スリーツール
エリー.ファー
スリーツール
私にとって、この道具は大切なものなのです。
あそこに見える塔を作った時にもこの道具はとても活躍してくれました。
そうです。
今では、この町のシンボルとなっている塔ですよ。観光客を集めるだけではない。人々は、この塔を見ながらこの町に生まれたこと、そしてこの町に住んでいることに感謝して眠りにつきます。
人々の癒しであり、この町の誇りである、あの塔です。
見た目は無骨そのものですが、中は非常にこった作りになっています。まず、塗料に関しては、ハズエルのものを使っています。あぁ、ハズエルをご存じない。あれは、北半球の密林にのみ生息する非常に貴重な植物、ブルジオラから抽出できる成分と、藍色を混ぜたものになります。そもそも、配合することが難しく、その割合もその時の温度や湿度によって微妙に変えなければなりません。失敗すると、それは汚い色になりますし、なにより臭いが酷いのですよ。吐しゃ物というか、糞尿というか、そもそも生き物を近づけないようにするために出る液体の色だけを抽出したものなので、微妙に混ざっていることがあるのです。この部分は抽出方法に問題があると言えますが、まぁ、難しい所ですね。
ほかにも中には、石館作りの階段があります。螺旋のような形にはなっていますが、基本的に重力は無視しています。下れば下るほど上がっていくという構造ですから、このあたりは私ではなく、大学で研究されている先生方に聞きに行った方がいいかもしれません。
私はあくまで職人ですから、丁寧に説明ができるほどの頭を持っていないのですよ。自分の手に自信はありますが、この手を動かすための頭の中にまで自信があるかと言われるとそうではない。自分のことを好きになることも難しいくらいです。
えぇ、謙遜だと思いますか。
いやいや。
そんなことはありませんよ。
私は、やはりここまでの男なんです。塔は私の誇りです。でも、不器用な私の生き方の象徴のようにも感じています。だから、嬉しい反面どことなく恥ずかしい。
父もそうでした。
職人肌で、母に手をあげて、だけれど職場では誰よりも尊敬されていて。
私は別に妻に暴力をふるうようなことはありませんよ。それは事実です。でもね、なんというか自分の手や足、体つきなんかを鏡で見た時に、ため息が出てしまうんですよ。
あぁ、親父に似てきているって。
仕事場からへとへとになって帰ってきた、親父と同じ顔をしているって。
嫌になりますよ。本当に、悔しいくらいです。自分では、少しでも遠ざかろうと、少しでも父親よりも賢くなろうと、少しでも父親より器用な生き方をしようと、そう思ってきました。
そうやって努力してきました。
本当に、自分のことを嫌いになることばかりです。
この塔だってそうでしょう。
ここに建設されるまで、あそこには人が住んでいたんです。多くの人は、貧しく仕事もしていない人ばかりでしたが、それでも命を燃やして毎日を生きていました。
皆、最初から知っているのです。
彼らを殺して作った塔だということを。
彼らの家々を潰して、それによって得られた場所に作った塔だということを。
私は。
この塔を作ることは、自分の誇りになるだろうと狡い計算をして汗を流しました。
そうなんですよ。
その時、初めて。
父親にできないようなことを成し遂げたと思えたんですよ。
スリーツール エリー.ファー @eri-far-
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます