第三十二話 三つまとめて
オーナーに俺と莉乃がキスしているのを見られてしまった。
しかも、どう見ても莉乃が俺に抱き着いている状況だ。
俺はオーナーを莉乃がいるバックヤードに連れていき、店番は俺がやることにした。
雨が降っているので、客はいない。
まあ、混むときには混んでいるので、経営は大丈夫だろう。たぶん。
ドアについているベルがからんと鳴り、一人の男性が入ってきた。見ると、高校生だ。
傘を持っていないので、雨宿りがてら来たようだ。
「いらっしゃいませ。」俺は出迎えた。
どこかで見たような顔だ。実際、うちの高校のバッジをつけている。紺バッジなので三年生だ。
背は170センチくらい。イケメンとは言いにくいが、鼻筋が通っていてさわやかな感じだ。髪型は、黒い短髪だ。スポーツに向いていそうな雰囲気がある。半袖シャツから出ている腕も結構太い。
ちょっと雨に濡れている。あとでタオルを出してあげよう。
席に案内する。彼は、きょろきょろと店の中を見回している。
「何かお探しですか?」俺は尋ねる。 どこかで見たことのあるような印象は変わらない。
「ああ、今日は莉乃はいませんか?」 莉乃の知り合いのようだ。
そこで俺は気づいた。
「あの、左右田さんですね。」俺は確認する。五人パシリのメンバー、そして文芸部の左右田麗奈の兄だ。間違いない。
「ああ、そうだ、ってこれはシャレでもなんでもないからな。」そういって彼は笑った。定番のフレーズらしい。
「彼女は今、バックヤードでちょっと込み入った打合せをしています。少し時間がかかるかもしれませんが、お待ちいただけますか?」俺は尋ねる。
「ああ、お願いするよ。アイスコーヒーをください。」
「かしこまりました。少々お待ちください。」
俺はそう言って、キッチンに戻る。
アイスコーヒーなら俺でもできる。グラスに氷を入れて、ボトルから注ぐだけだ。
コースターとグラスとストローとマドラーをトレイに乗せて、俺は彼のところに行く。
「お待たせしました。アイスコーヒーです。」
コースターを置いて、アイスコーヒーのグラスを乗せる。この流れの練習は何度もしたから、お手のものだ。
あ、タオルも持って来よう。
バックヤードは行きにくい。キッチンにも新しいタオルが何本もあるので、それを持って再び彼のところへ行く。
「このタオルをお使いください。」俺は彼にタオルを渡しながら言った。
「ありがとう!助かるよ。」彼は遠慮なくタオルを受け取り、頭と服を拭いている。まあ、そのためのタオルだ。しっかり使ってくれればいい。どこかの店からもらった粗品のようだから、洗って返すなども不要だ。
俺は、彼に話しかけた。
「俺は、三重野晴(みえの はる)と言います。妹さんから何か聞いていませんか?」
俺は彼に聞いてみた。
「ああ、君が三重野くんか。話を聞きたい、ってことだったね。なんの話かわからないけど、妹が必死で頼んできたし、問題ないよ。時間決めてなかったけど、ちょうどいいね。」
彼はさわやかに笑った。
「じゃあ、お願いします。ちょっと不快な話になるかもしれませんが、必要なことなんです。」
俺はそう前置きして、彼に尋ねた。
「ワカメさんが山口生徒会長にちょっかいをかけたり、風見先生に迫ったりしているのはご存じですよね。」
彼の顔が醜くゆがんだ。
「その話か…。」
俺は続ける。
「正直、俺はワカメさんが嫌いです。親の権力で五人パシリを作ったり、向こうが手を出せないのをいいことに、風見先生に迫ろうとしたり。俺は、少なくとも山口や風見先生を守りたい。そのためには、現状を知りたいし、あなたにも協力してほしいんです。」
左右田はちょっと考え込んでいた。
「お願いします。秘密は守ります。あなたに迷惑はかけません。」
俺は頭を下げた。
「そこまで言うなら…」」と、左右田は話を始めてくれた。
あれ?俺は誰のために頭を下げているのだろう?よくわからない。だが、ワカメを止めたい、という気持ちが一番大きいのだと思う。それなら、自分のためだ。
さすがに、そばで見ている彼の話は生生しかった。
そもそも五人パシリは、ワカメちゃんが風見先生に対して、自分が人を動かせることをアピールするためのものだったそうだ。
生徒会の顧問である風見先生に生徒会長がアピールする。それ自体は当然ともいえる。風見先生も最初のうちは感心していた。だが、彼は途中で、五人パシリの親が全員大岩商事グループの社員であることを知ってしまった。
つまり、五人が自発的にやっているのではなく、親の立場上、仕方なくやらされているということに気づいたわけだ。
彼らは個別に、先生に対して、皆がワカメちゃんに共感し、信頼して手伝っているだけだ、とアピールした。まあ、それもあの人の差し金なんだが。
風見先生はとてもフェアで、曲がったことが嫌いなので、高校生が親の権力を使うなど許せないタイプの人間だ。 そのため、それ以来ワカメちゃんの行動や業績については彼は色眼鏡で見るようになってしまった。
