落とし穴54堀:お正月のお約束
お正月のお約束
Side:ユキ
さて、新年、あけましておめでとうございます。
こんな挨拶を2、3日、年明けずっとしていると、ゲシュタルト崩壊を起こしそうになる。
元日、正月、それは地球においても、日本においても、新しい年を迎える日ということで、世界中で騒ぐイベントだ。
だが、それだけではない。
俺たち、楽しむ側がいるということは、楽しみを提供する側も存在するのだ。
1月1日から数日を稼ぎ時にする人々。
それを商売人という。
まあ、経済事情上とか、シフト上、押し付けられちまったという人はお疲れ様です。
地球の日本では正月出勤でも特に手当がでない極悪非道の雇用場所も存在するが、我がウィードではそのようなことはなく、元日に働いている人達に対しては、元日手当や後日休日をちゃんと与えるように厳命している。というか、これをちゃんとやらないと経営者は処罰の対象である。
馬車馬のように働かされてたまるか。一般労働者なめんなやゴラァ。
と、日本の時の愚痴がでたな。
話を戻そう。商売の話だ。
元日、正月は商売人に取ってはここ一番の稼ぎ場である。
年越し、年明けを祝うために、人々の財布のひもが盛大に緩む。
日本では、福袋狙いで元日の朝から行列ができるのは当たり前。
それどころか、徹夜組も存在する。
まあ、お台場の祭典イベントのようなことがあちらこちらで起こる。流石にあれに迫るとは言わないが。
……ちょっとまて、俺そう言えば、こっちに来たせいで、大即売会計4回以上のがしてね?
ぎゃー!? やべー、郷愁がぶり返してきた。今まで忙しくて忘れてたけど、思い出すと欲しくなる。
いや、あの騒ぎに参加したくなる。
また話がずれたな。
いや、俺がここまで1人で考えに耽っているのは、正にこの福袋が問題なわけだ。
福袋:歴史自体はそこまで深いものではなく、1911年頃、初詣で神社へ向かい、開運札を入れた袋を福袋と呼ばれる記述があったり、確認できる古いものでも1902年頃、新聞の広告で「よせ切、見切、反物、福袋、取揃居候」とあることから、既に商売としての福袋が知れ渡っていたと思われる。
原型と言われるのは、江戸時代に「えびす袋」という物が存在していて、これまた呉服の画期的な売り方とされている。
……このえびす袋の内容だが、1年の裁ち余りの生地を袋にいれて販売したとある。
つまり、在庫処分である。
単品では売れにくい、年末まで余ったものを、年明けの祝い品として、多少いいものとまとめて売り払ってしまおうという、商売人たちの会心の案である。
ふとっぱらに見える上、在庫処分もでき、買う方もいいものも入っているし、いらないといっても使えないものでないし、価格は普通に買うより安いので文句もない。
ある意味どちらとも得をしている。
因みに、この福袋。日本が発祥だったりして、外国ではハッピー袋なんて名前で取り入れられて人気があったりする。
恐るべし、日本の商人と言ったところか。江戸時代からグローバル化も狙っていたらしい。
「ほほう。流石、お兄さんの故郷の商人は油断なりませんね」
俺のうんちくに反応するのは、嫁さんの中で商売に精通するラッツ。
「それを、あっさり取り入れるあなたもすごいわよ。ラッツ」
そう言いうのは長耳が少し赤くなって寒そうなエリス。
「私はお酒の福袋買い込むわよ。ぬふふふ……」
次にそんな野望を語るのは、言うまでもないミリーだ。
最初はなんでそんなに酒を飲むのかと思っていたが、よくよく考えればわかることだ。
冒険者ギルドで受付嬢をやっていたのだ、厄介な相手がいて対応に追われるのは想像がつく。
よほどストレスだったんだろうな。
昔に比べて飲む量は減っているので、ミリーを見捨てないでほしいと、ミリーのご両親や妹さんやら、ギルドの同僚たちにも言われた。
別に酒乱じゃないし、嫁さんとしても尽くしてくれるし、俺としては何も文句はない。
だが、エリスと同様に多少自分のしたいことを我慢する傾向だから、そこら辺は気を使わないといけないだろう。酒というのは我慢していることへの逃避、解消行為とも取れるからな。
まあ、最近はミリーにとってお酒は趣味になりつつあるようだけどな。色々なお酒を集めて飲んでってやつだ。ウィスキーのボトルとか面白いよな。
と、ミリーの酒への思いでほくそ笑む顔をみていると、ラッツから思い出したように死刑宣告が届く。
「何を言ってるんですか。福袋は去年好評すぎて、在庫が一気に無くなったから、1種類につき1人2つまでしか買えませんよ? 知らなかったんですか、ミリー?」
ラッツはそう言って、お店の壁に貼り出しているポスターを指さす。
そこには、ラッツの言う通り、一種類につき、御1人さま二袋までと書いてある。
こういうところも日本に似てるよな。
どこも、こういうものには人が群がるということか。
さて、いろいろ話したが、これは総じて時間つぶしである。
開店までようやくあと10分といったところ。
俺は朝一の福袋狙いで、正月早々、朝っぱらというか、日が明ける前から、スーパーラッツの初売りに頭数要員として連れていかれているというわけだ。
正直、ラッツの権限で店舗要員分と同じように、代表分の福袋ぐらい取っておけばいいとか思ったのだが、それは選べないし、いいものを逆に優先的に回されそうだからいやだと嫁さんたちが言ったのだ。
実にそう思う。
まあ、こうやって並ぶのも正月のイベントということだろう……。
俺は福袋とか興味はないが……、だって絶対労働力に見合わねえよな!?
