浜千鳥

 波に追われる浜千鳥のように忙しく動き続けて、もう幾月経っただろうか。

 故郷での仕事がここまで細かく、果てしないものになるとは思いもしなかった。


 沖つ波八十島かけて住む千鳥 心ひとつといかが頼まむ


 五月雨が降る前に下総しもうさの国に下ったわたし(1)のもとに、鎌倉の将軍家(2)からこの歌が届いた。

 風が涼しさを増す八月には、わたしは主君のそばに戻っているはずだった。しかし、ここに持ち込まれる様々な揉め事や諍いの山が、なかなか離してくれない。

 青々としていた野の草が枯れ、すすきの穂が伸びていくのを見ながら、おのれの見通しの甘さに頭を抱えている。なんと情けないことか。


「よいか六郎、向こうでは一刻たりとも気を抜く暇はないぞ。しかし、頭の良いお前なら、このわたしとは違ってよく治められるだろう。心して行くがよい」

 鎌倉を発つ前に父(3)は、こう言ってわたしを送り出した。その父も、何年か前に同じような経験をしていたと聞いた。自分と同じように将軍家のそば近く仕えていた父は、八月には帰ると言っていたところが結局三か月も遅れ、将軍家の激しい怒りを買ったという。父は、よくできた息子なら自分の轍は踏まないだろうと期待をかけてわたしを送り出したつもりだったのだろう。

 それなのに。結局自分も、その父と同じだ。親子二代で主君にいただいている信頼を裏切る恥をさらすことになってしまった――。

 そうはいっても地元に目を転じれば、まだ手を付けられなかった書状の山がある。邸の内外で騒ぎが起こる声を思い出しながら、虫の声が細く響く夜中にも果てしない地頭の仕事が続く。


 たしかにわたしは、あちらこちらの小島を飛び移っていたようなものだ。しかし、長く暮らした浜辺のことなど、どうして忘れられようか。ああ、いつになったら住み慣れた浦のあなたの元に戻れるのか。


 浜千鳥八十島かけて通ふとも 住みこし浦をいかが忘れむ



(1)東胤行とうのたねゆき《通称:六郎》。

(2)源実朝みなもとのさねとも

(3) 東重胤しげたね


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