AIボーグ・桜!

鐘井音太浪

 AIボーグ・桜!

   AIボーグ・桜!             鐘井音太浪


 フィクション


 今、息詰まっている人たちに、この物語を贈るよ! みんな、こんな世界観体験は如何?

                    by 園咲 桜そのさきさくら



   主な人物

園咲 桜 (24)主人公。サイボーグで、婦人警官

藤崎 健輔(44)フリーランスの科学者で、警官

灰田 丈次(44)闇の組織の科学者兼中ボスで、革命家

城野 英治(66)政治家で、闇の組織デッターズの指令者、デッドマスター

蜂力 綾女(33)闇の組織のエージェントで、フリーのリポーター

岸田 夏美(42)公安委員会預かりハイスペックテロ組織対策班班長

岸田 冬美(42)ガッツリセキュリティ会社社長

花園 百枝(27)所轄本署の地域課婦人警官



   0 序章

 稜線の山間。町の北側に位置する田園地帯上空で、農業用ドローンが高く飛んでホバリングする。これからピンポイントで空散(くうさん)……つまり、その昔はヘリで実施した農薬散布を、コンピュータ仕掛けでラーニングプログラムされたドローンが実施圃場に狙いを定めている。

 この田園を北部に頂く町は、さくら町4番地だ。枝道もあるが主要な幹線道路を行った先には市街地があり、そこに市役所を持つ本町がある。で、この町の東を……一般道路ながら交通事情がハイウエイ化した都心と東北地方を結んでいる大街道の通称R―4(国道4号線)が通っている。

「まてぇ~え!」と、若い女の怒鳴り声が轟く。

 まるで生物の如く驚きのあまりにビビッて動きを止めるドローン!

 また、「里芋泥坊めぇ~え」と。ドローンが怯んだように揺れて……突風が徒する。

 農業振興職員が持つ通信端末機の通称AAパッドに、声の主と光景が映る――裾野の雑木林の茂みと、芽が息吹く里芋畑の境の畔道を……必死に逃げるイノシシ――追い抜いて、立ち憚って、評判通りの猪突猛進を利用しての……次の瞬間にイノシシが宙を舞って……茂みに飛ばされる。グビーと鼻を動かし山に帰っていくイノシシ。

 畔道で見送る――パンプス、膝丈タイトスカートのおみ足を均等に開き、括れたお腰に両の手をついて、肩までボブヘアの若い女の後ろ姿は、見るからに制服を着た婦人警官だ。



   1 園(その)咲(さき)桜(さくら)、参上!


「園咲巡査……」と、女性の呼ぶ声に、肩までボブヘアの若い感じの女……婦人警官が手腰開脚状態を振り向きながらほどいて、スタスタと歩み始める……なかなかの曲線美のボディ。引力に逆らっているバストを制服が制御していて――シュッとした輪郭の卵型フェイス。ちょい長めでラフな左わけのボブヘア。

 農作業中だったのであろう……後ろにスカーフがついた麦わら帽子を被った農婦のトミ御年70歳が、「桜ちゃんは私らの守り神ね」と笑う。

 へへッと! 頭を掻きつつ農婦のトミに近づく……見るからに若く、イノシシをも投げ飛ばしてしまったが、見た目にはそんな風には絶対に見えない華奢(きゃしゃ)ぶりの女は――園咲桜、24歳の『さくら町4番地交番』勤務の婦人警官だ。

 制服シャツのカラー(襟)から出た首に、桜の花一輪のモチーフチョーカーをしている。ま、どう見ても私物で勤務中の制服にそんなお洒落は一般的にはタブーなのであろうが。こんな有様(ありさま)の桜には、農婦のトミも、同僚も、町民も……園咲桜の象徴として認めている。ま、外すことができず体の一部化した特殊なチョーカーでもある……のだがぁ……!

 何処、引っ付いたのか? 桜の肩に毛虫が這っている。黒と茶の毛はカセルことがない毛虫なのだが。その何となくの感触に、桜が肩を見るが、その視界に入らない。

 トミが、「あ、桜ちゃん」と、手袋をした手で払ってくれて、「毛虫、ついてたよ」の「毛虫」と耳にした瞬間に、ギャーァア! と、野山でも引き裂きそうな悲鳴を上げ、「いや、いや、取って、トミさん……」とおろおろする桜。

「今、払ったよ、桜ちゃん」とトミが朗らかに笑うが、必死な桜にはトミの声が届かない。

「まあったく、あんたって子は……」と、『園咲巡査』と呼んだ声の主の花園百枝、27歳、所轄本署地域課所属勤務婦人警官が近づいて来て、笑う。

 左右の眉毛をへの字状態でおろおろと屈んだり体をくねらせ肩を気にしていた桜が見る。「だあって、百枝先輩! イヤなんだもの、ケムケム」

「イノシシを投げ飛ばしちゃうあんたが、毛虫ごとき」と、百枝が鼻で笑って下を見る。

 雑草の合間を落ちた毛虫が這っていく……。

「だって、生理的に嫌なんです、あれは」と、強張った顔で、恐れながら指を差す桜。

 百枝がトミと顔を見合わせて含み笑って、吹き出し笑う。

 花園百枝も美人系のそこそこなスタイリングのレディで。ま、私服でプライベートな場では友達以上の姉妹未満的仲良しな美女2人といったところで、警官とは思えないであろう。

「巡回行くよ、桜巡査」と、百枝が、後方のNo4明記のミニパトに戻っていく。

「じゃあ、トミさん」と微笑んで今時な手の振り方で挨拶して桜も戻っていく。

「ああ、百枝先輩! 待ってぇ」と、一般的な小走りする桜。

 百枝が運転するミニパトが、草むらの畦道でも『4DW』印は伊達ではなく走っていく。

 助手席で、ほっこり顔で見送るトミに、手を振る園咲桜を乗せて――。



   2 さくら町


 長閑(のどか)なイメージの田舎町で、中心部に当たる一番大きな十字路交差点の角に、『さくら町4番地交番』の木製表札のかかるシンプルイズ(極一般的)な2階建ての交番がある。

 今時の軽量なⅬEDタイプの信号機――下に『さくら町4丁目4番地交差点』の表示板。

 ミニパトの中――運転している花園百枝巡査部長と、助手席で車窓外(しゃそうそと)に手を振る園咲桜巡査。ミニパトの外で、土手に座って休憩中の農夫たち……こなれた田んぼに最新乗用GPS仕様の田植え機が横付けして、タオルをほっ被りしたオヤジがほっこり顔で「桜ちゃん」と口が動く。つられるように疲労感ある顔で見た農夫らもほっこり顔に変えて、汗を拭う。

「あんたって子は、この町のアイドルだね」と、百枝が運転目線で微笑む。

「ん。あたしもだよ、百枝先輩。この町のみんなが大好きよ!」と、笑う桜。

 区画整備された長方形の田畑の幅5メートル50センチ未満の農道を、さくら町4番地表示の交差点に向かって、長閑な速度で進む……やがてその道はセンターラインのある道路に代わって……縁石のある歩道でガードパイプの備わった広めの道路をミニパトが来て、桜の横の車窓の外に、小学校ありの黄色い標識を通過する。と、さらにミニパトが町外れの敷地に2階建て建物や多数の倉庫がある全国農業流通機構(オールアグリカルチャーセンターの略称AA)さくら市東支所が右側にある。この町唯一の銀行――通称AAバンクの窓口も有していて、各種保険や融資なども取り扱っている。

「じゃあ先輩。この先の地産物産センターで、Uターンがてら巡回して、交番に戻ります」

「オフなコースよ、園咲後輩」と、にこやかに直視した状態で微笑む百枝。

 桜が一瞬変顔をして、「ああ」と気が付いて、「オフコースですね、先輩」と、聞き返す。

 百枝が若干苦虫を噛んだような顔をする。その横の車窓外には……ミニパトが敷地を広く有している民家や土建屋の出入り口を通過する。フロントガラス前方に……さくら町4番地の中心部交差点が見えて……近づいて、差し掛かり、交番向かいの、こんな田舎町でも店舗が唯一あるコンビニエンスストアがある。『コンビニイレブン』の11をワンワンと犬の鳴き声に変えて、もうひと捻りした愛称の『ワンコン』と称して呼んでいる。

 今はゴールデンウィーク中なので、今時私服JK(女子高生)2人が通りかかって、ミニパトに気が付いて、振り返って手を振ると、手を振り返す桜。

 ワンコン前の停留所。公共機関の路線バスで30分も揺られれば……本町中心部に辿り着ける。ちなみに、バスの本数は基本1時間に3本の始発が6時丁度で、最終が21時だ。

 フロントガラスの外に、『地産物産センター』の看板が見えて、T字路左角に広大に敷  地のセンターの建物と、有名チェーン展開しているハンバーガーショップやファミレス……カフェまであって、唯一都会観の町民憩いの場で、農業以外の雇用がそこそこにはある。

「ああ、桜さんだ」と、ミニパトを駐車場に止めて、百枝と徒歩で巡回している桜に、遊びに来ていた児童らが群がって来る。男子が桜の尻を触って、「こら、本人の了承もなく。あたし以外にしたら現行犯で、逮捕だからね」と、触れる程度に拳骨をする笑顔の桜。



   3 さくら町4番地交番


 改め、一般的な佇(たたず)まいのさくら町4番地交番――日当たりのある正面口のサッシの戸は広く開いていて、机と椅子がある見張り所(お巡りさんが常駐しているスペース)の誰も居ない様子が駄々洩れでわかる。逆に、御用のない者とおしゃせぬ感が漂う。

 正面口屋根の軒下に監視用の定点カメラが設置されていて、黒っぽい半透明なカバーの中で赤い点の光が輝く。周辺を広角で映すこのカメラと同じものが計6つ設置されている。横に広め駐車場。

 この交番には秘密の地下室が存在している……と、床下の地面をそのまま見ても一般的な目線では見通すことが困難であろうから、いきなり地下室に場面を移す。


 さくら町交番の地下室――コンピュータフロアの中。中央に園咲桜等身大のバーチャル(立体)映像。まるで桜がここにいるようではあるが、足裏は床から離すことができない突っ立ったままの制服姿の透け感がある映像だ。

 4面に囲まれた内壁の1面にコンピュータシステムの装置と2つの大型モニターがある。左のモニターはさくら町の各所と交番付近の防犯カメラからの映像が30秒おきに移り変わっている。何か危険を匂わす事を感知する度、ピッと、短くブザーが鳴って、その中央に自動で拡大投影されるのだが、今は平和そのものの光景の24分割の各所映像が届いている。

 右のモニター前に、キャスターで移動可能な椅子に座って監視中の男の後ろ姿!

 映像は、雑木林沿いの畦道で逃げるイノシシを追っかけて……追い越して……立ち憚って、迫るイノシシを中腰になった映像視野からの流れのままに――イノシシの下に入って――反り返るといった素早い動きで――抱えた両手を視界の上の方にあげることによって――投げ出されるイノシシが、逆さ映像アングルで地面に飛ばされて素早く起き上がって茂みに入っていくイノシシが映る。片隅に『LIVE』の文字がある。

(もうお分かりであろうが)桜が首にしている桜の花のチョーカーの中心に設置されているCCDカメラから映像がここに届いている。

 今の映像を『Replay』するその男――トミさんのサトイモ畑を荒らしていたイノシシを、園咲桜がお仕置きをするために、畦道にイノシシを追い出して、追っかけて、追い越して、突進してきた勢いを借りて得意の巴投げを放って、着地したイノシシ……。

 今は、婦人警官園咲桜等身大透け感映像に『no(ノー)‐(ー)problem(プログレム)』と音声と文字。

「あはっ」と声を立てて、両手を後頭部に当てる後ろ向きの男。「まったく、桜の奴は」と、笑ったままの冷めやらぬ声を引き摺って言う。

 ギャーと悲鳴! 桜が毛虫に集(たか)られて藻(も)掻(が)いた時の周囲の光景が揺れ動く映像……。

 モニター前で大笑いした男が椅子を回転させて前を向く。襟足長め無造作ヘアで醤油顔の少し前に流行ったチョイ悪オヤジ的な風貌のネービーカラーシャツに、コーデュロイ地のベストとロングパンツ姿のこの男は、藤崎健輔44歳独身中年男だ。が!



   4 縁の下の重鎮


 藤崎健輔44歳独身中年男だ――が、訳あって死んだことになっていて、役所で除籍されてしまっている身でもある男だ。生きたままなら、その筋の科学界で博士号の称号を受けていてもおかしくはないほどの、サイバー科学の権威的オタクっぷりだ。この交番のカメラも、町のいたるところ……24箇所に設置されたカメラも、桜の手を借りて設置したのは藤崎だ。

 ……園咲桜が当初、「バッグヤードだね、健輔!」と、言ったことから『CPSヤード』の愛称の隠語となっている。

 さくら町4番地交番地下コンピュータフロアの左のモニターに、唯一のコンビニ、ワンコン店内映像が映る――さっき立ち寄った私服JK2人が、レジでエコバッグを出して会計をしている。1人目のJKが……『ZENYCARD』記載のスマホアプリをセンサーに翳す。レジスター表画面に『残高不足』文字が出る。「あれ、じゃあ、ポイント返還で!」と、無事会計を済ませて、安堵の顔をする。商品が詰まったエコバッグを持って、もう1人のJKと変わる際に、アイコンタクトをして微笑みあう。

 と、町民に今や周知されている『ZENYCARD』の電子マネーのゼニカシステムも藤崎考案の代物システムだ。この町にも流通はある。が、銀行機構が無いに等しいこの町でも、無論のこと、国内に通ずるスマートマネーシステムが必要と考えた藤崎がシステム化した。


 監視カメラ映像――交番前の交差点で、歩行者信号待ちをする今の私服JK2人……「ビビったよ」「激ヤバだよ、ゼニカ!」「ほんと、助かるー」「ねー」と、信号が青になって正しく横断歩道を渡る2人のJK……一瞬ビクッと慄(おのの)く!

 停止線オーバーで、急ブレーキのタイヤを鳴らして停車する品川ナンバーの高級車。「サゲー」「サゲ―」と指で示して渡り去っていくJKら。車窓の中に20代カップルの男が怪訝顔を見せる。

 藤崎のがキーボードを操作する。モニターに『AUTOLEARNING』と出て消える。

 ま、モニター監視中の藤崎には、事なきを得た状況と思えて立ち上がり、壁1面から縦に添えてあるテーブルに行って、おいてあるカップを啜る。今見ていたモニターの画面にこの町のマップが重なり写って、ピンクに輝く桜模様の点がマップの中心……近づくのを知る。


 コーヒーカップ片手に一服中の藤崎。音が鳴って、目を細める。

 桜のチョーカーからのモニターに、別反応が出て――見た目若作りの中年女が映る。

「異常、ないぜ!」と、藤崎が臆することをいらずして、冷めた感じで応答する。

「まだ何も言ってないじゃない、健輔さんの亡霊さん」と、モニターに映るスーツの女。

「足はあるが、ま、抹消されちまってるからな、桜も、俺も。言い返す言葉など今更だな!」

「定期的な、通信よ。亡霊さんなら、案外きっちり者だから……」

「OK! 俺も、桜も、この町も、オールクリアーだな」

 と、モニターに現れた女の正体は、岸田夏美42歳、警察庁公安委員会委員なのだが……。



   5 本町所轄署とさくら町4番地交番


 交番に戻るミニパト内で、桜と百枝が話す……。

「何なんですかね、百枝先輩」と助手席で園咲桜が……「命名、イチゴパクリン魔ですよ」

 運転する花園百枝が笑って、「そうね、売店の試食を全部食べちゃったって、ことよね!」

「自由に食べるようには、表示されているので窃盗にはなりませんよね。百枝先輩」

「そうね、マナー的な問題では、精々軽めの注意喚起(かんき)程度だわ」

 車窓外――来るときに通ったワンコン前対面のバス停。こちらは本町に行くには内回りで、AA前らか小学校……と本町との境の峠にも、一軒の古民家専用と今やなってしまっている自然公園前停留所――本町からはR―4(国道4号線)に連絡しているさくら町4番地の境として南を東西に走っている片側2車線の南大街道(県道2号線)で、途中に1箇所のバス停がある。南大街道は一般道のフリーウェイの時速60キロ未満走行可能で早い。で、今、桜らが巡回してきた『地産物産センター』にも、停留場がある。

 と! ミニパトでも立派なパトロールカーであるからして、警察無線が入る。

「ピピッ! ――さくら町4番地交差点真っ直ぐ北へと行った2本目の農道十字路で出合い頭の事故発生との通報あり、巡回中のミニパト4は向かわれたし。本町交通課が行くまで現場保存と当事者の対応をされたし!」

 桜の指がスイッチを押して、「こちら、ミニパト4。了解しました。大昌さん!」

「あんたねぇ、名字と名前の短縮化をやめなさい!」無線機パネルに『KEEP』の表示。

「ああ、すみません。つい!」とお惚け桜に、運転する百枝がクスッとする。

「もお、次は負けないから、覚悟していてよ、桜巡査!」と一瞬笑いが混じる大昌の声。

「お手柔らかに、大山昌乃(まさの)巡査部長」と、無線スイッチを押して、『FREE』に戻す。

 運転席の百枝がチラッと見て、「なんで、イノシシに追いついて、投げ飛ばすあんたが。いくら重量級の差でも、いい勝負になっちゃうわけ?」と問う。

「それは……ですね、百枝先輩。知恵があるか否かでして……流石に人間ですから、駆け引きで手古摺りますよ!」と、百枝の顔を見て笑う桜。

 事故の現場が見通せてきて――ハザードランプを焚いて、ミニパトが路肩に止まる。見るからに、コリジョンコース現象による農道四つ角出会い頭交通事故!

「交通課が来るまで、白黒つけぬ対処ですね。百枝先輩」

「お! わかってきたね、園咲巡査」

 地元の農夫、館中寅夫77歳の軽トラックと、品川ナンバーの高級車、洋平20歳男と明子21歳女のカップルで。こっちには『止まれ』の標識がある。が、「だからジジィは……」と高齢ドライバー批判の罵声が桜の耳にしっかりと届く。高級車の品川ナンバーを見て、軽トラを、目を細めて見る桜。内心「あ~トラじいぃ!」と。が、公平な立場でなければならない場面で、明らかなる一方的な偏りは、後々に厄介ごととなる。

 と! お馴染みの白黒ボディの事故処理車が農道を来るのを……黙認する園咲桜。

 この事故の情報がCPSヤードにも、桜の首を通じてメモリーされている。



   6 国道4号線はルート4


 前バンパー中央部が凹んだ品川ナンバーの高級車が3車線道路の左レーンを何とか走っている。フロントガラス越しの車内には、運転している洋平のみで、カノジョのようにも思えていた明子の姿は助手席にない。「くそぉ、田舎者どもめが!」と何やらご立腹だ。


 数時間前の農道2の四つ角――館中寅夫の軽トラが突然ウィンカーをつけてこちらに曲がって来るのが前方に確認できる。が、助手席のカノジョらしき明子に話しかけるのが夢中で、前方を見た洋平が、ハッとして急ブレーキ! 前のめりになる明子と洋平……が、ガシャッと接触する音と衝撃が来て、シートベルトにひきつけられる明子と洋平。右折してきた軽トラと接触事故を起こしたことが分かって、ベルトを外して洋平が車外に出る。明子は、驚いたままで絶句中の表情のままいる。エアーバッグは出ていない。

 ――外。軽トラの右前方……運転席側の下部が凹んでドアが開かない様子で、中に運転者の館中寅夫が右屈みになって腕を動かして……体を揺らしている。

「おい、じいさん。直進者が優先って、知ってるんだろ! たっくうー高齢者ドライバーは」と、自分の車のフロントガラスを見る洋平……先に、助手席の明子は放心状態にある。

 軽トラ内の寅夫が後ろ向きの洋平を見て、スマホを出して電話する。「……ああ、農道2の四つ角で出合い頭の事故が起きたので、お願いします」と、苦痛の顔でまた、体を揺する。

 と、巡回中だったミニパト№4が来て、停車して、園咲桜と花園百枝が徒歩で近づく。真っ先に洋平も自ら近寄って、身振り手振りで状況説明をするのだが……軽トラの荷台にはアルミ櫓に納まった稲の苗がぎっしりで、乱れてはいない。出会い頭とは言え軽トラの角と前輪の間に、洋平の車のバンパーが当たっている。それよりなにより、洋平の方には停止線と『止まれ』の小学生でも今や周知されている逆三角形の赤い標識がある。が!

「婦警さんたち、こんなおじいさんに何故免許証を与えているんです! お陰でこの有様」

「はあ……」と、小刻みに頷く百枝。横の桜が聞くともなくの顔で、目玉を洋平と軽トラを行ったり来たりとさせている。

(寅じいぃ、何か辛そう……ああ、あそこの田んぼに苗を)と駆け寄りたい境地の桜に。気が付いた寅夫が掌を出して大丈夫の仕草を見せている。桜は平等な心中を貫いている。

「園咲巡査。あのお方に容態を聞いてきて」と、花園百枝も気が付いていて、指示を出す。

「は!」の一声で、桜が逸る気持ちを殺して、平常を装って軽トラに近寄って……「どう、寅じいぃ。どこか痛いの?」

「ああ、少しドアに当たってな。じゃが大事だよ」と笑顔の寅夫だが、悲痛を隠せない。

「うそ、下手、寅じいぃって」と、助手席に回って、中を見て、また運転席側外に来て、「うりゃ!」と、気合一発、潰れていたボディを引っ張ってほぼ戻す。

「婦警さん、現場保存が!」と、洋平が怪訝顔で言う。

「人命救助も優先では?」と睨み、「ここに、あるからね」と標識の上のカメラを指差す桜。


 R―4の左レーン――前が凹んだ高級車を走らせる洋平が逆鱗の表情で運転している。

「この者の浸透しきった怒り、頂くとしよう」と、密なる謎の声。



   7 警察庁公安委員会預かりハイスペックテロ組織対策班との関係


 さくら町交番の地下――CPSヤードで、モニター越しに話す、岸田夏美と藤崎健輔。

「で、いいのか、テレワークを私的に使って?」

「相変わらずなのね、そのクールさは、健輔さん」

「いいや、公共的税金で動いている組織でもあるんだ、私的使用は如何(いかが)なものかと!」

「あのね、健輔さん。要件伝えてハイさよならって、私ら人は余地的なコミュニケーションも必要なのよ。部下の様子を管理するのも、上司に仕事だし」

「まあ、あながちだけれどな!」

「それにね、とあるエージェントがね、今探っている謎めいた組織が不穏に何やら……」

「ああ、あの、デッターズとかっていう、声明文をSNSで拡散した闇の組織とかっていう」


 ――我が真なる組織、デッターズを持って、この世のリメークを執り行う。まずは地方を重んじない首都東京から塗り直し、国内を制圧したなら、近隣諸国、同盟国等々を。そして全世界の無用の長物的人間の駆除をして、大いなる格差無き世界を実現するもの也――


「そう、それがハイスペックテロ組織対策班を立ち上げた理由よ。フェークを疑うお歴々なんかもいたけれど。公安委員長の梅さんが預かり。私が班長を仰せつかってね」

「で、なんで俺?」

「だあって、ハイスペックよ。これまで入手した情報によれば、サイバー科学の目下、権威博士の灰田(はいだ)丈(じょう)次(じ)絡み。マークしていたけれど、今、行方知れずなの」

「ええ、丈次が?」

「だから、その対抗馬を考えたとき、出てきちゃったんだもの、健輔さんの顔が」

「……」無言で自らの鼻頭を指差す藤崎。

「ちょうどいいって、除籍されちゃってるし。公的情報網からは存在を探れない貴方が」

 所謂、一服テーブルで、藤崎がカップを啜って、首を微妙に振って、モニターを見る。

「秀(ひい)でたオタクの貴方なら。絶対。桜ちゃんも直しちゃったし」

「ああ、ま、死ぬに惜しい逸材って、勘がはたらいたしな!」

「女子アンダー20の格闘技選手権大会で敵なしだし。生身でもあれだけの身体能力。五輪に登場出来ていれば部門総舐めのゴールドメダリストは太鼓判だわ」

「まあ、それは、俺も、お墨はつけるぜ。今朝もイノシシを投げ飛ばした」

「健輔さんのオタクっぷりは、イヤっていうほどに私は……」

 夏美が映っているモニターに、別反応――「お、今噂の逸材が戻ってきたぜ」

 微笑んだ夏美の映像がモニター中心に消えて……交番の駐車場にミニパトが止まったことを、知りうる……桜のチョーカー目線でわかる。出ようとする桜に、百枝が口を開く……。



   8 園咲桜のバディ……


 戻ってきたさくら町4番地交番――左の地方ならわの広い駐車所にミニパトが駐車する。フロントガラス越しに、園咲桜が花園百枝に問われる様子が窺える。

「ここって、もう一人いるのよね」

「はい。2人行動が基本ですから、交番勤務でも」

「でも、いっつも、ガランとしていて、見張り所には誰も」

「っま、あたしのバディったら、もの凄い引きこもり症でして、でも、ちゃんと」と、軒下を指差す園咲桜。指先に、交番軒下の防犯カメラ。

「まあ、この町に24箇所防犯カメラが設置されたことは上からだけれど。引き籠りって」

「っま、あたしったらすんごくタフ女(じょ)だし。平気ですよ」と、助手席のドアを開ける桜。おみ足の左足先を外の地面につけつつ……「じゃ、先輩。明日、です」と半身捻る。

「うん。まあ、この町では、犯罪的案件は起こりえなさそうだけれどね」

「ですね。でも、物産センターとかは、余所者も来るので、絶対はありえないですよ、先輩」

「そうね」と、一本取られた感の顔を一瞬だけ見せたが、園咲桜の容姿から漂うポジティオーラ(ポジティブな感じの雰囲気)に心打たれて、すぐさま笑顔を浮かべてしまうことに気が付きもせずに……百枝が言う。「あと、AAにも、余所者の視察者などが来るしね」

「はい、百枝先輩」と、言っているうちに桜が車外に出ていて、「では明日の午後位置にお待ちしておりますよ。百枝先輩」と、ドアを閉める。助手席の窓が開いて……「ほんと、あんたって子は、不思議ちゃん通り越して、謎子ちゃんよ! 私には」と、百枝が言うと、「謎子ちゃん?」と、変顔をする桜に……「ああ、コンプラ(コンプライアンスの略称)違反した、私?」と、愛想笑いする花園百枝。

「いいえ、そこじゃなくて、『子』は古そうなので、『謎(なぞ)美(み)』にして、百枝先輩」

「古いってねぇ……あんたと3つ差よ!」と、プチご立腹顔の百枝に、「ああ、あたしこそコンプラ違反?」と、桜が問うと。「無いない」と、顔の前で手を振って、「今度、行こうよ。非番の日に」と、百枝がお猪口を持った感じで飲むジェスチャーの、一杯付き合ってを表す。

「はい、ぜひ、百枝先輩。社交辞令なしですよ」

「あったり前でしょ。もっとフレンドリーに桜ちゃんと仲良くなりたいだけよ」

「ん。あたしも。でも、仲良くなりすぎると、お互いのイヤな裏面も見えてきて、ギクシャクしちゃうかも、ですが?」

「それありね。でも、恐れるより行動よ。雨降って地固まるの例えも……」

「ま、あたしったら、今のところ、先輩には本音全開ですよ」

「私も、何故か、忌憚(きたん)なしだわ。桜ちゃんにはね」

「では、双方とも、楽しみにしています。百枝先輩!」と、手を振り合う桜と百枝。

 走り去っていくミニパトを見送って、正面口に行って交番に入る桜。



   9 その地下は、プライベートオフィスと……


 さくら町4番地交番の見張り所――開いたままのドアを、奥に入っていく園咲桜……公衆トイレ変わりとなっていて、臆することなく町民が利用する男女別のトイレ。対面に、『納戸』のマジック書きの見た目は何の変哲もないドア。ま、いうなれば、物置部屋だが――隠し衝立の陰のその前に園咲桜が立って……ドアに掌を翳すと。掌認証のセンサーが反応して、9分割のデジタルパネルが浮かび上がる。

 ――9つということは、1から9までの数字のみ組み合わせの暗証キーで、素早く桜が打ち込む。指紋認証も兼ねているようで、指が触れる度(たび)に、小規模な反応をしてピッという極短く音が鳴る。0がないので非常識パターンに、悪質デバイサーも難儀するという藤崎健輔思案モノだ。

 ドアの中に、内扉のない隠しエレベーターが……ボックスがピッタリサイズで納まっている。今の認証システムサインインを行う必要があるので、トイレに寄った一般者は、この扉を開けることはすべての意味で皆無だ。

 ボックスに入った桜――必然的に振り返る。ま、エレベーターに乗り込んだ際の誰でもやっている習慣じみた行動の類なので、ごく自然な動きだ。で、桜がドア横内側を指タッチする……そこにはB1、B2、B3の表記があって……エレベーターの階数指定ボタンはお馴染みなはずだが、このエレベーターは地階のみ。桜が指定した階は、B1だ。


 CPSヤード――藤崎健輔がモニターで監視をしている。


 そのB1(地下1階)――地上のトイレ横の納戸と同じ種のドアが隠し蝶番(ちょうつがい)固定で、外側に開く……内扉のないエレベーターから園咲桜が出ると、ショートスペースのホールに2つのドア。向かって右のドアは、如何にもといった住宅的で。左は、お洒落観あるスチール製のオフィス的……今、手を翳し、勝手にドア自体が消えて開いたドア口を桜が入っていく。

 CPSヤードで、モニター監視中の藤崎の後ろ姿。桜が近づきつつ……「只今、健輔!」と……後ろ向きで手を振った以外は無反応な藤崎の後頭部に、「たくううー素っ気無いのはいつもだけど、あたしって、そんなに、女的魅力って……」と、オッパイを押しつける。

 それでもモニターを見たままの藤崎に。「……モーォ! トレーニングする!」と、ご立腹に豹変した桜が、また、勝手に開くドアを出て行く。

 藤崎健輔が椅子を回転させて……桜が出て行って、再び現れたドアを見る。

「ふゥん。タガが外れると、止めどもなくなるって、恋愛ってえ奴はな!」と、困って、悩んで、フロア中央の透け感バーチャル桜のところに行って、目を細めて、「俺だって、むしろ……」と、バーチャルオッパイを揉む……が、当然のことだがスルーする。

 バーチャル桜の――桜のチョーカーが輝きを放って――着衣部分がブルーバック的なピンク色になって、一瞬で、その閃光を放って……フラッシュ状態になる! 閃光が納まって……変貌した着衣の透け感があるバーチャル桜が露になる。



   10 ルート4の……異変!


 青空を描いていた太陽が、今は西の空へと移動して、稜線をも干渉する茜色の空に塗りかえはじめた時分! 洋平が運転しているバンパー破損状態の高級車。窓越しの横顔でも凄んでいる様子がありありに判断できる洋平。半分以上の神経は、数時間前にあるようだ。


 ――さくら町農道2の十字路で、稲の苗を櫓で積んで軽トラを運転していた農夫の寅じいぃと、出会い頭の事故を起こした時のことだ……睨まれた園咲桜に、「人命救助も優先では?」と言われてしまった場面を、洋平が脳裏に蘇らせている――

「くそー、あの雌猫警官めえ」と、心中漏れまくりのガン見状態の洋平。


 その後――交通課が来て事故処理中に……明子が高級車から降りててきて、対応中の洋平に、「あんたとはこれっきりよ!」と、凄んで、怒って、スタコラと強い歩調で歩きだす。

「どうして……」と、明子の去り行く後ろ姿に、怒鳴って洋平が問う。

 立ち止まった明子が顔だけ向けて、「ミニパトのお姉さんの言うとおりだもん。事故っちゃっても、人命救助しなきゃだし」

「俺が悪いみたいに、突然曲がってきたのは……」

 と、反論する洋平の頭の上に逆三角形の『止まれ』の標識。

「出会って2日目。貴方って極上の自己中ハエ男気質な気がしてきたの。生理的にムリ。さよなら」

 と、明子がさくら町4番地中心部に向かって路肩をスタスタと歩き去っていく……。

「おい!」と、洋平が手を出すも、本署から来た警官に事情聴取を受け、阻まれる。

 心配顔で寅じいを見ている園咲桜を。横目に意識して桜を睨む洋平。


 ――窓越し状態に戻って――「余計なことを。今日から恋人として付き合って。1年後には結婚をするのに」と、怒り心頭の顔が、まるで、脳天から噴火するが如く――小爆発した音が洋平の中でして、頂点に達した――その時。「その男だ。ホールドマンよ! 誘(いざな)え」と、洋平にもどこから戸もなく聞こえている落ち着き払った男(デッターズ指令者のデッドマスター)の声がして。ありえない現象の大気にゆがみが生じて、路上前方に異空間の穴――ワームホール的穴が口を開けて……洋平が高級車ごと、スッポリと! 飲み込まれていく。と、すぐさま歪んだ大気が平常の道路事情に戻る。


 ――紫に煙る異空間を背景に車ごと吞まれて……ワームホール口が狭まって、完全に閉じ。車外が明暗状態の渦巻く雲で覆われ……その視野は推定1メートル範囲――車内で、ハンドルを抱えた洋平が車外の様子を上目づかいで左右に目を動かして見ている。

「その頂点に達した怒り、我らの為に! 特殊な力を得て。気が済むまで暴れるがよい」

 と、声の感じから、如何にもよろしくない感じの、落ち着き払った男の声が誘う。

 1匹の新種的スズメバチが……どこから紛れ入ったのか? 集って、刺す!

 項垂れる。



   11 その地階に、トレーニングルーム!