中身ランダムで万単位が日本では飛んでいくし、自分で選んで買ったほうがよくね?
本質的には宝くじを買うのと同じようなもんなんだろうが、こうやって並んでると気が遠くなる。
「お兄ちゃん、あったかい飲み物かってきたよー」
「兄様買ってきたのです」
「結構遠くまで行ってきたわ」
「近場の自動販売機は売り切れでした」
そんなことを考えていると、飲料調達部隊として派遣したちびっこたちが、戻ってきていた。
「ああ、そっか。これだけ並んでるんだもんな。そりゃ売り切れるな。ありがとう。みんな」
嫁さんたちもお礼をいいつつ、暖かい飲み物を飲んで一息ついている。
しかし、売り切れか。
「これは来年の改善目標ですねー」
「だな。見た感じ、この並びにも子連れもいるし、なるべく暖をとれる手段を用意しておかないといけないな」
「そうですね。いつか、私たちの娘たちも並ぶでしょうから」
……あ、そうですか。
「なら、ユキさんが言ってた甘酒とか用意すればいいんじゃないかしら?」
「まあ、定番だしな。いいとは思うけど、米の生産とかどうなんだ?」
「……収穫量だけでいうなら全然足りない。来年には稲作地域を広げる予定ではある」
「カヤの言うのはウィード全体がお米を毎日食べられるか? って話でしょう?」
「エリスの言う通り」
「ふむ。お米だけでいうのであれば、DPでの補給で今のところ大丈夫ですし、来年の稲作収穫分は甘酒に回して、完全に甘酒生産体制を作ってもいいかもしれませんね。どう思いますか、お兄さん?」
「そうだなー。幸い、ウィードの主食はいまだにパンだし、米が出回っていないわけでもないが、DPでの取り寄せ米だしな。甘酒に回すっていうのは、ある種の、新しい試みになっていいんじゃないか?」
「それなら、甘酒の選別よね!! どの味を目指すか決めないとね!! 帰ったら甘酒飲みましょう!!」
「ミリーのは欲望まみれな気がするけど、ウィードの名物になるのだからそれは必要よね」
これは家に帰ったら帰ったで酒盛りを再開か。
新年の祝いで昨日も結構飲んでたはずなんだが……。
「ねえ、お兄ちゃん。そういえばお正月にやる遊びがあるっていってたよね?」
「言ってたのです。教えてほしいのです」
「そうね。どんな遊びがあるのか知りたいわ」
「はい。学校のみんなに教えてあげられるかもしれません」
「お、それもあったな。羽根つきとかいいかもしれないな。厄払いの意味もあったみたいだし。凧あげなんかはむしろ、日本より、ウィードのほうがやりやすいだろうからな」
「そうなの?」
「日本は電線とかが多くてな。うかつに空にものを飛ばせられないんだよな。あとは、カルタとか福笑いとかだな」
「福笑いってなんのなのです?」
「そうだなー。顔をパーツに分けて、のっぺらな顔の上に、目とか鼻、口などを、目隠しした状態で、渡されたパーツを置いていくんだ」
「それだと変な顔になりそうよ?」
「そうですね。もしや、感覚を鍛える訓練ですか?」
「違う違う、むしろ変な顔を作るのが目的ってやつだな。目を隠して真剣にやって変な顔になるのがいいんだ」
「なんでかしら?」
「どういうことでしょうか?」
「日本には笑う門には福来るって言葉があってな。笑っているといいことが起こるって話で、それを意図的に呼び込むみたいな話だな。まあ、みんなが笑ってたらうれしい、楽しい気持ちになるだろ?」
「うん。みんながわらってると楽しいよ」
「楽しいのです」
「そうね。笑顔だとこっちもうれしくなるわね」
「はい。そういう意味なのですね」
「だな。だから笑いを誰でも取れる縁起のいい遊びって言われているんだ。そうだ、甘酒で少しほろ酔いにでもなったら、みんなで福笑いをやろうか。それを記録に取ろう。きっと楽しいぞ」
「楽しそうですね。お兄さん」
「はい。楽しみですね。でも、私は完璧な形にしてみますよ」
「お、エリス。それはなんか自爆の予感がするわよ?」
なかなか盛り上がってきたな。
正月は毎日が祭りって感じか。
と、そういえば福笑いもこっちに合わせて顔を変えるべきだよな。
……かといって、実際いるリリーシュの顔を変えるのはリテアに対して大問題になりそうだし。
あまり影響のないやつの顔、それでいてみんなに知られているやつか……。
「あ、あいつがいたか」
俺はそう思ってコールで奴を呼び出しておく。
「あの、大将? 証明写真を今更撮る必要があるんすかね?」
「そら必要だろ。魔物軍部のトップなんだから、ちゃんと正装してきっちり決めないとな」
「でも、なんでわざわざ和服なんすか?」
「そりゃ、一応日本の正月を真似ているからな。そこらへんも合わせるって感じだ」
「ああ、そういうことっすか。でも、さっさと終わらせてくださいっすよ? アルフィンとかうるさいんすから」
「まあまて、そこまで時間はかからん」
ということで、来年、ウィードの福笑いとして、全身スティーブが一般に販売されることになる。
顔だけでなく、手足胴と、新たなる福笑い、頭の上に手足が生えたり、胴が明後日の方向にあったりと、一躍、正月のネタと化す。
まさに、笑う門には福来るである。
むろん、スティーブ本人のイメージアップにつながり、メディア露出が増え、金回りもよくなるから、万々歳である。
「全然万々歳じゃないっすからね!! っていうか、正月からおいらをオチに使うんじゃねーっす!!」
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