第39掘:職業聖女と只の聖女
職業聖女と只の聖女
side:ルルア
私は今、旅館にあるユキ様の部屋へ来ています。
彼女達の条件を満たす為に、子作りをするために…。
でも、そこにはアスリンちゃん、フィーリアちゃん。
そして、ラビリスにラッツもいます。
「まーた、しつこいな。建前と言っただろうに。なんでわかってて来るんだ?」
ユキ様は、私に条件を満たす必要はないと言います。
「いえ、ユキ様。貴方は勘違いをしています」
「なにを?」
「ラビリスやラッツは建前と納得していますが、ミリーさんと…カヤさん…あの二人は、その建前をそのまま受け入れ、私を殺すように言うはずです。貴方が止めようとしても無駄です。彼女達は貴方に惚れているわけではない。ただ、丁度いい代替です。失ってしまった幸せの替わり。そして、貴方は彼女達のかわりに、私を汚す必要があるんです。そうしなければ、彼女達は壊れてしまう…」
私がそういうと、ユキさんは真剣な表情になります。
当然です。彼は楽観視している。
人の心とは簡単なモノではないのに、奴隷から解放しただけで、彼女達は自分の言うことを聞くと勘違いしてる。
結局、ユキ様もご自身で言ったように只の人なのです。
今の状況では、このダンジョンの協力体制は近いうちに、ミリーさん、カヤさんを中心に私という異物のせいで壊れてしまうだろう。
「はぁ、で? ミリー達を納得させるためにはルルアと子供をつくる必要があると?」
「はい、彼女達の望みは私が人としての尊厳が汚されることにあります」
「俺が、汚す役ねぇ~。俺としては、好きな女性しか抱きたくないんだが」
そういって、ユキ様はラビリスとラッツさんを両腕で一人ずつ抱きしめます。
なんというか、不思議な光景です。
ユキ様は、普段は彼女達の好意はなるべく流すようにしているのに、今日は積極的です。
「…ルルア様も大概ね…ユキがそんな事の為に子供つくるわけないでしょ」
「そうですねぇ~。お兄さんをそんな風に見るとは。まあ、ある意味。リテア聖国のトップを降ろされたのは当然かと」
二人の言ったセリフは最初理解できませんでした。
しかし、少し時間がたつと頭が理解し始めました。
なぜ、今そんな事を言う必要があるのかと?
なぜ、私は侮辱されなければいけないのかと。
私は、こうするしか、道がなかったのに。
ここのみなさんの、秩序の、平穏の為に、この身をユキ様に捧げると言っているのに!!
「…ユキ、興が覚めたわ。ルルア様にご説明でもしてあげて」
「アスリンちゃんやフィーリアちゃんは、私が運んでおきますから心おきなくやってくださいな。お兄さん」
二人ともユキ様の腕を名残惜しそうに解きながら、アスリン、フィーリアを抱えて部屋の外へと出ていきました。
「…ユキ様、ご説明願いますか?」
私は二人きりになった部屋でしばらく沈黙していたが、私からその沈黙をやぶってユキ様に声をかけた。
「ここまできて、まだ自覚無しか。…そろそろ、その「様」つけるのやめろよ。いい加減その敬意も愛もない、気持ちのこもってない、言葉かけられても萎えるだけだっての」
ユキ…さんの、その私を犯す気の無い発言で心が乱れていきます。
なぜ、この体は女性としてはとても優れているはず。
容姿だって、教養だって…。
「なっ!! これは、貴方に敬意を表してつけているのです!! そんなに私を否定して何が楽しいのですか!! 私を、このままミリーさん達に殺させるつもりですか!! 死にたくない!! 死にたくないんですよ!! 貴方に媚を売ってでも生きていたいのはダメですか!? ほら、私の胸大きいですよ、揉んで好きにしてください!! …お願いします。私に子供を孕ませて」
私は彼の目の前で裸になって懇願します。
ミリーさん達に条件を付けられて、もう四日目。
セラリア様と話が済み、もう移住してくる移民達の家屋は設営が終わり、他の設備の設営に取り掛かっている。
そう、私は未だにユキさんの精を受けては…いえ、一度も性欲を向けられてはいない。
このままでは、私は確実にミリーさんに殺されるでしょう。直接的ではなくとも、ここから追い出されたり、間接的に……。
「ルルア、お前はこれから何をするつもりなんだ? いや、なんのために生きるつもりなんだ? 今俺が言えるのは、ルルアが生きる為に子供を作っても意味がないってことな。わかるか?」