 CPSヤードの更なる地階――B2は地下2階――エレベーターのドアが開きだして――中が光って! ピンク地にゴールドラインのスポーツ用ボディスーツに、ライダーブーツ姿の園咲桜がボックスから出る。首に桜モチーフのチョーカー。

 小規模なスペースのホールに、『VIRTUAL(ばーちゃる)・TRAINING(とれーにんぐ)・ROOM(るーむ)』表示の1枚のドア。前に立つ桜の指がセンサーの9つの数字でIDパスワードを打ち込んで、開いたドア口を入る――背に『みなしの』桜柄のステータス――ドアが閉じる。

 中――コンピュータ仕様のバーチャルコントロールブース。操作画面タッチ式パネルの上、壁一面にバーチャルルームの映像。入った桜の手が『格闘編』のタッチボタンに触れると、一面画面に各種の設定ポイントが回転して、『ホームセンター廃屋設定』と出て、『OK』をタッチ。『30秒以内にスタートします』の表示と音声。ルームへのドアが開く。

 ――桜が入ると、ドアが閉じてその区切りまでもが消える。空間がグリーンバックとなり。1も2もなしに、桜の周囲が設定どおりの廃屋となる。バーチャルだがリアリティだ。

 物品が床などに散乱していて棚などにも納まってもいる。一般的な出入口を入った奥行きがあり感の――会計レジの横からスタートする。敵か否かの判断も有するシチュエーションだ。

 いきなり、レジにいるパート風オバサン2人が桜に襲い掛かって……1人が殴りかかる。もう1人が合わせて蹴りを放ってくる。オバサン体形の外見に惑わされてはいけない――アスリートなみで俊敏だ――パンチを繰り出してきたオバサンの腕を、腕で迎えてクロスさせ逸らした桜が、的確に急所をパンチで突くと、消える。次に蹴りを放ったオバサンへと、対処目線を瞬時に変えた桜が一旦身を引いて蹴りを難なくかわし、体勢を低くして足払いする……崩れ倒れるその顔面を左パンチで倒す。肩幅均等開脚での自然体の、桜、お得意ファイティングポーズ――と、息つく間もなく通路棚の影から銃の装填音がして……銃声がする。カチッ! パピューンと聞いた瞬間に軽量な拳銃の音。と聞き分ける桜の耳!


 CPSヤード――中央のバーチャル桜。動きに合わせてオーラ的ピンクの閃光が瞬(またた)く。


 と、バーチャルトレーニング中の廃墟――銃声と共に素早く身を屈める桜の目の前の棚や床に連射で銃弾の火花が散る中……床を転がって、棚に陰に身を潜めて、銃口の先を見る桜の目。格闘モード設定なので桜は拳銃の類を持っていないのだが、凶悪犯は、そんなことはどうでもよく、どんな手を使ってでも、殺しもいとわずに攻撃してくるのは確かだ。

 卑怯など、敵には通じない言葉だ!

 敵ガンマンを弾倉脱着の隙をついて飛んで蹴る――棚に身を潜ませたそこに一般的な老人がいる。後ろから巨漢がナイフを喉に突き立てて人質にとる……桜が桜のチョーカーにタッチすると5枚の花弁が輝いて、『ブロッサムガウスト』を発動させて、ピンクの閃光を濃く帯びて……音速の動きで巨漢男を体当たりで倒して、『WIN』となり、息を吹く桜。



   12 闇組織のAIボーグ


 世間体的には謎多き闇の組織のデッターズ――アジトの中のオペ台の上に、R―4で誘われた洋平が麻酔をかけられた状態で横たわっている。

 落ち着き払った男の声が、「あさ。戦闘タイプ。デッターAIボーグオペを開始せよ!」

 オペ台の周りに、オペ服を着た男女が集まって、その中心に灰田丈次が割ってくる。

 ジェスチャーで指示を出す灰田。従って装置、器具、各種の管の先に針をつけて、洋平の手首などに刺したりと……男女らが準備する。

 灰田が天井を仰ぐ……その脳裏に、過去の術経験を思い起こす。


 その過去――オペ台の上に、血を滲ませた重傷で全裸の園咲桜20歳が横たわっている。

 その両脇に、今より若い灰田丈次と藤崎健輔がついて、見合って頷きあう。

 装置のモニターに、術式工程のプログラムされたマニュアル要項が図解ありで出ている。そのタイトルに、『AIサイボーグ化オペでの、人工蘇生術式マニュアル』とある。

「よしやろうぜ、丈次!」と、藤崎が言う。

「うん、やろう。事故で体の機能を失った患者が日常を過ごさせるためのオペを! 健輔」

 と、深く頷く灰田丈次がメスで、園咲桜の皮膚を裂いたり、ダメになった部位を削ぐ。

 藤崎が、人工皮膚で覆われた肘下義手を置いて、人工血管や腱などをマイクロルーペを覗きながら、つけていく……。

「健輔、こっちの腕も切除完了した。足に移る……」

「まった、丈次。焦るな。切除部位が増えすぎると、本来の無事な神経に負担がかかる」

「ああ、すまん。マニュアル確認する」と、モニターに向かって指チェックする灰田。

 モニターに、『切除後、5分以内で義体を取り付けること』とある。

「僕でもできる。進める」

「いいや、待て。丈次もかなりの腕前で、俺の次に早かったが、そのタイムラグは、この人体にリスクが大きすぎる」

 オペ用のゴーグルグラス越しの灰田の目が、集中している藤崎を睨む。

「人命第一だ。耐えるのも優秀なドクターの技量だぞ、丈次」

 ……絶えず手を動かし、各人工部位をつける藤崎。切除しては手を止める灰田……。

「ようし、完了だ。お疲れ様、丈次」

「ああ、疲れ、たな、健輔……」と、二番手扱いに歯切れが悪い灰田だが。

 対してやり切った余韻の藤崎健輔は、誇らしげな満足顔を浮かべて、オペ台を見つめる。

 全裸だが、その継接ぎだらけの状態では、さすがにスケベ心もどこ吹く風だ。

「よし、AIサイボーグ蘇生術式はクリアだな。丈次が経験して腕を上げてくれれば、俺たち2人で。この術式を広げられる」と、『ブロッサムエキス』の点滴を流す藤崎健輔。


 今――灰田丈次が黄緑のエキスをAIサイボーグ・ハエ男となった洋平に点滴注入する。

「デッターAIサイボーグナンバー03。命名……よ!」と、謎の男の声。



   13 その地階、シャワールーム


 湯気が立ち込めたユニットのバスロームで、園咲桜がシャワーを浴びている。

 頭上の換気扇が軽快に回転している音がしていて、湯気が吸い込まれている。

(健輔に言って、バーチャルにもう少し手ごたえを加えてもらおっ……)と、チョーカーをしたままの首から下をシャワーすると、飛沫(しぶき)がはじける20代の皮膚。

(にしても健輔ったら……)ボディタオルに泡立てて左腕から洗い始める桜の後ろ姿。

(……この美ボディに何の反応も起こさないって、さては……)と、洗う部位を自ら目で見て……臍のあたりを見つめたまま動きを止める。桜のチョーカーは耐水性なる代物だ。


 少し前――メディアでの愛称ナベナベ博士が公表した人工細胞蘇生論と小動物によるサンプル映像を元に、藤崎健輔が追い打ち研究して。ラーニング化した人工知能と組み合わせることで、従来の体の部位として再び――日常を生きていけるようにと、医学的科学的技術を開発した。唯一の難点は、人工皮膚との繋ぎが渡来の皮膚と馴染むのに、平均12カ月の時間を有してしまうということで。気にしない人には問題ない見た目の事情なのだが。夏場の薄着シーズンに長袖長ズボンでないと、滑稽(こっけい)な皮膚の在り方に世間体の目は誹謗(ひぼう)中傷(ちゅうしょう)を投げつけるであろう……など、悩ましい問題がネックだったのだが。


 ――生死にかかわる大事故に遭い。両腕両足、右目と右耳……左脳をダメにした桜――

 オペが終わってみれば、所謂サイボーグとなってしまった――超絶な身体能力を有する。

 で、そのつなぎとなるエキスが桜の実の汁……サクランボでなくソメイヨシノでもない、ヤマザクラなどの自然界に生存している桜の実の汁……果汁を摂取すると、園咲桜の場合は生命の繋ぎとなることを……さらなる追加研究で藤崎健輔が得た。年間抽出は難儀する。

 エキスの種類は銘々に、個体差で異なっていることを――更に突き止めた藤崎だった。


 只今セクシャル的シャワーシーン展開意中の園咲桜――美ボディは、どこからどう見ても生まれ育ってこれに至ったようにしか見えない――体についた泡を首筋から下をシャワーで流す……もうこの美形ボディに繋ぎ目はみじんもなく――この体内に、まさかの、人工的機械仕掛けの部位が存在しているなど思えるわけもない――お見事な、見目麗しき美ボディの園咲桜だ。

 シャンプーする桜の後ろ姿……固定したシャワーから出るお湯を見つめて動きを止める。


 ――車の後部に乗っている園咲桜20歳――突然の衝撃で、桜の視野が真っ暗になる――


(……健輔ったら、一回抱いたくせして。もぉー、ウフン!)とシャワーを止める桜。

「あたし、生物よ!」と、バスタオルを巻いて脱衣所へと出る桜の足……閉じた掠りドアがピンクに輝き……ハラリと、バスタオルが編み籠に落ちる。



   14 桜がAI仕様のサイボーグに成った訳


 婦人警官の制服姿の園咲桜が、そのドアの前に立つ――『CPSヤード』のドア。掌を翳す寸前でフリーズする桜。ドアを見るともなくの……絵空に惑うその眼(まなこ)!


 桜の記憶――『全国選抜武道大会女子の部』の横断幕の会場のコートに、黒帯をした道着を身に着けた大柄な女子と、園咲桜20歳がピンク地に金ラインウェア姿で対峙する。

「さあ、決勝戦。勝者はどちらだ!」と、中継するマイナーな放送番組の女性実況者。

「はじめ!」の審判の合図で。ファイティングポーズをとって動き出す2人……園咲桜が前後左右に微妙なフットワークで間合いを取る……相手も前に手を出して間合いを図る。

 今の体形とほぼほぼ変わりないウェアに包まれた桜のシャープなラインの引き締まったお尻と、顔。その目はまるで獲物を目にした上空を旋回するハヤブサの如しだ。

 一方の大柄女子は、デブでなく筋肉質体形で上背もあるまさしく格闘技体系だ。

 左ジャブを繰り出す桜……3発目のジャブが相手の胴に当たりそうになって、大柄女子が左の掌で受けて弾く。その重みを感じた桜は、「ん!」と、何かを確信したように、左ストーレートをその顔に放って……素早く体を横回転させて、回し蹴りを放つ! と、大柄女子の頭部にヒットしそうになったが。ダッキング(身を屈めて避ける対処方法)してその足に絡めるようにカウンターの蹴りで、桜の頭部を狙う。察した桜が紙一重でかわす!

(うん……スタミナ勝負、かな?)と戦法を瞬時に立てる桜――幾度も攻守の展開が繰り返されて――ついに、桜が肩で息するが。大柄女子も……攻守の動きが鈍ってきている。

 ラウンド時間切れブザーに、別れる両者――時間延長で再スタートしたその瞬間に! 「トゥリャーァア!」と、気合一発の助走無しのドロップキックを放つ桜。が、ダッキングする大柄女子を。着地した桜が足払い――倒れ込む隙に胴への素早い回し蹴りで、決める!

 ――会場中央で。城野英治と梅川浩に並び来賓の、公安の岸田夏美に表彰を受ける園咲桜とその相手。賞状とトロフィを手に、抱き合って称え合う相手と桜。歓声と拍手が沸く。

 と、謎の男(デッターズ指令者のデッドマスター)の声が「この娘。我が組織に取り入れたし!」と。女性実況者が微笑する――若かりし頃の蜂力綾女だ。


 帰りの車内――両親と妹にトロフィを自慢するご満悦な桜。と、突然の衝撃!

 その外部――喜び極まった様子の車内に桜の笑顔。追走する藤崎と夏美が運転する車。横の大型トレーラーが幅寄せしてきて、桜の乗った車を高架から押し出し――高架から明らかに落とす。

 高架下に落ちた園咲家族の車。3人がぐったりとする中、桜の指先が痙攣(けいれん)するように微妙に動く……。高架の上から覗き込んでいる藤崎健輔と、スマホをしている岸田夏美。

 下に来たパトカーから出た警官の一人が、上の夏美を見て大きく頷く。


 記憶を解いた桜が――ドアを開けて、藤崎健輔がいるCPSヤードに入る。

 閉じるドアの隙間から、「健輔。エッチしよぉ!」と、軽口トークが……。



   15 違法オペは、墓場まで……


 CPSヤードの中――モニター監視中の藤崎健輔の後ろ姿。後ろからそうっと近づく様子の園咲桜の後ろ姿。モニターをガン見している絵空な眼球の動きを……というか、フリーズしている。園咲桜20歳の全国選抜武道大会の帰りの車内を、脳裏での記憶換気中だ――


 藤崎健輔の記憶――助手席でふんぞり返ったようにシートを倒して座っているラフなスーツジャケットにブラックジーンズ姿の藤崎。正装の岸田夏美が上機嫌で運転している。

「ねえ、あの研究はどこまで進んだの? 健輔さん」

「まあまあで、ぼちぼちってえところだな!」と、意味深に答える藤崎。

「ええそれだけ? かなりのところまで進んでいそうね、健輔さん。嘘下手!」

「元カノには叶わないな! が、公安の夏美さんに、まだ言えないぜ」

「どうして?」と、目を細める夏美……眉間に皺が寄る。

「法的根拠で……あ、う、と……って、(前のめりになって)ええ!」と、驚く藤崎。


 全国選抜武道大会会場の観客に紛れた藤崎健輔が見る先で――岸田夏美が優勝した園咲桜を受賞しつつ……「あなたのその力を国家のために使って欲しいの!」と、賞状を桜に渡して、「模擬テスト通りの偏差値なら、問題なく警官キャリア採用試験をパスできるわ!」と、トロフィを渡すと。桜が微笑んで、夏美を上目遣いに見て、頷く。


 藤崎と夏美が乗る車の前の、桜が乗った車に、横のトレーラーが幅寄せして事故を起こす――ヘシャゲタその車が跳ね上がってガードボードを突き破って高架の外に転落する……。

 夏美が車を止めて、高架の下を見て、スマホする。藤崎も出て、下を覗き込む。

「そう。え、桜さんは、まだ息があるのね。なら、指定する病院に搬送して!」と、電話を切って、藤崎を見る。振り向いた藤崎と夏美が見詰め合って、頷きあう。「墓場まで持っていくわ、その秘密!」と、藤崎の手を握る夏美。

 高架下――救急車のサイレンが来て、行く。


 オペ室――オペ台の上に、血を滲ませた重傷で全裸の園咲桜20歳が横たわっている。

 灰田丈次と藤崎健輔がオペ台の左右について、見合って頷きあう。装置のモニターに、 『AIサイボーグ化オペでの、人口蘇生術式マニュアル』タイトル。

「よしやろうぜ、丈次!」と藤崎が言う。深く頷く灰田丈次。監視室の窓に夏美の姿。

 オペ室の『使用中』ランプが消えて、桜が乗った寝台車を押して出てくる灰田と藤崎。

 迎え待つ夏美が桜の様子を見て話しかける。「どう?」灰田がそのまま台車を押していく。

「ん、とりわけ成功した。が、のちの経過は未聞だがな!」

「でね……」と、耳打ちする夏美に、頷く藤崎。


 モニターを監視中、いいや、ただ眺める藤崎の後ろから……園咲桜が椅子ごと抱き着く。

「健輔、あたし、生きてるよ!」と、その首に絡めた桜の腕をソフトに触れる藤崎健輔。



   16 その地下は、……と住居!


 そこは――どこにでもあるマンションなどの2ⅬDKタイプのフロアで、異なるところは窓がないだけだ。ま、お察しの通りで、地階なので当然であろうが。

 で――ディナー。5月下旬限定に抽出可能な、野生種の桜の実! からの抽出液の入った、プロテインドリンクを……2ミリリットルを専用コップに注ぐ……桜。ダイニングテーブルには、藤崎健輔お得意のパスタ料理。今宵はミートボロネーゼパスタと金星印の缶ビールとグラスが2人分――少量なので味わう間もなくゴクリと液を飲み込んだ園咲桜がテーブルに着くと。藤崎健輔がパスタをパクついている。ほんのりと霜がついたグラス。

「ねえ、いつ? セカンドエッチ……」と、人差し指を口元につけてスマイルの桜。

 藤崎が口に含んでいたパスタを吹き散らして、咳をする。桜を見て、無言で口角を微妙に広げた笑みを浮かべ……(そりゃあ、したいけど……)と、いった思いの表情を理性で忍び殺した顔つきをしつつ……箱ティッシュで散ったパスタを拭う藤崎。

「もお。絶対にシャイ気取りはNG年齢だしィー。いいじゃないの、プライベートな時間よ。このピチピチお肌は今のうちよ、健輔。あたしだって老いるんでしょ。巷の人のように。このまましちゃってもいいよ、あたしったら」と、ビールをグラスに注いで、気まぐれ子猫をイメージさせるような徒な上目遣いで見て、乾杯合図を藤崎に向けてして、飲む。

「そんなことより。そろそろ時季だ。年間接種料分を採取してこないとな」

「ん、ま、それがないと。あたしにとっての投薬。機械と生物を繋ぐエナジーエキス」

 藤崎がグラスに注がれているビールを飲んで、「収穫回収は、クロウがするがな」とニンマリ笑う。「このさくら町には野生の桜が多い……」と、藤崎が言い切る間に桜が……。

「ああ、分かった。夏美さん! 元カノさんと復活しちゃったの?」と身を乗り出す桜。

「ええ、無い無い」と、顔の前で手を振ってクールに否定する藤崎。

「ええ、怪しいぞー」と顰めた顔で薄笑いしてみる桜が、「じゃ、する、今、あたしと」

「あのな。そうやってイケイケで迫っても引くだけだぜ俺は。そそられ感が失われる」

「分かったわよおー」と、オッパイをチラ見せして、「ああ、やっぱ、スケベオヤジじゃん」と、パスタを口に運んだついでのフォークを指代わりに出す桜。

「じゃあ見せるなよ。程よい大きさの美乳なんだから。意識的反応するさ」と食べる藤崎。

「えへっ」と、笑いながら舌を出して、おどけ顔の桜。

「じゃあ、これから桜が……(出動要請がなければ、するか)」と、後半を口パクする藤崎。

「ん!」と、絶対の全面笑みを浮かべて、パスタを頬張って、ニコニコ顔でビールを飲む桜。

 そんな桜を見て、緩んだ表情のまま、少しビールが残っているグラスを持って、見詰める藤崎健輔。「その元気なチャームさが、今一つ色気に向いたら、な……」と、口走る藤崎。

 その視線と声の意図に、気がついている桜が、徒顔で口を尖らせて突き出して笑う。

「健輔と出会って……4年経つんだねぇ……」

「ああ」

「蘇らせてくれて……身体も元通りに生活できる状態にしてくれた、あの夜」

「ま、あの日を境に……俺たちは」

 些か満面の笑みに陰りが見える園咲桜の顔。



   17  藤崎健輔とのファーストコンタクト


 まだ素知らぬ園咲桜20歳と、藤崎健輔――

 オペ室の隣りの回復室。寝台ベッドで布団1枚を胴体にかけた状態で寝ている園咲桜。

 側に、藤崎健輔と岸田夏美と灰田丈次がいて、見守っている。

「じゃ、健輔!」と、灰田が軽い挨拶をして出て行く。

 灰田を見送った藤崎と夏美が、未だ目を閉じたままの桜を見る。

 パッと! 瞬間目を開く桜! あまりに唐突な動きについつられ、吹き出し笑いを、堪える夏美。藤崎と夏美にも見守られる中……桜が目を左右に動かして……天井を見る。目頭を寄せたかと思うと! また目を閉じる。

「まだ麻酔が完全に抜けていないようだな」と、藤崎がボソッと言う。

 藤崎を見た夏美が安堵の思いを微笑に添えて頷いて、視線を桜に落とす。と!

 ゆっくりと、桜が、目を、柔らかく、開け……真っ直ぐ天井を見ているようで、絵空な眼(まなこ)。

 夏美が覗き込んで、「気がついた、桜ちゃん」と、声をかける。

 藤崎がさほど顔色を変えずに無言で見守る。

「あ! えーと(おぼろげで、オペ後のかすれ声的な感じの口調で……)ああ、ここって……あ! 夏美さん」と、起き上がろうとするが、「痛ッ」と微動だに出来ぬ状態と知る桜。

「感覚の神経正常っと。痛み止めを強めよう」と、バイタル装置を操作する藤崎。

 夏美が微笑みつつ懐からスマホを出して、画面を見る。ベッドで桜が笑顔を見せると、「うん」と、笑って、「上からだわ」と、藤崎に言い残して部屋を出る夏美。目を閉じる桜。

 戻ってきた夏美が、「寝たの。呼び出し、行くね、健輔さん」と、拝み手を出して行く。

 と! パッと! 目を開いた桜が、「あたしッ……」――「ここって?」

「とあるオペ室と言っておくよ。言語など、中枢神経伝達も異常なしだな」

 桜が顔を顰めて、「あたしって、今、マッパ(全裸)?」と、目で追い、藤崎をガン見する。

「神経感度良好と! ああ、今は継接ぎ女だがな」と、やっと口を返す藤崎。

「あーあたしのヌード、見たのねぇ、オジ様ったら」と、勝手に力が入り、「痛ッ」となる桜。

 当然と言った表情の藤崎が、「人間的な言動の感覚も正常のようだ!」

「いつから動けるの? あたし。って……え、え――継接ぎ……ぃ?」と、理解越えの桜。

「早ければ5日後。皮膚の繋ぎ目が塞がれば……」と、藤崎の助言を……理解しがたい変顔で聞いて、「責任取って、あたしのバージン奪って、オジ様ッ!」と、笑うが痛がる桜。

「藤崎健輔だ!」と、完全平常心で名乗る――今は博士思考理性の藤崎健輔だ。

「あたしのことは知ってそうね、健輔は……」と、いきなりの呼び捨てにする桜。藤崎が大きく目を開けて口を結んで頷く。「ダメ?」と、しどろもどろな目の動きで甘える桜。

「いいや、のっけからフレンドリー口調にタマゲタだけさ。問題ないぜ。気、遣うのも、遣われるのも嫌いなんだ俺」「それって、あたしも!」と、ニンマリと微笑む桜が、「へへッ――で、どうしてここに、あたしって」と、問う。藤崎が応える。「ま、交通事故で生還した」

「あ、よし! 真面目っ子を卒業する、あたしったら、たった今から!」

 藤崎がクールに微笑んで下を見る。医療用ベッドで寝る園咲桜20歳!



   18 公安委員会(預かり)ハイスペックテロ組織対策班


 対策班長の部屋――廊下に響いて近づくヒールの音。スーツスカート姿の岸田夏美、42歳が来る――ウッド調ドアのセンサーパネルに警察IDを翳すと、ピッと、解除音が鳴る。

 その内部――ドアと同じウッド調の壁。サイドチェストが左右にあるデスクの上にパソコンがある。家具はなく、広さは、例えるなら6畳分の床面積にカーペットが敷かれた殺風景な部屋で……明り取り窓が右上にあるのみ。デスクの正面の壁には抽象画ヴィンセント・ファン・ゴッホの『糸杉』のかなり寄せたレプリカがかかっている。

 夏美が入って来て……デスクに着くなりパソコンを起動して……画面の梅印アプリに矢印をマウスで合わせてクリック……リモートワークで副総監の梅川浩・55歳と交信する。

「梅川警視監。例のミッションいけます」と、口角が引きつる。

「夏美!」と、パソコン画面から女性の声がいきなり呼びかける。

 パソコン画面――リモートワーク中の梅川のウィンドが小さくなって、新たに小窓が出る。すぐに画面に――岸田冬美42歳の姿が映る。

「姉さん、今、梅川警視監と交信中よ」と、顔を逸らして顰(しか)める夏美。

「あ、そうなの。でも、奴らの動きが……」と、平然としている画面の中の冬美の顔。

「奴らとは、冬美君だね」と、画面の小窓の梅川が懐かしがる表情をする。

「はい、御無沙汰です、浩の兄貴ッ」と、シャッキリ口調の冬美。

「それで。姉さん」と、目を凝らして夏美もパソコン画面を見る。

「デッターズの小童どもが、都心にできたばかりのタワービルをセキュリティ警備員の通報より……画像解析したところ、どう見ても通常な人間ではないヒトガタ怪物が……」と。

 添付ファイルがパソコン画面片隅に反応する。夏美がクリックする。虎ヒル・スクエアタワービルの関係者のみの、空間に、不可思議な穴が空いて……中からハエの格好のヒトガタと、明らかなるアンドロイドが続々と出てくる映像が流れる。

「梅さん! じゃなくて、梅川警視監」と、夏美が言う。

「ああ、こちらにも映像は届いている」

 夏美がまた、目を凝らして……パソコン画面を見つめて頷く。

「改め、岸田警視正に告ぐ。AIボーグブロッサム。出動を発令する!」

「はっ!」と、夏美がキッチリクッキリと、姿勢を正すのみの敬礼をする。

「夏美、移動所要時間は?」と、冬美の声。

「SR(エスアール)―(ー)4(フォー)で都心まで30ミニッツよ、姉さん」と、得意顔で、夏美がマウスをクリックする――リモートワーク画面の梅川と冬美が消える……夏美がキーボードを使って、『デッターズ制圧作戦・始動』と入力する……画面に『さくら町4番地交番CPSヤード呼び出し』と、待ち受け画面にコマンドが出て、点滅する。


 その交番地下リビングでは――雌ヒョウの如く魅せブラで藤崎健輔に迫っている園咲桜。と、障りない警報アラートが鳴る。「あ、呼び出しだ」と、藤崎が逃げ去る……不満顔の桜。



   19 闇のテロ組織、デッターズ!


 デッターズ某所秘密の研究所の中――R―4で誘った洋平がオペ台の上で目を閉じる。

 黄緑色の特殊エキスを点滴で注入されて、電気ショックの作用で……全身を震わす洋平。不気味な閃光を放って、顔や姿は洋平だが至る箇所がハエと化している。

「目覚めよ、AI搭載サイボーグのハエ男……名付けて、AIボーグフラーイよ!」と、例のデッドマスターと称されている謎めいた男の声。オペを監視する上部の小窓に、光の加減でシャドーがかっている襟を立てたマントの男がいる。

 目覚めて――上半身を起こし――床に立つ洋平改めハエの姿の男が、上を見る。

「都心優先志向システム社会の消去が、我ら組織のミッション――デッターズミッションを初動発動する。デッターズ改造のAIボーグと、その手下となるアンドロイドのシャーロイドを持って、このミッションを果たすのだ」と、影っている男、デッドマスターの発令。

 扉が自動で開いて……シャーロイドと呼ばれた、見るからに軽金属製の容姿で性別が抽象的なヒトガタアンドロイド10体が入ってくる。

「デッターズ指令。フラーイよ。都心を乗っ取るためのアジトとなる最新タワービルの虎ヒルスクエアータワービルを占拠せよ!」と、マントを翻すデッドマスター。

「デッドマスター」と、返事するフラーイ。シャーロイドらがフラーイと同種の姿になる。

「ゆけ、AIボーグフラーイよ。ホールドマンの技で!」と、姿を消すデッドマスター。

 床に突然穴が空く。中が混沌(こんとん)とした不透明な空間で、フラーイ(AIボーグフラーイの更なる略称)が飛び降りるように入る。如何にもハエがモチーフのシャーロイドも10体続く。

 穴からホールドマンがフロアを覗いて、ニヤけて、潜ると、穴が塞がって元の床になる。


 虎ヒルスクエアータワービル――警備室の床にホールドマンの穴――デッターホールが突然開いて、シャーロイド10体が飛び出て、フラーイがその中央に飛び出て、不穏な笑みを浮かべる。突然のことに警備員2人が目を剝くように見開いて驚く。

「何者だ」「コスプレイベントかい。今日はないぜ、お兄さんたち」と、イジリ追い返そうとするが、振り向いたフラーイが擦った両手を前に出すと、霧状の泡を噴射する。警備員らが……藻掻き苦しんで、泡となって消滅する。

 ドア口に小休止明けの警備員、左近(さこん)信子(のぶこ)24歳が強張った顔で覗いて、息を殺して隠れる。


 虎ヒルスクエアータワービル――『電気・動力室』の鉄扉の前。廊下の床にデッターホールが開き……シャーロイド10体とフラーイが飛び出す。不穏な笑みを浮かべるフラーイが両手を擦って泡を噴射する。かかった鉄扉が溶けて動力室内部が丸見えになる。


 警備室――残された信子がスイッチを押して本部に報告する。「あ、チーフ! 信じられない大変なことが……私の目の前で!」と。その左胸に『ガッツリセキュリティ』の刺繍が入った警備服。モニターに映った岸田冬美が真剣な顔で頷く。



   20 指令発動!


 夜間のさくら町4番地交番――流石は地方。交番内部に見える大きな円いアナログ時計が9時を示している。もう町中には、人っ子一人で歩いてはいやしない。

 ま、昨今は、スマホなどのテレワークトークやらがあって、家に居ながらして知人の顔を見ながら老若男女問わず会話ができる。この町の住人は、お家時間の有意義な使い方を知っていて、ストレスフルになることは久しい。ま、人間社会でもあるのだから絶対はありえないのだが。それでも今宵も物静かな夜だ。

 が、その地階では――けたたましく警報が鳴り響いている。

「健輔さん。応答して。AIボーグ・ミッション発令よ!」と、岸田夏美の声。


 同、地下――警報が鳴りやまぬCPSヤードに入ってきた藤崎健輔が、コーデユロイベスト姿で2つのモニター前に立つ。クールな微笑を浮かべた藤崎がコンピュータのキーボードを操作してマウスをクリックする。と、警報が止まって、モニターに岸田夏美が映る。

「……ブロッサム。都心の虎ヒルスクエアータワービルに、SR―4を使って、出動せよ!」

「了解、マスター夏美」と、また、キーボードを使ってマウスをクリックする藤崎。

 モニターにマップが出て、R―4の横に、都心までピンクの点線が描かれる。

「姉さんのところから、今のところ入っている情報映像を送ったわよ、健輔さん」

 藤崎がカーソルを合わせてマウスをクリックして、添付映像『G・SEC・REC』を開くと、マップの上に重なって……虎ヒルスクエアータワービルの警備室の映像が出る。

 そこに、ハエのコスプレ的男とシャーロイド10体が警備員らを襲う映像が出る。

「ほお、これも、AIボーグ、だな!」と、薄い表情変化で驚く藤崎。

「もお、相変わらずクールなのね、健輔さんたら」と、元カノ口調の夏美。

 とぼけ顔で首を傾げる藤崎の後ろに、チャーム感ある魅せブラ姿のバーチャル桜!


 同、エレベーターが更なる地階へと下りて――B2で停まる。例によって内側から……手動で扉を開けた園咲桜は、リビングで健輔に色仕掛けで迫っていたままの魅せブラ姿だ。


 CPSヤード――モニターに『B2MOTORPOOL(ビーツウーモータープール)(地下2内駐車場兼整備場の英語読み。以後、B2(ビーツー)Ⅿ(エム)P(ピー)と称す)』片隅表示の映像。B2ⅯPに、桜の花と流れ散る花弁柄(みなしの桜柄)のピンクベースの単車と、黒のツーシーターのオープンカーがある。


 B2ⅯP――魅せブラ姿でスリッパ履きで来た桜が、ピンクの単車の横に立つ。首の桜のチョーカーにタッチすると、全身からピンクの閃光が放つ!


 CPSヤード――藤崎がキーボードやマウスを使って、システムチェックをしている。後ろ、フロア中央のバーチャル桜が輝いて……ライダースーツ姿のシルエットになる。



   21 AIボーグ桜、始動!


 さくら町4番地交番の地下――B2(ビツー)Ⅿ(エム)P(ピー)で単車に跨った園咲桜が天井のカメラを見る。

 基本ピンク地の――フルフェイスヘルメットを被って、ライダースーツとライダーブーツを纏った桜。開いたヘルメットのバイザーからうかがえる――猫の目のような目が遠くを見据える。

 奥壁のモニターに、CPSヤードの藤崎健輔が映って、「シークレットロード4(SR―4)のゲートオープンするぞ、桜」と、視線を下げて、画面枠下で手を動かす。

 一面壁の観音開き鉄扉が大きく口を開いて……飴色電灯のトンネルの道路が姿を見せる。


 CPSヤード――B2ⅯPで単車に跨った桜の度アップのモニターの前で、藤崎がキーボードやマウスを使って、システムチェックをしている。

 後ろ、フロア中央のバーチャル桜も、基本ピンク地のライダースーツ姿になっている。

 藤崎がキーボードの『Enter』キーを強く叩いて、「lady!」とマイクで言う。

 モニターに、B2ⅯPで単車に跨って親指を立てる桜の猫目が希望に満ちて、微笑む。

 藤崎がクールに、「桜、SR(シークレットロード)―4(フォー)で、都心目的地の虎ヒルスクエアータワービルへ行く!」と、伝えると。モニター内の桜が右手の2本の指で米神から前に出して敬礼をする。


 B2ⅯP――ヘルメットのオープンしたバイザー以外はスタンバイOK状態の桜が、アクセルを2回吹かす。フォーン、フォーン!