まあ実際に、五人パシリの協力があったからうまくいったものも多いのだ。
彼女は、必要以上に風見先生にアピールした。最初は、彼にもっと評価して欲しいだけだったと思う。だが途中から、妙に意地になってきた。自分を認めさせたくて必死になっていた。
その一方で、同学年のイケメン男子を篭絡し、向こうから告白させてこっぴどく振る、ということもやっている。三年生の三大イケメンのうち、二人がやられた。残りの一人は、ワカメちゃんの手が伸びる前に、別の彼女を作ったので何とか難を免れたようだ。
他の男に係わっているときには、風見先生へのアプローチは減る。だがゼロではない。
彼女は、何か用事を作り、風見先生に相談という名の強制デートをしている。
新しい学年になって、風見先生が生徒会の顧問をやめてからも、断続的にワカメちゃんは先生にアピールしている。
一度なんか、わざとブラウスを濡らして、透けるようにした恰好で先生に迫った。
なぜ知っているかって?左右田が風見先生を呼びに行ったからだ。
彼女の姿を見た風見先生は一瞬硬直し、その後何とか再起動して、「まずは着替えなさい。話はそれからだ。」と言って職員室に帰ってしまったそうだ。
迫ろうと思ったのに、意気地なしなんだから、などとワカメちゃんはのたまったそうだ。
聞けば聞くほど、ろくなもんじゃない。
ちなみに、風見先生からは「一対一では会わない」ときっぱり言われているそうだ。
それを何とかせよ、と五人パシリは言われて苦慮しているらしい。
本当にひどい話だ。なお、彼女は山口会長にはまだ特にアプローチしていないようだ。
「話しにくいことを教えてくださって、ありがとうございます。」俺は頭を下げた。
「いや。俺は何にもできてないからな。」左右田は自嘲気味に笑った。
「いえ、左右田さんは努力しています。教えてくださって、ありがとうございます。あと、今後もし彼女が先生に迫るような場合、俺にも教えてもらえますか?先生が陥れられないようにしないといけないでしょううから。通りすがりの第三者の俺が役に立つこともあると思いますよ。」
俺は彼にお願いした。左右田は快諾してくれた。俺たちはメールとメッセンジャーのアドレスを交換し、連絡が取れるようにしなった。
「あと、一つお願いです。バイトで、莉乃のストレスがかなりたまっています。あなたから彼女を誘って、二人でどこか遊園地あたりに遊びに行ってあげてください。彼女の機嫌が悪いと、僕らも困るんです。」俺はまた頭を下げた。
「まあ、それくらいなら構わないよ。どうせ、今日は莉乃に会いにきたんだし。」
左右田勝男はそういってさわやかに笑った。
バックヤードから莉乃が出てきた。
「三重野くん、オーナーが呼んで…え、かっちゃん!」
一瞬で態度が変わる。
その場に立ち尽くし、真っ赤になった。
なんとわかりやすい。あの莉乃が、こうも変わるものか。
そう。莉乃が好きな近所のお兄ちゃんの「かっちゃん」とは、左右田勝男のことであった。
再起動した莉乃は、俺に手招きする。
俺は莉乃のところへ行く。
「何で、かっちゃんがあんたとしゃべってるのよ!」
突然、小声で半分怒りながら聞いてきた。
「彼はお客さんだから、お客さんから話しかけられたから対応しているだけだよ。:
彼は、莉乃に用事があるらしいよ。」
俺は彼女に伝えた。
「それを早く言いなさいよ! あ、オーナーがバックヤードであなたを呼んでるからね。」
「わかったよ。ごゆっくり。」俺はそういうと、バックヤードに入った。
オーナーがにこにこしながら待っていた。誤解は解けだんだろうか。
「三重野くん、若いっていいね。」突然オーナーが言う。
「え?どういうことでしょうか?」意味が分からない。
「君はあっという間に莉乃に手を出して、莉乃はもう君にメロメロなのね。」
意味がわからない。
「あの、全く違うんですが、どこからそんな話が出てくるんですか?」
俺は尋ねた。
「だって、さっき莉乃とあなたはキスしてたでしょう?」オーナーは楽しそうに言った。
「いや、それは全くの誤解です。そもそも、彼女には好きな人がいる。その相手は、なんといま店に来てますよ。さっきのキスは、恋が成就するおまじないみたいなものです。」
俺はなんとか説明した。
「莉乃も同じこと言ってわね。事実なのかもね。 それより、ちょっと、お店を覗いてみるわ。」
オーナーはそういうと店の中にちょっと行って、すぐに戻ってきた。
「本当ね。莉乃の目がハートになってる。わかりやすいわね。ということは、イルカの加護の話も本当なの?」
オーナーは聞いてきた。
「とりあえず、イルカに祈って、俺の体のどこかに触ると願いがかなう…ことがある、ってことです。」
「恋の願いもかなうの?」オーナーが聞いてくる。
「結果の保証はしません。でも、恋人ができた人は複数います。」
オーナーの目が真剣になった。
「そうなの?どうすればいいの?」
え?そっち?
