心に空いた穴

089



──暁くん、そろそろ家で引き取ろうと思うんだよ

──香苗のことに責任を負わなくていいのよ


ずっと、その言葉が頭の中を反芻している。

香苗の両親が親切心で言ってくれたことはわかっている。香苗のように優しい人たちだから。


だけど俺はそれを素直に受け取ることができない。

子供がおもちゃを取り上げられたみたいに、俺も香苗を取られたみたいでわあわあと泣きたかった。


心はモヤモヤとして今すぐにでも叫びだしたいくらいなのに、不思議と涙は出なかった。ただ心にぽっかりと開いた穴をどうすることもできなくて、今まで以上に仕事に励んだ。仕事に没頭すると余計なことを考えなくて済むからだ。


朝出かけに結婚指輪をはめる。

なぜ俺は指輪をはめるのだろう?

指輪が唯一の香苗との繋がりだから?


いや違う。

これは自分の体裁を守るためだ。

指輪をすることで煩わしいものから身を守るだけのもの。

香苗との繋がりではない。

だって香苗の指輪は俺の手元にあるのだから。

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