「ブロッサムライジング号(単車の名前)GO!」と、モニター越しに、藤崎の指示。

 フォーン! と、ひと吹かしした桜が、タンクに胸をつけるように前傾姿勢をとると。桜の足がギヤーを踏んで1速に入れ――走って直ぐに左手がレバーを握って、その爪先がギヤーを上げて2速へのシフトチェンジする。バイザーを下ろした桜が、更なる前傾姿勢をとって――ギヤー変速を上げて加速して――SR―4で出動する――。


 一方の目的地――虎ヒルスクエアータワービルの外部シャッターが下りて……完全に閉じる。フラーイが声明を露わにする。

「このビルを、我らデッターズが頂くことにした」と、洋平の声の館内放送。


 SR―4――トンネル内部は殺風景なコンクリート壁が続くのみ……ピンクのライダースーツに身を包み、ピンクの単車を走らせる桜が、(つまんない!)と胸の内に募らせる。

 途中にある『R―4出口・500km先』の表示を、一瞬、見るバイザーの中の桜の目。

 チッ! と、桜が舌打ちして、単車をエンジンブレーキで減速して、左手でタンク上のカーナビ等々多機能装置のアプリパネルに指タッチする。

 また前傾姿勢を桜がとり、アクセルを開く桜。メーター表示時速150キロのスピードでは、勝手に自ら変えてしまった出口に、すぐさま到達する……。

 壁に、『R―4出口』のスロープ状に上る側道が見えて――走らせる単車と一体化した 桜が、心地よさそうに出口へと向かう――棚引くピンクの閃光の如く。



   22 藤崎健輔のバックアップ処置


 CPSヤード――マップモニターのピンクの点が、点線で示されたSR―4から、赤い太線で示された一般道のR―4の道路に……移動する。

 ――モニター監視中の藤崎健輔。テレワーク状態で小窓に映る岸田夏美。

「たくーぅ、桜の奴め」と、口角を左に寄せて、微笑する藤崎。

「え、ルート、外れたわよ、健輔さん」と、夏美、「ブロッサム。ブロッサム。応答して!」

「……ああ、夏美さん、お疲れです」と、CPSヤードのスピーカーからも園咲桜の声。

「ルート戻って」と、小窓の夏美が言う。

「だあって、お初なんだもの。ふふっ! 試したいわ、ライジング号を」と――桜の声。

「ま、桜も人だ。俺たちのロボットじゃない。冒険心旺盛な年頃さ」と、藤崎。

「あら、ずいぶん肩を持つのね、ブロッサムを!」と、プチ嫉妬の夏美。

「ま、桜の正体を知っている俺としては、可能な限り自由を与えてやりたいだけさ」

「そうだけれど……」と、渋った顔で頷くモニターに映っている夏美。「でも隠密だから」

 サイレンの音が聞こえだして、CPSヤードの藤崎が俯瞰の人工衛星――GPSで桜をビジョンで追うと。その後ろから1台のパトカーが追って来る。

「あらら!」と、藤崎。

「言わんこっちゃないわ。処理するのは私なんだからね。健輔さん」

「ま、管理責任者の務めさ。諦めな!」と、クールに藤崎が言う。

「ん。これならぶっちぎれる! お任せ」と、桜の有言実行からでた錆が展開され――R―4でパトカーに追われるが。軽くぶっちぎっていくピンクの桜と単車――中継俯瞰映像。


 夏美のお仕事部屋――夏美がデスクで見ているパソコン画面に他の処理された情報……。

 虎ヒルスクエアータワービルの警備室――入ってくるシャーロイドとフラーイ。内ドアも開けて、中を物色する。誰も居ないことを黙認して、フラーイが館内放送をする。

「おい。平和ボケ人間どもに告ぐ! この声明を切った瞬間から20分間猶予をやる。逃げな。ナッハハハ……」と、高笑いするフラーイ。

 モニターに各フロアの防犯カメラからの映像が届いている。人混みのフロアは何の変化をも見せない者たち。キャーと甲高い悲鳴が響くと。途端に、我先にと逃げだす。  

 一方のアミューズメントフロアでは、チャラ男や今風女子らが、焦った顔で天井を見ていたが、「なに、これって?」と、イケ女風女子が。「フェイクじゃね?」と、チャラ男が。危機感を募らせない、というよりは、持ち合わせていない若人らのお声――動画情報。


 CPSヤード――モニター前で、藤崎。右のモニターに、マップと桜の映像。コマンドに夏美とその情報――PDF処理され、クリックで開いて文字情報が出る。

「ん。あ、それでね、追加情報よ、健輔さん。共有するね」と、モニター小窓の夏美。

 モニターに共有フォルダが届くと、虎ヒルスクエアータワービルのあれから今に至る状況の映像が――。

「情報源は、姉さんよ、健輔さん」と、夏美の声。



   23  桜の悪夢


 SR―4――ライダースーツとお揃いピンクの単車を園咲桜が走らせる……永遠と続くトンネルの道。「チッ!」と、舌打ちして、左手で、タンク上のカーナビ等々多機能装置のアプリパネルに指タッチする――桜の目の前に迫ってきた上り坂。


 R―4の側道――雑草で覆われた土手と一体化している秘密の出口通路。偽装の蓋が開いて……傍目(はため)には、上を通るR―4からも、土手下の疎らな人家からも、死角となっている……大きな土管の排水溝的横穴がお目見えする――中から単車の音が……間もなく出てきそうなエンジンの音とダブルヘッドライトの明かり。フォーン! と、エキストロノイズが一発警告代わりに轟くと。ピンクの閃光じみた園咲桜が運転する単車が出てくる。

 土手上のR―4の外灯の光の加減で、基本ピンクのフルフェイスヘルメットのバイザー越しに、何処か楽し気な桜の目。と、解説をしている間にも、桜が跨った単車はもう――R―4へと連絡する長くゆったり目の上り坂を、猛スピードで走りゆく赤いテールランプ。

 スカスカながらも、一向に多い大型車両交通事情のR―4。側道からすんなり入って軽快に走る桜が運転するピンクの単車――と、目の前に迫ったオービスカメラに案の定ひっかかる。サイレンを鳴らしてパトカーが追いかけてくる。が、勝負にならず。路肩に停車して、出て、見送る警官2人。「こちら、3号車。R―4を猛スピードで南下中のピンクの単車を……」と、1人が無線で報告する中……嘲り笑うようにカーブを単車ごとその膝を地面すれすれまで倒して、安定したバイクテクの桜。真剣ながらも徒じみた目をしている。


 今宵は月も星も出ていないが、雨が降っているわけでもない。ただひたすら都心目的地を目指して、単車を運転する桜。その目は遠くを見つめている――サイボーグオペ数カ月後。個室のベッドで寝ている桜。ドアが開いて藤崎が入ってくる。「どうだ、体調は?」「ん、平気。っで、あたしって?」と、その事実を忌憚のない藤崎の話から知って、いきなり抱きつきキスして、押し倒す桜。「だあって、あたし、もう、普通のラブNGなんでしょ!」


 単車を運転する桜――前方に、明らかなる推定100台のバイクが群がり走る暴走族と、追走中のまた別のパトカー2台。それらの間隙を縫って、置いてきぼりをくらわすピンクの単車。逃れることに走り続けていた暴走族の総長らしきデコッたバイクが止まって、もう小さくなってしまっている桜の単車の赤いテールランプを見送っている。後ろのパトカー2台も、警官が4人出て、取り締まりを忘れたかのように呆然としている。総長が青ざめた顔して、警官に近づいて、頭をペコペコと下げて謝りだす。いかに暴走族の総長と言えども、自らの小ささに気づいてしまったかのようだ。

「健輔さん。2カ所の管轄交通課から……フォローしきれないからね……」と、夏美の声。

「おい、桜! 目立ちすぎはリスキーだぞ。SR―4に戻れ」と、藤崎の声。

 桜が単車のタンク上のナビ画面をタッチする。と、土手下側道の次の入り口を示す。

 桜がメットを軽く叩いて、側道に下りて。指定SR―4への秘密の入り口から戻る。



   24 初動潜入


 フォーン! 一発高鳴ったブロッサムライジング号の音。

 虎ヒルスクエアータワービルに到着する園咲桜――タンク横に4つの桜の花から後部に向かって花弁が舞い散るみなしの柄のブロッサムライジング号に跨ったまま正面のシャッターが閉じているのを黙認して……教習の一本橋トロトロ走行で、ビルの周囲を探る……。

 ……単車で回ってきた園咲桜がヘルメットを被ったまま顔を向ける。地下駐車場への『地下駐車場・入口』看板を行こうとするがゲートのバーは通せん坊をしたままで上がらない。

 人通りが全くないビルのポーチ裏手に回って来て、跨ったまま見上げる桜の後ろ姿――左肩甲骨に4つの桜の花から右腰に向かって花弁が舞い散り……右尻に散り積もった花弁『みなしの柄』デザインのライダースーツの背に、単車の桜柄がマッチングして見える。

 首を上げて、桜のチョーカーをタッチする園咲桜――ヘルメットに電子的作用の光粒子が散りばみが生じて、消えて、桜の頭部が露になる。懐ポケットからピンクフレームで半透明偏光レンズサングラスを出してかける。と、単車のキーを切って、降りて、押して物陰に駐輪する桜。今は反射率が無く、桜の目がレンズ越しに見える。

「健輔! この時間に、全入口シャッターが下りているって、変よね」と、傍目には独り言のような交信をする桜――その左脳に内蔵されているAI頭脳の通信デバイスを通じて、CPSヤードの藤崎健輔と話している……。

「ああ。まだ10時だ。ショッピングエリアはクローズの時間だが、嘗てのウイルス対策の時短の世は明けている。大人的エリアのフロアがクローズするにはいささか早すぎなだ」

 レンズ越しの桜の目が、縦横無尽にビルを探っている。

「ん。何処かない? 入れるところ?」と、上空に、轟き近づくローター音につられて上を見る桜。夜空でもくっきり見えるヘリコプターが来て、ビルの上空でホバリングする。

(ああ、あのテレビ局のヘリね)とビルを改め見る桜。(スワローティービー……の?)

 ――地上から3階までの外観は横にした大きなマッチ箱状態で、4階、5階と大きな階段にも見えなくもない。

 にやりとした園咲桜。「みいっけ!」と、健輔にも聞かせるように、本当の独り言を放って、間髪入れずに桜のチョーカーにタッチして、ジャンプする――ホップステップジャンプと、オーラのような輝きを薄く纏って、5階の屋根上まで一気に上がってしまった園咲桜。

 ちなみに、この能力発動時の跳躍力は、最大で推定高さ44メートルだ。1階分の推定高さを3メートルとすると、14階までの跳躍が可能となる。

 で、垂直に立ちはだかる平面壁に引っ付くことはできないので、その上の超背高のっぽなホテルとマンションの45階分は、中に入らないと上がれない。ま、ブロッサムデバイスを発動すれば、外壁の窓枠などの微妙な凹凸を使って何とか上って行けなくもないのだが、予期せぬ攻守もないとは限らないので、動き的にリスキーだと判断している園咲桜だ。


 CPSヤード――モニター前で、せせら笑う藤崎健輔。バーチャル桜もピンクに瞬く。


 5階屋上のドアノブを握って纏ったピンクのオーラを瞬くと、開けて入っていく園咲桜。



   25 協力者たち!


 虎ヒルスクエアータワービル警備室――AIボーグ・フラーイと同じ姿の10体のシャーロイドがいる。監視する左近信子がドア陰からスマホで動画を隠し撮りする。

 ――フラーイとシャーロイドらが床に空いた穴に入って行って……再び戻って来る。

「動力室の警備会社直通セキュリティサーバー装置を無効にした。これで人知れずにこのビルを占拠できる。デッドマスターの意志のままに」と、フラーイが手を擦る。「あとは、館内にいる人々を抹殺するだけ。名付けて、デッターズ・リセットホモサピエンス作戦!」と、緊急放送のスイッチを入れて、マイクに呼びかける……。

 監視モニターに映る――アミューズメントフロアで、多くの若者が未だ遊んでいる……。

「……諸君……エントランスへ……用意ドン!」と、フラーイが手で合図する。シャーロイド8体が出て行く――という動画を撮って、信子がSNS通信アプリのナインで添付送信する……宛先は、『ガッツリセキュリティ会社・ボス様』とある。


 外にはライトアップ中の紅白タワー中心の夜景――ガッツリセキュリティ会社の文字が大きくある窓の2階事務所内――デスクに座っている岸田冬美が、虎ヒルスクエアータワービル警備に当たっている信子から通信アプリで動画の報告を受けて。通信端末機のタッチ画面式パッド、ガッツリセキュリティ名義の通称Gパッドを見て、目を細める。


 ――ボス。明らかな不審者が出現しましたので、動画にてご報告いたします。尚、コスプレでないことは黙認済みです――のメッセージに添付ファイルの動画。


 冬美が夏美に、そのまま信子からのナインを、岸田夏美に繋ぐ……。


 ――事件よ、夏美。虎ヒルスクエアータワービル警備中の部下からの報告動画だよ――


 と、送って、窓辺に立って、外……夜景の都心を見る。目深の敷地内には……

 同、外――アスファルト処理された広めの庭はスタッフ強化にも使う。5階建て自社ビルの1階はシャッター付きのガレージになっている。今はワゴン車と軽四輪が止まっていて、もう2台分の駐車スペースが空いている。何れの車両にもガッツリセキュリティ会社のロゴ文字とデザインが施されている。

 2階事務所の窓から、遠くを見ている岸田冬美。


 お仕事部屋――デスクで、パソコン画面を見る岸田夏美。「まさしく!」とクリックする。


 さくら町4番地交番の地下――CPSヤードの藤崎健輔がモニターで警備中の信子からの動画映像を見る……小窓に夏美がリモートワーク状態で映っている。

 藤崎と夏美がモニター越しに頷きあう。「奴らは、警備室だ。桜」と、別モニターの園咲桜に指示する。と、桜のチョーカーのアングルが流れ出し……物静かな廊下を行く!



   26 フラーイと手下


 10時10分――を示す、虎ヒルスクエアータワービル内のお洒落感満載なライトアップされた吹き抜けの正面エントランスの、これまたお洒落装飾アナログ大時計。

「……お楽しみ中の諸君。1階エントランスへ――10時30分までに集まるんだよ。遅れた人は残念ながら、僕の消化液で泡となってあの世いきだよ。あ、そうだ。住人と宿泊客は屋上だよ。用意、ドン!」と、フラーイの声の館内全域放送で、アミューズメントエリアや、ホテルエリア、そしてマンションエリアの普段は物静かな廊下等々に流れる。


 同、警備室――放送を終えたフラーイが振り向いて……手で合図する。シャーロイド8体が警備室を出ていく。シャーロイド2体を残して、フラーイも出ていく。


 アミューズメントで遊んでいたチャラ男や今風少女らが、耳にした放送を「ありえないんすッ」、「フェイクっしょ!」と判断して鼻で笑う。が、突然シャーロイド2体が現れて、手先から泡を噴射する。と、チャラ男や今風少女らにかかって消化される。目の当たりにした若人らが豹変して焦った顔で逃げる。エレベーターに乗れずの人々が……階段を行くが、こういったシチュエーションで発生する群衆雪崩の餌食になって……ぐったりとする。

 ホテルのロビーの床に穴が空いて、シャーロイド2体が現れる。手先から泡を噴射……居合わせた人々が溶けて消える。目の当たりにしたスタッフも客も我先にと、逃げ出す。

 同、マンションの一室――リビングでテレビを見ていた父親と娘。床に空いた穴から出現したシャーロイドが、泡を放射する。溶ける父が娘を逃がす……玄関ドアを開けた娘が悲鳴を上げる。各ドアから顔を覗かせる住人達……どう見てもよろしくないシャーロイドらを目の当たりにする。伝達しながら出た廊下を逃げる娘――ま、マンション住人に知らせる方法とすれば――「皆さん、逃げて! 室内でも。ハエみたいな化け物に襲われる!」と、大声放送が有効だ。

 同――1階吹き抜けエントランスに続々と集まる人々。が、シャッターが閉じていて、外へはいけない。例によって、床に突然空いた穴からシャーロイドが4体現れて、手先から泡を噴射する。かけられた人々が……溶ける。

 と、タワービル屋上にも逃げ集まる人々。上空でホバリング中だった白地に黄色と黒斜線柄のヘリコプターが……高度を下げる。その前方左右に、何故かマシンガンの銃口が!

 同、4階。イートエリアフロアの廊下――に逃げ遅れた3人親子と、数組のカップルら。2体にシャーロイドが慄くカップルに消化泡攻撃を仕掛ける寸前。

 その……廊下の……奥から走って来たピンクのライダースーツ姿の園咲桜が、明らかなる殺戮(さつりく)行為に、2体に一石二鳥の股開きドロップキックで倒す。シャーロイド自体が明らかなるヒトガタロボットの容姿で、生命体ではないことを瞬時に見破った園咲桜だ。


 さくら町4番地交番の地下――モニター前の藤崎が『ナイトクロウ』ボタンを押す。

 と、交番2階屋根の一部がスライド方式に……騒音もなく開いて屋根裏ピットから――艶消し黒のドローンが飛び立つ。下部にボールペン大のミサイルが一発搭載してある。



   27 桜、お仕事中……


 虎ヒルスクエアータワービル内の4階、イートエリア――のリプレーから……奥から走って来たピンクのライダースーツ姿の園咲桜が――殺戮(さつりく)行為のシャーロイド2体めがけて股開きドロップキックで倒す……襲われかけたカップルがそれぞれに一目散に逃げていく。

「おい、男子だろ、女子を……」と、ま、一応無事を見届けて、桜が片耳を手で押さえる――その体内に、CPSヤードの藤崎健輔からの通信が届く。

「桜。そいつらは、人じゃなくマシンだ」

「ん、健輔。見るからに! 遠慮なくやっちゃうね」と、倒したシャーロイドを睨む桜。

 起き上がった1体のシャーロイドがハエの如く手を擦って前に出すと、その指先から消化泡が出る。危機感を察して避けるが、桜のライダースーツの袖にかかって溶け……肘下の肌が見える。更なる間合いを取って、警戒する桜。

「その泡は、消化液だ。左右の指先から異なる薬液を放って、合わさると消化効力を発揮する。然も、繊維質なものに有効のようだ、気をつけろ、桜」と藤崎の声を耳にする桜。

「ん。ありがと、健輔。でも、それは厄介ね。電子粒子シールドも役立たずよ」

「チッ!」と、藤崎健輔の舌打ちが、桜の耳に届く。

 もう1体も起き上がって、2体のシャーロイドの次なる攻撃に、備える桜が、背後に気配を感じてブルって(身震いして)、前を警戒しつつ……半身分体を回す桜。

その背後にフラーイが現れていて、「あ! お前。分からないけど、凄くムカつく!」と、手を1回分擦ったところで、「待て、フラーイよ。そいつはシャーロイドに預けて。本来の目的を果たすのだ!」と、デッドマスターの声がフラーイのみに聞こえる。

「ハイ、デッド!」と、気を付けの敬意を示して、「シャーロイド。此奴をやっつけるんだ。ただし、とどめは僕に残しておいてよね」と、その場を去っていくフラーイ。

「別にどうでもいいけれど。もしかして、あたし、舐められた?」と、かかって来るシャーロイドをパンチとキックでなぎ倒して、フラーイを追いかける。が、床に穴が空いて、フラーイがいなくなる。桜も入ろうとするが、寸前で穴が綴じる。「え、ああ、もう、何の穴?」と、地団駄を踏む。倒れていたシャーロイドら2体が立って。また、園咲桜に向かって擦り終えた手を向ける。放射される消化の泡……桜がバク転を2回連続して、床を手で押して跳ね上がって、天井を足で蹴って、シャーロイドの攪乱(かくらん)を誘って、その背後に逃げる。

「卑怯なんてないのかもだけどね、あたしって、身に着いちゃってて!」と、2体のシャーロイドが振り向いた瞬間に、猛スピードで左右のパンチを繰り出し、脇を通り抜ける。よろめいたが2体のシャーロイドが振り向くと、まずは若干こちらのシャーロイドめがけて、渾身(こんしん)のドロップキックで吹っ飛ばす。壁に激突してシャーロイドが煙を出して小爆発する――間に、背後から……消化泡が、迫って、紙一重でかわすと! 倒したシャーロイドにかかる。が、溶ける痕跡がない。床に突然穴が空いて、残ったシャーロイドが落ちる。

 園咲桜が追うとするが、また閉じる。

「だから何? あの穴って!」と、ぶち切れする、今はまだ……ピンクウエアの園咲桜。



   28 案逆集団、デッターズ


 虎ヒルスクエアータワービルの4階薄暗がりの廊下――一点を見つめる園咲桜――肩幅均等開きの足。体側に下げた左右の腕に軽く握られた拳。背筋はピーンとしながらも、上目遣いのプチ睨みを利かせた顔。

 ――この構えが園咲桜のファイティングポーズのニュートラルポジションだ!

「ねえ、健輔。あの穴って……」と、内臓通信で、CPSヤードの藤崎健輔と交信する桜。

「未確認で、不確かだ」と、桜の耳に届く藤崎の応答。「勘でいいから……」と、桜。

「そのビルの構図を基に防犯カメラをハッキングしたところ。奴らは上と下……下の方が多い」と、シャーロイドの動きを藤崎が伝える。

「エントランス! ん、事態収拾ね」と、ニタっと笑うと同時に走り出す園咲桜。

 5階天井までの吹き抜けエントランス――シャーロイド4体が横一線に並んで……指先から消化泡を噴射する。逃げ延びてきた人々が怯えた顔でその動きの末路をもう充分に知っている。「ここに逃げれば殺されないんじゃ?」と反論する。が、お構いなしにシャーロイドらが20人に噴射する。と、藻掻いて……床に泡となって消える。まだエントランスには人々が推定100人ほどいる。シャーロイド4体が手を擦りだす。

 と、「うーりゃ!」と、掛け声とともに……壁の陰から園咲桜がピンクの閃光を棚引かせ超スピードで現れて、大股開きのドロップキックを放つ。と、2体のシャーロイドが前のめりに床に激突して、煙を出して小爆発する。片膝付きで着地した桜――前にいるシャーロイドを低い体制のまま左足を延ばして足払いして隙をつくり、懐に入って素早く背負って、一本背負いにとって全体重をかけて圧し掛かると、煙を出して小爆発する。

 残りの1体が桜の背後で準備完了していて、消化泡を噴射する。間一髪で避けるも桜の右肩から肩甲骨にかけてライダースーツが溶けて、その肌が露になる。フーと息を吐いた桜が、渾身(こんしん)の後ろ回し蹴り。吹っ飛んだシャーロイドが壁に激突して小爆発をする。

 桜が周囲をキョロキョロする。「ハエの化け物さへ抑えれば」と耳を抑えて、「3階バルコニーなの、健輔」と、走り出す園咲桜。

 その頭上、3階バルコニーにフラーイのエントランス向きの足。

 同ビル、屋上――星も見えない夜空で、ホバリングしていた白い斜線柄ヘリが、吹くみ針を左の銃口から掃射して、屋上に集まった人々を撃つ。撃たれた箇所から全身に皮膚が紫に染まって、動かなくなる。が、右の銃口で撃たれた……巨漢の男や、インテリ系女子と、刺されても、皮膚変化もせずにただ眠らされている。ヘリ中に、スズメバチタイプのAIボーグ・ワースプが乗っている。顔と容姿の感じから女だ。と、同種のシャーロイドが1体同乗している――殺戮(さつりく)ヘリの背後に……ドローンのナイトクロウが来て、唯一のボールペン似のミサイル「起死回生弾発射!」と、交番地下の藤崎による遠隔操作で、発射する――殺戮ヘリのローターに命中して、ふらつきながらも、煙を上げて飛び去って行く……。


 エントランスを臨む3階のバルコニーにフラーイ。駆け付けてきたAIボーグ・桜が立つ。チョーカーの桜の花弁三つが輝いている。



   29 VS、デッターズボーグ・フラーイ


「いたね、ハエの化け物……」と、警戒しつつ……近づく園咲桜。

 吹き抜け3階バルコニーの手摺から下の様子を窺っていたフラーイが振り向くと、もうすでに目深まで来ていて――ニュートラルポジションで睨みつける園咲桜!

「なんだ、イベントか?」と、物陰から出てきた酔っ払いオヤジが消化泡の餌食になる。

「どうして、こんな……」と、唇を震わす桜。

「そんなの、決まっているよ」フラーイの言い分を聞く桜。「失恋の気晴らしだよ」

 もうとっくに怒りが浸透した桜だが、平常な顔で問う。「どうして、その体を?」

「それは内緒だよ」と、平然と言うフラーイに。桜が、「そぉー!」と、ニカッと笑った瞬間には――桜のパンチがフラーイの顔面目深に迫っていて、かすかな感触を得たものの……すり抜ける。もうすでにフラーイが桜の背後に回っていて……手を擦りはじゃめている。

「そうか、ハエだね。素早さは人の群を抜いているんだね」と、口調は冷静さを保っている桜。首の桜のチョーカーをタッチする桜の指――花弁五つが輝く。

「AIボーグ化がマックス。車でいうレッドゾーンだ。桜」と、内臓通信の藤崎健輔の声。

「わかってるよ、健輔。あたしって、中途半端、嫌いなのもわかってるよね、健輔」と、正面切って突っ込む桜。フラーイの差し出した指先から噴射される消化泡――ジャンプして天井を蹴って反動をつける桜が足先をフラーイに向けて、ドロップキック。が、そのおみ足に泡が付着する……と、ライダーブーツがまるでグラディエータータイプに変貌したかのように溶ける。肉を切らせて骨を切る捨て身攻撃で、桜の放ったドロップキックを食らって、フラーイがもろに壁に吹っ飛ぶ。

 フラーイの背後の床に、ホールドマンの穴の痕跡が……「もういい。フラーイよ。その目障りな女を葬り去るのだ」 と、デッドマスターの声に、床が正常に戻る。

 口元から血が出ているフラーイが立ち上がる。

「へえ、赤いんだ、血」と、もうすでに迫っていた桜がフラーイの懐に入ってきて、背負い投げの体勢に入ろうとするが、フラーイも流石のAIボーグ! 俯瞰で見ていたエントランスの様子から、仕掛けてきた技を察して、受け身をとって、抵抗なく覆いかぶさると、圧し掛かった体重につぶされそうになった桜が、さらに屈んで、フラーイをやり過ごして、その足の方から抜けて、間合いをとる。

「それに、覚えているよ。僕が失恋するきっかけになった、雌猫のお前を!」と、手を擦り始めるフラーイ。背の羽が羽ばたき……ピーン! の動作を繰り返す。

「へえーでも、それって……」と、桜がまたチョーカーに触れて、「……あんたが男的にマズっただけだよねぇ」と、ピンクの閃光を放って左ストレートを繰り出す。が、フラーイも準備万端で、消化泡を大量に噴射する。桜が左パンチをしつつ右を引いて体を逸らす。

 ――園咲桜の左鎖骨から胸の谷間の肌が露になる。桜のパンチがフラーイの鳩尾にもろにヒットして、前屈みになった反動を利用しての巴投げ!

 フラーイが単独激突壁ドンして、煙を上げて小爆発した上に、自らの泡に溶け失せる。

 穴が空いたライダースーツの桜……AIボーグ・1号のブロッサムが佇む……。



   30 帰還の途中で……


 ブロッサムライジング号でR―4をそれなりの速度でご帰還中の園咲桜――背後に紺色の夜空と……地平線の狭間で横一文字に白みがかった夜明け間近の光を浴びて……。

 遠くを直視するファイザー越しの桜の目。フラーイの消化泡で溶かされて緩めVネックになってしまったうえに、穴だらけで肌が露出しているライダースーツのセクシー桜。

 AIボーグとは言え――人を殺めてしまった罪悪感が拭いきれない――目をした園咲桜。

「ま、完全なる正当防衛だ」と、内臓通信で藤崎健輔が弁護を告げる。


 同時刻。虎ヒルスクエアータワービル――正面口の一部のシャッターが開く。

 岸田夏美に――「現場の検証と、カメラ映像を基に捜査して、報告願います。捜査課長さん、後始末お願いします」と、指示を受けて――警視庁表示のパトカーが正面口前に数台横付けしていて、その地下駐車場にも警察エンブレムのコンのワゴン車などの警察車両が入っていく――幾人かの制服警官が出てきて……『KEEPOUT』の黄色いバミリテープが正面口に貼られる中――嗅ぎつけてきた報道陣が、「何かあったのですか!」「何か尋常でない……」と撒きたてるインタビューの嵐。警官らはシラッとした顔で作業を終えると、正面口中に2人の警官が残って、凛とした感じで警護する。

 上空に、例の殺戮ヘリ……欠けたローター外部が直っている白地の黄色と黒の斜線柄に、民放――日本列島に旋回する燕マークのテレビ局も来ている。

 その中――パイロットの横に同乗するAIボーグ・ワースプが、蜂力綾女、33歳になる。


 さくら町4番地交番の地下――CPSヤードのモニター前で、公安委員会預かりハイスペックテロ組織対策班班長の岸田夏美とリモートワークで交信中の、藤崎健輔。「リメイクしておいた。昨夜の一件に桜は関与していない。痕跡無しだ、夏美」そのモニターには、ご帰還中の園咲桜のR―4を来るピンクの点が届いている。「桜さん。そろそろ地下に」


 R―4側道で、SR―4への……昼間でも人知れぬ茂みの中に口が開くが、閉じる。

「イヤよ。法定速度だよ」R―4を快走中のブロッサムライジング号を走らせる桜が頷く。


 とあるアジトでの――各所でのデッターズ幹部らのリモートトークがなされる……。

「何だと、何故」と、居合わせた者には届いているデッドマスターの声。

「考えられるのは、奴しか」と、近くにいるのであろう……灰田丈次の声。

「奪えるか」と、デッドマスターの声。

 虎ヒルスクエアータワービルの上空。ヘリの中の綾女がコックリと微笑して頷く。


 R―4で、朝日を背に、単車を運転する桜! 前方に、朝焼けに白む稜線の山間の町――さくら町4番地の全容が見えてくる……。見詰めるヘルメットの中の、強張った桜の目が緩み……側道へと進む……。背に受けた朝陽が照らす……AIボーグ・ブロッサムの証『みなしの桜』は、右肩甲骨に四つの桜……筋を舞い散り……尻左に溜まった花弁の柄。



   31 園咲桜と町民たち


 さくら町4番地交番――一番大きな交差点の角。俯瞰で北上すれば……町民の家々や個人商店……AAバンクを有するオールアグリカルチャーセンター通称AA(エーエー)。そして田園地帯を北上する道の四つ角を西に行くと小学校があり、または道を東に入ると、町民コミュニティーセンター。さらに北上していくと、それなりの広大さを有した四角い区切りの農地となって、寅じいぃが事故ッてしまった四つ角から……やがて裾野に突き当たる。そんな田園風景のお膝下を見下ろすような稜線の山原で、本日も日光のお恵みを頂いて木々が息吹く。中腹の地肌が臨めるところに山小屋の屋根が見える。手前に峠筋。

 ――交番の交差点。西から来たミニパトが信号待ちで止まる。運転席に、花園百枝がいる。

「健輔。今日は、コミセンと、小学校も巡回するね」と、交番地下のCPSヤードで藤崎健輔に、タメグチ報・連・相(報告、連絡、相談)をした園咲桜が……いつも開けっ放しの正面口から制服姿で出てきて、周囲を見ながら両手を上げて伸びをする。右拳を引き付け気合を入れる桜が東隣の交番有する駐車場に歩く。地方は公共交通機関が乏しいため、自家車社会でもある。駐車場を有する施設は、最低10台は駐車可能でその間隔も広い。

 フロントガラス越し――信号待ちしたミニパト内の百枝が前を見る。交番横の駐車場口で、手を振る桜を見つけてほっこりとする百枝。青信号になって、ミニパトが走り出す……。

 間もなく、桜の待つ駐車場に入るミニパト№4。路肩で桜を乗せても差し支えのない通り事情ではあるのだが、微妙な交差点との距離に、習慣づいて入ってしまう百枝の癖だ。

「おはようです、百枝先輩」と、桜が助手席に乗って、シートベルトをする。

「まったく、あんたって子は。うん、おはよ!」と、桜を黙認した百枝がミニパトを駐車場内奥で回して、鼻先を通りに向ける。

「巡回先に、町民コミュニティーセンターと小学校も追加していいですか? 百枝先輩」

「じゃあ、センターから東の南方通りを通って。東口から地産物産センターによって。交番横の通りを北上してAAバンクと。先に進んで小学校寄って……でいいかしら? 後輩」

「あと、北方農地も時間があれば、お願いできますか(小首を傾げて)百枝先輩」と、徐々に天然の甘え囁き声になってしまう癖が出た桜。

「うん、いいよ」と、百枝がミニパトを東に向かって出して、すぐの角道を北に入っていく。

 ――町民コミュニティーセンター(以後、コミセンと称す)の100台は入る駐車場に、入るミニパト№4。駐車したミニパトから百枝と桜が降りて、コミセンへと入っていく。

 警官姿の桜と百枝が入ってきた――エントランスはだだっ広くオールバリアフリーの床。衝立も何もない柱間隔をブリフィングするテーブルが、多くは20人掛けから2人掛けまである――緩やかな階段の上には、大中小の一般的な会議室のドア。日当たりのいいガラス張りの壁沿いにはゆったり座って過ごせる憩いの場が。その外にはテラスがあって、18ホール分のパターゴルフのコースがある。ちなみに、建物北側には、広いグラウンドがあって小学校も兼ねた町内運動会や各種球技大会をする。体育館もある。

 ――井戸端会議中の今日はおしゃれな農婦らが桜を見て、百枝と桜の周囲に集まって来る……農婦のトミも……。



   32 桜と町民と、この町……


 コミセンを出て……走るミニパト№4の中――運転する花園百枝の横で、園咲桜が珍しく真顔でガン見している。フロントガラスの遠くをひたすら見ているような桜の目。

「あんたって子は、本当に、町民アイドルなのね」と、百枝が軽口イジリをする。

「ん」と、頷く桜。いつになく素っ気無い状態の桜に、百枝が横目でチラッと見る。

「どうした?」と百枝。

「ん……」と、絵空状態の桜。またチラッと見た百枝が「農婦らの噂話でしょ!」と。

 桜の心中は……そう、今、行ってきたコミセンでの農婦らの話にある。


 ――コミセンのエントランス。百枝と巡回目的で入ってくる桜。

 階段前でお洒落着を着た農婦らが井戸端会議をしている。農婦のトミも居て……「そうそう、関が売っちゃうって」「ええ、あの峠の古屋敷……」「そういえば、古民家ナンチャラが……町では」と、声が駄々洩れして聞こえてきている。目が合ったトミのほっこり顔の中に真剣な色を混ぜていると気が付く桜だが、本日も自然と井戸端会議集団に仲間入りする。

「おはよう、桜ちゃん」と、トミ。他の農婦らも挨拶代わりに、自然にボディタッチする。

 極々自然な流れのままになされている桜巡査との、コミュニケーション状態だ。

「お早うです。皆さん」と、植える各状態で返す桜。

「お早う御座います皆さん」と、輪の外で、百枝も挨拶する。

「花園さんも、お早う御座いますね」と、トミが返すと、他の農婦らも頭を下げたりする。

 百枝がコミセン内を見渡す……不審人物や異常に至る様子がないことを見透かして頷く。

「今度の日曜に、早苗饗(さなぶり)やるからきてよ、桜ちゃん」と、トミ。周囲の農婦らも自然に桜にボディタッチしたりして、「ううん、来てよ、桜ちゃん」と、誘う。

「ん。行く」と、迷わずの一つ返事の桜。と、トミや周囲の農婦の顔色に不穏な色が混じっている様子を見透かして、「あれ、何かあったんです?」と、問う。

「実はね桜ちゃん。まだ噂話にすぎないんだけれどね。関が売られるらしいのよ」と、トミ。

「ええ、関が!」と、本当にびっくり顔の桜。

「なんでもね……」「ほら、今、町(都心のこと)で流行っているでしょ」「古民家ナンチャラ……」と、温まってきた他の農婦らもマシンガントークで打ち明ける。

 百枝が見る。コミセン内の大時計が10時。「そろそろ……」と、百枝が桜に耳打ちする。

 トミが、「あ、桜ちゃんと同級生の倅(せがれ)さんが。東京に行っている」と、意味深に言う。

 桜が無言で目を上に向けて泳いで、一瞬真顔になって、トミを見て、微笑んで頷く。


 ――ミニパトの中。「おおい……園咲桜巡査さん」と、運転する百枝が桜を呼ぶ。

 園咲桜が頭を振って、百枝を見て、「はい、なんでしょ? 百枝先輩」とキョトンとする。

 百枝がチラッと見て、前を向いて唖然とする。

「今度、ゆっくり聞かせてね、トミさんたち」との話を脳裏にして、桜が左外を見る。



   33 スポット的さくら町


 さくら町の地産物産センターは、第三セクター化寸前の道の駅的施設だ。広い駐車場に入ってくる……花園百枝が運転するミニパト。助手席に園咲桜。既に施設近くの駐車枠に10台ほど止まっている。少し離した駐車枠にミニパトが止まる。

 №4のミニパトを降りて、駐車場を歩く百枝と桜……。野外の大時計11時半。

「混まないうちに、済ませましょ。百枝先輩」「そうね」と、正面口から入って、地産物産コーナーのエリアを見て回る。

 奥ばったところの暖簾(のれん)の下がる牡丹(ぼたん)食堂に行く百枝と桜。知人らに桜も手を振り返す。

 牡丹食堂の中――見知らぬ客らが数組いて、少し離れたテーブル席に、百枝と桜が座る。

「よ、桜ちゃん」と、前田芳郎40歳の食堂男性定員が水とおしぼりを持ってくる。

「いつもの」と、桜が注文すると、「あいよ」と、前田が厨房に向かって「SSPT(エスエスピーテエ)(桜ちゃん専用スペシャル定食の隠語)!」と、中年ありがちT読みで、叫ぶ。

「私も、いつもの」と、百枝。「ええ?」と、首を傾げる前田。「いつものって、婦警さん」

「ええ。私だって桜巡査といつも同行していて……」と、百枝。

「ああ、そうだね。でも、ごめんね、ご注文伺っていいかな、婦警さん」と、前田。

「そう。じゃあ、私もそれを」と、作り笑いする百枝。

「畏まりました」と、奥へと行く前田。

 桜ちゃんスペシャル定食……桜専用定食で、トンカツとソバと旬菜の筍の煮つけを、ガッツリモグモグと腹に収めていく桜の傍らで、百枝は残し気味に食する。

 ……食事が終わるころを見計らって、前田がお茶を持ってきて、出す。

「そういえば、桜ちゃん。聞いたかい? 関のこと」と、前田。

 口をモグモグしつつ前田を見る桜が、水をゴクリと飲んで、「トミさんらから噂程度に」

「俺の情報ではね……」と、桜に耳打ちする前田。傍らの百枝が変顔状態でお茶を啜る。


 ミニパトの中――さくら町四丁目交差点交番横を通過する窓からの景色……。

「関さんって? そんな家、無いよね。この町には」と、運転しつつチラ見する百枝。

 ……また、絵空状態の桜。「ねえ、桜巡査、さん……」と、不機嫌になる百枝。

 寡黙に前を見続けている桜。フロントガラス外――左にAA施設敷地が見えて、入る。


 AAバンク――入った瞬間にほっこり顔になる桜が窓口で、保険ガールの豊田雅代23歳に、話しかける。「関のネタ無い……雅代!」「ああ、桜先輩、実はね……」と、耳打ちする雅代。その傍らで店内を見渡した百枝が、不機嫌顔で桜らを見る。


 ――ミニパトの中

「ねえ、園咲桜巡査」と、チラッと見て、「なあに? さっきから……」と、運転する百枝。

 直視状態で遠くを見つめる感じが濃くなっている園咲桜。



   34 スポット的さくら町2


 小学校――『市立さくら町小学校』の表札の門。軽金属の門扉が閉じている。花園百枝が運転するミニパトが来て、裏手に回る……その助手席に、俄かに寡黙な顔色の園咲桜。

 裏門の横――来客用スペースにミニパトが止まり。スリッパを手に百枝と、桜が降りる。

 園咲桜が校舎を仰いで、格子門を開けて、百枝と入る。

 ……松田明代校長44歳と、竹田次郎教務主任42歳を立会に、廊下を歩く百枝と桜。双方ともマイスリッパを履いている。廊下から来客用玄関ホールへと来た桜を含む4人。

「桜ちゃんのお陰で、今日も風通しのいい教育が出来ているわ」と、明代校長。

「校長先生。さん付で……」と、額の脂汗をハンカチで拭うメタボ化した竹田教務主任。

「いいんですよ、柔軟な態度が子供たちの将来のアイテムとなるのです」と、明代校長。

 曇りがちな百枝の顔。桜が、歴代児童らの賞状とトロフィーを見て、立ち止まる。空手大会小学生の部の優勝賞状とトロフィーが8つ。内、4枚の賞状に3年から6年までの園咲桜の名前。もう4枚は、準優勝の村内……の名字までが桜の陰に見える。

 ――チャイムが鳴って児童が校庭で遊ぶ……思い出から半分覚めやらぬ園咲桜が、百枝につられるおように玄関から出てくる……と。「キャッ」と、不意打ち尻触りにあって、正気を呼び起こす。すぐに誰の仕業か生まれ持って育った脳裏でリサーチ済みの桜。案の定、目の前に、以前地産物産センターで尻を触った男子児童が立っている。

「もぉーやっぱり君だね」と、微笑む桜。横で、胸の前で腕組みをする百枝。

「関の兄ちゃん、帰って来るって。家、売るって」と、ぎこちなく微笑んで、呟く男子児童。

「唯一偏見無しに接した同士だね。200メートルあっても、君ん家からすれば隣だもんね」と児童の頭を撫でて、「あたしにお任せ」と笑う桜。児童も渾身(こんしん)に近い笑みを浮かべる。

 ――裏門を出て、ミニパトに戻る百枝と桜。

「個人宅の事情には、警察は関与できないわよ。後輩」と、いつもの軽口イジリも些か重い百枝。

「そういうことじゃありませんよ、百枝先輩」と、緊張したまなこを向けた桜が助手席に乗る。


 ――さくら町北方に広がる……田畑で、森潤一24歳担い手農業者が畑をキャビン付きトラクターで耕している。畦道を来るミニパトが見えて、縁にトラクターを止める森。フロントガラス越しに、助手席の桜が手を上げる。運転している百枝がミニパトを止めると、桜が出て、トラクターから森も降りてきて……話す。百枝がミニパトの横で見ている。

「譲の奴。家、売るってよ。桜」と、森。

「連絡あったの? 潤一に」と、桜。

「こっちからナイン(通信アプリ)で訊いた。3年ぶりに」と、森。

 と、桜と森が神妙な面持ちで話している傍らで、百枝が後ろで、手を腰に当てて見ている。

 トラクターに戻る森。桜もミニパトに歩む……。

「ねえ、なんかよくわかんないけれどね。個人のことには……」と、運転席に乗る百枝。

 桜が百枝をガン見して、「あたし、自力で戻るんで。では先輩、失礼します!」と行く。

「好きにすれば」と、睨んでミニパトを走らせる百枝。

 反して走る園咲桜……先の峠。



   35 公安委員会預かりハイスペックテロ組織対策班班長の事情


 対策班班長の部屋への廊下――響き近づくヒールの音。スーツスカートの岸田夏美が来る――ウッド調のドアのセンサーパネルに掌を翳して、数字のパスコードを入力する。ロックが解除されたレバー式ドアノブを回して、部屋に入る夏美。

 ――デスクの上にパソコン。唯一壁にかかる名画は『糸杉』レプリカ以外は殺風景な部屋。入ってきた夏美がデスクに着くなりパソコンを起動して、リモートワークで交信する。

「梅川警視監。例の虎ビルの件、処置完了しました」と、モニターを見て話す夏美。

「例の組織が実在しいたということが証明されたわけだね、夏美君」とパソコンの裏側。

「奴らもAIボーグを仕向けてきました」と、首を左右に傾げつつ、夏美が言う。

「ま、初動段階だな。事後報告は怠らんようにお願いするよ、夏美君」

「はッ」と、歯切れよくモニターにお辞儀して、マウスをクリックして、夏美。

 今や必要書類はパソコン処理されて、建物のどこかにある強大なハードディスクで保管される。


 夏美と双子の姉の岸田冬美の志――夏美の肩越しに見える。リモートワークを閉じたモニターに、『都立桜華大学校内見取り図』前のキャンパスで桜の木を背景に、冬美と夏美と両親の卒業記念写真が壁紙となっている。手書きで、「撮影者藤崎健輔」ともある。


 20年前。岸田家ダイニング――夏美と冬美が――両親と珍しく揃った朝の食卓で。

「私、4月から警察官ですわ、お父様」と、岸田冬美22歳がトーストをちぎって食べる。

「あ、夏美もよ、母さん」と、岸田夏美22歳がトーストにかぶりつく。


 その翌日――孤高の大きな桜の木があるキャンパスから『都立桜華大学』表示の門を出てきた冬美と夏美。そして父と母。母がスマホを出して画面を見て表情を曇らせる。父がスマホを耳にして、こうべを垂れつつ電話している。後方に藤崎健輔24歳が……冬美とアイコンタクトをとって意識し合う。見透かして笑う夏美。『卒業、謝恩会』の看板が後方に。

 と――間もなく……父が拝み手して、「悪いな、呼び出しだ」と、行ってしまう。継いで母も、「御免ね」と、通りを気にしていると、梅川浩35歳が高級車で迎えに来て、行く。


 またその翌日の深夜――朗報が双子の姉妹のもとに入る……警視庁捜査デカ長の父と、警察庁公安の謎めいた部署配属だった母が、そろって謎の死を遂げている。

父母の遺言が、「この国を守るのですよ! 冬美、夏美」と、ナインメッセージで届く。


 ――ガッツリセキュリティ2階事務所の中で、窓際でスマホを見る岸田冬美42歳。

「この国を守るのですよ! 冬美、夏美」と、ナインメッセージ。


 ――対策班班長夏美の部屋のパソコン壁紙に――桜華大学のキャンパスで撮った岸田家4人家族の卒業記念写真を見つめる……岸田夏美42歳。ピピッ! と音が鳴る。



   36 デッターズ、アジト


 山間地――元炭鉱の穴の前に『私有地・立入禁止』の看板のついた柵……格子門の脇に野太い電力ケーブルが……地下へと埋設してある。山道を来たワゴン車が前で止まる。背広姿の城野英治66歳が降りて、仰ぐ。降りてきた灰田丈次と常山治夫55歳が後ろに立つ。

「我らをテロとするは、公安の類か……あの女はいったい……」と、しみじみと呟く城野。

「以前、藤崎と造った女ボーグでは?」と、灰田が言う。

「だがその藤崎とやらはもう……除籍されていると役所で確認済です、先生」と、常山。

 頷く城野がワゴン車に乗る。門扉が自動で開いて、ワゴン車が穴に入っていく。


 数年前の街頭――都庁を臨む大きな公園前。『無所属・城野英治』の襷をした城野が演説カーの上で、「私の家は都市計画の水力発電施設のダムの底に沈みました!」と、天を仰ぐ。

 城野の少年時代の記憶――家を含む集落がダムの底に水没する……丘の上から母と震える手を握り、顰めた顔で見送る少年城野英治(以後、少年英治)。

 ――掘建て小屋の家で、少年英治と母が暮す……のちに母が伏せがちになって、煎餅布団で横になり、目を細める。枕元に正座する少年英治がじいっと薄笑みを浮かべて、母を見ている――ふもとの町で新聞配達をしている少年英治……大きな自転車を三角乗り(ハンドルからサドルへと保護棒があって、跨げないのでその三角の間に足を通して車体をやや傾けて自転車を漕ぐという乗り方)して必死なさまで……。

 元の街頭。都庁を臨む公園前――「過疎化! 地方では過疎化の一途。見てください。絢爛豪華な街並みを。ここには仕事がごまんとあり、移住先も様々にあります。国も都市化を進めて、地方の充実は後回し、と言いていいような都心中心主義者らの予算取りの証です」と、確固たるガン見で拳を握る。演説カーの周囲で通行人にビラを配る『城野英治・演説』の襷をした常山治夫。蜂力綾女が通信端末機で写真を撮ってコメントを書いて……SNSで拡散する。『城野英治氏、過疎化問題にメス入れ!』の見出し。

 走る演説カーの中――城野が常山に言う。「Bプランを!」

 運転手する常山がルームミラー越しにチラッと見て、首を傾げる。

「なんだ分からんのか。平和ボケの巷にカツ入れですよ、治夫君。そして……」と城野。

 助手席の蜂力綾女が振り向いて笑う。視線を合わせた城野が不敵な笑みを浮かべて、頷く。


 今。穴の中――人工的空間に駐車場。止まったワゴン車から城野が降りる。灰田と常山も。


 デッターズのアジトの中――会議室で城野と灰田と常山が話す。蜂力綾女が加わる。

「では、次のプランを、城野代議士先生」と、常山。

「ここではデッドマスターと呼びたまえ」と、マントを翻すデッドマスター(城野)。

「マスター……過疎化につき地方に点在する古民家が狙いめかと」と、蜂力綾女。

「ああ、確か巷では、古民家……カフェやレストランなどが流行している」と、灰田。

「あの2人をここへ……」と頷いたデッドマスターが、入口を指差す。

 ドアが開く。巨漢男と、インテリ女のシルエットが立っている。



   37 デッターズ古民家侵略作戦、始動


 虎ヒルスクエアータワービル――1階外付けのテナントオフィス。白いスモークがかった自動ドアに、『地方開発開拓レジデンス企画社(株)』のロゴ文字。OⅬらがドアをタッチして入っていく……。奥の壁に『地方の充実が国の未来を安定させる!』の額縁スローガン。

 同、内――OⅬらが手を振ってそれぞれのデスクに着く。オープンなオフィスで、50人のスタッフ男女が仕事をしている中に――村内譲24歳の姿。オフィス奥に、クリアな壁に仕切られた中に、あのインテリ女――片野まり子44歳がデスクでPCを見て、天を仰ぐ。

 透明な社長室――昼間で室内灯も点いているのに、まり子の周囲のみが突然暗くなる……スタッフフロアの方向を見るが靄(もや)がかかって視界ゼロ。目を細めるまり子!

「モースよ。そのスローガンは我らと同種。援助する。力を貸したまえ。君はもうすでに……フッファッファハー」と、何処から戸もなく耳に届いたデッドマスターの声。

 唐突すぎて、さらに顔を顰めるまり子。

 ――元に戻った社長室……首を傾げるまり子。パソコンが勝手に起動して、予算データが……数字が億越えの額に跳ね上がる。

「まり子さん」と、事務服の女性がいきなり入ってくる。まり子が、「いいのよ。たった今、もの凄い資金援助者と繋がったから」と、スマイル。いつにないまり子の笑顔に、事務員が一瞬怯むが、真顔に戻して、戻っていく……すぐに、まり子が社長室からオフィスに出て、声を張る。

「皆さん、お耳を拝借」と、スタッフらがまり子に注目する。

「いいですか。これから我が社は、巷で流行の古民家を使って商業計画を実施します。つきましては、皆さんの企画案を、本日より一週間期限で募って、社内プレゼンにて、採用します。準備予算は個人でもチームでも各50万円とします。採用されたチームには1人当たり100万円の臨時ボーナスを支給します」と、まり子が社長室に引っ込む。

 大いにざわつくフロアのスタッフら。男女営業マンらが話し合って、オフィスを出て行く。


 ――地下駐車場の営業車を利用する営業マン男女4人。「ようし、軽井沢から群馬北部だ」

 ――品川駅に入っていく営業マン男女3人組。「東北新幹線で福島ね……」

 ――東京駅構内を歩く営業マンら。「俺たちは東海道新幹線で、熱海小田原辺りを……」

 ――東京レンタカー品川支社に入っていく村内譲……スタッフと車の周りを見て回る。


 山間で桃園付近の古民家――タクシーが来て、スーツ姿の男女3人組が玄関を訪問する。

 榛名湖の畔で、車から降りるスーツ姿の男女4人が、売店に入って行く。

 海岸の有名な……駆け落ち男女の像の前――スーツ姿の男2人が歩く……。

 東北道高速佐野サービスエリアの売店でラーメンを啜る村内譲――スマホで、「次の住所に応援願います。まり子さん(マップ添付)」と、ナインメールする。履歴に、森潤一の名。


 さくら町の畦道――尋常に走って峠を上りはじめる警官制服姿の園咲桜!



   38 園咲桜の幼い記憶


 さくら町の峠の道――夕方に近づいた時間帯ではあるが……坂下に控える田畑の光景ではまだ日中と言っていい明るさだ。ま、夏至に近づいている日々で午後4時台では、まだまだ明るい時季だ。が、左右に木々が茂る峠のここは、さすがに薄暗さがある。

 その登坂――センターラインと歩道分離ラインがあるヘアピンカーブを、並みの速さで走る制服姿の園咲桜――時間差で3台の乗用車が追い越していく。

 と、園咲桜が走って峠をさらに上って来る……ジョッキングの呼吸法をして、疲労感が顰めた顔に出はじめる。桜のチューカーに指を近づけるが、「AIボーグ機能は1日当たり最大10時間。連続で8時間が限界さ……」と、藤崎健輔の言葉を思い出し、手をとどめる。

 何故か父との思い出が桜の脳裏に蘇る。


 会場内――『全国選抜武道大会』の横断幕の下に、コート。観客席で父と2歳児の園咲桜……コートに、トーキックを決める岸田夏美の姿。割れんばかりの喝采。隣のコートで、岸田冬美が回し蹴りで、相手を倒す。来賓席の片隅に、園咲桜の母と藤崎健輔がいる。

「決勝戦は岸田姉妹対決と今回も……」と、実況中継席に、司会をする蜂力綾女23歳。

 ――決勝戦、双子姉妹対決……審判を挟んで互いに見合って立つ冬美と夏美。観客席で桜とその父……桜が父を見上げる。父が身を盛りだして、膝に置いた手が勝手に握られる。

「はじめ!」の声に、動き出す冬美と夏美……肩を揺すって足を使って左右に動く夏美。対して、見据えたように一旦軽く素早く3回ジャンプして無駄な力を抜いた冬美が……肩幅開脚の、両手軽握りで体側に垂らして、やや上目遣いに顎を引く……鋭く見据えた眼(まなこ)のみが左右に、夏美の動きを捕えている。天空から獲物を狙う鷹の目の夏美。

「いいか。この光景をしっかりと、目に焼き付けておくんだよ、桜」と、父の声に見上げる桜。優しかった顔が鋭い目つきに代わっている父。桜が真顔になって会場を見る。

 コートの夏美と冬美――ぶつかり合っている2つの気迫に静まり返った会場。と、左ジャブを放ちつつ……右回りの蹴りをする夏美に――ダッキングで回避した冬美が足払いに入る……と、見透かしたように夏美が不安定ながらもジャンプして払う足をスルー。と、夏美が踵落としに……さらに掻い潜った冬美が、助走無しのドロップキック! もろに夏美の胸にヒットして倒れる。といった五分五分の展開が続くが……ブザーが鳴って終わる。審判が冬美を示す。夏美が凄んだ顔で冬美に近づいて、大手を振って冬美を抱く……称え合う姉妹に、割れんばかりの会場に拍手喝采の大嵐! 

 客席の桜が潤んだまなこで笑っている。

 会場外の最寄り公園で……魅せられて、父を相手にごっこの空手をする桜。通りすがった岸田姉妹と、傍らに……藤崎健輔。桜の筋の良さに、「おお」「いいね」と、声をかける岸田姉妹……傍ら母が来て、後ろから桜の肩を抱くと、岸田姉妹が気が付いて、会釈する。


 園咲桜が駆け上がっている――この峠は、こちらから頂まで5キロメートルある。古民家が頂手前にあり――庭からさくら町全貌が臨める。その昔は関所が……今は無人状態だ。

「健輔っ」と、顔を顰めて走り続ける桜。



   39 CPSヤード


 CPSヤード――2つのモニター前で、監視している藤崎健輔。

 右のモニターに、園咲桜のチューカーカメラの映像……ほぼ、桜の視野と同様の映像が届いている。話し終わった森潤一がトラクターに戻って、畑を耕し始める。百枝の待つミニパトに行って……乗り込むと、百枝と痴話喧嘩。桜がまた外へ出て自力で走り出し……のちに山間の畦道を並みの速さで走る様が――届いている。藤崎健輔が映像を見て神妙な顔をする。

 バーチャル桜が走る前傾姿勢になって……両足の筋肉が黄色く染まる。通常運動の疲労感を表している状態だ。

「デッターズが仄かに匂うか……」と、藤崎が頷く。

 桜がAIボーグ機能を温存していることに合点がいっている藤崎健輔だ。

 モニターに、園咲桜のチョーカーからの映像――峠の坂道を走って上がる様が窺える。

 バーチャル桜の黄色みがかった足が……オレンジに染まっていく!

 藤崎がキーボードを叩く……『公安委員会預かりハイスペックテロ対策班班長、岸田夏美様』宛にメールを送信する……「古民家情報を求む。奴らが何か企てている兆候が窺る」

 ――左のモニターに、24分割の町内監視映像が映っている――藤崎が見て、マウスをクリックする――モニターの中央に24インチサイズの画像が映って、以前寅じいが事故った農道2十字路の『止まれ』標識の上のカメラが……さくら町大字4丁目交差点に向かって来る規定速度のミニパトをフォーカスする。運転する花園百枝のみが乗っている。ミニパトが農道2十字路を過ぎたところでハザードランプを焚いて……停車する。

 ――映像を見て、目を細めた藤崎がクリックすると。右のモニターに……「了解。ガッツセキュリティに調査依頼するわ。健輔さん」と、夏美が映る。

 藤崎がクリックして、チョーカー視野のアングルのみ映像にする。


 峠の登坂を走って上がる園咲桜からの映像――道両脇に、関所名残の柱が立つ頂がようやく見えてきて……感知式信号機のある三差路分岐点があり、道なりの直進はさくら町本町へと連絡し、右折すると山へと続く。左手側が谷の状態ながら土手がある路肩で……土手の切れ目が……徐々に……そして明らかに見えてきている桜の視界――切れ目を入った直ぐに、目的地の古民家、今は空き家状態の村内家がある、はず?


 記憶も辿って――口を真一文字に結んで、踏ん張っている心境の必死に走る園咲桜。

 追い越していく『品川・わ』表示の乗用車と……後部窓がスモークがかって『地方の充実が国の未来を安定させる!』スローガン文字のワゴン車が、土手の切れ目に入っていく。

 立ち止まって、前屈みになって、肩を揺すって息を整える桜。

「使っちゃってもよかったかな……あれ」と、心の声が小言になって口を突く。

 両肩を回して、深呼吸をして……ゆっくりと歩みだす園咲桜……。

 木々に狭間にオレンジというより、ピンクがかった空の暗がりの峠……天辺手前に……左に入る土手の切れ目がある。



   40 デッターズが動く!


 さくら町――峠の古民家の庭に……帳時の外は薄明りの空気感。『品川・わ』ナンバーの乗用車が止まる。ヘッドライトを消して、村内譲24歳が降りる。

 乗用車の後方に『地方の充実が国の未来を安定させる!』バック文字のワゴン車が止まる。振り向いた村内が俄かに笑う。ワゴン車から4人の男女が降りて……後部ドアから場違いヒールのおみ足が地について……透け感のあるスカートは裏地に守られてパンティが何色かもわからない……スケベ男からすると、そんな気の置けない様が逆にそそられてしまう的なお洒落観のデザインのスーツを纏ったこの女は……インテリ女の片野まり子だ。

 村内が迎えて――古民家に手を差し伸べる。近づく4人の男女。内訳は男2人の女2人。4人の間を割って後ろから村内にさらに近づくまり子が眺めて……頷く。

「うん。いい感じね、村内君」と、俄かに笑うまり子。

「でしょ、ここはもう……僕が相続して持ち家になっています。合掌造りの茅葺屋根は味が……」と、手ぶりを加えて説明する村内。「六間の長廊下の縁側。奥行きのある外壁観。玄関に廊下。雨戸の戸袋と。田舎愛感をそそられる家構え」

 まり子が手を屋根に差し伸べて……「あそこ。2階の窓かしら?」と、尋ねる。

「いいえ、まりこさん。昔ながらの古家ですので、屋根裏納戸の風窓です」と、村内。

 惚れ惚れとしたまり子の顔を見て、「では中に……」と、上着のポケットから鍵を出して、昭和さながらの敷戸のサッシ玄関の鍵を開けて、一歩入った村内がまり子らを招き入れる。

 まり子と4人の男女が入って、村内が玄関の戸を閉める。間もなく……明かりが家中の窓から零れ……灯りだす。離れ納屋が照らされる。


 さくら町農道2十字路過ぎに停車中のミニパト――運転席で花園百枝が、「もう、謎子! ああ、謎美ったら……」と、ライトを点してターンさせ。その十字路を左折して走り行く。


 ――園咲桜が土手の切れ目から……村内家古民家庭に走って来て、足を止める。『品川・わ』ナンバーの乗用車と、『地方の充実が国の未来を安定させる』バック文字のワゴン車を見て、機敏に物陰に身を隠す。庭には誰も居ないことを黙認した桜が……周囲を警戒しつつ……ワゴン車の陰を利用して……古民家の正面に回る。ワゴン車内は飾り気無し!

「なんか、如何にもってな感じの車両よね、健輔。ナンバー見えたでしょ。照会して!」と、庭奥の古民家の離れの納屋の屋根下へと足を進めて、天を仰ぐ……。


 CPSヤード――モニター前の藤崎健輔がキーボードを打つ……右のモニターの桜のチョーカー映像に被ってコマンドが開く。『品川レンタカー・村内譲』と、『地方開発開拓レジデンス企画社(株)所有ワゴン車』と出る。


 古民家の庭。納屋の陰に園咲桜――(そう。譲君が……)と、明かりが零れている窓を見つめて……(帰っているのね)と、笑顔を浮かべるが、(でもぉー)と、心中困惑葛藤が渦巻きだし……右を向いて遠くを見て……目を細めて……俄かに微笑む。



   41 ガッツリセキュリティ――行動する


 ガッツリセキュリティ会社2階オフィス――デスクに着いてガッツリパッドのGパッド(パッド型通信端末機)を手に仕事をしている岸田冬美が、口を結んで、スマイルして、画面をタッチする。

「姉さん。虎ヒルスクエアータワービルの地方開発開拓レジデンス企画社(株)を探って」と、岸田夏美からのメール内容が開く。

 冬美が見て、パッド画面をタッチ操作する。画面の『力瘤アイコン』をタッチして、開いたコマンドに、『虎ヒルスクエアータワービルの地方開発開拓レジデンス企画社が古民家調査している訳を探れ。TA(虎ヒルスクエアータワービルのエージェントの略称)』と打ち込む。すぐに、『OK‐BOSS』と、返信がくる。


 虎ヒルスクエアータワービルのエントランス――今時風のスーツっぽい私服のTA女子が……入り口を入ってきた如何にもリクルート中の格好の大学生男子(以降、就活男子)をナンパする。「ちょいとそこ行くイケメン君。就活中なの。私もだから、ご一緒して……」と、積極的な言動に度肝を抜かれた感じの就活男子が、有無を許されないままに……外へと魅力的な笑みを浮かべたTA女子に腕組みされて連れられて行く。

 夕方時のビルの狭間に見える空――外の地方開発開拓レジデンス企画社(株)のドア前で、TA女子が指差して、就活男子を連れ込むが如く……入っていく。

「あのおー表から御社の社訓を見た瞬間に、飛び込みで就活面談願いたいと感じまして、お伺いいたしました。失礼は承知でお願いできませんか?」と、TA女子の声がする。ま、実際は外に漏れているわけではないのだが、中で口説いている様子。対応女性の声が同様に、「そうですか。ですが、只今代表が席を外しておりまして……」と、些かTA女子の唐突行動力に押されがちに言う。

「では、御社の概要パンフと、只今手掛けている地方開拓企画のタイトルだけでいいのですがお教え願えませんでしょうか?」「はい、パンフはこちらです。が、仕事内容に関しましては……」と、対応女性の声。「そうですよね、では、履歴書を置いてまいりますので、代表がお戻りになられましたら。願わくば面談の際に、企画案をお持ちしてみようかと、考えまして」と、TA女子の声。「ここだけの話(潜めた声)……地方古民家を利用する企画が……」と、対応女性の声。「分かりました。有難う御座います。不躾でした。では後日。アポを取りまして……失礼します」と、低調なTA女子――ドアが開いて、TA女子と就活男子が出てくる。

 奥壁の社訓――『地方の充実が国の未来を安定させる』。


 ――虎ヒルスクエアータワービルのエントランスに戻って、TA女子が、就活男子に封筒を手渡して、「有難う。今の会社はお勧めできないわ。あれぐらい強気でガッツリとアタックよ、就活男子のマジ、イケメン君。じゃあね」と、手を振ってあっさりと去っていくTA女子。場に残された就活男子が何のことやら状態でキョトンとして、封筒の中を見る……と、中に万札が10枚入っている。(就活軍資金にでもしてね!)と思いが伝わったような顔。



   42 さくら町、屋号『関』


 関は、関所の関からきている屋号。峠道の頂部両脇に関所名残の巣が空いた黒い木の柱!

 夜の古民家――夏椿の木が一本あって、トイレの屋根に届く枝がある。園咲桜が木の下に来て、仰いで、笑う。(木は成長しているけど、まんまね)と思った桜が木登りをする。トイレの窓明かりが灯って……話し声が聞こえてきて、木登り中の桜が静止して身を潜める。

「御トイレは水洗なのね」と、片野まり子の声がして……。

「はい。流石にこの今の世では、ボットンは……」と、村内譲の声が。

「こちらが浴室ね」と、まり子の声と共に、大きめスリガラス窓明かりが灯る。

 スリガラスの内側に……まり子と村内の姿……シルエットが、男女であることは容易に判断できる。ま、こちら側は裏手だし、他人が風呂場を覗けば犯罪行為が、この世の常だ。

「ねえ、譲君……一緒に入る? 私と……」と、10歳分若づくり容姿のまり子のエロい声。

「いいえ、まり子さんとなら光栄ではありますが……」と、複雑な心中の村内の声。

「ああ、コンプライアンス違反だったかしら、私」と、まり子の通常に戻した声が。

「いいえ、その場合。まったく性的興味がない場合の押し付け感情から……」と、長くなりそうな村内の説明に、「そう、ね、譲君」と、村内がまり子にキスされたようなガラス越し。

「村内君。次、お願い。お楽しみはもう少しお預けよ」と、仕事モードに気を戻すまり子。

「はい、では屋根裏納戸を……」と、中に姿が無くなる。

 合掌が斜に望めるこの位置からは木製格子風窓が見えて、今、灯った明かりが漏れる。

 木登り中の桜が茅葺屋根を見て、視線を落とすと、比較的真新しいトイレの屋根!

 見つめる桜――桜が森潤一と、村内譲で、小学生のころ遊んだ思い出が……。


 ――胸に大きな白地の布に『3―A 園咲桜』の体育着を来た園咲桜(以後、少女桜)が同じ木に登っている。下に同じ柄の体育着の少年、村内譲(以後、少年譲)が表を意識しつつ来る。夏椿が揺れて、葉音がする。少年譲が上を見て、笑う。

上から見て、少女桜も笑う。「あ、譲、見っけ!」と、声がして、森潤一少年が来る。木の上の桜がハッとして、トイレの屋根に飛び移る。と、バキ! ドサン! と、屋根が抜けてお尻が壊した穴にはまって身動き取れない少女桜。下の少年譲と少年潤一が大笑いする。

「こらー」と、ガタイのいい中年男が走って来る。「父さん」と、少年譲――大きな脚立を使って村内父さんの内村統領に助け出される少女桜。「怪我はないかい」と、片腕に少女桜を抱えて脚立を降りる村内統領。平謝りする少女桜。少年潤一も付き合って頭を下げる。

「ごめんなさい。関の統領!」と、お茶目に舌を出す少女桜。俄かに笑う少年譲。

「おらあ宮大工だ。こんなの朝飯前に直る」と、根っから懐の広さが出てしまう村内統領。


 懐かしんでほっこりしている桜の耳に――「ロフトね!」と、まり子の声。我に返る制服姿の園咲桜。茅葺屋根は通気性がよく……空気が伝わる。「ねえ、譲君!」と、まり子の色っぽい声。「別に、譲なんか! 年増女と、どうでもいいし」と、変顔桜。

「今晩は。わたくし、地域課の者ですが……」と花園百枝の声に、「え、先輩!」と桜……。



   43 婦人警官拉致?


