ジャンプ・フロム・ワールド

@yuiyui111111111

プロローグ

7月別平均気温プラス5℃という熱帯夜。今日は夏休み前日の金曜日。日付は7月20日。


 明日から夏休み、とは言っても高校2年の俺らにとって夏休みは夏期講習期間と早変わりしてしまう。週5日の5時間授業をやり、そのうち金曜日はその週に行った5教科のテストをやらされる。


「2年の夏休みは3年の勉強の土台を固める!」


「2年のうちにライバルと実力差をつけよう!さあ、受験の学び舎へ!」


「絶対に上がる!諦めるな!講師一同あなたの挑戦をサポートします」




 6月辺りからこのような広告が俺の家に大量投下されている。確かに受験は大事だ。将来は公務員になって安定した生活を送りたいが……。




「矢野家の家主と熱心な塾教徒の両立は難しいな。どの塾も6時間以上の拘束は確定だし」




 俺の家は両親ともに海外を飛び回る研究者として働いているので、高校入学と同時に一人暮らしを開始。炊事洗濯家事を全部こなし、今では料理サイトのレシピは全て網羅したつもりだ。


 夕食に力作のペペロンチーノを食べ、食器を洗い終わった後はTVを小一時間ぼーっと眺める。


 それにも飽きたらいつもなら課題を進めたり、ゲームをやったりするのだが、今日は明日の「準備」をする。




 ピコン、ピコン




ちょうど友達からのメッセージが届いた。


『明日の海楽しみだな』


『進也―、3人分の飲み物頼むぞ~』


 やべ、買うの忘れてた。




 明日は高校の友達3人と海でバーベキューをする予定だ。夏休みは明日に始まり、明後日で終わるような俺らにとって、初日で楽しまなかったら夏期講習という気だるい雰囲気のイベントに流され、8月中旬以降の休みでもダラダラ過ごしそうだから今のうち遊んで、少しでも遊びの流れを作っておこうということになった。


 時刻は午後9時50分。家から歩いて10分のところにある激安で有名なスーパーに行きたいが、そこは午後10時に閉店してしまう。たとえ自転車で行っても途中の大通りの信号に引っかかればかなり危うくなってしまう。


 かといってコンビニ商品では値段が倍近くなる。一人暮らしは節約しなくては。


 車も原付は無免許。陸上のオリンピック選手並みの脚力はもちろん持ち合わせていない。


 そんなこんなで1分ほど熟考した後、両腕を思い切り天井に向かって伸ばす。そして振り下ろす。確かスーパーの裏には公園があったな。




 スーパーの裏の公園のジャングルジム頂上に到着。ここは街灯も少なく夜になればひと目につかない。俺今なんか犯罪者みたいな思考してね?




「あ、あ……」


「あ」




 ジャングルジムの目の前にあるブランコ付近。そこは暗闇に覆われているが、道沿いの街灯の光が漏れており、そこに人がいることが認識できた。上下に俺らの高校とは違う体操服を着ている女子高生っぽいな。手には……缶ビールか?




「あはは、私ヤマダはきっとラノベの読みすぎで人が瞬間移動してきたという幻覚を見ているのでありますはい。こ、これはいいネタが、お、思いつきそそそそおおおお」




 そう叫びながらヤマダさんは街灯のある道へ駆け出していった。女の子一人で大丈夫かな?高校生でラノベ作家なのか?とりあえずヤマダさんには悪いことをした。




それより、




「ジャンプドライブを見られたのなんて初めてだなあ……」






 俺がこの能力を獲得したのが高校1年生の4月。親が家からいないという新鮮な雰囲気と開放感から普段絶対しない倉庫の整理をしたときに一冊の本を見つけた。




 禁術「ジャンプドライブ」


 この本を開いた者には禁術「ジャンプドライブ」を授ける。貴殿の望む所へと。




 たったそれだけが、そして何故か日本語で書かれていた。残り百ページは空白。




 最初は両親が置いたものかと思ったが、あの仕事人間たちがこんな中二病臭い小説?伝書?を買うわけもない。海外旅行で買ってきたお土産の中に埋もれていたので、胡散臭い海外の商売人がこっそり仕込んでいたやつを間違って買ってしまったものだろう。


 連絡しようか迷ったが男子高校生の息子が中二病にかかったと勘違いさせてしまっては可哀想だと思い、何も話さなかった。




 だが、アニメやゲームが好きな俺にとって少しばかり興味をそそられる魅力があった。せっかく誰も見ていないんだ、ちょっとばかり二次元の理想をやってみてもいいだろう。どうせ、1年後には自分も忘れているに決まっている。


 誰もいない空間で脳内言い訳を済ませ、軽く肘を曲げて両腕を天井に向かって上げる。




「あの記述から推測すると、空間転移、瞬間移動、ワープ的なものか」




 とりあえず、万が一、億が一にもできてしまったらきっと混乱を招いてしまうな。うん、だからここは家の玄関に転移してみよう。




「ジャンプドライブ」




 腕を振り下ろした瞬間、真正面には銀色の取手のついた焦げ茶色のドア、右には靴箱、左には白い壁。




 そこは正真正銘、矢野家の玄関だった。






 そして現在。




 これ以来俺はジャンプドライブを度々利用してきた。学校に間に合いそうにない時は屋上へ。今日のように行きたい店が閉店しそうなときも。


 物理法則を無視しているとしか思えない能力だが、別に利用して体調不良にもなってないし俺は便利な移動手段として利用している。




「ま、ヤマダさんも言及はしてこなかったし早いとこ飲み物買わないと」




 ジャングルジムから降りた俺は目の前のスーパーで500mlのお茶を3本買い、ジャンプドライブで帰宅しようと思ったが、途中のコンビニで明日の軽食にカロリーメイトを買うためにコンビニに寄ってそのまま歩いて帰った。




 家に帰った後は持ち物のチェックをする。


 3本のお茶、カロリーメイト、大容量充電器2つ、フリーザーパック、味噌汁パック、コンビーフ缶、ビニール袋、割り箸10本、上下長袖のジャージをリュックに詰め込む。肉とか野菜は海の近くにあるスーパーで現地調達だ。


 一応、電子書籍が入っているタブPCも詰められるか確認する。野外活動にイレギュラーはつきものであるため、雑学の本があると便利だと考えた。




「よし、準備は完璧だな」




 時刻は午後10時30分。高校生が寝るにはまだ早いが、明日は午前7時に家を出ないといけないので風呂に入って寝よう。


 その前に、何気なくスマホを見るため視線を地面の方向へ落とす。




 ゴオオオオオン




 急な地鳴りと同時に、俺の足元にはRPGでよく見かける魔法陣が出現していた。


 白線で描かれた複雑な模様をした魔法陣。画展やゲーム内ならこのクオリティに感銘を覚えるところだが、今はそれどころではない!




「魔法陣?ってあれ、どんどん揺れが強くなっている?誰か!たす」


けてくれ!


 と言おうとした時、そこは俺の部屋ではなかった。




 周囲には身長177cmの俺より圧倒的に高い木々が連なり、その根本には手入れの施されていない雑草が生え散らかっている。


 1分ほど呆気にとられた後、ようやく正気を取り戻してきて、俺は一つの結論に至った。




 高校2年生の矢野進也という人間は異世界召喚されたと。




「一体何をすればいいんだ?こういう時はとりあえず人間の住んでいる街を探さないと」




 歩きだそうとすると、足に何かが当たった感触がある。


 それは海へ行くために用意したリュック。まさか非常時用として役立つとは。




 リュックに詰めておいたジャージに着替えて、道が少し開けている方向へと進んでいく。獣道のような道だが、周囲にはそれくらいしか道呼べる道がなかった。


 春のような気候の中、黙々と歩いていく。猛獣はいないようだ。


 それが確認できたことに安心感を覚えていると、50mほど先の小さな平地に白色のフード付きローブを身にまとった人が座っているのが見えた。




「人だ……。おーい、そこの白ローブの人―」




 だが、なにか様子がおかしい。白ローブの人は俺の声に気づいてこちらを向く。




「た、助けてください!」




 その人の目の前には3匹の狼らしき生物がいた。威嚇をしながら、牙をむき出しにしてよだれを垂らしてジリジリと近づいている。




 


 お父さん、お母さん。俺はなぜか異世界召喚されました。見知らぬ土地で大きな狼の群れと戦います。だって困っている人がいるなら助けたいじゃないですか。


 放任主義の両親が口酸っぱく言っていたな。




「困っている人を見捨ててはいけない」




 俺は白ローブの人の付近へ向かう。自分のためにしか使っていなかった能力がこんな時にも使えるとは思わなかった。


 恐怖はある。だが助けたい!


 両腕を広げ、大きく一歩を踏み出し、両腕を振り下ろす。 




「ジャンプドライブ!」

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