「どういう…事ですか? 私がユキ…さんの子供を孕めば、安全は……」
「とりあえずだ。ミリー達が完全に納得するわけじゃない。一時しのぎもいいところだな。なんだ? まさか子供を孕めば、ミリー達との関係がすべて改善されるとでも思ってるのか?」
「それは……」
そんなわけない、そんな簡単に改善される方法があるのなら、好きでもない男の子供を孕むなんて選択は取ったりしない。
「…はぁ、ルルアお前は能力があっただけなんだな」
「なにをっ!! 私がどれだけっ、どれだけ積み重ねてっ!! 聖女の座についたと思っていたんですか!!」
「おう、だから能力はあったんだよな」
「……なにが言いたいんですか」
「ルルア、こけたことってあるか? あれって結構痛いんだわ。下手すれば膝を擦り剥いて血がでてな、子供のころは大泣きしたっけ」
「私はこけて、足を擦り剥いて血を流している子供とでも言いたいんですか? ふざけないでください!! そんなのと比較になると思っているんですか!! 私は、わだじは、祖国に斬ってすてられたんですよ!! なんでっ、私がこんな目にっ!! 助けてくださいよ!! ねぇ!! 助けてよ!!」
目から涙が溢れます。もう止まりません。
今までため込んでたものをユキさんに投げつける様に吐き出します。
「同じだよ。いや、ある意味。痛みをこらえて、泣かずに立ち上がる子供もいるんだ。その方がよっぽど立派だろうよ。そもそも、子供と比較されている意味に気が付け。ルルア、お前だってわかってるだろうに、今するべき事は俺との子供を孕むことじゃないってことに。いい加減お前も一人で立ち上がる意味に気づけよ。エルジュは、誰に言われなくとも行動に移すぞ? ルルアは知らないだろうがな、エルジュもミリーに会ったときは、そりゃ酷い罵声を浴びせられたもんだ。その時エルジュは何をしたと思う? 頭を下げたぞ。「ごめんなさい」ってな。ありゃ、誰にでもできることじゃない。まさにエルジュだからできる芸当だろうよ。エルジュをセラリアが大事にするはずだ」
エルジュ様にもそのようなことがあったのですか……しかし、私はミリー達の要求を受け入れることで責をはたし…。
「いい加減、劇中の悲劇のヒロインを気取るのはやめてくれ。いや、その悲劇のヒロインのがまだマシか。助けに来てくれた王子様の手を握り返す事はするんだからな」
「……あやまるなんて…エルジュ様のようにいくとは限りませんし、そんな度胸は私にはありません」
「だろうな、ルルアはエルジュじゃない。そして勘違いしてるようだが、エルジュはミリー達に許されたわけじゃない。それはお前も知ってるだろう? この前の会議参加中にエルジュがミリーたちに頭を必死に下げたのを」
「エルジュ様も贖罪中であると?」
「……後ろ向きな答えありがとう。まあ正しい回答はエルジュに聞いてみな。やってる本人だから、本当の答えを教えてくれるだろうよ」
「……なにが言いたいんですか。 私はエルジュ様じゃない!! 怖くて謝るなんてできるわけがない!! 下手に機嫌を損ねればいつ追い出されてもおかしくないんですよ!!」
「だから、言っただろう。悲劇のヒロインを気取るなって。ルルアがやってるその役は、このメンバーならミリーやカヤ、ラビリス、もうほかに一杯いる。けど、そのみんなは、悲劇のヒロインなんぞやってないぞ。特にミリーは泣き叫びたいはずだ。でもやっていない。なんでかわかるか?」
「……そんな事をしても何も変わらない」
「そうだ、結局な助けてくれるっていってもその手をつかまなきゃ意味がない。ルルア、ここ数日のお前は泣き叫んでいただけだよ。やれ、不幸だ。やれ、仕方がないだ。ってな。ルルアは生きる為に子供をつくろうとしたんじゃない。生かしてもらう為に、子供をつくろうとしたんだ。この言葉が同じように聞こえるなら末期だぞ?」
「……私がやるべき事は子供を孕むことではない…と?」
「今日はそれだけわかりゃいいか。とりあえず、抱く抱かないの状況じゃねえから、大人しく自室に戻れ」
私は結局、脱いだ浴衣を軽く羽織り、部屋をトボトボと出ていきました。
しばらく、廊下で呆けて…いえ考えていたのですが、頭の中がごちゃごちゃでまとまりません。
私が取るべき行動はユキさんの子供を孕むことではない…。
なら、なんだろう?
このまま約束を違えて、このダンジョンから放り出されるのだろうか?