「……警官が訪ねてきませんでしたか?」と、花園百枝の声。

 村内家の玄関サッシ戸内側――敷戸を開けて中には入らずに警官制服姿の花園百枝が訪ねると、冷徹感ありありで立っている4人の男女が睨むように見る。警官の百枝でもゾッとたじろぎそうな何か刺さる視線――が、凛とした顔を崩さず目力強くもう一度問う百枝。

「あの、警官が(首を傾げる4人の男女に)でも、ここって空き家だったのでは?」と、新たな疑問を問う百枝巡査部長。

 ……梯子のような階段を降りてきた村内譲と片野まり子――村内の足が見えた時点から、「はい。でも、僕の持ち家でもありますよ(完全降りて)なんの御用です? 婦警さん」と、百枝を見る村内。後ろにまり子が来て、村内の肩に手を添えて、百枝を見る。

「ですから、こちらに……(一旦口を止めて)こちらの方々にも……」と、4人の男女への不信感を確かめる百枝。どっからどう見てもその容姿は日本人だ。

「ええ、声は聞こえていましたわ、お巡りさん」と、まり子が村内の項に吐息がかかるぐらい口を近づける。キスでもしそうな具合で。

「ここって、『関』って呼ばれてますよね」と、百枝。不思議がっていたことを乗せて訊く。

「はい。その昔、関所管理をしていた家柄で!」と、村内がまあまあ詳しく教える。


 ――デッドマスターの声が「その女。人質に……」と、何処から戸もなく――まり子の耳に届く。同行している男女4人も反応する。

 頷いたまり子が、村内の首下で囁くように言う。

「ねえ、譲君。立ち話もなんでしょ」

「そうですね、まり子さん。お上がりになっては? 婦警さん」

「いいえ、只今公務中ですので」と、軽会釈の百枝。

 スーッと、何時の間にって的な感じで、4人の男女が百枝を囲んでいる……ハッとする百枝……「う!」と、スタンガン的電気ショックを瞬時程度に食らって、小刻みに震えて、前屈みに倒れて、目を瞑る。項垂れる百枝を女1人が抱えて、敷居の上の板の間に寝かせる。

 玄関口には土間2間分のエントランス。全くのバリアフリーでない敷居に、囲炉裏の居間。


 村内家の外――ますます空の藍色が濃くなって満天の星の瞬きも輝きを増している。生える合掌した茅葺屋根。裏手の大きな夏椿の木がガサガサと、揺れる。

 夏椿に登っていた園咲桜が身軽に、トイレの屋根に飛び移って、入母屋屋根の庇(ひさし)に屋根伝いに移動して、風窓の格子を手際よく外す。釘止めは一切しておらず組んであるだけなことは、懐かしい村内統領に聞かされている桜。

 園咲桜が、茅葺屋根の風窓から、潜入する……。

「ですから、こちらに!」と、強い口調の花園百枝の声が桜の耳に届いて……! 途切れる。

「やっぱ百枝先輩の声、もお、お節介なんだから」と、笑い顔が一瞬浮かぶ桜。



   44 夏美と冬美と……健輔


 村内家――星降る明るさの夜。古民家屋根の風窓格子を外し……天井裏に足を踏み入れる園咲桜。床板がミシッと音が鳴る。桜が屈んで床板の節穴から下を覗く……「先輩ッ」


 さくら町交番の地下。CPSヤードの藤崎健輔――右のモニターに桜のチョーカーからの古民家囲炉裏の横で村内譲と話す片野まり子。驚き怖がって……村内に身を寄せる。「木が軋んだのでしょう」と見上げる村内。その傍らで横たわっている花園百枝巡査部長の映像……被って岸田夏美が映る。「夏美。花園巡査部長が、何故か、襲われたぞ!」

「了解よ、健輔さん。今、私……ガサッ!」と、かすかに雑音が立つ。


 走る車の中の岸田夏美――自ら運転している。外に夜でガラガラ高速道路の風景。

「え、今って」と藤崎の声。「内勤のストレス発散だわ」とインカムで話す夏美。


 24年前の都立桜華大学キャンパス――大きな一本桜を背後に『都立桜華大学』の見取図。テラスがズーっと校舎の狭間に続いている……公園となっている学生憩いの場。

 端末機パッドを小脇に持った黒のコーデュロイベストとパンツ姿の当時22歳の藤崎健輔がカップコーヒー片手に、テーブルがある二人掛けベンチに座る。岸田冬美18歳がパンツルック姿でいそいそと隣りに座って、パッドを見て藤崎に囁くように話しかける。画面を説明する藤崎が、冬美を見る。見詰め合うと、ソフトなキスの予感に……互いに顔を近づける。

「姉さん!」と、岸田夏美18歳の声に。藤崎と冬美がキスシーンを中断し、見る。

「あ、ごめん姉さん、お邪魔虫!」と、夏美が屈託のない笑顔で謝る。

「いいよ。キスはいつでもできるわ、ね、健輔さん」と、竹割のような冬美。

 藤崎が渋った境地を隠した顔で頷く。

「あ、紹介するね。私の双子の妹で岸田夏美よ」

「聞きしに勝るイッケメェン~!」と、心の本音が悪ぶることなく夏美の口を突く。

「こちらが藤崎健輔さん。ハイスペックサイバーサークルのオタク的リーダーよ」と、冬美。

「へえ、確か、姉さんを含めて3人のサークルなのよね?」と、徒じみた顔の夏美。

「ああ。極少人数で悪かったな。だが、俺の考えについてこられる奴がいないだけだがな」と、口を尖らせる藤崎。冬美が笑顔の中に嫉妬の色を隠して、藤崎を見る。

「じゃあ、私も入ってあげようか」の夏美の言葉に、藤崎が言葉無く眉間に皺をよせる。

「だめよ。夏美は」と、冬美。

「どうして……(考えて)……あ、私、健輔さん、取らないから、姉さんから」と、夏美。「そうじゃなくて。隠し事が下手でしょ、夏美には」と、パッドを伏せる冬美。

「ん。否定はしないわ。ではお邪魔虫は退散します、姉さん。どうぞラブシーンを!」と、手を振って後ろを向いて去っていく夏美。


 今――夜の高速道路を走るのがボンネットの見えないフロントガラス越しの……前方を見つめる夏美の口角が歪んで笑う。別の白いワゴン車を走らせる――岸田冬美!



   45 デッターズボーグ・モース登場


 夜の古民家――天井裏に侵入中の園咲桜。下の囲炉裏端でキスする片野まり子と村内譲。

「ようし準備ができた。何をしているモース……」と、何処から戸もなくのデッドマスターの声が上ずる。村内と、床に転がってまさぐり合っているまり子がハッとして、突然寝室に入ってきた子に焦る親のような顔で、声の方向を見る。

「まあ~人と人。恋愛を否定はせぬが」の声に、乱れた服を直しながら起き上がるまり子。

「村内譲君をボーグ化する!」の声に、まり子が村内を見る。

ズボンのみ直して上半身裸の村内が不思議そうにまり子の顔を見る。

 天井裏の節穴――覗く桜が不思議がって目を細める。

「小中高と空手セミファイナリストの功績は、我が戦闘タイプボーグに」と、マスター。

 しっとりと頷くまり子が、村内を見る。顔を歪めた村内が見つめ返すと、「素敵!」と、濃厚なキスする。

「ううん(咳払いするデッドマスターの声)人知れぬ、正しく秘密基地! モースよ。村内君ご紹介の古民家を拠点アジトとする」

 ゆっくりと唇を離して……村内を見つめて、意味深な微笑を浮かべる片野まり子こと、AIボーグ・モース! 土間に、ホールドマンの奇怪な穴が開く……。

 天井板の節穴から「イッ!」と、桜の声が立つ。

 毛虫型シャーロイド10体が出てきて、「モースよ、作戦を練る。村内君も連れてきなさい」

 まり子が立つ。ホールドマンの謎の穴から巨漢男の塩野卓24歳が上だけ作業着姿で出てきて……その縁に掘削道具のスコップやツルハシがホールドマンの手によって出される。

 まり子らが連れてきていた男女4人が今時作業員姿になって……土間をスコップやツルハシで掘りはじめる。

「古民家自体はそのままの形状で、その地下に近代的な拠点基地を拵えるのだ。ベアよ」と、デッドマスターの声に、やや上を見て頷く塩野卓。

 村内家天井裏――床板節穴を覗く……園咲桜。


 その外――庭に、ミニパトと、『わ』ナンバーのレンタカーと、ワゴン車……。


 ――外灯が灯る『東北道都賀JCT』で右折レーンに入る……夜の光景のフロントガラスの中に運転する岸田夏美。助手席に、防弾ベストと拳銃のフォルダーが。


 ――R―4を北上中の『ガッツリセキュリティ』ロゴ文字の後部窓つぶしの白ワゴン車。


 古民家――土間のワームホール縁で手招くまり子。村内が頷き素直に応じて、飛び降りて入る。毛虫タイプシャーロイド2体が花園百枝を抱えて穴の縁に立つ……。

「先輩!」と、天井裏がピンクに輝いて、ピンクの制服を纏ったような警官園咲桜が、降臨するかの如く――舞い降りて、ニュートラルポジションで立つ。



   46 天井裏に、桜


 村内家。古民家の天井裏――ピンクのオーラを纏った警官制服姿の園咲桜が飛び降りる。

 ピンクのオーラは電子粒子のシールドを兼ねた被膜で、制服までをもピンクに染める。

 花園百枝巡査部長拉致寸前で、毛虫タイプシャーロイドの前に憚った桜が、置いてある予備のスコップで、百枝を抱えた毛虫タイプのシャーロイド2体を叩く。

 膝下の高さから、土間に落ちる百枝が倒れたまま動かない。

 桜を囲む毛虫タイプのシャーロイド10体……円陣の中に片野まり子が入ってきて、半身に構えて左肘を突き出すように左腰につける。「ねえ、貴女! ただ者じゃないでしょ!」

 人体に……茶色の毛虫をリンクした左肘を突き出したままのAIボーグ・モース。

 手にしたスコップで殴り掛かる桜……「警官拉致未遂は明らかよ」と近づいて、「制圧するよ」と、振り被ったスコップで叩きつける。避けもしないモースの頭に諸にヒットする。が、その金属製のスコップが折れ曲がっている。モース自体は平然と一切の外傷もない。

「お! そいつは、虎ヒルスクエアータワービル占拠を阻止した……AIボーグ娘」

 デッドマスターの声に、モースが頷く。

「なに? 何を了解したの、毛虫の化け物さん!」と、見るに堪えないほど嫌いな大型毛虫と、先輩警官を助けたい一心が、園咲桜の内面で葛藤している。

「ことを急げ、モースよ。その場はベアに任せて、その婦人警官を拉致ってこい」と、デッドマスターの声に。モースがニヤッとして、桜に向かって口から繭の糸を放射する。

 と、上体に大量の繭の糸がかかって、半ば身動きの自由を奪われて……藻掻く桜。

 隙を見て合図するモース。2体のシャーロイドに担がせて百枝を連れて謎の穴へと入って、続く毛虫タイプシャーロイド8体も入る。

「生きていたらまたジャレてあげるわよ、小猫ちゃん」と、モースも入ると……ホールドマンの穴も消える。

 藻掻いていながらも、バディ以上の仲の百枝を救いたい一心で、毛虫を無視していた桜の意識が、それと、やっと、戻って、「イヤー」と、生理的に強張ると――放たれたピンクの閃光に――絡みついていた繭の糸が散り散りになる。

「おたく、もしかして、毛虫嫌いとか?」と、モースから、園咲桜の相手をスイッチした塩野卓が……ヒグマタイプのAIボーグへと変貌する。

 スコップとツルハシで穴を掘っていた4人の男女も、掘削道具をその場に放して、一旦シャーロイドになって、AIボーグ・ベアよりは小ぶりなヒグマタイプになる。

 ピンクに染まった制服姿の桜。後方に4体のシャーロイドベアタイプ(ベアロイド)。前には、AIボーグ・ベア(ボーグ・ベア)。

 ニタっと笑った園咲桜が、お得意の戦闘モードニュートラルポジションをとる。

 ――やや上目遣いにきりっとした桜が余裕の表情で睨む。普段はチャーム風な印象の子猫の目も――今は獰猛な雌ヒョウ的猫型猛獣の獲物を狩るような鋭さを保持している。

 前後の明らかなる敵の動きを警戒して……静かなる呼吸で肩を下ろす自然体――古民家土間上の園咲桜。



   47 黒塗りワゴン車が来る!


 夜の村内家――庭。乗用車と灰色ワゴン車と……ミニパトが止まっている。

 白いワゴン車が来て、テールランプを赤く染めて、その後ろに止まる。白く色づけられた後部窓に『ガッツリセキュリティ』のロゴ文字。運転席のドアを開け、岸田冬美が降りる。

 ――家明かりの閉じられた玄関スリガラスに、モザイクがかった映像の如く……動く幾人かの影。大きな一塊になったかと思うと、中から争う物音が……。

 冬美が伸縮自在警棒を右手に伸ばして、玄関の引き戸に手を伸ばす。


 同内、土間で、戦う――AIボーグの園咲桜が、4体のベアロイドに囲まれている。AIボーグ・ベアが目配せすると、4体のベアロイドが一気に桜に掴みかかる。縮(ちぢ)こまる桜……そのベアロイドらの狭間から――激しいピンクの輝きが一瞬漏れたかと思うと……桜を包み込んでいた電子的作用のシールドが膨張して、押し返されて吹っ飛んだベアロイドらが……2体は土間に尻餅をついて倒れ。1体が高い敷居の角に背を打ち付け、もう1体が大黒柱に当たったことにより、家が大きく軋み揺れる。型式は古い家構えの古民家だが、元宮大工村内統領の家でもあって、その程度では壊れることは無用な様子。ベアロイドらも人工知能が流石に、衝撃を軽減しようとしたのであろう……受け身をとっている。

「おい、ベアロイド! マスターお気に入りの古民家が。外に誘い出せ」と、ボーグベア。

「そうだね、あたしもこの家がメチャクチャはNGだし」と、桜が玄関の戸を開け出ようとした瞬間に、外から来ていた冬美と鉢合わせ――ぶつかってはいないが、驚きの冬美と桜。

「貴女、確か、夏美の……健輔さんの……」と、冬美が認識する。

「あ、もしかして、冬美さん? あ、久しぶりでした。お変わりなきクールビッジですー」と、一般的な挨拶をして、外に出る。続いて、ベアロイド4体が出る。

 桜と冬美を取り囲む形になって、AIボーグ・ベアがゆったりと……玄関を出る。


 星明りの庭――古民家で地方の庭は限りなく広い。ワゴン車2台と間にミニパトと普通乗用車の4台が駐車していたとしても、戦うスペースは永遠にある。4体のベアロイドに囲まれ……間合いをとる桜と冬美が中央で、背合わせになる。

 AIボーグ・ベアの合図で、2人に襲い掛かるベアロイド4体――冬美が2体のベアロイドのやや先に迫ったロイドに警棒を振る。正面切っては流石によけられてしまったが……そんなことは冬美も知れたことで、左のベアロイドにいきなりのトーキック! パワーに弾かれた冬美は、宙でトンボ返りをして、クールスマイルを浮かべて、右にきたベアロイドの脳天目掛けて、警棒を振る。

 一方――桜は。囲まれていた時点で、迫ってきた2体のベアロイドの左の奴に足払いで転がした背でステップして、高くジャンプ! 反転宙返りをしての、もう1体にハイジャンプ位置からの踵落とし!


 夜の峠道――土手の切れ目を村内家に入る、黒く識別の無いワゴン車。



   48  デッターズ某所地下アジト


 夜の山間地の下炭鉱の穴――木々の隙間から臨む夜空にそれなりの星々が瞬いている。『私有地・立入禁止』看板の格子門扉。奥に、穴を塞いだセキュリティ完備の大きな鉄扉。


 同、穴の中――デッターズアジトのオペ室で、中央に置かれた台の上に、村内譲が手足を枷にかけられて横たわっている。鋭い眼光で天井を見ている村内。

 オペ室監視窓にマントを羽織ったデッドマスターの表面が陰った姿。

「ボーグ術進歩。灰田技法――処置後七日間で完治して、10日後に、活動できる……」

 デッドマスターの声に、横たわる村内が監視窓に目を向ける。

 監視窓の中のデッドマスターの横に、モースと常山治夫の姿。

「では、博士。ボーグ術を開始してくれたまえ」と、デッドマスターの声に従って、オペ室のドアが自動で開いて……灰田次郎がシャーロイド3体と入ってくる。

「マスター、此奴は如何に?」と、上を見る灰田。

「調査によれば。この男。あのボーグ1号と同等の空手使い男だ。さすれば、虎! そして翼を得れば、勝るものなしとなるであろう……」と、デッドマスター。

「では、マスター。猛禽類の」とデータを見て、「イーグル塩基が次か!」と灰田が呟く。

「AIボーグ・イーグルとしてくれたまえ。博士」

 上を見ていた灰田が、一礼して、3体のシャーロイドが手際良く……オペをはじめる。


 牢屋――鉄格子小窓から星空が臨めている。制服姿の花園百枝がベッドで目を覚ます。


 同、オペ室――シャーロイドの手により、台の上に横になる村内の手首に、麻酔用点滴の針が迫る……手首を動かして、必然的に体も藻掻き動いて、些か抵抗を試みる村内。

 監視窓内のデッドマスターとモース。おまけのような常山秘書。

「村内君。我ら、組織の為に。行く末は国家のために、尽力賜れないものでなかろうか?」

「何だ。その国家の為とは?」と、強い口調の村内に、モースが「あら、怒ったの?」

「村内君。どうだね。この国に、世知辛さを感じぬか。地方を重んじぬ世間知らずらに」

「……」

「すべての裏表を表化しようと、限度しらずのマスコミ連中と踊らされまくりの庶民たち」

「……」

「この世の摂理は、所謂光と闇。言い換えれば表と裏。本音と建前なくして、潤滑な世は平和を保てない。我々はそう考える」

「……」

 デッドマスターに加えてモースが「避妊しらずの快楽の代償の赤ちゃん」と微笑する。

 シッポリと、頷く村内譲。麻酔が効いた……ゆっくりと目を閉じる。


 そんなことが起きていようとは、想像すら許してはくれそうもない……星が瞬く夜空――古民家にも通ずる星明りの……懐中電灯要らずの夜だ!



   49 ガッツリセキュリティ・CEO冬美はお強い!?


 星明りの村内家――庭。踵落としをヒットさせた園咲桜。ベアロイドの脳天を捕えている。ショートした輝きと音がしてベアロイドがふらふらになる――と! そのベアロイドが意図のないままに桜に体当たりする――意表を突かれた桜は、流石に避けきれず……その重みのままに押され倒れる。巴投げも思った桜だが、ベアロイドが吹っ飛んだ先に古民家が! 無駄に破損も考え、なされるままに。AIボーグ・ベアがその後ろで左手を前に突っ張って出している。ふらふらになったベアロイドを利用して、AIボーグ・ベアが仕向けたのだ。もう1体のベアロイドとAIボーグ・ベアが下敷き状態の桜に迫る。大柄なガタイのわりに熊も人からすれば俊敏性は勝る。圧し掛かっているベアロイドを押し上げようと藻掻く桜。チョーカーにタッチすると、桜の両手両足のピンクの輝きが増す。

 一方――冬美がベアロイドを警棒で打ちのめし、もう1体をキックする。が、生身アスリートの冬美では、流石にAIボーグのようにはいかない。然も、2体相手では……その昔の武道大会チャンプともいえども、尋常パワーでは。「姉さん!」と、岸田夏美の声!

 ガッツリセキュリティ白ワゴン車の後ろ――黒いワゴン車が止まる。ドアを開けて降りた夏美が、指だしスパーリング用グローブを手に嵌める。桜にしろ冬美にしろ、パワーVSスピード対決。そのフロントガラス越しに明らかにその事態の状況判断ができる。

 夏美はワゴン車陰から徐々に加速して……「姉さん!」と、ジャンプする。


 桜にのしかかっているベアロイドが上に放り投げられる。両手両足をピンクに染めた桜が、自由になった隙に、機敏にブリッジからの背面起き上がりで立って、場を移動する。桜が回避した地面にベアロイドが勢いよく落下する。AIコントロールを失って瀕死の状態にあって、自らの重さで完全破損する。生物でいえばグロッキーとなる。

 桜のバックをとろうと迫ったベアロイドに、全身ピンクに染まった桜が回し蹴りからの後ろ蹴り――器用にステップしてからのドロップキック……と、ベアロイドをのす。

 AIボーグ・ベアが唖然としつつも……首を振り、両手を胸前に軽く構えて、着地直後の桜に迫る。が、桜も空手をはじめ、各種格闘技チャンプの実績の重みレディで。迫るAIボーグ・ベアの懐に潜るように桜が身を屈める……!


「姉さん!」の呼び声と共に、ジャンプした夏美が――高い位置からの50キロ猶予の体重を加えたパンチングする。冬美が背にしてベアロイドが不意打ちによろめくも――「夏美」と冬美が「お楽しみ、取らないで」と。「ずるい、いつも独り占めなんだから、姉さんは」と、夏美が言い返す。「しょうがない、分けてあげるよ、そっちのと楽しんで、夏美」「オーライ!」と、冬美と背を合わせになる夏美。それぞれの前にベアロイドが襲い……迫る。


 体制を低くして足払いするピンクに染まった桜。前屈みに勢いついて迫った巨漢のAIボーグ・ベアは――体を丸めて回避する桜の上を飛んで、顔面から地面に落ちる。

 立ち上がり、体勢を立て直し、戦闘モードニュートラルポジションをとる園咲桜。



   50 孤高の猛禽AIボーグ・イーグル誕生


 デッターズアジトのオペ室――外は夜だが、一切外光を通さない地底に明かりが灯る室内。今は、手枷足枷を外されたオペ台の上で、村内譲が……ゆっくりと目を開ける。

「どうかね気分は?」と静かに見守っていた灰田丈次博士が声をかける。

壁際に立つ3体のシャーロイド。開いた村内の目が動いて……周囲を見る。

「僕は……」と、以前と何ら変わりない様子の身体に、麻酔から覚めたばかりの意識の中で村内が戸惑い……近しい記憶の断片を脳の海馬でかき集めている様子。

 涼しい目つきでクランケを眺める灰田。

「僕は、確か」灰田を見て、「確か、何とか手術を、受けた……」

 灰田博士が、シッポリと言葉無く頷く。

「痛ッ!」と、起き上がろうと動くが、またゆっくりと……仰向けになる村内。

「術後7日は経過措置がいる。今、無理に動けば、わたしは、その身体の保証はしかねる」

 天井を見つめる村内。「どう……何を……この体に?」と、質問の言葉を正確に選ぼうとするが、かえってたどたどしくなるばかりの村内。

「分かりやすく言えば、若干のドーピング。無駄なく体を引き締めて、イーグルのエキスから抽出したDNA塩基を加えた細胞を、君の各部位に移殖して、今日より10日後には完全なる脳に移植したAI装置からにコントロールを受ける、自らの意志でその体を自由にコントロールできるようになるのだ」と、些か、日ごろ口数の少ない灰田博士だが、得意分野の説明とあらばドヤ顔をも覗かせて、口が軽くなる。

 が、疎い者には念仏の如しで、何のことやら。が、自身のことではある村内には、要するに、AIを使用した超人化の肉体改造を受けたことが薄ら分かったようだ。

「自分の意志でコントロール! 君たちに、逆らうことも……」と、村内が訊く。

「むふっ。心配ご無用だ。7日間で洗脳、マインドコントロールされてしまう」と、灰田。

「時期に、無理に、逃げ出すことも」と、村内。

「いいよ。だが、1年間分の活動エキスをゆっくりと注入して、身体に馴染ませなければ。一瞬の超人で終わってしまうのだ」と、灰田。

 村内が必然的に目をやってしまっていた灰田から、天井に移す。

「1度、それで、その能力を引き出すことができずに、やられてしまったハエ男があった」と、灰田の忠告を聞きながら……村内が目を細める。

「これをどうにかできた男は、以前いたが。今はこのわたししか、この分野でなせるものは存在しないのだよ、村内君。いいや、AIボーグ・イーグルよ」と、灰田が『イーグル』と言葉を発した時にはもう……オペ台上で横たわっていた村内譲が目を閉じて……眠る。


 同、作戦指令室内――照明器具が灯るコンピュータ完備のモニターに、園崎桜を正面にした――AIボーグ・ベアの視界と。岸田冬美、岸田夏美を映したカメラからの3つの映像が届いている。手下のシャーロイド4体がモニターを操作して監視する。中央のブリーフィングテーブルに陣取った、デッドマスターとAIボーグ・モースと常山治夫。テーブル下の床にホールドマンが空けた異次元ホールから顔を覗かせている。



   51 姉妹の激しいカレシ争奪戦!


 夜の村内家の庭――木々の生えていない野原化した庭先で、園咲桜が戦闘モードニュートラルポジションをとって、上目遣いに前を見る桜の視線の先に――AIボーグ・ベア。

 その背後で、2体のベアロイドを相手に、岸田姉妹が背合わせ状態で間合いをとる。ベアロイドがそれぞれ腕を前にして、夏美と冬美に迫る。「姉さん。こいつら人間じゃない」

「そうね、破壊なら問題ないか!」と、冬美の言葉をきっかけに、向かい打つ岸田姉妹。


 23年前の都立桜華大学キャンパス――大きな一本桜、向こうのキャンパステラスのベンチで、端末機パッドを小脇に持った黒のコーデュロイベストとパンツで濃紺ボタンダウンシャツ姿の当時、21歳の藤崎健輔がテーブルがある二人掛けベンチに座っている。

 岸田冬美19歳がパンツルック姿でどう見てもコーヒー柄のカップを2つ手に、いそいそと来て、藤崎のテーブルにカップを1つおいて、隣りに座る。

「ありがと」と、藤崎がパッドを見つめたまま言って、冬美を見る。見詰め合う藤崎と冬美……ソフトなキスの予感にムードを高めた顔を近づける。「姉さん!」と、岸田夏美19歳の声に、藤崎と冬美のキスシーンが『また』中断する。

 振り向く藤崎と冬美。「あ、ごめん姉さん、お邪魔虫!」と、夏美が屈託のない笑顔で謝る。

「いいよ。その天然に19年間も付き合っているし」と、冬美。

 藤崎が渋った境地を画した顔で頷く。

「あ、姉さん、今度の武道大会も決勝は……」と、夏美。

「ん、でも、驕(おご)り高ぶりが最大の敵よ、夏美」と、冬美。

「ああ、2人は、3種目以上の2段持ちの、武道をやっているんだったな」と、藤崎。

「ん、分かっている。でね、もし、姉さんに勝ったら、健輔さん貸して」の言葉に、驚く藤崎が冬美を見る。考える冬美。「……。分かった、いいよ。夏美。私に勝ったらね」

「ようし。じゃ、健輔さん、決まりよ」と、自信満々に笑う夏美。

「でも、夏美。私に勝ったらよ」と、クールで余裕ありげな冬美。小首を傾げる藤崎。

「姉さんには……(考えて)……う、ん……高校から4回対戦で全敗だからなッ」と、夏美の言葉に、藤崎が絶句して、コーヒーを詰まらせ咽る。「勝ちたい! 姉さんに!」

「そういうことよ、夏美」と、カップコーヒーを啜る冬美。

「じゃあ、姉さん対策考えよ。では、お邪魔虫はこのへんで退散します(愛想笑いで会釈して)どうぞラブシーンの続きを!」と、手を振って後ろを向いて去っていく夏美――去り行く夏美の後ろのベンチに座っている藤崎と冬美が見詰め合うが、すぐさま吹き出し笑って……冬美が肩に凭れ……藤崎が肩に手を回し抱いて、前を薄らいだ目で見る……歩く夏美。


『全国選抜武道大会』の横断幕の会場口――学生さん各集団や一般の観覧者が入って行く。

「本日は、一般女子の部、決勝戦を行います」と、アナウンス――蜂力勝也の声が流れる。


 星明りの古民家の庭――冬美と夏美がそれぞれのシャーロイドを攻守を開始する……。


   52 CPSヤードはさくら町交番地下


 俯瞰のさくら町中心地の全容――もう深夜と呼べる時間帯のさくら町4丁目の交差点――角に何の変哲もない2階建てのさくら町交番の正面口は、今夜も相変わらずに開いている。正面口を入って行って、突き当りに公衆化したトイレと、隠しドアの納戸がある。


 CPSヤード――バーチャル桜が……輝くピンク色を増す。

大きく左右の2面モニター前で、転寝中(うたたねちゅう)の藤崎健輔。向かって左の24分割町内監視モニターの映像は……平和そのものの光景だ。が、「先輩をどこに」右のモニターは園咲桜のチョーカーから届く音声映像で、デッターズAIボーグ・ベアと対峙する模様が映っている。

 にもかかわらず、藤崎は、『安心しきった平和を象徴する』とあるお山のその昔の大将軍を祀った社の……お墓に向かう参道の鴨居の欄間に描かれた眠った猫の如くの寝顔だ。

「あ~? どっちだ、丈次。おーい!」と、寝言を言う藤崎。


 23年前の会場の中――『全国選抜武道大会・女子一般の部』のトーナメント表に、掲示板電飾で示された岸田冬美と岸田夏美の名前。他者の名は消えている。コートの夏美と冬美。

「姉さん、御覚悟を!」と、夏美がお辞儀して前に出る。

「こればかりは譲れないの、夏美」と、ちょこっとお辞儀で動かず間合いを取る冬美。

 岸田姉妹がいきなり攻守、攻防を展開する。


 同年同日の大学研究室――パソコンを使って考える藤崎健輔。テーブルの上に大きな紙にフリーハンドの人体構造図。大きく書かれたタイトルに『AI人工蘇生術式構造図マニュアル』の文字。藤崎が回転椅子を回して持ったマジックで、『ゲノム蘇生or治癒細胞蘇生』とふきだしを書く。『AIラーニングによるドーピング信号伝達術法案』の文字と『細胞メカニズムの化学記号図』はすでに書いてある。

 藤崎がテレビをリモコンで点ける。「決勝は、あの岸田姉妹による夢の対戦が実現しました」と、蜂力綾乃の声に。対峙する岸田姉妹が互いの技を紙一重で避け、攻撃に転じている。

 釘付けになる藤崎。と、灰田丈次が入ってきて、藤崎に端末機パッド画面を見せる。

「人工的電子信号を流すと、人口蘇生再生細胞ニューロンがピクピクしやがるぞ、藤崎」

 その画面で、シャーレに入った人工の皮膚細胞が電子粒子の輝きに反応して、蠢(うごめ)く。

 小さくしていたテレビの音が、歓声に湧き上がる。画面では、喜ぶ冬美と泣く夏美。


 武道大会のコート――(一瞬ね!)の両者の思いがこもった夏美の回し蹴りと、冬美のその場飛びの蹴り。観衆には相打ちにも見える形だが、判定は……赤いフラッグだ!


 CPSヤード――藤崎健輔が「おーい!」と、寝ぼけて椅子からコケ落ちる……。

モニターの中で桜が大声で、「先輩をどこに?」と、AIボーグ・ベアに挑む声。



   53 操られる姉妹


 夜より深まった時間帯の古民家、村内家の庭先――その頭上には満天の星。

 AIボーグ・ベアが対峙した園咲桜に掴みかかろうと迫る。巨漢の割には機敏で尋常ではない動きを見せて。と、桜も自らその懐にあえて入って、ベアの右腕を掴んで、左胸に手を添えて自らの背を地につけて――瞬時にして巴投げに取る。庭先の原っぱの切れ目にある太い欅(けやき)に投げ飛ばされたベアが自らの体重も圧となってダメージを負う。

 デッドマスターの声。「その二人を、催眠効果で操るのだ、ボーグ・ヘンプよ」

ホールドマンの穴が庭に空いて、麻紐で編んだ局部を隠したコスチュームの小デブ女が現れる。仮に細身なら……グラビアスカウトされるであろう、ある意味惜しい気もする容姿のもち肌女だ。髪の毛も麻製のドレッドヘア。

 一方――岸田夏美が回し蹴りをベアロイドの首に放って倒す。ヒットした瞬間にショートした音が立って、煙が立つ。

 岸田冬美がショートレンジからのドロップキックを放って、ベアロイドが同様に倒れる。

 夏美と冬美に、AIボーグ・ヘンプが両手を差し出し――伸びて……麻紐になって、それぞれの首に巻きつける。異変的衝撃を伴った震えを生じて、夏美と冬美が同時に倒れる。

「ベアよ、一旦引くのだ。相手が人ならさしもの女ボーグも手古摺るであろう」と、デッドマスターの声に。ボーグ・ベアの足下にホールドマンの穴が空く。悔しがる睨みを桜に利かせつつボーグ・ベアが口元の血を腕で拭って、穴に飛び下りる。

「弱点も見つかるやもしれぬ。ボーグ・ヘンプよ、岸田姉妹を操るのだ」と編部に届く声。

 気がふれた目をした夏美、冬美が立ち上がり……桜に対峙する。互いを称えようといった雰囲気は絶対になく! どう見ても敵対する気満々の岸田姉妹に、桜も流石に気がつく。

 と、間合いを取る暇も桜に与えず、岸田姉妹がパンチ、キックで攻撃を仕掛けてくる……流石は玄人、ヒットすればダメージに繋がる繰り出し方は、いちいち風切り音がして鋭い!

「ええ、この2人、相手ってッ! マジ、キツゥ」と、桜がダッキングしたり、庇い手で防いだりと、苦戦する。チョーカーに触れて、スピードを増す桜が両者の攻撃の間隙を縫って……!

「ううん、もー! 加減がムズイィ!」と、右の夏美に回し蹴りを撃って、回転の勢いをそのまま生かして……正面の冬美にパンチする。迫る夏美に背負い投げを放つ桜。間髪無しに得意のドロップキックを放った冬美の足を何とか掠め避けて、山嵐投げする桜。

 鈍い音が……2つして、白いワゴン車の脇に、並んで座って気を失っている夏美と冬美。


 草(くさ)叢(むら)に擬態化するように、潜んでいたAIボーグ・ヘンプが、ホッとする桜に……両手を変形した麻紐がさらに綱となり、後ろから密かに伸ばして……一気にその首に絡ませる。

「健輔!」と、大声で叫ぶ桜。発光するピンクが背景とともにモノトーンになる思いの桜。


 CPSヤード――藤崎健輔。「あれ? なんで? いつの間に、不利になってんだ?」と、『ナイトクロウ』発進ボタンをタッチする。



   54  悪、桜


 満天の星が夜空を紺にする深夜――古民家、村内家の庭で後方から襲われる園咲桜。チョーカーの首に巻き付く麻綱が帆ずれ……ましてその体を覆う。

 桜の体から発光していたピンクと背景がモノトーンになる――シチュエーションに映画なら嵐が似合うのだが、自然界は人間の都合には合わせてはくれない――満天の星。

 麻綱を縮めた桜が後ろ向きでAIボーグ・ヘンプに引き寄せる。桜が藻掻き暴れようとするが、絡んだ麻の繊維がしつこくへばりついて、体の自由を奪っている。

「ヘンプよ、女ボーグをアジトに誘え! 洗脳を試みる」と、デッドマスターの声。

なされるままの桜が、「健輔!」と、叫んで、一旦全身を脱力する。

「さあ、あんた。完全脳解剖するってよ、マスターが」と、ボーグヘンプ。

 ホールドマンの穴に、ボーグ・ヘンプが桜を連れ去る。閉じる際、コインタイプの金属が放り投げられて、夏美と冬美の前に落ちる。それは探知機で、ⅬEDランプが点滅する。

 ドローンのナイトクロウが飛んできて、下部のカメラを回転させる。

「桜? あ、冬美、夏美」と、藤崎健輔の声がナイトクロウから漏れる。

 ナイトクロウ側部から左右に触手を伸ばして――夏美と冬美の米神に先端をつける。小電気ショックを与え、冬美と夏美を起こす。起きた二人が、素早く立って、戦う構えをするが、冷静沈着な平常を心に取り戻す。

「夏美!」と、冬美が。「姉さん!」と、夏美が……指を差し合って顔や目を動かして状況把握をする。

 ナイトクロウのカメラが下部に格納されて……HDD(ハードディスクドライブ)式映写機が出る。光が白いワゴン車に当たって、藤崎が映る。

「健輔!」と、冬美。「健輔さん」と、夏美が同時の発声する。

「どうした、何が、どうして、どうなったんだ? 君たち強者なのに」と藤崎の声が問う。

「分からない……わ」と、冬美が記憶をたどる。

「確か、桜ちゃんが悪党に思えてきて……」と、夏美も薄らながらに思い出す。

「ああ、私にも、そんな風に見えてきて……ような?」と、歯切れの悪い冬美。

「珍しいな、冬美の歯切れが悪いのは」と、藤崎の声が言う。

「現場を」と、冬美が切り出して、「検証する」と、夏美が姉妹お決まり疎通を利かせる。

 庭先に基本タイプに戻ったシャーロイドが4体、転がっている。1体に冬美が近づき……「アンドロイド!」と、蹴飛ばす。が、ピクリともしない粗大ゴミ4体。

「以前、虎ヒルスクエアタワービルに出現したものと同じだわ。姉さん」と、目を細める夏美。

 庭から玄関を入って、土間へ――夏美と冬美の頭上を追随するナイトクロウ。

 中は、手掘りで掘削途中の穴がぽっかり空いているだけで、2人以外に、誰もいなくなっている。ドローンのナイトクロウ上部からパラボラアンテナが出て、一回転する。

「チョーカーの信号を、辿って……ううん! 近くにコインタイプのデバイサーが2つないか? 外だな」と、藤崎の声がナイトクロウからして。岸田姉妹……星明りの地面を探す。

 白いワゴン車の横に、コインタイプのデバイサーが2つ転がっている。

 岸田姉妹のしなやかな右指がデバイスチップを摘まんで……拾い上げ……翳す。



   55 デッターズの牢屋?


