第132掘:彼女にとっての勇者

彼女にとっての勇者



side:リーア



多分、運命というものがあればこんな風なのだろうと私は思う。

戦争で壊れた私がいまだ生き続ける意味。

漸く私は答えを見つけたのかもしれません。


世界を平和へと導く、伝説の勇者様。


私はそんな人に出会いました。

こんな、まともに喋れもしない私に優しくして、多くの人を救おうとし、今は魔王までも助けようとする稀代の人。

しかし、只の考えなしなどではなく、どうやれば悲しむ人が少なくなるかという事を常に考えている。


その勇者様はなぜか、奥様達にはダンジョンマスターと言われている。

でも、私は違うと思う。

あの人の本質はきっと勇者様なのだ。

誰かの為にいつも違う衣をかぶっている。

そう、ポッと出の勇者とは違う。


彼こそ本物の勇者だと。


いつか、彼の名前を聞ける日が来るといいのだけれど。

これほど、自分が壊れた日以来、名前が聞こえなくなったことを悔しく思った事はない。



「そこっ」

「っつ!?」


甲高い音がして、私の手から剣が落ちる。


「リーア、あなた考え事をしていたわね?」

「ごめ、んなさい」

「まあ、まだ数日。色々試行錯誤したくなるのはわかるわ。でも、戦闘時に動きが鈍る程の考え事をしてはだめよ。格上の相手の時は特にね」

「はい」


今私は、セラリア様と剣の練習をしている。

流石に私もこの人の名前は聞いたことがある。

ロシュールの戦女神と、そして今はウィードの女王様で彼の正妻。

うらやましい。

でも、それに見合う美貌と力、意志もあり彼に並び立つに相応しい女性だ。


「……リーアが頑張っているのは分かるわ。しかし、早急すぎるとも私は思うわ。夫の言う通り、前線から外すべきかしら」


セラリア様の何気ない一言に私は凍り付いた。


「いや、です!! 私は、あの人の付き人です!!」


そうです。

あの人こそ、私の光。

いえ、この地で生きる人々の希望。

あの人が万が一でも傷つくことがあってはいけない。

億が一にでも殺されれば、世界はきっと崩壊する。


落ちた剣を拾い、再び構える。

それを見たセラリア様は目を丸くして驚き、嬉しそうに笑い再び剣を構える。


「その気持ちは良し。しかし、リーア。貴女は夫に何を見ているのかしら? 正直に言えば、貴女に見せている姿はほとんどの情けないものばかりよ? ただの頭でっかちで、自ら動こうとしない。何処に貴女が頑張る理由があるのかしら?」


セラリア様はそう言いながら、鋭い剣戟を流れるように放ってくる。

私は必死にその剣戟を防ぐ。


「彼、はっ……確かにっ!? 普通の、人ですっ!! でも!!」


だからこそ、そこに意味がある。

奴隷に落ちたからこそ、普通の人だからこそ、今というこの時間がどれほど大事か身に染みている。

貴女という貴族が悪いわけではない。

だが、明確に彼と貴女には差がある。


「……様は、ありますか?」

「何かしら?」


激しい剣戟の中私の声は埋もれていく。


「セラリア様は相手と同じ視点で、いや、相手よりも低い視点で物事を見たことはありますか!!」

「リーア、貴女名前を!?」


セラリア様が驚いているが、それに耳を貸す余裕はない。

必死に剣戟を押し返す事に全神経を使っている。

私は思いのままに言葉を口にするだけ。


「彼は学校では足を曲げて、生徒と同じ視点で話をします!! 職場では気さくに職員の机に向かってコーヒーを持って行って、一緒に飲みながら仕事の話をします!! 貴女はそれができますか!!」

「っつ!?」


そう、どこからどう見ても只の人。

一般人。

私が彼に会ってから感じていた暖かさはこれだった。

彼は何も私と変わらない。

いえ、私が壊れる前の形。

それを、彼はあの地位にいて保っている。

それがどれほど苦難か、想像を絶する。


「きっと貴女も言ったんじゃないですか、それは貴族の振る舞い方では、上に立つ者の振る舞い方ではないと!!」


セラリア様の目が驚愕に揺れる。


「あれでいいんですっ!! あのあり方を誰も真似できないから、只の人のままあそこまで行ったんだからっ!! だからあの人は勇者様なんです!! 誰が何と言おうと、皆と変わらない、一般人の勇者様なんです!!」


そう言って放った一撃がセラリア様の剣を弾き飛ばします。


「はあっ、はっ……」


不味い、下手に喋ったから息が上がっている。

その間に落とした剣を拾い、セラリア様が嬉しそうにこちらを向く。


「そうね。彼は確かに勇者と呼ばれてもおかしくないわ。でも伝説の剣でも、スキルでも、強さでもない。でも、彼を慕っている人は大勢いるわ。私を含めてね」


セラリア様は自分の剣を眺める。

訓練用ではあるが、刀身は磨かれて鏡のようになっている。


「そうだったわ。私も彼だからこそ惚れたんだったわ。全然王者たる風格は無いのに、私たちの遥か上を歩く。その根源がリーアの言う通り、一般人だからなのでしょうね。ああ、そうか、前に言っていたわね。貴族なんて元をたどれば只の一般人、人だったって。なればこそ、只の人を知らない私たちではたどり着けない場所だったのね」


