そう思いつつも私も桜吹雪から目が離せない。
8年ちょっと、私が生きてきた時間からすれば、そこまでないはずなのだが、この光景は郷愁を思わせる。
いつも、桜が咲く時期は皆で騒いだものだ。
「準備はいいわね……て、タイゾウ、あんたその格好でいいわけ? 刀勝負なんでしょう?」
ルナ殿が両者の準備を確認していて、私に目が留まり、そんな声をかけてくる。
今の私の服装はいつもと同じ軍服だ。
和装ではない。
「示現流はいついかなる時も、刀を持って戦えるようにという、実戦派であり、現実派なのです。和装とは当時の主流の服装なだけであって、刀を持つための正装というわけではありません」
「えーと、準備はOKってことね?」
「はい。その通りです」
示現流は、世の中に認識されていることと、違いが多々あったりする。
まずは服装。
道着などと言う、剣を習うための服装など存在しない。
着の身着のまま、教えを請いたいという者が要れば教える。
剣を持てば、それで練習ができるのに、わざわざ道着など着る理由が思いつかない。
敵は、こちらが、正装であろうが、裸であろうが、襲ってくる時はいつでも襲ってくる。
なれば、どのような状態でも戦えるという心構えがいるのだ。
つまり、いつも着ている服こそが練習するうえで一番最適と言えよう。
『剣を握っていれば礼を交わさず』
戦いの生死を賭けた戦いに、礼など必要ない。
ましてや、刀という互いに命をとれる凶器を持っているのであれば尚更だ。
生き残らなければ、意味はない。
誇りは必要ないとは言わないが、生きることの方が重要だ。
それだけ、激しい世の中だったということだ。
「君も、それは分かっているようだな……」
そして、それを知っているのは私だけではない。
遠い血縁者、タイキ君も、俺と同じように、着の身着のままで、刀を握っている。
「泰三さん。それ、エオイドに預けた剣とは別ですよね?」
「ああ。あれは日本からこっちに来た時に身に着けていた本物だ。こっちは、来てから作ったものだ。より、実戦的にな」
「……それ、詐欺じゃないですか?」
「大事な物を渡したという事実は変わらない。武器は持たないとは言っていないからな」
「ま、無手相手なのはあれですから、いいか」
そう言って軽口を言いながら、お互い自然と構える。
示現流にこれと言った、構えは存在しない。
まあ、正眼が一応一般的であるが、そもそも実戦を想定しているので、構えを整える時間があるとは限らない。
なので、己に合った構えになる。
タイキ君は八相、私は逆袈裟。
お互い、刹那も目を離さずに互いにじっと見つめる。
時が止まるような感覚に陥る。
しかし、彼の目に躊躇いと言ったものは存在しない。
この世界でもまれてきたのか、はたまた、素からあった資質なのかは知る由もない。
それでこそ、私が敵対する道に於いて正しい姿勢だ。
彼らの話すことは、恐らく、総合的には正しいだろう。
だが、前にも彼らに言ったように、それでは厄介な物が残る。
いや、そういう残る物を完全に排除するというのは無理な話だ。
この場合、厄介な物、残る物というのは、ヒフィー殿やコメット殿たちのことだ。
彼女たちは確かな意思と目的をもって、今の世界に反旗を翻した。
この出会いが、宣戦布告前であれば穏便に済んだかもしれないが、世の中そうはいかないらしい。
彼女たちの準備は既に整ってしまったのだ。
そこで、いくら上司とはいえ、いままで音信不通、手段はお任せの相手が来てもおいそれと納得はできないし、私という異物からの特殊な技術も相まって意固地というか、半ば確信をもって目的の遂行が可能だと思ってしまう。
人には良くありがちな話だ。
相手が、自分たちよりも上なはずがないと。
それも分からなくはない。私のような中年より、年若い少年たちが技術に置いて遥か上を行くなどと、誰がそう簡単に信じられるか。
ちゃんと、お互いのことを話せる状態であればその問題も解消できたが、今となっては無理な話、上司から手を引けと言われて、彼らの方が上などと言われても、どこまでが真実か測る術は無い。
私としては彼らの方が上だというのは真実だと思う。
しかし、それではだめなのだ。
私だけが彼らについても彼女たちは矜持を曲げたりはしないだろう。
結局、この決闘が終わってもわだかまりを残したまま、最悪、内応、内戦状態に陥るだろう。
……私が残した兵器を手に取って。
だから、私はこちらに残らなくてはいけない。
あくまでも、彼女たちの側に立って、技術の無作為な戦争への使用を制限する必要がある。
彼女のルナという上司が止めればいいのだが、今回の決闘を見る限り、彼女たちがそれでも戦うというのであれば止めはしないだろう。
それも含めて、世界の管理という物だ。という風に感じた。
この決闘でヒフィー殿が納得しなければ、血みどろの戦いになる。
私はその血みどろの戦いになった時、せめて、被害を最小限にし、若者たちが未来を掴む日を早めてやるべきだろう。
それが、この世界で兵器を生み出し、それをよしとした私の責任だ。
そんなことを考えていると、桜がはらりと目の前に落ちる。
「では、これより、決闘を開始するわ。はじめっ!!」
ルナ殿が声を張りあげる。
ただそれだけで、お互いに踏み出す。
タイキ君の真剣な視線がこちらを射抜く。
良い表情だ。
見せてみろ、彼女たちを納得させ、私を越える未来を。
それを見せつけて、私の不安や対応を、ただの余計なお世話。
年寄りの冷や水にして見せろ。
未来の子よ。
彼は驚くべき速度で踏み込んでくる。
流石にこの世界でレベルという物を上げただけはある。
だが、それは君だけではない。
「!?」
彼が驚いた表情をする。
ここまでの速度が出ないとでも思ったか?