 デッターズアジトがある山間地炭鉱跡の地下――じゃない土穴の中。

「何これ、ひっからまって、はなせ」と、園崎桜が体に纏わりついた麻綱を藻掻きほどこうとしている。「どう、動けないでしょう、ヘンプザイルは、藻掻けば藻掻くほど繊維がばらけて余計に包み込むのよ」と、ドレッドヘアでもち肌女のAIボーグ・ヘンプ。

 桜が誘われたその空間は、天井に食い込んだ裸電球の灯る適度な広さのドアもない洞穴の中。唯一出入り手段は、ホールドマンの得意技のみのようだ。もっとも、土に中で、手掘りの自力で出口を造る手は無くはないのだが、それは最終手段だ。生き埋め覚悟の。

「ふふっ!」と、取れない麻に歪んだ顔を、笑顔に変える桜。

「何がおかしいの、嬢ちゃん」と、ボーグ・ヘンプが口角を歪ませてニヤッとする。

「だあって、これっきゃ出来ないんじゃない、あんた。特殊な攻撃してこないし」と、桜。

「……あるにはあるわ、舐めないで、嬢ちゃん」と、伸びた麻綱を引く。

 麻の繊維が締まって桜の体に食い込む。桜が痛がって、苦しむ。

「これはこれは見目麗しのお嬢さん。ようこそ、我がアジトへ」と、デッドマスターの声。

「我がアジト、って……(周囲を見て)……単なる土の穴よ」と桜が天井を見渡す。

「まあ、そこはまだ掘りたてでね。使用用途は検討中ですよ、お嬢さん」落ち着きある声。

「で、ここに、何故、あたしを!」と、桜。傍らでボーグ・ヘンプが嘲笑う。

「どうでしょう。我が組織の為に貴女のお力をお貸し願えないものかと」と、交渉する声。

「……?」と、返答せずに聞き耳たてる桜の顔。

「先ごろ、虎ヒルスクエアタワービルでのご活躍っぷりは、目に余りまして」

「……」言いたそうに口を開くがすぐ閉じるボーグ・ヘンプ、遠慮してもどかしい顔。

「不完全とはいえ、ボーグ・フラーイを……。貴女ももしや、AIボーグではと」

「……!」と、だんまりで聞き役に呈する桜。

「しかも、第1号のチェリーブロッサムゲノム塩基のナノ単位レベルの改造人間。その特殊特性を生かした人工知能管理のサイボーグシステムを、その華奢(きゃしゃ)そうな内側に秘めている……」と、藤崎健輔から聞いていて、桜は耳タコの秘密だが、デッドマスターも知っている。

「……そんなことより、先輩は! 先輩を返せ。声だけ男!」と、ブチ切れする桜。

「おお、怖いですな、お嬢さん。ヘンプよ、頭が冷えるまで。そこに」とデッドマスター。

 ボーグ・ヘンプが気をつけ姿勢して、歪めた笑顔で桜を見る。

「はッ、デッドマスター様」とボーグ・ヘンプが歪めた笑顔で、前倣えすると……また指先から麻綱が出て、毛羽たち広がって桜の体に……さらに絡みつく。

 ホールドマンの穴が地面に空いて、ボーグ・ヘンプが微笑を残して穴に自ら落ちる。

 麻綱が毛羽だって、上体に投網の如く纏わりついて身動きが取れない桜。主のボーグ・ヘンプがいなくなって、これ以上の締めは無くなったのだが、テグスや水糸を素手で持って締め付けられた時の食い込みはすさまじく痛い。正しくな状態の桜が、歪めた顔で考える。

(ここから出て、先輩を。まずは何とかしなきゃ、このしつこいのを)

 仕方なさそうに、首の桜のチョーカーに指タッチするガンジガラメの園咲桜。



   56 古民家、村内家


 星空の下の古民家――村内家の庭に、縦列で止まる4台の車。内、白いワゴン車の横の地面にコインタイプデバイスチップが2つ転がっている。1枚を拾う岸田冬美。もう1枚を拾う岸田夏美。それぞれチップを翳し見て、互いを見合う……頭上でホバリングするドローンのナイトクロウから――CPSヤードにいる藤崎健輔の声が上部ⅬEDランプを青く点滅させて内臓通信機を通じて話す。「どちらでもいいからその1枚をナイトクロウ本体にセットして、下部の信号受信デバイサーSKR(エスケーアール)を取り外してセットするんだ、お二方」

冬美がナイトクロウを、愛しみを込めた目で、下部の名刺ケースサイズのSTRを外す。

 SKRモニター画面があり、村内家を中心とした周辺マップが映っている。

「分かったわ」と、夏美がナイトクロウの下部の挿入口にチップをセットする。

「セットしたら、スイッチを指タッチするとⅬEDランプがグリーンに光り、探知するとピンクに光る。地下を含めて最大1000メートル範囲さ」と、藤崎の声。

 冬美がSTRにチップをセットすると、グリーンランプがナイトクロウと共に点灯する。

「目標、つまり桜に近づくにつれランプがピンクに激しく点滅して到達すると点灯する」

 ナイトクロウに向かって頷く――冬美と夏美。冬美の持つSTRがピンクを点滅する。

 一番後ろに止めてある黒ワゴン車の運転席に、夏美が乗る。STRを持った冬美が後部左のスライドドアから乗り込む。その際、コンピュータ完備の内部が垣間見える。

「I YOU lady!」の藤崎の声に。

『all light』と無意識に揃う岸田姉妹。

「GO!」の声に、ホバリング中のドローンが動き出す。追随して走り出す黒ワゴン車。


 ――峠道に出て、頂部両脇の関所跡の柱に向かう。すぐに右折する枝道――『国定自然公園さくら山ダム前遊水地公園』の矢印案内板のある上り坂に入っていく黒ワゴン車……ゆっくりと瞬くピンクの光を放つナイトクロウに導かれて夏美が運転する黒ワゴン車が――山肌駐車場に到着する。山頂向かって右手には水力発電のダム。こちら側はキャンプ施設やアスレチック遊具など広場の遊水地。ロッジの小屋もある。

 駐車した黒ワゴン車からSTRを持った冬美と、夏美が下車する。頭上のナイトクロウがピンクの点滅をより早めて飛んでいく……少し行った縁に岩壁の人工的な洞窟――頑丈に戸板で塞がれ通行止めにしてある。『危険・立入禁止』の大きな看板がかかっている。

 冬美と夏美が前まで来て……手にしたSTRマップを見る。ナイトクロウから赤外線探知レーザー光線が戸板に掃射して……探知する。爪楊枝大のミサイルが右横に出て、発射。戸板を吹っ飛ばす。ナイトクロウと共に入っていく岸田姉妹……。

 ――洞窟の中を来る岸田姉妹と、サーチライトで先を照らすナイトクロウ……土壁に阻まれて、岸田姉妹が足を止める。ナイトクロウが赤外線を土壁に放射、探知する。

「推定掘削距離50メートル。よし、モグライザー発進だ」と、藤崎の声に、含み笑う姉妹。

 ナイトクロウ下部ボックスから……掘削ラジコンマシンが飛び出し着地して、黄色い電子粒子の光を放射して掘りはじめる……ヒトガタの大きさの穴を空けて、進んで行く。



   57 デッターズアジト!? じゃない穴から……


 CPSヤード――2つのモニター前でキーボードを叩いて、マウスをクリックする藤崎健輔。左のモニターにはさくら町各所の平和そのものの風景だ。

 一方の右のモニターには、桜のチョーカーからの裸電球照らしの地下の光景と、ドローンのナイトクロウから映像……クリックした途端に更なる分割して出た画面に、モグライザーからの探知情報マップが。自然界の地下構造の強弱ぶりを見抜いて、リスクのない横穴を、ピンクの点滅信号に向かってモグライザーアイコンが掘り進んでいく情報映像が届く。

 中央のバーチャル桜――『ブロッサムenergy50%』の浮遊コマンドを表示する。

「その奥さ! 桜のボーグシステムエナジーが半分だよ、お二人さん」と、藤崎が言う。

 ナイトクロウ搭載180度視野のカメラ映像が、横穴を進む岸田姉妹をとらえる。


 デッターズアジトではない、土穴の中――ピンクの電子粒子に包まれた園咲桜が四方の土壁を手で触れ探り……首を傾げる。一方の土壁を睨むと、桜を包むピンクに濃く光る。

(来るのね、健輔新案お手製のモグちゃん)と、茶色の土壁に……ストレートパンチを放つ。が、若干土が抉れただけで、変化はない。続いて……右! 左! と、連打する桜。同様に抉れるのみで変化がない。

(これ以上……パワーは……崩れそう)と口角を歪めた桜が、土壁一点を見つめる。

 ――土壁に、向こう側から小さな穴が空き……モグライザーのドリルの刃先が覗いたかと思うと、すぐに穴を中心に亀裂が走って――ヒトガタ台の穴が空き、モグライザーとナイトクロウと、夏美と冬美が……『桜ちゃん!』と、そろって桜の手を取って微笑む。

 ナイトクロウに向かって桜が話す。「健輔。ここって、もしかして、単なる穴?」

「……どうやらそのようだ、桜」と、ナイトクロウから藤崎の声。

「どうしてこんなところに、あたしをだと思う、健輔」と、桜が変顔する。

「おそらくボーグシステムのお前さんを、本拠地アジトに連れて行くのは、リスクと」

「そうね、妥当ね、健輔」と、冬美が桜とドローンを見る。

「うん、私も同意だわ、健輔さん」と、冬美を見た夏美が、ナイトクロウと桜を見る。

「ま、ここを出ましょ(クスッと笑って)お姉さま方!」と、桜が言うと、地上に向かって進む2機のマシンと、夏美、冬美、桜の順で、一列になって出て行く。


 外で――デッターズ・ボーグ・ベアとボーグ・ヘンプと、それぞれ型のシャーロイド8体が、野原に開いたホールドマンの穴から次々と飛び出て、小高い丘の上に一線に並んで見下ろす。『危険・立入禁止』の戸板が吹っ飛んで、洞窟口が開いている。

「おい。あの穴を調べろ!」と、ボーグ・ベア。ベアロイドらの目が光る。「やはりな」

「塞いで生き埋めよ、お前ら」と、ボーグ・ヘンプ。

土をベアロイドらが熊爪で引っ掻き――ヘンプロイドらが麻綱のムチでひっぱたく。

 ガラガラと土が崩れて穴が塞がり……推定3割の隙間を、ドローンのナイトクロウが飛び抜けて、穴を掘ってモグライザーが顔を出し……隙間が2割になった時!

「ウリャー」と、両脇に女を抱えたピンクの閃光が飛び出し――着地する後ろ姿は、桜。



   58 戦う、AIボーグ・第1号!


 夜明け間近で白みがかった東の空。『国定自然公園さくら山ダム前遊水地』の看板の丘――横一線に立ち並ぶデッタボーグ・ベアとデッタ―ボーグ・ヘンプ。そして4体ずつ……計8体のベアロイドとヘンプロイドが見下げている。

 崩された土の蓋が2割を残して空いている洞窟口を背に、ドローンのナイトクロウがモグライザーを下部に収納ドッキングで一体化して……上昇する。下で、右に岸田冬美、左に岸田夏美、真ん中に園咲桜が自然体で立って、見上げている。

「おおい! 先輩をどこにやった!」と、桜が声を張る。その声に天然エコーがかかる。

 ボーグ・ベアが嘲笑う。ボーグ・ヘンプが片手でドレッドヘアをかき上げる。

「何処? 答えなさい。体系的にお似合いのお雛様みたいな、そこのお二人さん」と、夏美。

「さあ、何処かな? 今頃はボーグ化テストを受けているんじゃない」と、ボーグ・ヘンプ。

「ボーグテスト?」と、桜が訊き返す。

「合格するか、他に能力があれば殺されはしないし」と、ボーグ・ヘンプ。

「まあ、同意の意志が肝心だがな」と、ボーグ・ベア。

「同意って?」と、冬美。

 ボーグ・ベアから……デッドマスターの声がして、「ボーグ娘よ。どうだ我が組織に同意」

「……」見上げて、目を細める桜。左右の夏美と冬美も同様に目を細める。

「地方の充実がこの国の未来を安定させる、と思わんか?」と、声だけのデッドマスター。

 見上げたままで、口を結んでモゴモゴと動かして左に口角を歪める桜。

「まさか!」と、桜を見た夏美。「確かに地方人(ちほうじん)には魅惑のスローガンねー」と、冬美。

「我らと、真なる国内の充実を図ろうではないか、御三方」と、デッドマスターの声。

「それって……」と、冬美。「不自由な!」と、夏美。

「タアー」と、桜がピンクに染まって、ジャンプして――いつの間に? といった感じで、ボーグ・ベアの目の前に水平チョップを構え――シュッ! と、振るが。ボーグ・ベアも素早く避けて、桜の足を掴みかかる。残渣処理に怠らない桜……膝を抱え込んで回転して着地、した途端、身を反転させて構える――ニュートラルポジション! をとる。

 ボーグ・ヘンプの2本の麻綱が桜を襲う……右から夏美のドロップキックがボーグ・ヘンプに迫っていて――左から伸縮棒を最長に伸ばして……冬美が殴り掛かる。

 ――ヘンプロイド4体が夏美に襲い掛かる。ベアロイド4体が冬美を攻める。左右に……ボーグ・ベアとボーグ・ヘンプを相手に、微動だしないニュートラルポジションの桜。

 その傍らで、夏美がヘンプロイドの麻綱のムチ打ちにあうが、左右に身を逸らして避ける。

 一方の冬美が、ベアロイドのはり手クロー攻撃をかい潜って……夏美と背合わせになる。

 頷きあった夏美と冬美が相手を取り換えて、第2ラウンド――架空のゴングを聞いたように……夏美がベアロイドへと。冬美がヘンプロイドに挑む。

 ボーグ・ヘンプへの麻鞭を、桜がピンクの閃光に染まった手で握ると、焦げて契れる。ちぎれたムチを、もう1本のムチに絡め動きを止めて、ボディブロー一発はなって怯んだ隙に立ち木に麻綱で縛り付ける。背から迫るボーグ・ベア。辺りを白んだ朝焼けの光が照らす。



   59 肉親と義理姉妹……


 東の空に朝焼けの白が染まっている――本日も晴天に恵まれるであろうさくら町の国定自然公園内の遊水地で、木に麻綱で縛り付けられているデッターズボーグ・ヘンプ。

 背から迫ったボーグ・ベアに、園咲桜がドロップキックを放つ。ボーグ・ベアの喉元に突き刺さるかの如くヒットする。吹っ飛ぶボーグ・ベア。その場に着地する桜が振り返る。鈍い光を放って体を縛る麻綱が消えて、ボーグ・ヘンプが自ら解放される。

「やるわね、あなた!」と、前屈みに肩を動かし息をするボーグ・ヘンプ。

「いいえ、それほどでもぉー」と、おどける桜。

 ――CPSヤードのバーチャル桜、10%!

「貴女。それまでよ」と、聞き覚えのある呼び声に、振り向く桜。丘の上に、顔だけ出して蚕の繭玉に全身を覆われた花園百枝を、人質にしたボーグ・モースが嘲笑う。

 少し離れた広場の地面に、壊れた6体のシャーロイドが転がっている――ベアロイドとヘンプロイドが背合わせして、ハサミ向かう岸田夏美と、対面に岸田冬美。

「さあ、ボーグ・ヘンプ! 今よ、やっちゃって」と、ボーグ・モースが見下げて言う。

 フーと息を吹いたボーグ・ヘンプが……左手を桜にめがけて出す。麻綱が伸びて両腕を含んだ桜の胴に巻きつく。下唇を噛んで苦しむ桜……ボーグ・ヘンプが左手を引くと、桜に巻きついた麻綱が締まる。(このままじゃ、普通の女子、やられちゃうよ、おねえ)と桜の心。

 燃え尽きる蠟燭の炎のように「お姉ちゃん!」と叫ぶ桜の顔が苦痛に歪む。繭玉に包まれた百枝は目を閉じたままで動かない。締めつけられる桜の体を覆って輝いていたピンクの電子粒子が色褪せる。桜が目を虚ろに開けて朦朧とした意識の中で、項垂れ地に崩れて倒れる――視界が広がってさくら町全容が臨める中に『さくら町・早苗饗』の横断幕がバックネットに掲げている――コミセンのグラウンドが、思い出の脳内ビジョンとリンクして、蘇る。

「百枝姉ちゃん!」と、断末魔の叫びを渾身込めて放って……脱力して目を閉じる桜。

 夏美が渾身のバックターンキックを放つ。倒れたベアロイドがショートして壊れる。

 冬美が警棒に麻のムチで絡め引いて、その場ドロップキックをヘンプロイドに放ち倒す。

 ――上空のナイトクロウがピンクレーザーを掃射する――桜がピンクレーザーを受けて目を開ける。白目がピンクに染まって、機敏に背面起き上がりして、マッハの速さで地を蹴る――と、もうボーグ・ヘンプの目深に迫っていて、真っピンクに染まったおみ足を揃えたドロップキックで、倒す。蹴り飛ばされたボーグ・ヘンプが地に激突して小爆発する。

 ――岸田姉妹が、ボーグ・モースの背後に回り込んで、夏美が後ろから足払いして倒す。冬美が手から離れた繭玉を支えキャッチしてみる。多少の衝撃に蠢く繭玉の中の百枝。

「桜!」と、目を開ける百枝。見た冬美が、「桜! 無事だよ」と、叫ぶ。

 立ち向かおうとするボーグ・モースに、デッドマスターの声が、「我らは、秘密結社なのだ。人知れずでなければならないのだ」と。ボーグ・モースが地に空いた穴に飛び降りる。

 着地した桜が振り向いて、頷く。両腕をあげて前から突進してくるボーグ・ベアの懐に入った桜が、得意の巴投げ……からの、重みの勢いを利用して宙返りして、浮いたままで器用に体のバランスをとって……一本背負いで投げ下ろす――ボーグ・ベアが推定高さ3メートルから地面にたたきつけられて、完全グロッキーでショートして爆発する。着地する桜。



   60  さくら町早苗饗


 さくら町の朝――青空に、開催予告の花火が、ドン、ドン! と上がって響く。

 さくら町町民コミュニティーセンター通称コミセン外の大時計が11時――建物玄関口に『さくら町・早苗饗(さなぶり)』の看板。軽トラック20台と一般乗用車30台が止まる駐車場に、緑のフィアットと、黒ワゴン車と、白ワゴン車が並んで止まっている。

 百枝が緑のフィアットの運転席から降りる。ペパーミントグリーンのワンピースが翻る。

 岸田夏美が黒ワゴン車の運転席から降りる。からし色のスカパンルック姿の夏美。

 岸田冬美が白ワゴン車の運転席から降りる。ピンライン紺のパンツルック姿の冬美。

 エキストノイズを、ブローン! と高らかに鳴らし単車ブロッサム号が止まる。ヘルメットを外して見上げるライダースーツの園咲桜。上空で、ナイトクロウがホバリングしている。

 さくら町交番の地下――CPSヤードのモニター前で、監視中の藤崎健輔。

 コミセンの中――桜が百枝と入ってくる。「来たね、桜ちゃん」とお洒落な格好の農婦トミと仲間の主婦連が桜を途端に取り囲み、ボディランゲージしまくる。「ん」と、にこやかに返す桜。窓の外に、パターゴルフコースでプレーする中高年男女の仲に館中寅夫もいる。

 通りすがった森潤一。腕を掴んで恋人歩きする豊田雅代が手を振る。桜が雅代を見て、目を細めて小刻みに頷き、笑う。と、矢先に尻をお触り児童が――「キャッ!」と、振り向いて、「こらあーまてえー」とお触り児童をニコニコして追っかけまわす桜。松田明代校長と竹田次郎教育主任が来て、「あの児童に指導を行わないと、校長」と竹田。

「いいえ。私の目には姉と弟がじゃれている様に映っていますよ、竹田先生」と明代が返す。

「おっきな鳥ィー」と、天窓の空を指差し見ている雅代。

 外。上空――ナイトクロウの更なる上を、大きな翼の飛行物体が旋回して……去って行く。

 バッグネットに『さくら町・早苗饗』の横断幕のグラウンドに、個人の露店テントが20張り並んでいて、一般家族らや子供たちが団欒しつつ……見て回っている。

 待合テント内のテーブルで夏美と冬美が休憩している。百枝と桜が来て合流する。

「謎美(第1話で呼んだ仇名(あだな))。関のあれって何だったの?」と、百枝が訊ねる。

「さあ(とぼけた顔して)あたしも、なんのことやらですよ、お姉様」と、おどける桜。

「本日上空巡回監視異常なしさ、桜」と、上空目深のナイトクロウからの藤崎の声。

「何、あのドローン、違法? 誰の声?」と、百枝。

「言ったでしょ、超引っ込み思案があたしのバディだって、お姉ちゃん」と、桜。

「やり方を考えないと、独裁政権じみちゃうよね、桜」と、冬美。

「テロじみた上ては台無しね、桜ちゃん」と、夏美。

「地方の充実が国の未来を安定させる! かっ」と、桜が口遊(くちずさ)む。


 ――夕日を浴びて、秘めた運命を決意した園咲桜が頷き――ヘルメット、ライダースーツと……『みなしの』小桜落としマークを付けた単車、ブロッサム号で……走り行くその背中。



   61 デッターズ上層部ミーティング


 夏至のころは早朝4時半の時分でも、明るい。

 デッターズ洞穴アジトの外――杭と鉄線で仕切られた広場に、それなりの面積のソーラーパネルを屋根に持つ穴の出入口。出てきた村内譲が……コバルト色の閃光を放って……AIボーグ・イーグルとなる。肩甲骨に大翼を生やし広げ……ひと羽ばたきして――飛ぶ。

 同、アジト――コンピュータ完備のブリーフィングルームで、デッドマスターがマントを翻して、AIボーグ・ワープス(蜂力綾女)、灰田丈次、常山治夫らと話す……。

 時刻06時00分を表示するモニターに映し出される各所……関東一円の俯瞰マップ映像上に光る点となり――スポット的にピンナップされるは次の通りだ。赤城山麓の風景……霧降高原風景……相模湖山間で、近代的マッチ箱型建物施設も木々に垣間見えている。


 都心上空――ボーグ・イーグルが虎ヒルスクエアータワービルを下に旋回し、北上する!


「諸君! この本拠地アジト、赤城山麓のシャーロイド製造工場、霧降高原のソーラーと水力の資源施設、相模原郊外の開発研究所と、各セクションが人知れず出来。それらをホールドマンの能力にて繋がっている……一般道路を利用した車両での連絡はもとよりのこと。日の当たるアジト。地上のアジトは未だ有しておらぬ。虎ヒル占拠を果たせず、関東一円近郊古民家作戦も、北関東の栃木だけは阻止された……我がデッターズ活動資金を補う手段の一つだ。企業としては我が同士ボーグ・モースの片野まり子氏が有していた地方開発会社」

 モニターに、AIボーグ・イーグルからのRー4を北上する……三県の県境の俯瞰映像。

「週明けから開かれる国会では、わたしが地方への開発計画案を打ち出す……戦闘タイプのボーグ・ヘンプとベアを失った……が、村内譲君がAI改め、デッターボーグ・イーグルとなって賛同した。更なるマスコミでの圧力掛けでの世間ボケ輩へのお灸……と、デッターボーグ率いるシャーロイド軍団での実力行使! 諸君のご意見は、如何かな?」

「アヤ、報道で煽るよ」とボーグ・ワープスが黒縁の黄色い閃光を放って蜂力綾女になる。

「更なる逸材を……新たなる幹部ボーグが……」と灰田丈次がしみじみと口を開き、「根治一週間の術力! あの世で彼奴も、なあ(健輔)」と藤崎の名を口パクする。

「……先生、ああ、デッドマスターの仰せの通りに」と深々と頭を下げる常山治夫。

「――只今、デッターボーグ・イーグルに偵察をしてもらっている。国道4号線の都心と栃木県の間を! あの、女ボーグ・1号が潜んでいると思われる……」とデッドマスター。

「ではマスター。シャーロイド20体に、役場を当たらせましょう……」と、常山治夫。

「シャーロイドの電子被膜効果で。AR化した、見た目は一般男女だ」と灰田丈次。

「アヤ、虎ビルとさくら町山頂の一件を探るよ。あれだけ派手に事を起こしているのに、警察庁からの会見がいっさい、無いなんて、ヘン!」と、蜂力綾女がワープスに戻る。

「近々、全国武道大会が武道館で……戦闘幹部候補を探り、誘うのだ」とデッドマスター。


 AI改め、デッターボーグ・イーグルがさくら町4番地交差点上空に来る、と!



   62 村内譲 AIボーグ・イーグル 改め


 夏至の早朝――大型トラックの往来が目立つRー4街道筋を都心から北上して飛んでくる……村内譲の容姿が残るAI改め、命名デッタ―ボーグ・イーグル。

 上空でホバリングするデッターボーグ・イーグル……その足下100メートルに、交番があるさくら町4番地交差点。

 デッタ―ボーグ・イーグルの俯瞰で――さくら町4番地交差点から本町中心までの推定距離15キロメートルの東西に連絡する県道筋。

 上空を旋回する村内譲の容姿が残るデッタ―ボーグ・イーグルが、少年時代の悔しい記憶をヒートアップ洗脳強化で、桜との一戦を色濃く思い出す。


(……園咲桜……僕の好敵手。小、中と6年間のジュニア部門でいつも2位止まり……)


 12年前――さくら町本町にある体育館――『全国空手選抜予選大会・ジュニアの部』の横断幕の会場に、ヘッドギアと道着を着けた50名猶予の男女問わずの児童。囲むように審判委員や指導者の大人たち……。客席には雑談混じる学校やクラブ団体の父兄らの応援。

 コートに、青のヘッドギアの少年譲(村山譲)と、赤のヘッドギアの少女桜(園咲桜)が対峙する――審判員の合図で――動き出す。

 フットワーク軽く使って右へと回る少年譲。対して――その場で相手の出方(でかた)を待って正対し続ける少女桜。少年譲が右足を上げて、少女桜を牽制する……少女桜はその動きに惑わされる様子もなく……届きそうになる少年譲の足のみを回避する。

(譲君、強い……)と真剣な眼で見つめ続ける少女桜。

 パターン化し始めた少年譲の牽制する蹴り――少女桜がひょうひょうとしながらも……どこか威容性(いようせい)のある動きで右ジャブを少年譲のボディに数発放ち、ブレ無し回し蹴り。少年譲がダッキングして少女桜の回り方に逆らわずに右足を蹴り上げる。ダッキングした少女桜がその場飛び蹴りを放つと、ヒットする。大人並みの小6同士の決勝戦に水を打つ観客。

 コート中央2本の線に仕切り直しで正対する少年譲と、少女桜――審判の再開の合図。が、ブーと終了を知らせるブザーが鳴る。

 審判を間に立つ少年譲と少女桜――審判が判定の手を少女桜にあげる。

 頬むのみの少女桜。対して、泣き崩れて……コートの床をパンチする少年譲。


(桜、ちゃん……か! あれから、中学卒業以来、見てないからな……)と胸の内に自らも気づかぬ好意的感情も絡んでの……少年期の強く心に残された記憶を描きたて洗脳的に強調され、所謂人間改造されている村内譲、改めデッタ―ボーグ・イーグルが――旋回して……さくら町4番地に再び差し掛かり……また旋回して――R―4筋を南下し始める……。

 本町の街並みにある本町体育館――所轄警察署から、ミニパトが東へと走り出す。



   63 CPSヤード


 さくら町4番地交番地下1階――プライベートな(以降、プライベートルームと称す)部屋と隣り合ったドアの前。プライベートタイムからオンタイムとなる朝の時間。

 0が無い隠しセキュリティパネルをコーデュロイのベストにロンパン姿の藤崎健輔が掌を翳し、数字を入力し……解除する。と、開いたドア口からCPSヤードに入る。


 スクリーンセーバー状態の2台の壁かけ大型モニター画面片隅に08時45分のデジタル時刻表示。右のセイバーはピンクベースに園咲桜の紋様の桜旋風柄で四つの桜から散る花弁を繰り返している。左のセーバーは紺ベースに警察マークが浮かんでは消えている。

 コンピュータコントロールデスク前。キャスター付きの椅子の一つに座る藤崎が、『Enter』キーを叩くように押して――スリープ中のコンピュータを再起動させる。

 ビューンと軽やかなハードディスクが回転する音がして――左の大型モニターに24分割のさくら町に仕掛けた防犯カメラの映像が届く。コミセン……登校中の児童や先生らの小学校付近……AA……流通センター内外……そして交番外と四丁目交差点付近の映像は、車両の往来も通常を保っていて……今日(こんにち)も日常の平和そのものだ!

