愛のあいさつ
清瀬 六朗
第1話 雨のなかを、千花名は
雨のなかを、
赤の地に白の水玉模様の、七十センチの大きな傘だ。明るくて、おしゃれで、気に入っている。ビニール傘にしては高かったけれど。
その上から、ぼつっ、ぼつっと音が響いてくる。雨粒そのものではない。上を覆う木の枝や葉にたまった水が大粒のしずくになって落ちてくる。
道にたまった水が足にまとわりつく。それはわかっていたのでブーツを履いてきた。ダークブラウンのロングブーツだ。けれどそのブーツがはじききれないほどの水がついてくる。しかもその水が泥水だ。アスファルトの上なのにどうしてこんなに泥が混じるのだろう。
昨日もおとといもそうだった。注意して歩いたつもりだったのに、足や靴下に撥ねた泥の跡が残っていて、家に帰ってからみじめな気もちになった。
こんなふうになるのも、きっと、この体が大きすぎるせいだ。
そう思ったところで、ため息が出そうになったので、唇を開かず顔を上げて、逆に息を吸いこむ。
この子との友情が終わったのかどうか、千花名にはわからない。
何が起こったのかさえ、わからない。
思いが菜穂のことに戻って行きそうなのに気づいて、千花名は唇を結んで顔を上げた。
傘の前に影が近づいてきている。
いや、自分がその影に向かって進んでいる。
足を止める。
傘を上げて前を見る。
女の人が立っていた。
「あっ」
明るい黄色の傘をさしている。空の明かりがその傘を透けてとおっていて、その顔は明るい。
日焼けしているというのとは違う、もとから薄茶色い肌の、顔の丸い女の人だ。背は千花名よりまだ高い。体にはしっかりと肉がついていて、たくましい体格だ。
近くのコンビニの袋を提げている。買い物に行った帰りなのだろう。
「
つぶやくようにいうと、
「ひさしぶり、チカ」
「ここで会ったのも何かの縁ってことで、寄って行かない?」
どうしよう?
でも、断る理由はなく、断りたくない理由はいくつもあった。
ほんとうに久しぶりで、次いつ会えるかわからない。一人でいると思いがどうしても菜穂とのできごとに戻ってしまう。それに、ただ、なつかしい。先生も、あのお教室も。
「じゃ、行きます」
それで、千花名はそう短く答えた。
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