その程度であれば、ヒフィー殿たちに代わる事など到底不可能。
……一刀の元に叩き伏せるのみ。
「チェストォォォ!!」
一瞬の虚を突き、一足でタイキ君の懐にもぐりこみ、腹から声を張り上げ、逆袈裟に構えた刀を振り上げる。
だが、それに手ごたえはなく、虚しく刀は空を切る。
ふむ、一足で離脱したか。
しかし、私の空振りという隙をみても踏み込んでこないということは、うわべだけの示現流を習っていたわけではなさそうだな。
文芸が一般化して昨今、示現流はある話によって、初太刀を躱せば素人同然という間違った話がある。
ある話とは、幕末期の新選組局長、近藤勇殿の「薩摩者と勝負するときは初太刀を外せ」という言葉が原因とされている。
しかし、近藤殿も、新選組の隊士も、そんな誤解はしていない。
示現流は実戦に即応した技。
つまり、初太刀以外の連撃も十分にある。
恐らく近藤殿は初速の速い、初太刀に合わせようとするなという言だったのだろう。
自分の流れに持っていけという話だ。
それで、タイキ君がなあなあで剣を習っていたわけではないのは分かった。
そして、私の虚を突いた一撃をあっさり躱して、連撃の範囲からも離脱していた。
つまり、身体能力は彼が圧倒的に上。
カチャ……。
お互いに構えを元に戻す音だけが、桜吹雪の中響き渡る。
さて、先ほどの体捌きからみて、剣の腕は私が上、身体能力はタイキ君が圧倒していると感じた。
このままでは、いずれ身体能力の差でやられるか……。
それはそれでいいのかもしれないが、今見るべきは、総合的なところだ、技術においても私たちを越えたと見せなければ意味がない。
だから、私も彼と同じように、こちらで培った力を見せるとしよう。
「……へ? あれ? ちょ、ちょっと!? や、やばっ、体内の魔力が急激に減少してるんですけど!? ヒフィー、魔力頂戴!! このままじゃ死体に戻っちゃう!?」
「む、無理です!? わ、私も体内の魔力が急激に……」
「はいはい。これぐらいガードしなさいな。ほい。そこから出るんじゃないわよ。しかし、流石、日本からの転移者ってところね。この世界のスキル自体を封じてくるとは思わなかったわ。正確には妨害ってところかしら?」
ほう、流石は自らヒフィー殿より上だというお方だ。
あっさり、魔力結合の妨害をカットされたか。
しかし、身内に被害もでる。無作為ではおいそれと使えないな。
まだまだ改良が必要か。
「……ジャミング。ですか」
「確か妨害という意味の言葉だな。君たちの世界にはやはりこういった関連の物もあるのか」
「ありますよ。でも、ECMじゃなくて、魔力妨害、MCMをやるなんて思わなかったですよ……。まさか、身体能力向上どころか、全スキルを封じられるなんて」
「私もこちらに来て色々やったのだ。魔力自体の究明は進んでいないが、色々私独自の研究成果は出ている。さあ、これからが本当の立ち合いだ」
彼女たちとは違って、自分の身体の変調を冷静に受け止め、答えにたどり着いたか。
同じ発想がすでに存在していたとはいえ、自分にそれが起こってよく平静でいられるな。
その胆力、その知性、……称賛に値するな。
「君の優位は無くなった。それでもやるか?」
「はい。ここで引いては、薩摩隼人、大和男ではないですから」
この力場の中では、レベルや魔術という概念が消去されている。
本当に、ただの自然科学のみが支配する世界。
そこで発揮されるのは、己が鍛錬の積み重ねのみ。
ただ己を信じた者だけが立ち向かえる場所だ。
ザッ。
お互いに深く構える。
次が恐らく終わり。
それを私もタイキ君も理解している。
刀は本来一撃必殺、どこかのチャンバラの殺陣みたいに刃を打ち合わせては、刀は直ぐに駄目になる。
ただ単に、刀が相手に届くか、届かないか、それだけだ。
ぶあっ……。
風が吹いて、地に落ちた桜が空に再び舞い上がる。
お互いの姿が、その瞬間見えなくなり、私もタイキ君も前に出る。
先ほどの、身体能力向上の補佐もなく、今までの鍛錬を出し、前へ進む。
決して先ほどのように速くはない。
だが、お互いの気迫は離れても感じられるほどに上がっている。
桜の壁から刀が突き出て……。
ガキンッ!!
「!?」
打ち合わせてきた!?
刀を弾くことを優先してきたのか……。
ドスッ。
腹部に重い蹴りがぶつかる。
たまらず私は後ろに押し戻される。
そして、それを狙っていたように、タイキ君が桜の壁から飛び出てくる。
そうきたか!!
剣術で不利ならば、剣術で勝負する必要はない。
剣を、刀を使えない範囲で戦えばいい。
つまり、体術勝負。
タイキ君は刀を防御に回して、私の懐に飛び込んで叩くつもりか。
ならば……!!
ガキン!! ゴスッ!!
「ガッ……」
カランカラン……。
そんな音が響いて、お互いの刀が手から離れる。
賭けだったが、刀を投げて、タイキ君が防御に回った隙をついて、刀を叩き落とすことに成功したか。
しかし、見事に先手を取られたな。
剣術では優っているとおごっていたか。
無手の技も示現流では山ほどあるというのに……。
頭が固くなっていたな。
さ、お互い刀を回収させるようなことはないだろう。
なら……。
「行くぞ!!」
「はい!!」
後は、己が体を武器にするのみ!!
示現流は常に、全力で現実に立ち向かうのだ。
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