第二十四話 キスより簡単
放課後、俺は香苗の求めに応じて生徒会室を訪れた。
今日は役員四人が勢ぞろいしている。
会長の山口は全体の進行表とにらめっこして何かつぶやいており、その横に書記の若原瞳がぴったりくっついて何やら話している。
会計の香田みゆきはパソコンで何やら計算をしている。
香苗が俺に気が付いて、手を振った。
「三重野くん、来てくれてありがとう。さっそくだけど、部屋割り、見直してほしいのよ。」
そういって香苗は、学校の教室の配置図と、各クラスや部活、有志の企画の一覧などを出してきて、俺に彼女が作った現在の部屋割り案を見せた。
俺は全体を見て、ちょっと顔をしかめた。なるほど。会長が駄目だしするわけだ。なんのポリシーも見当たらない。
「これって、どうしてこういうレイアウトにしたんだ?」俺は聞いてみた。
「できるだけ、各学年でまとめてみたんだけど。」香苗が言いづらそうに説明する。
その割には、埋め草のように飛んだところに1年の出し物があったり、マイナーな部活が一等地に陣取っていたりした。
「うーん。まず、制限を聞いてみようか。必須項目は何だ?」
俺は尋ねてみる。
横から会長の山口が口を出した。
「三重野くん、忙しいところ悪いね。制限として考えるべきなのは、まず飲食を出すところだ。基本的にはコーヒー、紅茶、ジュースは各部屋でサーバーか電熱器、クーラーボックスを使うし、ケーキもクーラーボックスを使うので、調理はない。紙コップや紙皿を使うので、洗い物もない。というかそれ以外は了承していない。また、焼きそばや焼きソーセージのようなものは屋外の屋台で調理するが、野菜の下ごしらえとか粉を溶くために一階の家庭科室を使う。あと、料理部がコンロや流しを使う予定だ。それ以外で注意するのは、理科室を物理部と化学部、視聴覚室を映像研究会が使うし、音楽室は合唱部が使う、軽音楽部は体育館のほうだ。あと、パソコン室をパソコン部が使う。」
後半は想像がつくものばかりだな。
「それ以外は展示、お化け屋敷、お祭りなどあるが、基本的にはどの教室でも対応可能だ。あと、当たり前だが職員室とか事務室、各科の研究室などは使わない。そんなところだな。常識で判断できると思う。」
そうだろうな。さすがに会長は理路整然としている。
「オーケー。だいたいわかった。あとは高橋さんに聞くよ。」俺は会長に言う。
「よろしく。」会長が答えた。相変わらずのイケメンだ。
「じゃあ作業をしてみよう。ホワイトボードと付箋を使わせてくれ。付箋は大きさと色が違う種類が欲しい。」俺は香苗に言う。
ホワイトボードと付箋10種類(5色、大小)が用意できた。
俺は香苗に頼む。
「じゃあ、各企画について、主催と内容を付箋に書いてくれ。その際、飲食、公演、常設イベント、展示、その他に色分ける。そして、客が多そうなものは大きい付箋、少なそうなものは小さい付箋にしてくれ。」
「常設イベントって何のこと?」香苗が尋ねる。
「お化け屋敷やお祭りなど、常に人が来る出し物だ。こういうのは行列ができやすい。」
「わかったわ。たとえば、文芸部なら展示で人も少なそうだからピンクの小さい付箋に『文芸部 展示と冊子配布』これでいいのね。」
さすがに呑み込みが早い。
これですべての企画が色分けできた。色と大きさで分類しておく。
俺はホワイトボードに簡単な校舎の見取り図というか教室の配置図を書く。
「じゃあ、部屋割りをして行こう。ただ、その前にコンセプトを決める必要がある。
学園祭の顧客は誰だ?」俺は香苗に聞く。
「えーと、父兄とか来賓?」香苗が言う。
「それは違う。」俺は否定する。
「ここで顧客、と言っているのは、満足させるべき対象を言うんだ。学園祭の主役は生徒だ。だから、最も多くの生徒が最も満足するように、あるいは不満が少ないようにしなければならないってことさ。父兄が来て楽しかった、というのはいいが、それはあくまで副次的なものだ。多くの客が来てくれて満足してくれて楽しかった。そういう風に生徒に感じさせるのが大事だ。」
「どう違うのかしら?」
「たとえば、来客が楽しむために、食事するところとお化け屋敷や演劇を固めるとどうなるか。来た人たちは楽しめるが、展示した連中のところに人が回遊しなくなるかもしれない。そうすると、本来の顧客である生徒たちに不満が出るのさ。」
「そうよね。」香苗も相槌をうつ。
「だから、大量集客企画は、基本的にできるだけ分散する。
ただ、演劇なんかはある程度固めてもいい、他のクラスのものも見たい、という出演者は多いからな。あと、超優良企画が複数あれば、それは場所の悪いところに置くことも考える。」
俺もだんだん熱が入ってきた。
「大量集客が期待できるメイド喫茶、お化け屋敷は上のほうに配置する。そこを目指した連中が、他を回ってくれるからな。デパートとかでは、これをシャワー効果という。あとは、大規模イベントを並べてしまうと混雑したとき行列が混乱するので、、間にはマイナーなものを入れる。こうすると行列が整理しやすいし、待ち時間に入る人もすいている企画に立ち寄る人も出てくるから一石二鳥だ。 お化け屋敷の隣に郷土研究部との展示、とかな。」
香苗はもう何も言わない。
「じゃあ、大規模展示から配列していこう。付箋だから、やり直しはいくらでも効くから、気楽にな。最初だけ俺がやってみる。ここにメイド喫茶、それからここに執事喫茶をおいてみよう。」俺は付箋をその位置に貼る。
「あとは香苗ちゃんがやってみてよ。アドバイスはするから。」
俺はそういって、あとは彼女に任せてみた。
「ああ、男女の更衣室を増やしたほうがいいな。付箋を追加してくれ。」俺は気づいて言った。メイド喫茶のための更衣室が遠いのだ。
30分くらいでレイアウトが出来上がった。
「会長、これでどうですか?」俺は山口に見せる。
山口は、全体を眺めたうえで、いくつか入れ替えをした。
「うん、これならいいんじゃないか。若原さん、香田さん、確認してみてくれるかな。」
会長が言う。
二人にも異存はなかったようだ。
「じゃあ、これをスマホで写真を撮っておいて。あとはゆっくり写したらいいよ。これにて一件落着だな。」
俺は締めくくった。
会長の山口が感心したように言う、
「いや、素晴らしい。三重野君にはこんな才能があったんだね。物事を整理して考えるスキルは大事だ。文化祭まで、ぜひいろいっろ手伝ってくれないか。」
「いや、これは街づくりのゲームとかで学んだやり方の応用だよ。大したことじゃないし、誰でも使える。」
俺は答えた。
「言われればそうなんだが、最初からそういう発想ができるのが大事なんだよ。才媛として名高い高橋くんでさえ四苦八苦していたんだから。」
「まあ、毎日とはいかないが、学園祭まではある程度手伝おう。あくまで日雇いの助っ人と思ってくれ。」俺は答えた。
「ありがとう、助かるわ。ハ…三重野くん。」香苗も言う。おい、いまハルくん、と言いそうになっだよな(笑)。
俺は会長の山口に言う。「パートタイムの猫の手ですまんな。去年はフルタイムで5人助
っ人がいたんだよな。それと比べたら微々たるものだが。」
山口は苦笑しながら答える。
「いや、去年のアレは特別だよ。僕はああいうやり方好きじゃないし、実際できない。やりたくもないけどね。」
それで十分だ。山口の誠実さがよくわかる。去年に何があったかって? 実家の権力を使ってパシリを集めたのがいたんだよ。
まあ、俺は単なるパートタームだ。文化祭の手伝いなど、やれば誰でもできることだ。女の子とキスするよりも、よっぽど簡単だ。
…あれ。でも俺ってここ二週間で7-8人とキスしてなかったか?
どっちが簡単なんだろう。
山口会長に、体育館イベントの進行表を振られそうになったので、辞退した。
これは対人調整が必要になるやつだ。俺の苦手分野だからな。
「三重野くん、じゃあ、臨時で知恵を貸して。学園祭で料理部が売るもののメニューやレシピのアイディアを欲しがってるのよ。」香苗が言う。
「それなら明日でも、料理部の部長さんに直接話を聞きたいな。制約とかもあるだろうから。」俺は答えた。
「わかった。頼んでおくから、明日の放課後あけといてね。」香苗が答える。
「じゃあ、今日はありがとう。これでまた明日ね。」
俺は席を立ち、生徒会室を出ていく。香苗がドアの外まで見送りに来てくれた。
ドアを閉めて、香苗が言う。
「ハルくん、さっき、みんなを眺めてぼおっとしてたけど、もしかしたら、『俺はこのこの部屋の女子全員とキスしたぜウェイ!』とか思ってたんじゃないの?」
濡れ衣だ。だけど考えてみると、全員とキスしたのは事実であった。
「いや~考えてもみなかったけど、実際すごいなあ。」俺自身がそう思った。
…香苗が出ていった生徒会室で、山口会長が、他の二人に尋ねた。
「高橋くんと三重野君、妙に親しいけど、あの二人は付きあっているのかな?」
「そんなことないわね。」書記の若原瞳が間髪を入れずに言う。
「頼れる友達でしかないね。」会計の香田みゆきも同意した。
「…そういうものなのか…」山口はなんとなくまだ納得しきれていなかった。
香苗と晴が 言わばキスフレンドである、ということを、若原も香田も知っている。ただし、口にするつもりはなかった。
…ほどなく香苗が戻ってきて、皆作業を再開した。
校門にたどりつくと、今日も残念少女の白石真弓が立っていた。
「三重野くん、聞きたいことがあるの。」
連日連日、勘弁してほしい。
「疲れてるから手短に頼む。」俺は事務的に答えた。
「昨日、あれから何がああったのか教えて。」:
強い口調で言ってきた。
「そんなのは、遠藤に聞いてくれ。親友なんだろう?」俺は突っぱねる。遠藤が親友でないことはわかっているが。
「あの子は親友なんかじゃないよ。一応、広い意味では友達と言ってもいいかもしれないけど。」
おいおい、やっぱり遠藤の評判悪いなあ。
「じゃあ、俺から話すことは何もないぞ。当事者の了解がなければ私的な話を外部に漏らすのは良くないからな。あとは遠藤に聞いてくれ。」
俺はそう言って帰ろうとする。
すると白石は俺の袖を引っ張って、真剣な顔でこう聞いたのだ。
「由美とキスしたの?」
俺は、同じ答えをした。
「俺から言うことは、何もない。」
白石は顔色を変えた。
「なんで初対面の由美とキスして、長いつきあいの私とキスしてくれないの!私はずっとあなたのことを探し求めていたのに!」
そういって抱きついてきて泣きじゃくり始めた。
さすがに俺も困惑する。
だいたい、俺は遠藤とキスしたなんて一言も言ってないぞ。
「おい、こんな所で抱きつくな。泣く意味もわからないぞ。とにかく落ち着け。」そういって、頭をぽんぽんと叩く。
俺たちの横を、下校する高校生たちが通りすぎる。
これはやはりまずい。
俺は、とりあえず白石を電柱の陰へとひきずっていった。
ここならまあ、下校する連中からは目立たない。
通行する車からは丸見えなんだが、まあ、まだました。
頭をぽんぽんしているうちに、白石も落ち着いてきた。
ただ、俺のシャツには涙と鼻水がべったりついている。
勘弁してほしい。
「入試の時に、隣に座った女の子、おぼえてる?」
まだしゃくりあげながら、白石が言う。
「ああ、覚えてるぞ。あの眼鏡のおかっぱちゃんだな。あの子のことを知ってるのかな?」
「うん…あれ…わたし…」
白石はまだ泣いている。
俺は彼女の言葉を遮った。
「そうか。わかった。お前の友達なんだな。」
「え…」白石が戸惑っている。
「伝えてくれ。入試に落ちたからって、隣の席にいた俺を恨まないでくれ。世の中、運不運はあるが、悪いことばかりじゃない。だから乗り越えてくれ。そして、俺のせいじゃないから、俺を恨んだりしないで強く生きてくれ。そう伝えてくれ。」
あのおかっぱちゃん、遠藤にも白石にも俺のことを言うなんて、よっぽど恨んでいるんだろうな。だがそれは言いがかりだ。
彼女が受験に落ちたのは俺のせいじゃない。まだ俺を恨んでいるなら筋違いだ。それよりは前向きに生きてほしい。
「あの…」まだ何か言いたそうだ。だが、俺から話すことはもうない。
「俺の話は終わりだ。もう、いつまでも俺を恨んでないで、俺のことは忘れてほしいしな。」
そう言うと、あわあわしている白石をそこに置いたまま、帰ることにした。
これ以上付きあってはいられない。
…ところで、遠藤とのキスとおかっぱちゃんになんの関係があったんだろうか。わからないが、これ以上追及しても仕方ないだろう。
それより、これからのことをもう少し考えてみなければならない。それに、あの報告も今夜か明朝には来るだろうしな。 まあ、報告が来なくても明日の朝にはたぶんわかるだろうが。
ふと、スマホを見ると、「相変わらずお盛んね」というメッセージが入っていた。こんなことを書くのは、当然香苗だ。 生徒会室の窓から見えたのだろうか。
ちょっと背筋が寒くなったので、俺は一人、家路についた。
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