糸の橋

アンダーザミント

八十島かけて

 下総しもうさの国は、海を渡って行くところだと聞いた。

 人は舟に乗り、雲は風をつかみ、鳥は羽をはばたかせて。

 

平太へいた(1)、あの千鳥も下総へ飛んでいくのかな」

「さあ、あの小さなからだでは、ひと思いに海の向こうへは渡れないでしょうから……、今日はこの浦、明日はあの浜、またの日はあの島と、あちこちで羽を休めながら渡って行くのでしょうね」

 わたし(2)が幼い頃にあなたの父上と話していたことを、このところよく思い出す。

 

 この夏の初めにあなた(3)は、かの国に向けて飛び去って行った。秋には戻ると、そう話していた、はずだった。

 

 しかし、木の葉を揺らす風が涼しくなり、蝉が鳴き止み、今ではすっかり夜が長くなった。しかし、いまだにあなたの影すらも見えない。

 浦の身のわたしはただ、ただ待つことしかできない。あなたが飛び去って行った先を眺めながら、囀りも羽音も聞こえないままの月日をやり過ごすしかないのか。

 いったい、どこの島を渡り歩いているのか。本当に故郷にたどり着いているのか。

 あるいは、新しい島を気に入って戻るべき浦を忘れたのか、または見失ったのか……。

 

 わたしの声があなたの元に届いたなら、ひとときでも姿を見せてほしい。

 そして、できるならば、あなたが足跡を付けた島の話でも、聞かせてほしい。

 

沖つ波八十島かけて住む千鳥 心ひとつといかが頼まむ

 

 

 ※註

 (1) 東重胤とうのしげたね《通称:平太》。胤行(後述)の父。

 (2)源実朝みなもとのさねとも

 (3) 東胤行たねゆき

 ちなみに、胤行は次のような返歌を送っている。

 浜千鳥八十島かけて通ふとも 住みこし浦をいかが忘れむ

 

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