 同、ドアを――桜のチョーカーに制服姿の園咲桜が入って来て、「給仕当番朝の部完了したよ、健輔」と藤崎に、ほっぺにチュッ! して、もう一つの並ぶ椅子に座る。

 クールな微笑を浮かべるものの、毎度のことなので、左モニターを直視したままの藤崎。

「いよいよ動き出したね、あの、デッターズとかっていう声明主たち」と桜。

「ああ、夏美からの情報によれば……」と、『ナイトクロウ』ボタンを押す藤崎。

 中央――今は自然な立ち姿勢で、制服姿のバーチャル桜。『NEUTRAL』の表示。

「防犯カメラの死角フォローのクロウちゃん出動だね、健輔」と桜。

 早速上空――各所巡回のドローンのナイトクロウからの俯瞰映像が左モニターに映る。

「田んぼの稲も順調に育っている」と、微笑む桜。

 モニターのそれは――農道四つ角を軽トラックで行く寅じぃが映る。

「あ、寅じぃだ。元気になった。よかった」と、ほっとした顔の桜。

「お! これは?」と、藤崎がキーボードを使う。と、モニターに流通センターの駐車場の映像が映り――スワロージャパーンTVテレビ局のマークが入ったキャラバンが駐車するのが――クローズアップ中の24型画面に切り替わり映る。

「ああ、スワロージャパーンティービーのホオアヤさんだねぇ」と桜。

「桜の武道大会の取材か?」と藤崎。

「でも、地方の予選で、選抜、三日後だし……」と、桜が表情を曇らせる。

「あ! 蜂力綾女!」と藤崎。「……」言葉無く首を傾げる桜。

 モニターに、交番前の交差点で東を向いて赤信号待ちするミニパト。運転席に花園百枝。

「あ! 先輩、来た。行ってきまあす、健輔」

 藤崎の頬にソフトなキスをしていく園咲桜。



   64 桜と百枝の巡回


 さくら町4番地町内の県道を走るミニパトの車内――車窓に流れ行く風景……ルームミラ―には、さくら町4番地交差点の交番も遠ざかる。運転する花園百枝。助手席に園咲桜。

「今日は北部の田園の方から巡回をお願いします、先輩」と桜。

「うん、了解よ、後は……あ、いも……と(妹)、よ」と、後半照れて戸惑いが出る百枝。

「あ、ん。百枝姉さん」と、察してはにかむ桜。

 桜を見て、微笑む百枝。車窓には、AAを左に通過……北部の田園地帯を前に臨みだす。

「そろそろ予選あるね。どうなの? 手ごたえは」と百枝。

「うん、ぼちぼちだよ、姉さん」と右の力こぶを披露して微笑む桜。前を見て、「あ、寅じいぃの軽トラックだ。あそこの後ろにお願いします、百枝姉さん」と指で示す。

 ――ウィンカーを右に出して、ゆったりとハンドルを回す百枝……。四つ角を、センターライン無しの農道へと入る風景がミニパトのフロントガラスにうかがえる。

 田んぼの用水路の水口(水田に水を入れるゲート口)を、手袋の手で探る虎じいぃ……。

 窓を開けて、「虎じいぃ!」と声を張る桜。

 腰を上げた寅じいぃがすぐにミニパトを見て、敬礼する。

 ハザードランプを焚いて……枝道の畦道に入って、止まるミニパト。下車する百枝と桜。

「おはよ、元気になったね、よかった」と、声を掛けつつ近づく桜。寅じいぃも歩み寄って、「お陰様でな、桜ちゃん。はい、おはよお二人さん」とAAの帽子を取って頭を下げる。

 桜の後ろに百枝も来て、にこやかにお辞儀する。

「稲も順調に育っているね、寅じいぃ」と、桜が見渡す。と……頷きを繰り返す寅じいぃ。

 手を上げ挨拶して、ミニパトに乗る桜と百枝――今はスカスカ状態の農道へとバックして出て……走り行くミニパト。「次は、コミセンね、妹よ」「はい、姉さん」


 コミュニティーセンター……駐車場にミニパトが止まっている。建物玄関を外に出てきた、百枝と桜……ついで出て来る事務服姿の農婦のトミの左手には老眼鏡。

 微笑み手を振り合う、トミと、桜。百枝が会釈程度に頭を下げると、桜とミニパトに乗る。

 駐車場を後にするミニパトのブレーキランプが光って、往来の無い道路へと出て行く。


 地産物流センター駐車場に――日本列島に飛ぶ燕のスワロージャパーンTVロゴマークの取材カーが止まっている。建物玄関口から出てきた蜂力綾女と取材陣が乗車して出て行く……擦れ違い入る桜と百枝が乗ったミニパト。止まって助手席から出た桜が後を見る。


 AAの中――カウンターに身を乗りだす桜。後ろで百枝が目を細めて手を翳す。

「ねぇ、雅代!」

 デスクで、PCで仕事をしていた豊田雅代が汎用よく見る。「ああ、先輩」と出て来る。

「で、町内に変わった様子はない?」の桜の問いに、「それが……」と耳打ちする雅代。

 後ろで、百枝が表情を歪ませる。

「じゃー付き合え、雅代」と――営業用バッグを肩掛した雅代と百枝と桜が出て行く。



   65 蜂力綾女 AIボーグ・ワープス


 スワロージャパーンTV――都心のビル群の異形な自社ビル――中層階の窓の中で……。

「デスク。この件の取材します」と蜂力綾女が主張する。身を引くデスクと呼ばれた中年男。

「次の企画は、この謎めかしき一件の暴露で!」と綾女が机に身を乗り出す。渋って頷く男。

「これほどの一件を警察が隠しているのか……? を、暴いてきます」と機敏に方向転換して、自分の机に行って、スワロージャパーンTVロゴケースのパッドを手に、左肩にショルダーバッグをぶら下げ行く。「行くよ、取材」と、待機していた同行取材人らが後に行く。


 さくら町の資産物産センター駐車場――スワロージャパーンTVのキャラバン型取材カーが止まる。スタッフジャンパーの若い男が一人出て……センター玄関口を入っていく。

 ……間もなく出てきたスタッフが取材カーに行ってスライドドアを開けて、指でOKサインを出す。と、蜂力綾女ら4人が機材を用意して中に入っていく。野外時計10時10分。

「人すくな」と綾女……蜂柄マイクで取材、インタビューを手当たり次第に始める……。

「この町の山の方で、何か騒ぎがありませんでした?」と前から来た老夫婦にマイクを向ける綾女……笑顔で拒否られ。次に来た歳の差カップルにマイクを向けるも、スルーされる。

「この町の方ですか?」と綾女が、かっぽう着姿で通りすがった前田芳郎40歳にマイクを突き出すように向ける。やむを得ず足を止めた前田がこっぱずかしそうに綾女を見る。

「何か、この町の山の方で、騒ぎがあったようですが、御存じですか?」と綾女。

 右手で頭を掻いて……「しらね(知らない)」とお辞儀していこうとする前田。に、綾女が執拗(しつよう)にマイクの穂先を向ける。「では。以前、デッターズと名乗る、声明については?」

「ああ。ニュースで見たけどよ。この田舎じゃーね。仕込みなんで。すんません」と暖簾が出ていない食堂口を入っていく。

「長閑そうな町ですね、チーフ」とスタッフ。

「いいわ。現地ロケして、町を散策しましょ」と綾女がマイクを機材用ケースに仕舞う。

 駐車場――入ってきた桜と百枝が乗るミニパトと、擦れ違うキャラバン型取材カー……。


 村内家が土手に隠れている……峠。三差路の枝道を右折して山に向かうキャラバン……山原の遊水地広場の駐車場に到着したキャラバンから……蜂力綾女が出て、さくら町4番地を臨む景色を見渡す。次いで降りた4人のスタッフらが風景を眺めることなく……カメラなど機材を出して、颯爽とロケ取材の準備を始める……。

 山肌の洞穴口に、朽ちた扉の残骸。若草の狭間には……散り散りになった麻綱も見える。

 マイクを片手にカメラを向けられて、「テストOKです、チーフ」とカメラマンの声かけに、頷いて早速ロケ取材を始める蜂力綾女……。

「先ごろ、ここで――何らかの事件があり……ですが、警察はこれをいっさい公示ておらず……以前あった、デッターズを名乗る集いの声明とは……無関係なのでしょうか?」

と、報じる黄色と黒に白アクセント柄衣装を纏った蜂力綾女。



   66 桜と百枝と雅代


 AAの駐車場――ミニパトが走り出す。

「雅代、お昼おごるよ、行こ」と園咲桜が車内で話す。

「てえ、言うことは……ん、ごっつあんです。桜先輩」と豊田雅代の声。

「じゃあ、交番に戻るの? 妹よ」と花園百枝の声。

 駐車場出口で右にウィンカーを上げたミニパトが一時停止して……。

「違う、牡丹食道よ、姉さん」と桜の声。

「姉さん……?」と、珍しく懐(なつ)いた桜を見て驚く雅代の声を残して……ミニパトが行く。


 走行中のミニパト車内――運転する百枝。助手席に桜。後部シート左でスマホを弄る雅代。

「なんか、寡黙? 雅代」と桜が振り向く。

 車窓外に、交番西側が見え……前方交差点を青信号のままで――直進する風景。

「あ……ん。よしっ」と雅代がスマホ画面タッチして、顔を上げて、「なんか、久々に先輩とやりたくなって……」キョトンとした顔を向ける。「昌乃の姉御もだし」

「お、エントリーした? 雅代も」と桜。運転する百枝が運転目線のまま変顔する。

「百枝さんは、出ないの? 大会」と雅代が問う。

「大会って……?」と百枝。

「全国選抜武道大会予選だよ、姉さん」と桜が補足する。

「武道大会の要項は――武道家フリー参加。『痛い』と口にしたり、痛がったり。気絶したり、レフリーストップで、勝敗が着く……」と百枝が記憶している要項を口遊む。

「剣道や長刀、少林寺拳法にカンフーの武器も木製ならOKだし!」と雅代。

「防具は、剣道の武具などに、ヘッドギア、グローブと仕様OKだし」と、桜が微笑む。

「私は、無理、無理」と右手を立てて振る百枝。

「でも、剣道は2段でしょ、お姉さん」と桜。

「じゃあ、やるだけ。護身力(ごしんりょく)アピール感ありありですよ、百枝さん」と雅代。

「そーねえ……」とウィンカーを左に出す百枝。

「殺されはしないし。出ようよぉーお姉ちゃん」と桜。

 フロントガラス越しの車外風景が広い駐車場へと入るのが黙認できる!

「お姉ちゃんって! 先輩がそんなに心開くって……?」と雅代が瞼(まぶた)を開いて、微笑む。

 運転する百枝が小刻みに頷く。それを見て微笑む園咲桜が「やってみたい、真剣勝負」。


 地産物産センターの駐車場に着くミニパト――ミニパト助手席から降りた桜。

「どうした、妹よ」と運転席から降りた百枝が声をかける。

「桜先輩……」と桜の顔を覗いて、その視線の先を目で追う雅代。

「ああ、スワジャパの車が、今朝。なんか気になる、んだよ。直感で……」と呟く園咲桜。



   67 ガッツリセキュリティの冬美


 ガッツリセキュリティ会社は立方体の2階建て――向かって2階の右手窓の中の事務所で、Gパッドを見ながら……画面にリモートワーク中のスーツ姿の岸田夏美と話す、警備服姿の岸田冬美――フロアに10人掛けの円卓型テーブルはブリーフィングも兼ねた事務的机。

「夏美。さくら町4番地に、エージェント潜らせたよ」

「うん、姉さん。このセクション出来ても、私と、工作員的桜ちゃんと健輔さんだけで」

「公安なんて、隠密行動基本だよ、夏美。信頼できないとね」

「まあ、そうなんだけれどね、姉さん」

「ところで、予選はじまるね」

「うん。各地で強者三人が出そろうわ、姉さん」

「でも、そこが奴らの狙い目かも」

「ううん……?」

「デッターズの戦闘幹部候補の」

「ああ、うん。最近活動が目だって、桜ちゃんが3体のAIボーグやっつけたしね」

「奴らも、実力行使、仕掛けるには、その手の逸材を誘うはず」

「うう、私もそう思う、姉さん」

 デスク上に置かれている黒い液体の入ったカップ――コーヒーを啜る冬美。

「でも、どうしてさくら町4番地?」

「古民家に遊水地と、彼奴らにしてはやられた感ありで、様子を探ってくるような気がして」

「女の勘? 夏美。それともデカの方?」

「うん。両方だよ、姉さん」

「夏美は昔から、そういうの敏感だからなぁ」

「姉さんとの差の特権!」

 Gパッド画面に、反応ありで、冬美が目を凝らす……。

「あ、エージェント。少し待って」とSNS通信ナインアプリのG印アイコンを指タッチする冬美。画面にエージェント男女の同コマンドに映る。

「カップルを予想った、侵入開始します。ボス」と見た目アラサー女。

「あざあっす、ボス。美味しいお役目」と30代前半男。

「ムフッ」と吹き出し笑った冬美が「そうとも限らないよ、山戸君」と意味深に声かけする。

 画面の中で――不思議そうに小首を傾げる山戸と呼ばれたその男。

「ま、仕事を忘れない程度に、充分にカップル感を演じてね」と、片隅に小さくなっていた夏美のコマンド画面をタッチする冬美。

「たあくぅ。浅はかなんだよな、最近の軟弱男は」と出来女感を愚痴る冬美。

「うん。聞こえた。女を甘く見過ぎ」と夏美も享受する。

「ま、本当になっても、恋愛経験が輪をかけてエージェント道の糧となる」

「あ! こっちも。割り込み通信、来た、姉さん」と画面の中の夏美が右腕を動かす。

 些か目をより見開く岸田冬美――Gパッドを眺めるように持って、コーヒーを啜る。



   68 公安委員会預かりハイスペックテロ組織対策班班長、任命


 リモートワーク――壁掛け大型モニターに映るガッツリセキュリティ事務所内の警備服姿の岸田冬美と――部屋のデスクで向き合うタイトスカートスーツ姿の岸田夏美。

「……エージェント道の糧となる」とモニターに映る冬美がきっぱりと言う。

 と、モニター画面に『プラムリバー着信』のコマンド反応が出る。

「あ! こっちも。割り込み通信、来た、姉さん」と机の上のパソコンのマウスを動かす。

 モニターと連動したカーソル矢印が……コマンドに被さって、クリックの音。カチッカチ! と、モニター画面が2分割になって――冬美が左に――右に梅川浩が映る。

「やあーやあ、夏美君。どうかね壁掛けモニターとの連動具合は?」

「はい。梅……ああ、警視監。不備なくです」

「夏美君。ところで、チェリーブロッサムの仕上がり具合はどうかね」と

「仕上がり?」と小さくなった画面小冬美が話す。

「おお、その声は。冬美君かね?」

「はい。浩の兄貴」

 夏美がパソコンのキーをブラインドタッチで叩く。画面片隅で小さくなっていた冬美が梅田と同じ大きさになる。

「おお、リモートが繋がった。正しくだ」

「ご用は? 警視監」と輪切りレモンをスプーンで受け皿に除いて……カップを啜る夏美。

「おお、アフタヌーンティはレモンかね、夏美君は」

「兄貴は、玄米茶?」と冬美。

「思ったのだが。奴らはチェリーブロッサムに悉(ことごと)く戦闘ボーグシステムを奪われた。奴らの次の狙いは、戦闘に長けた、逸材確保だと」

「ええ、私もそう考えまして、只今姉さんに依頼して動いてもらいいております」

「ほお……」

「配置完了し。落ち着きましたら、時期にご報告しようかと……」

「ま、その点は信頼しているさ、夏美君」

 微笑む夏美……。


 ――数カ月前のこの部屋――真新しい机にノート型パソコン。前のスペースでスーツ姿の岸田夏美と、制服姿の梅川浩が向き合う。

「岸田夏美、警視正並びハイスペックテロ組織対策班班長の任を命ずる」と書状を出す梅川。

 受け取った夏美がお辞儀して、微笑む。

「夏美君が任務における信頼ある逸材を募ってくれたまえ。隠密行動がカギとなとる」と。

「はい」と脳裏で(藤崎健輔、岸田冬美、園咲桜)と顔も浮かべて、梅川を見て、微笑む。


「では、警視監。姉さんも……」と笑顔でクリックする夏美。

 ――大型壁掛けモニター画面が――絵画『糸杉』に移り変わる。



   69 桜と百枝と、昌乃と雅代


 牡丹食道――海鮮丼。かつ丼大盛りセット。桜ちゃん専用スペシャル定食の増しまし膳。小口土鍋のご飯大盛御膳が、開かれた隠し戸口を通過して――「おまち」と前田芳郎が台車を押して入る。と、奥部屋のテーブルに、花園百枝と豊田雅代と園咲桜。何故か大山昌乃も。

「女子会かい?」と配膳を終えた前田が、笑顔を残して戸口を出て、閉める。

「大昌さんって……」と箸を持って……目玉を動かし、舌なめずりする桜。

「大昌の姉御。雅代も一般女子枠でインプットしたんで」とおしぼりで手を拭う雅代。

「おお! じゃ、久々に雅代のあれ、拝めるんだ」とポン酢ダレに紅葉卸を入れる昌乃。

「で、どうして、ここに……」と小皿にワサビを醤油でとじて、海鮮丼にかける百枝。

「私」と若干仰け反り、「桜巡査との一戦前にスタミナをね」と、目の前のお膳――一人前牡丹鍋御膳の木蓋を開けて……匂いを嗅いで……レンゲで煮えた肉とスープを若干小口器によそって、紅葉卸のポン酢タレに浸ける昌乃。

「むふ。おおそれはそれは、光栄ですなあ……大昌先輩」と豆腐とナメコの味噌汁を啜る桜。

 傍らの雅代も「いただきま~す」と卵とじが覆ったカツを箸で摘まんで、ガブリとやる。

「それもですけれど、どうして……」と、アサリ汁を啜る百枝。

「ああ……大昌の姉御は元ヤンレディースの副総長で、雅代は第一の舎弟分でして」と七味をふりかける……雅代。

「えー」と初耳事情に目を剥くも、「それもだけれどね。どうして、ここに……」と百枝。

「あたしったら。大昌先輩や雅代に負けないように、スタミナ着けなきゃだし」と、SSPT(エスエスピーテエ)プラスのⅯ(エム)S(エス)Ⅿ(エム)SZN(エスゼットエヌ)(桜ちゃん専用スペシャル定食増しまし膳)をパクつく桜。

「それは妹にしては、毎度のことでぇ。私が一番聞きたいのは……」と並盛海鮮丼の赤身を箸で摘まんで、「……どうしてこの食堂に、こんな隠し部屋が?」と、ようやく食べる百枝。

 雅代! 昌乃! 桜! が、銘々に手を止めて、向き合った真顔を見合って……徐々に『あーあ!』と、声が偶然に揃い……銘々の笑い方で大笑いする。

「そっち? 天然? 以外にぃ」と雅代。

「うはっ! 花園巡査部長。愉快なんだ。課が違うから、そこそこの接点しか……」と昌乃。

「うふっ。それはね、お姉ちゃん。4番地生粋ジモピー桜がご説明しましょう」と桜。

「その前に、気になって……桜先輩と百枝さんの呼び合い方が」と雅代。

『ああーそれはね』と百枝と桜の声が無意識に重なる。見合って吹き出し笑いあう百枝と桜。

「言葉にすると、何だかなんだけれどね、姉妹意志を結んだのよ」と桜。

「そう。まあ四六時中ミニパトで一緒していれば、気心も必然的にあってくるよね」と昌乃。

「じゃ雅代も、百枝さん改め……(モジモジ感が出て)百枝先輩って呼んでも……」と雅代。

 海鮮丼を頬張り過ぎて、口がふさがっていて、でも、にこやかに頷く百枝。

「そのことは、あとでね、お姉ちゃん」と桜がいつの間にか完食していて、「ご馳走様!」と胸の前で手を合わせる。

 どんなスイーツよりも――三ツ星印デザートは、明るく軽い高笑いだ。



   70 女子アナ、蜂力綾女


 スワロージャパーンTV――異形自社ビル上層階の窓の中――報道スタジオ!

「本番5秒前……4,3(口パクで)2,1、Q」と手を差し向けるディレクター。黄色と黒と白のカラーリングされたスタジオセット。スクリーンを背に話しはじめる蜂力綾女。

「こんばんは! スワロージャパーンTVのワープス女子(キャッチネーム)蜂力です。でねぇ、今日は、以前、声明を全世界に放ちました、謎の結社デッターズがらみと思われる案件がこのところ起こりはじめているようです。我がコーナーでは、警察も公示していない、可成り真相に寄せた独自の情報を初動程度ではありますが、検証し、お伝えでぇ~す」


 CPSヤード――2台のモニターに『AUTOMODE』の文字が浮かぶ……暗室状態。

 同、プライベートルームのダイニングテーブルで、今夜は金曜日のカレーライスを堪能する藤崎健輔と、園咲桜。何となく点いているテレビ画面に、「こんばんは! スワロージャパーンTVのワープス女子、蜂力です……」と蜂力のコーナーが始まっている。

「ねえ、今晩する? エッチ」とスプーンをしゃぶったまま小首を傾げる桜。

 チラッと見るも、カレーライスに……赤くあまじょっぱい漬物をふんだんにスプーンでふりかけると、「昼間だぞ」と、パクつき口をモグモグさせるのみの藤崎。

「だあってぇ……どうせあたし、幽霊女子だし」とカレーに醤油をかけて、やけ食いする。

「まずは(テレビ画面の綾女の度アップからスクリーンの取材編集映像がメインとなって)数日前に起きていた北関東のとある町の古民家で、何らかの案件が生じた上」と情報番組。


 都庁を臨む西新宿街頭の大きなスクリーンに同映像が映っていて、「その関連とどう考えても、疑わずにはいられない」と綾女の声とさくら山ダム前遊水地の映像。


 自社ビル1階玄関口のスクリーン――「何やら痕跡があるんだ。でも、警察は一切」と、蜂力綾乃のアップになって……「見解を示していないの」


 スワロージャパーンTVのスタジオ――「何故?」と、顎に人差し指を添えて傾げた蜂力綾女。「でね」と、虎ヒルスクエアータワービルの映像が流れ出す……「そのまた少し前の夜にも……通称、虎ビルで、テロッポイ、殺人も伴ったことが起きたようなの」


 さくら町4番地交番――地下――園咲桜がテーブルに四つん這いで乗って、自らひけらかしたオッパイの谷間を見せ迫り……「どうして、これって……」と疑問視する。

 もうすっかり若き女の谷間を目の前にした藤崎も……画面に釘付けになる。

テレビ画面で蜂力綾女が話す。「……これほどの大事にも、警察からの注意喚起すら……」

「あの映像は、夏美らが回収したのでは?」と、藤崎健輔が谷間経由で、上を見る。

「冬美さんの部下の人たちの手によって、だよね、健輔」と顔をさらに知被ける桜。

 と、口を尖らせればキスできる位置で不思議がった顔を見せ合う、藤崎健輔と園咲桜。



   71 G指令


 ガッツリセキュリティ2階事務所――で、岸田冬美がGパッドで……


 さくら町4番地交差点――交番――斜向かいの2階建てアパートは『花屋華荘』。

 地方では、自家車必須で、5台の様々な車種の車が歯抜け状態で駐車場に止めてある……。

 端にミニクーパーが止めてあり、輪留めに『205』の部屋番。

 建物横に外階段……上って通路奥の角部屋玄関ドアに『205』の文字。横の電気メーターがゆっくりと回っている。


 同、内――1ⅬDKの間取りの部屋――白家電は電子レンジのみで、ダイニング部にはテーブルもなく……キッチンには小ぶりのツードア冷蔵庫。ガスコンロもなく……リビングにHDD内臓の32型テレビにリビングテーブル。2足り掛けソアといった内容の部屋。

 ソファに寝転ぶ……女子。床に尻を着けてソファに寄りかかっている……冬美に山戸と呼ばれた男。テーブルの上のパッドの背にGマーク! 反応して、女子が出ると、警備服姿の岸田冬美が映る。

「明日の北関東選抜武道大会予選を見張れ!」

「ラジャー。ボス」と、女子と山戸が目深に見合って……演技か否かは定かでないが、キスのタイミング……に。ピンポン!

 呼び鈴が鳴り、山戸がドア越しに行く。「ハイ、何方様」女子も衣服を直しつつ……立つ。

「以前お伺いしましたAA保険の豊田雅代です。少しお時間を……」と、外から雅代の声。

 覗き穴から見る山戸――好みはあれどチャーム系女子の容姿に、ドアを開ける。

 雅代を伴って、桜と百枝が……そこにいる。

「そちらの方々は?」と山戸。

「さくら町4番地交番勤務の者でして、実はお困りなことはないかと……」と、桜。

「転入者を歓迎するうえで、この町内では風通しを良くする傾向が御座います」と百枝。

「そうなんですか。ま、今のところ……」と山戸。

 中から来た女子が、「誰? 何?」と問う。

「ああ。私は本署の生活安全課の者でして。この4番地を担当しておりますもので」と百枝。

「私は、保険の新商品のご案内を……」と商品カタログランを、AAパッドの画面に出す雅代。

 山戸と女子が目配せして、頷いて、「立ち話も何なんで。お茶を」と桜と百枝と雅代を引切れる山戸。

 と! 「あんたら、それだけじゃなさそうよね」といきなり女子が桜に殴り掛かる。

「そっちのお二人も!」と百枝に蹴り上げ、雅代に次の足を向かわせる。

 百枝が勘良く左腕で足をガッツリと受けて。雅代も右足を膝で曲げて脛で足を止める。

 桜が山戸のパンチをダッキングでかわし……地の底から突き上げるようなアッパーを放ち。寸止めする。



   72 北関東選抜武道大会予選、VS大山昌乃巡査部長


 さくら町の中心街は、通称本町(ほんまち)――近代的ビルの在り方ながら、その狭間に緑地の多数見える街並み。古からの5階建てデパートや市役所、警察本署を有していて、公園を有するスタジアムや各スポーツ用のグラウンドの運動公園と、大きな体育館もある。

 本町体育館の玄関口に――『北関東選抜武道会大会予選』の立て看板があり、体育館に一般者が駐車場で自家車を降りては……こぞって入って行く。大型車両専用駐車場には、大型バスやマイクロバスの団体様も来ていて、ぞろぞろと体育館の別出入口から入って行く。

「この大会勝者は、全国選抜武道大会へと出場権を得ます」とその内部でアナウンスがなされている間にも――駐輪場に、ブロッサムライジング号に跨った園咲桜が颯爽と来て――停車した際に、振り返り、ヘルメットのバイザーを開けて、体育館を臨む。


「ハッ! ヤァ」と豊田雅代の声が勇ましく上げる。館内の床に白いテープで囲われたコートの中で。壁掛けボードに『一般女子の部』のトーナメント表があり、豊田雅代の名から朱色の手書き太線が上へと伸びていて……ベスト4で止まっている。一方は、百枝対昌乃!

 観客席に、農婦のトミとその主婦連らの、園咲桜ファンクラブもお見受けできる。

 盛り上がる歓声……の先のコートで……白柔道着で黒帯の大山昌乃と、防具無しの剣道着に竹刀の花園百枝が、2本の白線で対峙してお辞儀する。「はじめ!」と声に動きだす……「めーん!」と無駄がない動きの面うちを仕掛ける百枝……真剣白刃取りで受ける昌乃! すぐに薙ぎ避けて百枝の懐に入る昌乃……「とぅーりあ!」と一本背負いを仕掛ける昌乃。竹刀の途中を右手で脇に持って、上えと大きく自らジャンプする百枝。着地し振り向きざまに抜き胴を瞬時に放つ百枝が……昌乃の脇を駆け抜ける……振り向いて矛先を向けたとき、もうすでに昌乃が来ていて、竹刀を手払いで落とし、両襟を掴み自ら背を床に落とし込む……昌乃が、百枝を巴投げに取る! 百枝が背を床に叩きつけられ大の字になる。「参った」

 昌乃が来て、手を出して、「やるね、百枝巡査部長も」と起こす。

 笑顔で抱き合い健闘を称え合う百枝と昌乃。

「タアー」と気合を入れてそのコートで、カンフー道着を着て髪を赤いゴムで括った雅代が……見事なスタイリングの飛び蹴りを放つ! つま先の矛先に――先日アパートで見たエージェント女子。ギリギリまで引きつけて……ダッキングでかわすと、その背を行く雅代にめがけて大股開きの左足を蹴り上げるその女子! と、着地前の空中にまだあるというのに、雅代の左腕が蹴りあがってきた女子の脛をブロックしてヒットを防ぐ。

「デューワッ!」と、気合の困った飛び蹴りどうしが――宙でクロスして……見た目相打ち状態に重なる。地に落ちたとき! 雅代が片膝付きで屈んだ状態から顔を上げる。女子は直立着地したが……崩れ倒れる。で、豊田雅代の決勝進出となる。


 大山昌乃がコート脇に来て、お辞儀して出てくる雅代に話しかける……。

「桜巡査と出来ないけれど。充分楽しめそうな相手だわ」

「ああー大昌の姉御。アッシも、よろしくですしッ」と、一旦会場を出て行く豊田雅代。



   73 エージェント男子……桜!


 北関東選抜武道大会予選会場――コートの立ち位置で向かい合う豊田雅代と大山昌乃。

 審判の「はじめ!」の合図に……ポニーテールの尻尾を揺らしカンフー道着の雅代が右へとフットワーク軽く回りだす。対して黒帯柔道着の昌乃が両手を前に構え雅代の正面を保ち……時より左手を出して襟を掴もとする。前足蹴りを放つ雅代。対してその足を掴もうとする昌乃。攻撃を仕掛けつつ……両者の牽制の探り合いが続く……。 と! 雅代の回し蹴り。右手で取ろうとする昌乃。その場飛び蹴りを放つ雅代の足を、紙一重でかわし、その胴を羽交締めに掴んでの体落とし――全体重を浴びせ倒し、気を失う雅代。

 床に沈んだ雅代をお姫様抱っこして、会場を出て行く大山昌乃。満足げな顔の豊田雅代。


(まさか! 決勝のお相手が……)といった内心をはにかみ表情で表す園咲桜。

「やっぱ、君か!」と、エージェント男子――岸田冬美に「山戸」と呼ばれた男。

(強い!)と一瞬目を大きく開く桜。

「ん、でも想定内だ……」と山戸が白線に正対する。

「楽しめそうよ!」と微笑みウィンクを天然で出す桜も、白線に正対する。

 腰裏に隠し持っていたヌンチャクを出す山戸。「ハニートラップか。利かないな、僕には」

 にかっと笑って――お得意ニュートラルポジションをとり、集中しきった寡黙な桜。


 CPSヤードのバーチャル桜――胸に『OFFMODE』の文字でニュートラルポジションを取っている――椅子ごと振り向いて、バーチャル桜を見て、微笑む藤崎健輔。


 ――会場――コートサイドで、雅代と昌乃と百枝が……。

 客席で、トミさん主婦連たち応援団が……。

 今は静かに沈着を保ち上目遣いに一点を見るともない眼の、集中しきった桜。

 「はじめ!」の声に、反応よくヌンチャクをシュッシュ……と振り回し、脇に挟み右手に持ち……ゆっくりと左手を出す山戸。「アチャー」と気合と気迫を放つ。

「あんたは、リーか!」と一言で挑発する桜は、顔すら上目遣いで微動だにせず状態で、真贋で動きを追っている。AIボーグの人工知能では、得られない感覚であろう……。

 山戸が遠慮しらずにヌンチャクで仕掛ける――俊敏な動きの紙一重でかわし、蹴りを放つ桜。床に飛ぶヌンチャク――山戸と桜の足が互いの頭の高さで……クロスして制止する。

 サイドの昌乃が「型は昭和だが、板についている強さだわ」と呟き、腕を組む。

 横に来た花園百枝が「妹よ!」としっぽりと頷き、両脇に手を添える。

 ドロップキック放つ桜。ダッキングした山戸。背後を取って桜の素早い間合いの一本背負い……最中の山戸が勘良く大股開きで背を床に打ち付けるのをブリッジ体勢で堪える。

「くそっ!」と、山戸の上を飛び越えた桜が両手で襟を掴んで引き起こし――自ら背を床につけて回転し――巴投げ――が、その手を離さず山戸の体が宙に浮く反動を利用して……桜も浮き上がり……高さ3メートルからの一本背負いを仕掛け――全体重を浴びせて床に落ちた山戸に、圧し掛かる桜――仰向けの山戸が……気を失う。満足げな顔の園咲桜。



   74 さくら町町民と桜


 コミセン1階のオープンなフロア――大きなテーブルで、眼鏡に事務服姿の農婦のトミとその仲間の主婦連が、AAパッドに映した保険新商品そっちのけの豊田雅代と、井戸端会議中――そこへ、制服姿の園咲桜と百枝が入って来る……。

「ああ、雅代。お仕事?」と雅代の後ろから声をかける桜。

「ああ、桜先輩。巡回」と振り向く前からその声で分かった雅代。

「ああ、そうそう。この前の武道大会……年がいなく熱くなれたよ、桜ちゃん」とトミ。

「あは! それは実年齢の若さですよ、トミさんたち」と桜。

「花園さんも、お強いのねぇ!」と驚きがもろに出た顔を、主婦連らとわかち合うトミ。

「恐縮です」とぺこりと頭を下げる百枝。

 フロアの大きなテレビに――蜂力綾女が映る……。

「牡丹食堂に行ったとき、前田さんが(テレビを一瞬見て)来たって言っていたわ」とトミ。

「ん。アタシらも巡回で物産センターに行ったら、取材カーと入違ったよ、トミさん」

「――どうしてここに?」と百枝。雅代を見ているので、誰に言ったのかは明らかだ。

「――ああそうだ。保険、新商品の……」と雅代。後頭部の尻尾ヘアが揺れる。

「あはっ……日常はやっぱ、保険ガールだね、雅代は」と24歳女子の天然笑みを漏らす桜。

「それとね、桜ちゃん。変な男が2人、そこの椅子に座って、じいッと役所カウンターの中を見ているだけでいたの」とトミ。

 振り向いて見る桜の目が、些かピンクの輝きを放つ……! トミらにも、百枝にも死角で。

「それって、どれくらいそうしていたのです? トミさん」と百枝。

「ううん……(と悩んで)9時ごろから11時ぐらいまで、じいッとそこの椅子で、中を見ていたわ、桜ちゃんの相方さんの……百枝さんも」とトミが花園百枝の名をはじめて呼ぶ。

 立ったままの百枝が微笑んで頷く。横で――トミが示した椅子をじいッと見つめる桜。


 ――CPSヤードのバーチャル桜の目が光って……藤崎の見る右モニターに『スキャン開始』とコマンドが出て……防犯カメラ映像、転送』と数列の情報データが巡る――


「ん。情報ありがと、トミさんたち」と桜。

「でね、トミさん。あのアパートのカップルさんたちは、善人そうだったよ」と雅代。

「ええ?」とトミと主婦連らが身を引いて、また前屈みになる。

「この前、保険の新規セールスを装って、先輩らと直接部屋に行ってみたの」と雅代。

「うん。家財道具もなくこざっぱりした部屋で、不信感もだったけれど」と百枝。

「雅代とアタシが相手した、女と男が、予選に出るために移住したようよ、トミさん」と桜。

 トミと主婦連が、銘々に目を細めて見合って……強張った表情を綻ばせる。

「じゃ、まだ巡回あるから」と桜。外光が注ぎ……キューティクルの輪が桜の頭部に輝く。

「雅代も、戻んなきゃ。息抜き終りだし」と雅代も立つ。ポニーの尻尾が揺れる……。

「では、トミさんたち」と百枝も立って――輝く笑顔のイケ女が肩を並べて出入口へと歩む。



   75 桜、トレーニング


 CPSヤードの地下2階――エレベーターのドアから出た園咲桜が、『VIRTUAL(ばーちゃる)・TRAINING(とれーにんぐ)・ROOM(るーむ)』表示のドアのセンサーに浮き出た9つの数字でIDパスワードを打ち込む。開いたドア口を入る桜――ドアが閉じる。


 中――コンピュータ仕様のバーチャルコントロールブース。操作パネルの上、壁一面に更なるドア奥のバーチャルルームの映像。入った桜の手が『格闘編』のタッチ画面のボタンに触れると、一面画面に各種の設定ポイントが回転して、『ストリート設定』と出て、操作パネルの『OK』をタッチ。『30秒以内にスタートします』と出て、ドアが自動で開く。

 桜が入ると、ドアが閉じてその区切りまでもが消える。空間がグリーンバックとなり。1も2もなしに、桜の周囲が設定どおりの街並みとなる。バーチャルだがリアリティだ。

 お得意ニュートラルポジションの園咲桜の前は、一般的な道やビル、閑散としてはいるが通行人や車両も走っている。

 いきなり、OⅬ風オバサン2人が桜に襲い掛かって……1人が殴りかかる。もう1人が合わせて蹴りを放ってくる。オバサン体形の外見に惑わされてはいけない――アスリートなみで俊敏だ。繰り返されるオバサン2人の攻撃を、少ない動きでかわす桜。

 オバサンパンチを繰り出してきた腕を迎えてクロスさせ逸らし、的確に急所をパンチで突くと、消える。次に蹴りを放ったオバサンには――桜が体勢を低くしてその軸足を足払いし、崩れ倒れるそのオバサンの顔面を左ストレートで倒す。

 息つく間もなくビル陰から……日本刀を居合い抜いた袴男が、「たあー」と切りかかる。流石の桜もバックステップするが、腹を少し掠めてしまい、切れて見える皮膚に血が滲む。と、遠方ビルからミサイル攻撃の援護が。桜の肩上の後ろ髪を掠めて――ビル壁が吹っ飛ぶ。


 CPSヤード――動きに合わせて閃光が瞬(またた)くバーチャル桜の腹も切れて、擬飛沫が飛ぶ。


 刃で縦横無尽に斬りつける袴男! 徐々に見極めが利き……紙一重程度で距離を縮める身体対応能力の桜――「デューワッ」と珍しく気合を発して、袴男の刃を潜って、懐に入る桜。チョップで日本刀を奪い取り、今も向かって来るミサイルの方向目掛けて――投げる。

「ウワー」と声がして、攻撃が止む。と、コンマ数秒の間で……桜が桜のチョーカーにタッチすると5枚の花弁の上が輝いて、『ブロッサムガウスト』が発動する。全身にピンクの閃光を纏った……桜が音速の動きで、襟を取って巴投げからの推定高さ3メートルへと惰性を利用し共に跳ね上がり……一本背負いを打って、体重を浴びせ倒す。伸びた袴男が消える。『ALL・CLEAR』


 バスルーム――シャワーを浴びる……園咲桜のバックフォームヌード!