セラリア様が懐かしむように彼との思い出を語る。

ムカつく。


「リーアにはお礼を言わなくちゃね。これでまた夫を更に愛せるわ。でもね……」


いきなりセラリア様が目の前に現れる。

咄嗟に剣を構えたが、そのまま吹き飛ばさる。


「小娘に夫のいい所を教えてもらうのはちょっと癪なのよね」


なんですか、そんな理由で私は吹き飛ばされたんですか!?


「そう言えば、最近お風呂も一緒じゃないかしらっ!!」


ガキンッ、と大きな音と共に私の体が再び浮く。


「そうですよ!! 私は付き人ですから!! ずっと一緒なんですよ!! っていうかそっちだって、こっちが布団被って必死に耳ふさいで知らんふりしてるのに、毎晩毎晩、お盛んすぎますよ!!」


体勢を立て直して、セラリア様にここ最近の鬱憤をぶつける。


「あら、夫婦だもの。当然じゃないかしら?」

「むっかー!! こっちがどんな思いで我慢してると思ってるんですか!!」


そう言ってつば競り合いになる。

レベル的には、セラリア様が完全に上なのだが、なぜか筋力の上りは私の方が上で何とか互角に押し合える。

でも、筋力が互角なだけで他は圧倒的に下。

だから、息切れしている私はどんどん押し込まれていく。


「だからお礼をするわ」

「ど、ういう、ことですかっ?」

「夫の側室になりなさいな。専属護衛で付き人のまま」

「え!?」


その言葉の瞬間、剣を絡め取らて空に放り上げられる。


「まあ、夫が気に入らないというなら話は別だけど。あ、他に好きな人がいるとかかしら?」

「いません!! 彼しかいません!!」

「ならいいでしょう? もう夜は我慢しなくていいわ。混ざりなさいな。今日は……ミリーだし、私から言っておくわ」

「え、え、いいんですか?」

「無論。というか、リーアも分かってるでしょう。夫、ユキがふらふらしすぎている事に。こっちも護衛問題で大変なのよ」

「あ、はい。だから専属の人を探していたんですよね?」

「そういう事、今日までの訓練で余程の相手じゃない限り不覚は取らないだろうし、側室で護衛なら、離れる必要は全くないわ。私たちも護衛にあたりたいのだけれど、忙しいから」


そうですね。

ユキさんの妻の方々はそれぞれが方々で代表や重役に就かれていて、忙しい毎日です。

ですから、夜が激しいんですが。


「じゃ、私はユキさんの側室になっていいんですね!!」

「ええ。って、リーア。さっきも思ったけど、名前を言えるようになったみたいね」

「え、あっ、本当だ!! と、ミリーさんって誰ですか? 今まで名前が聞こえなかったんです。ミリーさんはどの方なんでしょうか? 早く今日の事で話さないと!!」

「わかった、わかったわ。手早くミリー……、じゃなくて皆ともう一度挨拶しましょう。名前わからなかったんでしょう?」

「……はい」


そうやって、セラリア様に連絡してもらって、奥様方に集まってもらう旅館に足を進めていると。


「そう言えば、夫の名前、ユキはすぐに分かったみたいだけど。どうしてかしら?」

「お仕事でサインがいる時に、ユキと書いていましたので」

「なるほど。あ、向こうでも言うけど、リーアが孕むのは一番最後よ。護衛の貴女が身重になっちゃ、夫が絶対無理させないから」

「え」

「そうねえ、私達が役職を終えて、ユキの護衛を代われるようになるまでだから、せめて2年は先ね。それまでは子供は我慢して頂戴」

「ええっーーー!?」


今日一番の酷い宣告を受けた気分でした。




side:ユキ



『特殊な称号を得ました』


そんな特殊なアナウンスが流れる。


「珍しいな、なんだ特殊な称号って?」


また、ルナのいたずらか?

そう思ってステータス画面を確認すると……。


称号:勇者の勇者 勇者から勇者と呼ばれる異質の存在。(何やってんのよあんた。面白すぎるんだけど)


「は?」


とりあえず、俺はルナを呼び出して、抗議することにした。

しかし、勇者の師匠とか、父親とか、恋人ならわかるが、何だよこの勇者の勇者って意味不明だぞ。



と、勇者ねー。

リーアの事どうしよう。

あと5日ぐらいで何とかしないといけないんだよな?

今日はセラリアと訓練で疲れているだろうし、明日からか……、うん明日から頑張ろう!!

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