第164掘:脱走、そして村との交渉

脱走、そして村との交渉



side:ユキ



「とりあえず、武器は半分程度と、食料も半分と行きたいところだが、携行できるだけだな。それじゃないと脱走じゃなくて手引きを疑われる」

「……ああ」


姫さんはあの後すぐ気が付いたが、やっぱり元気がない。


「間違ってもこちらに手出しするなよ。村人にもな。そうなると抵抗でやっちまわないといけなくなる」

「わかって……いる」

「はぁ、このままじゃ話にならんな。ジェシカ、携行できる食料で街まで持つか?」

「……はい。恐らく問題ないかと。多少足りないでしょうが、飢えて死ぬようなことはないはずです」


俺の後ろに控えているジェシカに状況の判断をさせる。

いやー、便利だね。現地の人って。

勿論リーアも控えているよ。ジェシカが殿中でござる!! って言わないって保証もないしな。

いや、傷がつくとは思えんのだが。


「……ジェシカすまん」


ジェシカが喋って、姫さんが悔しそうに言葉を出す。


「いえ、姫様、本来であれば私たちは全員打ち首か、女は全員慰み者になるところです。私の身1つで皆が無事なのであれば、なにも文句はありません」

「……私が負けなければっ」

「お気持ちは嬉しく思います。ですが、約束を反故にすれば、今度こそ全員討ち取られてもおかしくありません。どうか冷静に。私は大丈夫です、ユキをこの体で籠絡して姫様の前に部下として連れてきましょう」


え、なにそれ怖い。

冗談なんだけど、一番俺たちと敵対しなくて済む方法はこれなんだよな。

モーブたちやスティーブでも可能性は無くはないが、裏での権力は俺が一番だしな。

正に鶴の一声で方針が変わる。


「……そう、か。ああ、その日を楽しみにしてる!! 達者でな。万が一子供ができても、その子には辛く当たるなよ?」

「無論です。子供に何も罪はありませんから」


子供ができること前提ですか。

いや、捕虜で女となれば、逃げだせないように身重にして、情が湧く子供を作らせるのが一番か?

それである意味、捕虜でありながら、それなりの身の保証がされる地位だよな。俺の女になればだが。

そんなつもりはないっすよ。今で手一杯なんだし、嫁さんが半数近く妊娠して夜の相手が減ったとはいえ、それでも毎日なんだよ。


「とりあえず、ジェシカをそんな風に扱うつもりはない。まあ、そちらが攻めて来たら扱いが悪くなるかもしれんな。上手い言い訳を考えて、ジルバ帝国を説得してくるこったな」

「こちらとしても、お前たち傭兵団と勝負するのはやめておきたい」

「しかしだ、この失敗で姫さんが処刑とされる可能性はないのか?」

「可能性がゼロとは言わないが、ほぼ有り得んな」

「そうですね。あり得ません」

「なんでだ? 一応上からの命令での討伐だろう? 失敗ならそれなりに処罰があると思うけどな。それとも、討伐したと報告するつもりか?」

「はい、姫様は討伐したと報告するつもりです。と言うか、そもそも討伐対象がいなかったとするつもりです」

「ああ、亜人が逃げ出した後だったとか、逃げた兵士が嘘ついてたとかか?」

「そうだ。前者だ。逃げ出していたことにするつもりだ」

「貴族の生存者はどうするつもりだ? 色々べらべら喋るぞ?」

「そこは心配いりません。そもそも、その貴族の独断のせいで、私たちが動くはめになりましたし、私たちが嘘だと言えば黙るしかありません。更に言うのであれば、その討伐の際、軽くオークが出たと言う事にして、というかオークを1匹討伐させてもらいましたし、私はその戦闘で死んだということで報告します」

「そうすれば私の軍の被害もでたということだが、オークを討伐したということで不利にはならない。貴族が私が嘘をついていると言っても信じて貰えないだろう。というか、一応一緒に脱走する予定なんだ。わざわざ自分の首を絞めるようなことはないだろう」


ふむふむ、オークを1匹倒したのは戦果のためなのか。

戦闘訓練かとおもって、一番弱い召喚陣で呼んだ入りたてでよかったわ。

俺のオークたちもスティーブ部隊と並ぶ戦力だからな。


「しかし、そちらはいいのか? 私たちが脱走をしたら亜人たちに疑われるのでは? 私たちと話を通したとか?」

「それなら一緒に逃げるのが手だな」

「あ、それはそうだな」

「こっちは向こうに兵士を逃がされたという実例があるからな。しかもわざわざ、俺たちの戦果に文句を言ってきたから、捕虜の監視を村の人と組んでやっている。だから、逃げ出す際は適当にお前らが亜人が油断したとでも叫んでくれ。それでこっちの立場は悪くなりようがない。というか、わざと亜人たちに監視を全て任せる時に逃がすからOK」

「なるほど。それならお前らの立場は悪くなりようがないな」

「あとは、逃げ出せるのは姫さんたち次第だ。亜人は多少なら倒しても構わんしな」

「わかった」


そういうやり取りをして俺たちは別れる。

後は結果を御覧じろ。



「人族が逃げたぞ!!」


1人の村人から声が上がる。


「何をやっていた!!」

「すまん、少し目を離した隙に!!」

「皆を集めろ!!」

「だめだ、人族の数は村の人数より多いんだ、どうにもならん!!」


夜、予定通りの時刻にそんな騒ぎがこちらに聞こえてくる。

さて、こちらも顔をだすかね。


「なにかあったのか?」


まったく白々しい、他の嫁さんやモーブたちも知らんふりで、初めて騒動を知った様な顔だ。


「お前たちか、あの女の軍が脱走した!! どうにかならんか?」

「は? こんな暗がりで2500もの相手を捕縛できるか。というかすぐに村の皆は集まって防御態勢を整えろ!! 攻めてくる可能性もあるぞ!!」

「ぐっ、その通りだ、私は村の皆を集める!!」


そう言って見張りにいた1人が駆けだす。


「さて、予定通りだな。こっちは建前上警戒態勢を取って引きこもるぞ。ある程度時間がたったら村長に話を聞きに行こうか」

「わかりました」

「おっけー。僕あの人たちがどんな顔するか楽しみだよ」

「……ふふふ、どんな顔で謝ってくるのかしら?」


リエルとカヤは素直に腹黒いが、トーリは返事をして無表情だから逆に怖えぇ。



「さて、なにがあったのか説明してくれるか?」


俺たちは2時間後、暗闇の中、長老宅へ呼び出された。


「……もうわかっていようが、お主らが捕らえたジルバ帝国の兵士が……そこの女を除いて逃亡した」

「原因は? そちらに警備を任せていた時間だったが?」

「……警備を勤めていた若者が、剣を振って時間をつぶしていたところ、振り方を馬鹿にされて、木剣を渡して勝負して、そのまま倒されたのが原因じゃ」


おいおい、警備もくそもないな。

まあ、村人なら当然か……。


「それから、数は向こうが圧倒的に多い。追いかけるどころか、逆に攻撃されないように必死に守りを固めていたわけじゃ」

「それは俺たちも同じだが……。さて、この始末どうつけてくれるのかね? 交渉材料を逃がしたどころか、これじゃ敵は更に数を増やして戻ってくるぞ? 俺たちも逃げるのは更に難しくなったな。というか、ここら一帯の亜人たちは殲滅されるんじゃないか?」


さてさて、どういう返答をするのか楽しみだな。

逃げるならこっちは勝手にやるし、後日顔を合わせれば、今回の失態を逆手にとれる。

協力を求めるのなら、もうこっちと対等とはいえない。失敗が多すぎる。傘下に入るような形にしか受け入れられない。状況的に。


「……今回の失態でわしらは後がなくなった。だからこそ、お主らをリーダーとして従い、亜人を生き残らせてほしい。頼む。どうかわしらを助けてくれまいか」


こっちの傘下に入る選択をしたか。

これはこれで、今後ほかの亜人との交渉が楽になるか。

それ以上のデメリットも多そうだけど、それはなんとかするしかないか。

元々、先に手を出したのはこっちだし、邪魔にならない限りは面倒を見よう。


「話は分かった。なら、しっかりと働いてもらうぞ? というか、俺たちの指示や傘下に入るのが嫌な奴はこの村からでて行け。足を引っ張られるのは今回で最後にしたいからな」


俺はそう言って、辺りを見回す。

亜人の皆さんは俺の視線を受けて、怯みはするやつもいるが逃げ出したりはしない。


「女を差し出せとか、無茶な要求はするつもりはない。だが、死にたくなかったら俺の指示に従ってくれ。まずは逃げた敵が反転して攻撃しても大丈夫なように防壁を作る。農作業にでる女子供以外は参加してもらうぞ? いいな!!」


「「「応!!」」」



返事だけはいいな。

さて、どうなるのやら。

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