いや、それだと、私がこのダンジョンを他に広める可能性がある。
なら、指定保護を解除して殺害し、DPにするのだろうか…。
「あっ」
浴衣が足に引っかかり廊下で転んでしまいます。
「いたい…?」
膝から血を流していました。小さな傷です。取るに足らない。
「あれ? ルルア様? 大丈夫ですか? 今治療しますから」
暗がりの廊下から、優しげな声音と共にエルジュ様が現れました。
「ヒール。 これで良し、イタイイタイのとんでいけーってすいません。子供じゃありませんよね」
エルジュ様は照れたように謝ってきます。
「いいえ、助かりました。しかし、そのイタイイタイというのは?」
「ええとですね。小さな子供って傷を治しても結構泣き続けるんです。子供は痛いことだけが泣く理由ではないんです。泣いた事に泣いてしまうとか、お父さん、お母さんに叱られることや、心配させたこととか、もう他に色々ですね。ルルア様はそのような経験は?」
「いえ、私は治療院での仕事などで業務作業でしたので…その」
「そうですね。子供が治しても泣き止まない事ってありませんでしたか?」
「ありましたが、傷は治っているのでそのまま次の人に…」
「ああ、ルルア様はリテアの聖女様ですからね。そこまで時間をとるわけにはいきませんね」
「もう「元」が付きますが。で、なぜその言葉を言うのですか?」
「あ、すいません。子供って傷が原因で泣いているんです。頑張ったね。なんてのは殆ど意味がありません。大事なのは、傷が治ったと教えてあげることなんです。だから「イタイイタイのとんでけー」っていうと実際治ってますし、治っていなくとも治ったと勘違いをします。そしたら泣く理由がないので笑顔になるんです。まあ、そのあと、親御さんに叱られてまた泣いたりする子も結構いましたが」
「そういうことですか。気持ちの持ちようというわけですね?」
「はい、多分そういうことだと思います。ですけど、大抵治してあげた子はその次の日には膝を血まみれにしてるんです。でも、泣いたりしてないんですよ。みんな笑顔でエルジュ様に治してもらうんだって言うんです。もう、怪我を増やされても困るんですけどね」
エルジュ様はその場面を思い出したのか苦笑いをしています。
「もうあれから随分たちました…。あの子達はどうか戦火に巻き込まれていませんように。願わくばあの笑顔のままいられますように。いつか、あの子達にもらった大切なモノを返せるときが来ますように」
そうやってエルジュ様は偽物のダンジョンの月に祈りを捧げます。
「その子供達から何かもらったのですか?」
私はエルジュ様の言葉に疑問を感じて、何も考慮せず聞きました。
「はい、とても大事なモノをいただきました。こけても泣かずに立ち上がる…立派な子供たちに。彼等にとっては怪我をすることは、初めての経験が多いのです。それは、今までで一番の恐怖、そして痛み。だから泣くのです。だけど最後は、どの子も、自分の足で立ち上がって歩くのです。自分で治療したり、親に怒られて治してもらったり、私に治療を求めたりして」
彼女は一呼吸してさらに続けます。
「……私は自分の短慮のせいで、ルルア様やリテア聖国、ロシュール国、ガルツ国に多大な迷惑をかけました。以前は自分の不幸を呪いました。なぜ自分だけがこんな目に遭うのかと。でも、モーブさん達やミリーさん達に会ってそれは只の自己満足だと気が付きました。そしてユキさんには散々叱られました。それだけやって、ようやく…気が付きました。私はこけて怪我をして立ち上がれない只の子供だと。まだ、私にできることは何なのかわかりませんが、それでも自分のできることを探していこうと思っています。泣き叫ぶのはやめました。それならいっそ、このダンジョンの暮らしを豊かにする事を手伝ったほうがいいとおもいました。ミリーさん達は嫌だったでしょうけど、このまま何もしないでいるのは、今まで立ち上がった子供達に示しがつきません。後ろ指をさされたくはありません。怪我をして立てない聖女様と」
エルジュ様のお話を聞いて、自分とは考えている事がまるで違うと思いました。
なんて、眩しい生き方だろうと。
結局のところ私がしていたのは、一貫して命乞いなのだ。
対してエルジュ様は…。
「私は、取り戻せない事を嘆くのはやめました。ここからできるであろう、未来を作る手助けをできうる限りしたいと思います。子供達だって、怪我したことをいつまでも引きずってはいませんからね。新しい楽しい事を始めるのです」
贖罪中が後ろ向きな答えですか…。
私なら間違いと判定しますね。
なんというか、甘いというか、清も濁も併せのむという奴でしょうか?
「ルルア様? 私やっぱり変ですか? この考え方」
エルジュ様は困ったような表情をこちらに向けています。
ですから、しっかり返事をしてあげないと。
「とてもご立派です。そうですねエルジュ様の言った通り。子供でも立ち上がれるのです。私達が蹲っているわけにはいきません。明日も頑張りましょう」
「はい!!」
まったく、ここまでしっかり勉強したつもりですが…お隣の光がまぶしすぎていけません。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます