無重力の日


 ~ 六月十六日(水)

    無重力の日 ~

 ※千波万波せんぱばんぱ

  つぎつぎと押し寄せて来る波




 昨日の小さな小さな事件。

 でもまさか。


 それが大事件へ至る火種になっていたなんて。

 誰に想像がついただろう。


 昼休みも残り半分程となった舞浜探偵事務所に。

 首をひねりながらやってきた依頼人。


 彼女から伝えられた不可解な呪文を聞いて。

 所長は、滅多に聞かないリアクションをした。


「消えて出てきたシャーペンがまた消えて出て来て結局消えた」

「なんて?」


 いつもの白米しか入ってない弁当箱を鞄にしまいながら。

 間抜けな返事をした所長。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 彼女が見つめる先で。

 委員長は難解な暗号を、少しだけ日本語に寄せた。


「消えたシャーペンが出てきて、またシャーペンが消えてもっかい出て来て、結局消えた」

「…………さて、今はシャーペンを持っているでしょうか持っていないでしょうか?」

「クイズじゃなくて」


 眉根を寄せた依頼主の顔を見て。

 所長は、信頼回復のために最善の一手を打つ。


「助手の立哉君。ひとまず容疑者を」

「もう終わった」

「なにすんだよ~!」


 両手両足を縄で縛って。

 床に転がした前科持ち。


 ジタバタともがく姿は。

 往生際の悪さのなせる業か。


「こら犯人。言いたい事があったら聞いてやる」

「せめて女子の手で縛られたかった~!」

「……ほぼ自供してるようだが? どうするよ、委員長」

「あんたは何度も何度も……!」


 こうなってしまえば。

 まな板の上のアスパラガス。


 お腹の辺りをふみふみされても。

 抵抗のしようもない。


「踏まないで~! あるいは、踏むならもっと足を高く上げて~!」

「どエムなの? なら、お望みどおりに……」


 そして始まるお仕置きタイム。

 より激しくなったストンピングを食らいながら。


 パラガスが放った一言は。


「うそ……、だろ? ……白じゃない!?」

「きゃーーーーーーー!!!!!」


 スカートを押さえるどころか。

 さらに激しく踏みつけ始めた委員長。


 でも、そんな攻撃を。

 幸せそうな笑顔で受け止める大物、パラガスなのであった。



「元は、ほんの小さな事件だったのに。とうとう案件にまで発展したな。えっと、110番に電話しとかねえと」

「そうだ……。事件の話なんだけど……」

「ああ、すぐに解決するから待ってろ」


 俺が、物言わぬぼろ雑巾と化したパラガスを見下ろしながら携帯を取り出していたら。

 秋乃はふるふると首を振って否定する。


「オウムの話……、先輩とかに聞いてみた」

「ああ、あれか」


 飼育部のオウムが逃げちまったんだったよな。

 あれ、一人で解決しようとしてたのか?