大人に効くかどうかはわからないんだけど。
「恋の話の場合、相手が、僕の知っている人に限定です。知らない人をたぐりよせたりくっつけることはありません。」
これでいいだろう。オーナーの恋の悩みは自分で解決してく…あれ?そういえば…
「じゃあ問題ないわね。三重野くん、私が好きな人は、風見先生よ。」
ああ…やっぱり。
「うちの店に週末に来てくださるようになって、よくお話するところまできたの。
でもその先があるのかどうか。
私はバツイチだしね。」
「ちなみに、先生はオーナーがバツイチだとか知っているんですか?」
俺は尋ねた。それを知らないと、かなり問題になりそうだから。
「それは言ってあるわ。年齢もね。それでもあの人は仲良くしてくれているから。もしかして脈があるんじゃないかって期待しちゃうのよね。何とかこの恋、かなえてくれないかしら?」
オーナーはそう言って、俺の目を覗き込む。
目元の化粧は濃いが、綺麗な目をしている。この人、本気で言っている。
俺は覚悟を決めた。
「結果は保証しませんよ。俺はここに立って目をつぶってますから、好きに触れながら、願いを強く思ってください。」
俺は彼女に言う。
「キスしなくてもいいの?」彼女は俺に聞く。
「何でも構いません。握手でも、頭ぽんぽんでも。」俺は答えた。
「恋の悩みのときに、頭ぽんぽんでかなった人いる?」
なかなか鋭いところをついてきたな。
「残念ながら、いません。」
「わかったわ。じゃあ、そこに立って。」
俺は観念して目をつぶる。すぐにオーナーが俺に抱き着いて、キスしてきた。
唇で唇をふさぎ、舌が入ってくる。絡め方が絶妙にうまい。
香苗が力で押してくるのに対し、オーナーは技がある感じだ。そして、マシュマロのように柔らかい体が押し付けられている。
これが大人のキスか…このまま官能の渦に飲み込まれてしまいそうだ。
オーナーが俺から離れた。目が優しい。
俺は思わず、つぶやいた。
「帰ってきたら、続きをしましょう。」
オーナーが、「え?」という顔をする。
あ、今のノーカンでお願いします。
「オーナー、日によっては、夜早めに終わってもいいですよね。」
俺はオーナーに確認する。
「まあ、そんなに忙しくない日ならね。お客さんに迷惑かけないように、事前に掲示しておけばいいかな。夜のシフトの人たちにも言わないとね。」
それはそうだろうな。でも、これはやってもらわないとならない。
「オーナー、その時が来たら、お願いすると思います。まあ、オーナーが自発的にそうするかもしれませんが。」
俺は含みを持たせる。
「では、お店に出ましょう。莉乃がどこまで舞い上がっているか、ちょっと心配ですしね。」
俺たちは店に戻った。
客はもういない。左右田も帰ったようだ。
莉乃が一人でぼおっとしている。何が起こったんだろう?
俺は聞いてみた。
「おい、莉乃。どうかしたのか?」
「かっちゃんが、遊園地に行こうって誘ってくれたの。こんなの初めてよ。
嬉しくて信じられなくて…。どうしよう。」
どうしよう、って行けよ。
「ああ、良かったな。」俺は莉乃に言った。
このまま、三つの願いをまとめてかなえたいな、と俺は思った。
全世界の幸福なんて最初から考えてもいないが、手の届く人たちにはハッピーになってほしいものだと思う。
まあ、その前に自分の幸せも探さないとな。
最初はただキスしたかったが、今はキスは香苗と珠江の二人(プラス妹)とすればよくて、それ以外は願い事をかなえるのに協力できるかどうか、で頭をひねっている。もちろん、キスも楽しんでいる。
人間、変われば変わるものだ…ぼっちの俺が、いつの間にかこんなことをやっているとは。
そういえば、ふと気づいたら、キスした相手も二桁を越えている。ちょっと前までは考えもつかなかったことだ。
実は、キスの日付、相手、どんな感じだったか、についてノートをつけている。思い出せるように、また記録しておくように。
自分ではこれを「キス・ノート」と呼んでいる。もちろん、ここに名前を書いたところで、相手を殺すことももキスすることもできない。その意味、デスノートとは違うのだ。
夏休み前の俺に、現在の俺のことを伝えたとしても、絶対に信じなかっただろう。
これも、イルカの加護なのかもしれない。
ーーー
ここまで読んでいただいて、ありがとうございます。
お願いをしている三人って誰だかわかりますかね…。
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