「現場を教えてもらったら、こんな証拠品がそばに落ちてた……」

「…………しまった。今お巡りさん呼んだら、どっちが本物でしょうかクイズが始まっちまう」


 頭を抱える俺の目には。

 秋乃が指差すお稲荷さん。


 薄汚れた、石造りのキツネが。

 家に帰せと俺を悲しそうに見上げていた。


「この罰当たり……! 頭いてえ……」

「あ、それならね? キツネさんの頭をさするといいかも」

「なんで」

「悪いところをさすると良くなるとか」

「そんな霊験あらたかなもんを……」

「あと、百回お参りすると試験に合格するとか、罪を重ねた人が持つと重く感じるとか、ひ弱だった僕がマッチョになって彼女が出来ましたとか……」

「急に信ぴょう性無くなったな!?」


 そんなこと無いよと。

 キツネの頭を撫でながらこいつは言うが。


 そうだよ分かってんじゃねえか。

 お前の一番悪いとこはそこだ。


「探偵なら証拠見せてみろ証拠」

「う……。わ、私に罪は無いから、結構軽かった……」


 目を泳がせながら。

 もごもごと口ごもる秋乃。


 そういやこいつ。

 朝一で学校に来ておいて。


 後から来た俺が見た時には。

 汗びっしょりかいてたな。


「…………軽かった?」

「軽かった」

「ほんとにほんとにカルカッタ?」

「本当はコルカタ」


 インドの大都市の話じゃねえ。

 軽いわけねえだろ。


 俺が、罰当たりな上にいい加減なことを言う秋乃を懲らしめてやろうとしたところへ。


 割って入ったのは佐倉さん。


 でも、彼女が庇ったのは。

 秋乃じゃなかった。


「きゃああああ!!! 長野君、大丈夫!?」

「いいとこなんだから邪魔すんなよ~。無実の罪で、こんなご褒美もらってんだから~」

「…………え?」


 ああもう、話がとっ散らかる。

 面倒だからこいつを先に警察へ突き出しとこう。


 俺は、再びポケットから携帯を取り出したが。

 通話ボタンを押すことはできなかった。


「きもこわっ!? 無実じゃないでしょあたしのシャーペン取っといて!」

「取ってないよ~?」

「え?」

「え?」

「え?」


 秋乃と委員長。

 そして俺の頭に浮かぶハテナマーク。


「えっと……、じゃあ、誰があたしのシャーペン取ったの?」

「あ! そうそう! あのね、秋乃ちゃん! 謎持って来たの、謎!」

「ぱくっ!」

「やめねえか! 話がごちゃごちゃになるだろが!」


 佐倉さんが、慌てて誤魔化した感じで秋乃の手を取って。

 謎をもう一つテーブルに放り入れる。


 順番に片付けろよ。

 考えがまとまらねえだろうが。


「あのね? 三階から飛び降りたのに平気な人がいたんだって!」

「そ……、そういうの待ってた!」

「いやいや。うそだろ?」

「…………ウソかどうかはともかく、その噂、あたしも聞いた」


 佐倉さんの話を肯定したのは委員長。

 真相はともかく、その噂自体は本当のようだ。


 ……でも。


「どうして委員長はそんな不機嫌そうに佐倉さんのことにらんでるんだ?」

「どうしてもこうしても。その、噂になってる飛び降りた人。…………佐倉さん。あんたなんだけど」

「へ? いやいやそんなわけないじゃないのなに言ってるのよしまっちゅ!」

「しまっちゅいうな!」


 なんだかもうめちゃくちゃだ。

 ひとまずパラガスだけはゴミ箱に突っ込んでおいて。


「佐倉さんはほんとに飛び降りてないのか?」

「三階分も落下したらどうなるか分かるでしょ!?」

「さ、佐倉さん……。実は、無重力説……」

「そんな物無いわよ!」


 どうにもピントがずれてる所長が。

 佐倉さんを持ち上げようとしてるけど。


「ないない! 無いから持ち上げようとしないで! それはそれで重たいって思われそうだからイヤ!」

「えい。……おっとっと」


 強引に佐倉さんを持ち上げた秋乃が。

 ふらふらとしたもんだから。


 俺は、慌てて支えてやろうとしたんだが。

 予想よりも早く体勢を崩し始めやがった。


「あぶな……っ!」

「きゃ……!」


 後ろに倒れ始めた二人の背中に。

 なんとかタックルすることに成功した俺だが。


 その人の罪で重たくなるお稲荷さん、二体。

 普段から悪い事ばっかり考える俺には重すぎた。


「ぶぎゅっ!?」

「うわごめん! 保坂!?」

「……いや、大丈夫」


 支えきれず、膝から崩れた俺の顔に。

 座る形になった佐倉さん。


 慌てて立ち上がって謝ってはくれたが。

 俺は、何もリアクションを取らないように気を張った。


 ……だが。

 犯罪というものは、必ず暴かれるもの。


 俺は、犯行現場に。

 どうやら凶器を残していたようだ。


「……立哉君」

「なんだよ」

「にやにやしてる」

「してません」

「鼻の下」

「伸びてません」


 佐倉さんの柔らかいお尻が顔に乗ったからって。

 嬉しくも何ともねえ。


 俺は、祝賀パレードを始めた自分の心を誤魔化して。

 不機嫌を装っていたんだが。


 そんな俺の前に持ってこられたものは。


「うはははははははははははは!!!」


 ……嘘発見器だった。



 ~´∀`~´∀`~´∀`~



「おい、保坂。お前は立っ…………、いや、立てなさそうだな」


 校内にいくつあったのやら。

 お稲荷様が大集合。


 それに押しつぶされて。

 教卓の横で横たわる俺。


「お前、重くないのか?」

「俺は何も悪くねえから重くも何ともねえ」

「……ならばいい。授業を始める」



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