   76 全国選抜武道大会


 日本武道館――都心の緑地に囲まれた昔名残余る八角柱で外観瓦を載せた建物。

 地下鉄駅地上口から人々の長蛇の列が……ぞろぞろと入って行く……出場者らしきも。

「本日、全国選抜武道大会がここ日本武道会で開催されます」と正面玄関をバックに、テレビカメラに向かって話す……「わたくし、蜂力綾女が会場にて実況中継を行います。昨年の各部門の覇者、加えて前人未到の女子部門から混合へと移っても、高校一年生からの大会連続出場で、7連覇の偉業をなし得ていたあの女子選手も、空白1年を開けてエントリー……」


 館内――ひろーい、会場に囲われたコンサート等々でお馴染みの客席……収容人員1万4千人猶予の観客が、やいのやいのと言葉や笑い声を立てている。オーロラビジョンに、『実況中継席』の札付き雛壇席に、右から岸田夏美。岸田冬美。蜂力綾女。今はまだ空席を飛ばして、城野英治が座っている。「本日はゲストに、OB覇者の岸田姉妹、熱烈な武道ファンで大会会長の城野英治氏。都合により遅れてはおりますが、第1回大会の覇者、梅川浩氏をお迎えして……」と綾女が紹介しているうちに……梅川浩が来て、席に座る。夏美と冬美が、蜂力を挟んだ机下で、梅川に向かって手を振る。無言挨拶に、微笑みを返す梅川浩氏。

 園咲桜の名――Gコートに、一般男女混合の部4。計8人のトーナメント表。

 花園百枝の名――Fコートに、警察自衛隊関係者の部13。計16名のトーナメント表。

 大山昌乃の名――一般女子の部Aグループ1。8人から伸びるトーナメントの線……。

 豊田雅代の名――一般女子の部Dグループ27。8人から伸びるトーナメントの線……で、Bグループから8人――Cグループから8人の計32人の文字通りのコート割。

 観客の一部の歓声に。「あ! Fコートで早速始まった!」と綾女の実況が流れる。

 剣士百枝――真っ白な剣道道着に身を包んだ百枝。防具無しで竹刀を構える……剣先に。

 初戦――「はじめ!」の声に、反応良く瞬殺の小手面連続打ちで決める。警棒男が転がる。

 二回戦――竹刀の剣先をカンフー道着女子の喉元に向け……少しの動きで、面を捕える。

 準決勝――三節棍を左右で回し、向かわせた棒を男が戻す隙に――抜き胴で決める。

(決勝戦は。ああ、あのトンファー男か。流石に強いね)とワクワクして身震いする百枝。


 カンフー雅代――スカーレッドトップスが垣間見えるミントグリーンの道着と縛った髪。

 初戦――「はじめ!」の声に、ヘビー級ボクサー男のパンチ。カウンター回し蹴りで伸す。

 二回戦――少林寺拳法棒術男の決めに来た棒をかわし、ドロップキックで決めて、伸す。

 三回戦――ダブルヌンチャク女子の攻撃を、左右に避けて、奪って、素早くヒットさせる。

(準決勝、あの女子? なんか、カマキリ、テキだしぃ)と首にしたタオルで汗を拭く雅代。


 黒帯昌乃――黒帯白い柔道着の肩に、古びた日本代表の証。ショートヘアにがっしり体形。

 初戦――「はじめ!」の声に、銃剣道女子の間髪無しの突き! 柔軟な動きの一本背負い。

 二回戦――キックボクサー女子のワンツーパンチからの蹴り。首で受け足払いで倒す。

 三回戦――「酔っ払い」千鳥足の酔拳女子が手先で突きだすが、後に自ら寝てしまう。

(ふー。自滅? 準決勝は、あの女か。蛇柄道着って)と息を拭いて黒帯を締め直す昌乃。



   77 デッターズ動く


「指令。全国選抜武道大会にて、有力幹部候補を誘え」とデッドマスタ―の声。

 満員御礼な客入り――見下ろす会場は10面コート割。上からA、B、C、D、E、F、G。Hは予備で空いて、IとJでは一般男子。Iコートで……朱色の道着男子が一人待つ。会場口に、白と茶系アーガイル柄のチュニック姿の村内譲が見えるが下がる。暗がりが輝く。

「ああ……いや、トイレ!」と言い残して席を立つゲストの城野英治氏。

 同席の梅川浩と岸田姉妹の夏美と冬美が秘密義に見合う。薄笑みを浮かべる蜂力綾女。

 客席から多いに湧き上がる歓声……コートに各部門のセミファイナル勝者が募る。

「さあーいよいよ各コートで決勝戦が始まります」と綾女が煽る。さらに沸き上がる歓声。

「さあー昨年のファイナリスト山中角斗選手と、ブランク1年の7連覇女子園咲桜選手の混合部門の、前代未聞の戦いがGコートで始まろうとしております」とマイクに向かう綾女。

 沸き上がる歓声の観客らがGコートに視線を注ぐ。

「なお、会場と時間の関係で、各部門の決勝を同時間執り行いますことは、恒例なことです」

 Gコート――決勝戦。異様に突き出たリーゼントヘアの山中角斗が線に立つ。対して桜のチョーカーも隠れたハイネックピンク地金ラインのスポーツスーツ姿の園咲桜が線に立つ。

「はじめ!」の声に、山中が両足を肩幅広めに開き、踏ん張るように屈めて間合いを取る。

 一方の桜は、お得意ニュートラルポジションで、涼しく上目遣い目線を注ぐ……間合い。

 互いに、初動で出方を待つ気迫に、水を打つように静まり返った、真逆な観客たち。

「おおと、両者、出方を待つタイプの戦闘スタイルです。何か各選手からの静かなる気迫的、熱気が伝わって来るかのようで、会場中の空気が圧力鍋で蒸され始めた感じもありです」

 まだ動かない両者! にらみ合いが続く……。

「さあ、どう出る。園咲選手! 山中選手。オワッE、C、Aも、動き出します」と綾女。


 Eコート――花園百枝が中段に構える竹刀の剣先に、両手にトンファーを持った深林双エ門(ふかばやしそうえもん)がグルグルと回しつつ……ゆっくりと左へと足を動かす……百枝目線先の竹刀をその動きに対して……正対させている。


 Cコート――豊田雅代が右前スタイルで、両足フットワークでその場ジョックして、前にした右手を手刀にし、胸前の左手に拳をつくって、間合いを取る。

 一方の、両手首に仕込み手甲を嵌めている鎌野切子アラサー女子が、右前スタイルで牽制的に左手をかくように出しては引っ込める……間合いを取っている。


 Aコート――大山昌乃が右前両手を軽く開いた状態で出し、体を右へ左へと動いて牽制する間合いを取っている……。

 対する、ノースリーブチャイナ風道着から出た両腕に、蝮のタトゥーの沢園泉ティーン系女子がダラリとした感じでやる気なさそうな間合いを取っている。


(何? 変! 感じる。女の勘が)と山中角斗と対峙しつつ、園咲桜が感じ取る。



   78 新たなボーグ


 場内オーロラビジョンに――突如登場する覆面にマント姿のデッドマスター。

「御集りの諸君。これより我がデッターズ同志を募り誘う。抵抗すれば容赦なくリセットする。場に従えば生き延びられる術がないわけでもない。さあ、ミッション開始としよう、諸君らへの目覚ましからだ」とムフッと笑ってマントを翻し、映像が消える。

 山中角斗30代男。異様なまで突き出たリーゼントヘアの突端に隠し砲口が出て砲弾の如く閃光が棚引く――客席がドカーン! と客を巻き込み吹っ飛ぶ。

「え!」と、流石のAIボーグを秘めた園咲桜でも、意表を突かれては、防ぎようがなく「観客の非難を!」と、実況席を見るが、いつの間にか、蜂力綾女も居なくなっている。

「皆さん、落ち着いて! 会場スタッフ、出口への誘導を!」と岸田夏美がマイクで伝える。

「エージェント各位に告ぐ。観客を守れ!」とマイクを奪うかのように岸田冬美が告げる。

 焦った顔の梅川浩だったが、二人と桜の対処に頷いている……。

 客に混じっていて、私服が金色電子的光を放って、ガッツリセキュリティ隊員服になり、100人猶予が通路に等間隔に立ち……客を誘導しはじめる――冬美も輝いて隊長服に。。

 黙認した桜が、改め山中角斗を見る。

「おい、お前、何者だ?」と山中が問うと……鈍い輝きを放って……その容姿が残る二足歩行のカブトムシになる――「デッタ―ボーグ・ビートルだ」と、ニヒってな感じの表情を見せた改めデッタ―ボーグ・ビートルが、リーゼントに包まれた砲口を、別の客席に、撃つ。

 ドカーン! と! 瞬時にその宙で些かピンクを交えた閃光伴い爆風を伴う爆発が。

「ギャッ」と断末魔に……爆風の中からボロボロになった桜が……木の葉の如く床に落ちて、微動だにせず倒れる。

「妹よ!」と花園百枝の声が響く。

「へ、余所見、禁止!」とトンファーを頭部に添えて……鈍き輝く深林双エ門が容姿を踏まえた二足歩行のクワガタとなっている。流石に驚きを隠せぬ百枝。が、竹刀は保ったままだ。

「先輩。百枝さん!」と豊田雅代が声を張る。

「あんたもよ、嬢ちゃん」と鎌野切子アラサー女子が両手首の仕込み手甲を前でクロスして……黄緑の輝きを放つ……と、その容姿名残の二足歩行のマンティス女子がお目見えする。

 バシッ! と鞭うつ音――気を取られていた大山昌乃が鞭打ちを受けて、道着の胸元が破れる。「何?」と咄嗟に身を引いた分の浅傷を負ったその胸元。

「デッタ―ボーグ・バイパーヌ」と沢園泉ティーン系女子。ノースリーブチャイナ風道着から出た両腕の蝮柄タトゥーが腕全体に覆って、両手先が蝮柄の鞭となっている。


「妹よ! 相手を何とかしないと」と完全集中する花園百枝。

「桜巡査! そうだね、巡査部長」と食いしばって歪めた顔で、構える大山昌乃。

「もおー姉御と勝負したかったし。時間、おしいし」とブー垂れた豊田雅代が正面向をく。

 百枝が。昌乃が。雅代が。それぞれの相手を警戒しつつ……横目で桜を見る!

 余暇に倒れたままの――園咲桜のまるまった背中。



   79 会場事態収拾VS最強女子三人編


 山中改め、デッタ―ボーグ・ビートルの足下に、ピクリともせず横たわる園咲桜。


 相手に集中する花園百枝が中段に竹刀を構える。「他人の心配かい、君」と剣先で深林双エ門、改めデッタ―ボーグ・スタッグが頭部の鋸刃のハサミを動かし……前傾で身構える。

「参ります。メエーン」と少しの動きで面割を狙う百枝。頭の顎を閉じて真剣白刃取りするスタッグ――隙間を竹刀の根元で打って走り抜けた百枝が機敏に振り返り間髪入れずに抜き胴を狙う。ハサミの顎を外したスタッグがその両手にしたトンファーをグルグルと回し、右で竹刀を受けて通過する百枝の背中を左のトンファーで突き叩く。「うっ」と声が漏れるも平然と振り返り、竹刀を構える百枝。トンファーをグルグルと左に移動するスタッグ……。

 百枝が剣先を固定して、スタッグに向かう。スタッグもトンファーを振り防御しようとするが……「グエーェ」と声を上げて後ろに倒れる。喉元を抑えてジタバタする。百枝が竹刀で突き技を仕掛けた後の残身を構える。「一般はありですから、突きは」と昌乃を見る百枝。


 不敵に笑みを漏らし、改め構える大山昌乃。「捕まらなければ、平気」とデッタ―ボーグ・バイパーヌが左の鞭を……昌乃の手前でパチッと空を叩いて、戻る。が、もう右のが来ていて、バシッと昌乃の頬をひっぱたく。よろめく昌乃……足を踏ん張り倒れるのを防ぎ、次に来た左の鞭を……右腕を盾にして防ぐと、巻き付いて昌乃が鞭を即座に引きバイパーヌごとブン回す……が、掴んだ鞭先が蝮になり鎌首上げて……噛みついたのは、柔道着のゴワゴワの袖の遊び部分! 「毒蛇? 衣服を噛んでもね、それえ」と引きつけバイパーヌを掴んでの山嵐技からの体重浴びせで、倒す。グロッキーのバイパーヌ。と雅代を見る昌乃。


 正面切って飛び蹴りを放つ豊田雅代。「これは、勇ましい嬢ちゃんだねぇ」とデッタ―ボーグ・マンティスが左右の手先の鎌を、シュッシュッとマンティス(カマキリ)同様の動きで交互に前に出し……習性で首を意味なく傾げる。次の雅代の飛び蹴りを寸前でかわし……シュッシュッと草を刈るが如く鎌を回し振る……着地した雅代の左足首を締めたダブつきズボンが切り裂かれ、左二の腕にも傷が、構わず雅代が走って、飛んで、宙で右捻りに横回転し……右足のバック蹴りからの左前の蹴り……と多数連続で……マンティスを伸す。


「もうよい。一旦引き上げろ。狙いはもう果たしておる」とデッドマスターの声。

 ビートルが頭部の大砲を無傷の客席に放つ。きな臭い粉塵の中にざっくり一千人の亡骸。

 実況席から駆けつけてきた岸田姉妹。倒れる園咲桜が目の前に、するが……。

 ――ホールドマンの穴が空き……傷ついたデッターボーグ三体が何とか入り……気絶中の園咲桜も、ビートルに抱えられ連れ去られる――

「ま、右へ倣えのお前らでは役不足」とデッタ―ボーグ・ビートルが言葉を残す……。

 駆け寄った岸田姉妹の前で、塞がる異様な穴……よろけ駆けよる豊田雅代。続く大山昌乃。惨忍を目の当たりにして立ち尽くす百枝が、竹刀を落とす。



   80 都心の街角! 事後の恒例女子会は……スイーツを!


(あれ? また、穴って……)と園咲桜の呆れた声。穴の中――(ああ、健輔。遠隔かな? ブロッサムシステムの)……キョロキョロして、目を細める。(ま、死んでるけど! 巷テキには。あぁあ。大昌さんと食べる毎度のプリンアラモード、食べたかったのになぁ)


 夕暮れの日本武道館――外見はそのままだが、警視庁の車両が止まっている。多数の報道陣取材カーもあり、各位報道陣が「何かあった模様です」とカメラに向かって中継する……。


 武道会更衣室――岸田夏美と岸田冬美に、花園百枝と豊田雅代、大山昌乃らが神妙に話す。

「管轄外のことよ、昌乃巡査部長」と夏美。

「ですが、事が事だけにぃ」と昌乃。

「ま、ここは黙って、夏美にお任せ!」と冬美。

「……」雅代が――一般人で口出しできず……爪先で床にのの字を描く……。

「雅代さんは、この両巡査部長身柄預かりで、帰っていいわよ」と夏美。

「警視正。妹のような桜巡査の安否が……」と食い下がる百枝。

「私らだって、よ! 百枝さん」と夏美。横で頷く冬美。

「しかし」と、心配する昌乃。「先輩は?」と情に駆られて一言、口に出す雅代。

「分かるけどね……」と目を細める冬美。

「いったん、さくら町に帰って……」と考える夏美が「時期が来たら、貴方方にも……」

 ……渋々ながら頭を下げて、背を向けて……会場を出て行く昌乃、雅代、百枝の後ろ姿。


 キョロキョロする桜――穴の中の牢――鉄格子の外に……デッターボーグのビートル。スタッグ。マンティス。バイパーヌがこぞって来る。

「陣中見舞いだよ、君ィ」とビートル。

「強い同志は歓迎さ、君」とスタッグ。

 桜が細めた目を見開いて……。

「完全脳改造されて」とマンティス。

「一週間後には、アンタも同志!」とバイパーヌ。

 ……桜を笑って、歩き出すデッターボーグ三体――口を歪める桜が天井を見る。


 夜の空も街も明るい銀座三ツ星百貨店のスイーツパーラーで――百枝と雅代と昌乃が目の前に来てしまっているスイーツ。四席で、空席に手つかずのプリンアラモード。

「しみるわぁ」と昌乃。「ん、姉御。こんな時でも」と雅代。「美味しい……」と百枝。

 すっかり完食の御三方が、『でも……食べちゃえ!』とプリンアラモードを食べる。


 ――檻の中の桜――

(ううん……一緒かな?)と周囲を探り、見る園咲桜。(どうして毎度、土の中?)



   81 城野英治、議会活動


 ――日、改め――青空の下。凛と佇むお馴染み国会議事堂……今期予算案議会が……。

 ――国会で提案する城野英治議員が……討議を論じる。

「議長。地方の充実。都心ばかり発展しては、ますます地方の過疎化が進みゆく――農村地域に多くの若者の姿はなく、……低収入では農業の担い手は、その家の課せられた子供の一人――でもいればよいが! 若者の多くは、サラリー給料をもとめ、街へと働きに出る」と、右手をジェスチャーで、議長に向けて掲げる城野英治氏のパフォーマンス……。


 過疎化する地方の様子――例えば、農村ならぬ農町では、水稲用種まき……。播種機にベルトコンベア状態で……育苗箱が流れる――床土が入り……種もみがばら撒かれ……消毒液のシャワーを浴びて……覆土をされた状態で、出てきた育苗箱を、男女交互に持ち出しては、簡易保温庫に重ねて入れる。周囲で作業をする男女をよぉく見れば……60代、70代が支流で、50代が一人、80代の釈迦ら顔の男もいるありさまで。20代30代男女の姿はない。

「おおい、一休みすんべ。班長よ」とAAキャップを被った70代男がと声をかける。

「ああ、すんべ、すんべ……」と70代班長。播種機そのままに……簡易な椅子にコンテナに入ったペットボトルのお茶がある休憩所に向かう高齢男女……仕上がって出てきた育苗箱の先頭がセンサーレバーにかかって、自動で止まる!

「おめんとこの、宮に住んでいる倅はこねえのか? いると助かるがなぁ」と70代後半男。

「ああ。倅の奴。生意気に、ローンで買った車で、カノジョとドライブだと」と60代男。

「ま、ローンとはいえ、車買ったのぉーすごいね。33じゃ、結婚かな?」と70代農婦。

「もう少し、農業収入が上がれば。せめて家計を補える収入ぐらいはねぇ」とヤッケの女性。

「うんだな、トラクターにコンバイン……」と80代釈迦ら顔男。

「ベンツやBⅯWが買えるからね、アラフォー世代はそっちの方が……」と60代農婦。

「が、ねえと、馬や牛で昭和初期の農業で、コストパーああ、何だっけ?」とAA帽男。

「コストパーマン……」と50代男。

「いやいや、そうじゃねえよ。コストパフォーマンスってんだよ」と60代童顔女性。

「さあーやっか、今で、100だ。あと500を、今日は終わらねえと」と70代班長。

 各自ペットボトルのキャップをして作業場へ……作業を再開する高年齢の農婦連中……。


 ――国会で提案する城野英治議員が……討議を論じる。の続き……

「予備予算も未だ、持ち出した分は確保されてはいないのだよ」と男性議員。

「都心だの地方だのではなく。また国民が生き場を失う事態が来ると想定を」と女性議員。

「お尋ねします。国会とは、日本国全体を重んじて議論を講じる場――定例決まりの予算しか、回さない体質」と激怒の城野氏。「地方第一次産業とされる農業生産の――あの重労働に見合った――補正予算を――若者らが、家族を、子を、養える、今や必須の大学や自動車条件付きの出需品化なども、再構築すべきと、わたくし、城野英治は考えます」

「衆議院予算担当大臣……君」――「そうですな。ですが……」とのらりくらり。

 薄笑みを浮かべる城野英治氏――着席の机下で、拳を固める――。


   82 神隠し的隠密行動実施中のデッターズ


 某廃鉱――デッターズ地下アジト――オペ室の監視ブースでデッドマスターが怒る!

「とどのつまり、奴らの姿勢は――のらりくらりの分からずやのまま――」


 新宿東口――強者ルック男子30代聡と恋人がパーラーでスイーツタイム中。

「聡って、お酒もタバコもしないけれど。スイーツには目が……ウフン!」と微笑む恋人。

「お前だって、嫌いじゃないんだろ、甘い物」とスライスフルーツのアイスを食べる聡。

「シャーロイドを街へと放ち、募るのだ……」とデッドマスターの内通指令に、後ろの席の男女が目を光らせて、立ち――「穴場のスイーツ店、行きませんか?」と声をかける。


 渋谷マルキューアパレル店内――武道大会参加者2位の19歳女子の麻未がカレシとデート中で、御褒美ショッピングで試着室から出る女子は麻未。「じゃアーン!」とカーテンを開けワンピースを、カレシに披露する麻未。にこやかに頷くカレシ。

「じゃあ、これにする。着替えるね」とはにかんで、カーテンを閉める……麻未。

「勇ましき戦士となりうる」とデッドマスターの声。隣の試着室に入る麻未と同年代女子扮するシャーロイド。待ちぼうけのカレシがカーテンを開ける。と、姿が無い……。


 東京駅――大山昌乃とやった銃剣道女子の、22歳ガッチリ体形ワック(女性自衛官)が構内通路からトイレに入る……「ナニッ」と声が漏れる。

「――同志を誘え。役立たずはリセットするのだ」とデッドマスターの声。清掃員に扮したシャーロイド2体が大きま袋の台車を押して……出て来る。


 羽田空港――一般男子の不戦勝ウィナー男の登場チケットに『――藤男』の名。

棒の包を背負った藤男が登場口ゲートへ。ピッ! 「棍の修行で少林寺へ行く」と話す。

「都内全域有数の人だかりの場を、狙うのだ」とデッドマスターの内通指令。

 男女スタッフに扮するシャーロイドが、藤男の身体検査をして、横の別室へと誘う。


 牢の中の園咲桜――体育座りして、天井を見ては顔を伏せて……考えている。


 デッドマスターが外で監視するオペ室――灰田丈次がシャーロイドを助手に、ボーグ新技術オペをする。5台のベッドの人間のDNA塩基を解析し、見合った動植物を割り出す。

 男子30代男の聡と、恋人……デッターボーグ・ビーグル&ブリタニ―犬の容姿。

 女子2位の19歳女子の麻未……小動物系でもあり、デッターボーグ・ハムスターの容姿。

 ワック……デッターボーグ・ピック

一般男子不戦勝男の藤男……デッターボーグ・ディアの容姿。

不審ににやけるガラス越しに見ているデッドマスターが口を動かす……唇を読むと!

「して、首都の象徴○○○○堂を襲撃せよ!」と内臓無線で――怒りの指令は、下った!



   83 桜がいない日


 さくら町4番地交差点――交番前の歩道から天を仰げば……快晴の空。反して……心を淀ます幾人かが……。

 コミセン――……コミュニティーセンターは、この時季農作業もひと段落した旦那ら男衆が土手の草を刈ったり……水路からの田水の出し入れをする装置――ソーラーシステムでシャッターが自動で開閉する水口(みなくち)(水路入口)が動いているかを、朝夕確認する。動力源がソーラーなので、時頼止まっているときもあるようで手動で動かすなどの作業している。で、そんな地域営農を組んだ農家の嫁らが日中コミセンに集まって、井戸端会議をするのこの時期のお決まりだ。

 が……農婦のトミは未亡人の為コミセンで職員として働いてもいる。農業では、年金も安く……いっくら長閑を感じずにはいられないこんなさくら町4番地でも一人身で家族無しでは、生活するのは無理! で、主婦連相手の事務員をしている。

 が、そんな、集う癖――習慣を知っている豊田雅代はAA保険ガールとして、時頼この自然に募ってしまう井戸端会議の場に顔を出すようになり……この午前中も参加している。

 が、本日限定であろうが――花園百枝と、大山昌乃も加わっての……会合となっていて、いなくなった園咲桜の安否を気遣う……「どこ行っちゃったんだろうね、桜ちゃんは」とトミ。頷きあう主婦連……多少の事情は知っている、百枝、雅代、昌乃だが曇らせた顔で頷く。

「そうだ、交番、バディ」と百枝が思いつて立つ。トミらに見送られ……雅代と昌乃も行く。


 交番の地下のCPSヤード――ピンポーン! と一般的な呼び出しベルの音。モニターに、インターホーンカメラを覗き込む、百枝と雅代と昌乃の度アップ顔! 退く藤崎健輔!

 同、1階――見張り所が珍しく、本来の使用目的を果たしている――が、通夜の如し……。

「巡査が」と大山昌乃。「妹よを」と花園百枝。「先輩だし」と豊田雅代。藤崎に食い下がる。

「ううん……よし、俺が。君たち! 桜の信頼者としてといいかい?」と歪めて頷く藤崎。

「同行する」と昌乃。

「協力します」と百枝。

「雅代も、だし」と雅代。

「わあったよ(分かったよ)! 俺から本体に。口、堅いか?」と藤崎が意味深に笑う。

 百枝、雅代、昌乃らを見送った藤崎は……また、地下のCPSヤードに戻って行く……

 CPSヤード――コンピュータで、桜旋風柄のスクリーンセーバー状態の右のモニターに岸田夏美……「待って、健輔さん」と見えないが明らかにキーを叩く手元……リモートワークで呼び出した……岸田冬美も加わって……

「エージェントで武道館から痕跡を辿ってみるよ、健輔」と冬美。

「桜も……この世に居ない存在だ。一般的な警察人探しでは、何かと面倒になる。絶対信頼のガッツリに……」と夏美。

「探知するぜ、チョーカー電波を! あと、桜、絶対信頼三人組を協力者に」と藤崎健輔。

 岸田夏美の二つ返事で……雅代、昌乃、百枝もこの裏ミッションに加えることに――。



   84 トレーニング・テロ制圧編


 さくら町4番地交番の地下――CPSヤードドアの外側――壁が消え戸口が開く……。

「くそ!」と、横壁に左の拳を当ててCPSヤード出るコーデユロイベスト姿の藤崎健輔。そこから臨めるさくら町4番地町内の監視映像と、スリープ状態の『みなしの』柄スクリーンセーバーの……左右のモニター。


 中央のバーチャル桜は霞む感じの輝きで、室内照明が暗くなり、ドア口が完全壁に戻る。

 バーチャルトレーニングルームのコントロールブースで――『緊急連絡可能』としてトレーニングルームに入る藤崎。ブース壁モニターに『近代都市省庁ビル編』の文字。

 入室し――六つの鐘の音の夕焼けに佇むツインタワーな庁舎ビル――裏口外と変わる。

「テロ集団ハ、北側展望デッキニ人質10名ヲ取リ、5名ガタテ籠ッテイマス。隠密ニ行動シ救ッテクダサイ。尚、途中3人ノテロ仲間有リデス。狙撃ヲ許可シマス」とアナウンス。

 藤崎が腰裏フォルダーからリボルバー型プラスチックガンを右にして、裏口から入る。

 同、動力室の中――橙が一瞬零れた鉄扉を……屈んで入る藤崎……フラッシュバック現象で暗がりの室内。物陰に身を隠し、瞬きする。周囲を警戒しつつ……別のドアを出る藤崎。

 近づく二種の足音……角の壁から廊下を覗く藤崎。ミリタリー姿でマシンガンを持った歩哨が半分顔の藤崎に気がついていきなり乱射する……一旦角に隠れた藤崎が、その間隙を縫って、完全出て2発ともう1発発砲する。乱射しつつ仰向けに倒れる歩哨ら。

 藤崎のベストに、2発の風穴が空いている。(歩哨か。現場なら、実弾だからな)とシリンダの殻薬莢を3発分新品に変える藤崎。警戒しつつ……廊下を行く……。

 同、庁舎の階段途中の29F踊り場付近――軽めの足音が近づく……藤崎が壁に背をつけ廊下を覗く……スーツ女子が来る――俊敏に出て「君は?」と銃口を逸らす藤崎。女子スマイル直後に小型の拳銃で2発撃つ。弾が左腕と右太腿から血しぶきの藤崎が……振り返って、屈んで、発砲する。(南側、だな)と警戒しつつ……階段へと戻った藤崎が上を目指す。

 同、北側展望デッキフロア――中央の床に座らされている老若男女な10人の人質。武装した男女が人質らに銃を向け、主犯格らしきインテリ男子が、スマホで何か話している……。

 同、南側展望デッキフロア――左手にライフルバッグが出現する。スコープを出して、覗く藤崎。屈んでバッグから取り出したライフルを組み立てて……脚を広げて床に置く。寝そべった藤崎が、スコープを取り付けて、再び見る! バッグから弾倉を取って、目盛りを確認する……10発入っている目盛り位置。弾倉を装填して、藤崎が再び北側展望デッキを狙う――「テロリスト5名一発ズツデ仕留メテクダサイ」とバーチャルアナウンス。

 1、2発で銃を向けている男女。3発で主犯男の肩を竦め、陰にいたテロリストらにバーコードヘア男を撃たれる。が、4発、5発目で2人を仕留め、主犯を6発目で仕留める。

 ブースに出てきた藤崎がキーと叩く。「タテ籠モリ犯3名制圧さサレマシタ。デスガ、対象人数アヤマリノタメ、人質1名ガ死ニマシタ。ヨッテ本日ハ失格デス」

「クソ!」と壁を左の拳でパンチする。


 暗室のCPSヤード――バーチャル桜……輝きを失せた猫背状態で『off-line』胸表示。



   85 メカニック百枝


 本署屋内ガレージ――ミニパト№4をメンテする花園百枝。リフトアップし、ドレーンコックネジ穴からエンジンオイルと抜く。リフトを低くして……エンジンルームを覗き込む。

「お疲れ、百枝巡査部長……」と大山昌乃が入ってくる。

 近づく昌乃を認識はするも……目もくれず、エンジンから点火プラグを工具で抜く百枝。

「大丈夫。桜巡査はチャンプよ。軟じゃないよ」と昌乃。

「うん」とワイヤーブラシで、プラグの……電極部やガスポケットをブラッシングする百枝。

 ……シッシ――シュッシュ! ジュッジュ――と力が籠って、ついにプラグの点火部が……擦り変形して――床に小さな鉄くずが……積もっている。

 昌乃を見る、百枝。手にしたダメプラグを見て、床に投げる。

 深夜のメカドッグに響き渡る金属の音。

「あ――あ……あ! 妹よぉ……」と、強弱激しい怒りにも似た叫びが百枝の口を突く!

 もう一つのプラグを握りしめて……見て、天を仰ぐ。

「百枝……巡!」と昌乃が百枝に抱き着いて、手でその頭を撫でる。

「……」無言で、昌乃の胸にしがみつき……顔を伏せる百枝。小刻みに震える百枝……。

「大丈夫だって……え」と言葉は震える昌乃。

 昌乃の涙が百枝の竦めた手の甲に落ちる。

 昌乃の顔を見た百枝の目にも……涙腺ギリの水面張力状態の涙目。


「分かってる! わかってるけど……」と……「う、ぅ……うわああ……」と泣きだす百枝。

 つられ……て、完全涙腺崩壊して、「うううおおおわあああ……あ」と、大泣きする昌乃。

 ……床に積もった鉄くずの上に、数滴の涙が……湿り気をもたらす……。

 ガレージ車両用ドアが開いて――エキストロノイズを上げてブロッサムライジング号が入ってくる。紫メットを被った正体は、外すと、コーデユロイベスト姿の藤崎健輔!

「こいつも、頼めるかい?」

 百枝――涙筋の目尻……顔が放心状態……全身フリーズの。

「桜から、聞いてる、腕、いいんだってな、百枝ちゃんは」

 涙目を輝きにした百枝が近づいて……ブロッサムライジング号を目を凝らして見て回る。

「いいオートバイね、妹って……これ、乗りこなしてるの? バディさん」と百枝。

「ああ、可成りな」と頭を掻く藤崎。

「桜巡査って……何者?」と、百枝とほぼ同様な心を巡らした昌乃。

「すまん。面倒かける!」とお辞儀して、出て行く……藤崎。

「ああ、バディさん。送ります……私のもう一個の相棒で!」と涙目で微笑む百枝。

 背に手を添える昌乃。大きく頷く藤崎。

 感知式室内灯が……明かりを落とす。

 内側のドアから出て行く……昌乃と百枝と藤崎……。がシャッと閉じるドアの響きを見送る――メンテ中のミニパト№4と、桜旋風らがのブロッサムライジング号!



   86 CPSヤード――からの捜索開始……


 さくら町4番地交番――前の停車可能な路肩にミニパト№4が停車する。運転する花園百枝と、助手席に藤崎健輔の後ろ姿が後部窓の七期垣間見える。

 ドアを開けて下車する藤崎。会釈して前を見る百枝。

 朝焼けの街を行く――百枝が運転するミニパト№4!

 クールな表情で見送って……藤崎が交番に入って行く……。


 その地下――CPSヤードの暗い室内壁にドア筋が……戸口が開いて、藤崎が入って来る。感知式照明が輝く――!

 左モニターには、オート状態で監視中の各位各地からのカメラ映像……。

 右モニターには……みなしの桜柄のスクリーンセーバーが渦巻く……!

 バーチャル桜のオッパイを揉んで、スルーしつつも心配する藤崎――


 ピィ! と呼び出し音に――


 コンピュータデスクに――エンターキーを叩くように押す藤崎。


「都内って……広すぎ。何かヒント的情報無い? 健輔さん」とモニターに岸田夏美が映る。

 モニターが勝手に2分割になって……岸田冬美も映る。

 考える藤崎。「あ! あの3人が……」と思い出す。

「銀座の何とかっていうフルーツパーラーで、待ち合わせしていたと」

「ということは、手がかりは」と冬美。

「銀座ね、健輔さん。姉さん」と夏美。

 モニターに映っている――冬美が画面に指を覚まらせ……「ガッツリエージェントに告ぐ。銀座のフルーツパーラー付近を捜査せよ」と告げる。

『ラジャー、ボス』と男女の揃った声が聞こえる。


 藤崎が、『ナイトクロウ』のボタンを押す。


 ――外。交番2階屋根が開いて……ナイトクロウが! 飛び立って……出動する!

 スカーレッドカラーの今はレアなツーシーターミッドシップ直4スーパーチャージャーエンジン搭載の国産車――が、運転するのは豊田雅代! スマホをナイトクロウに向けて……画面指タッチする。

 同、車内――ナビゲーションシステムの画面マップで――黒い点が道筋を無視して都心方面へと進行していく――検索された目標を追跡する際の道筋を同色の太線が伸びている。

(ん。桜先輩。今、雅代が行きます)と頷いて……通称レッドマロン号を走らせる――「レッドマロン号。発信だし」と気合を入れる雅代。ナイトクロウを追尾する。



   87  灰田丈次式、塩基書き換えオペ!


 デッターズの牢――衣食住。部屋着姿の園咲桜がベッドで横になり天井を見ている……。

 天井、三方の壁はモルタルの白で、格子の檻が一辺にある一室。ベッドがあり、衝立で囲まれたトイレもある。腰高テーブルセットはあるが、窓は一切ない。と言うようなの住!

(今、システム発動すれば……でも、ここって、あのときの穴に似ている。様子見だね)と秘めつつ……口から舌をチョコッと出す桜の首に桜のチョーカー。起き上がり見れば……。

 向かいの檻の中に、新宿パーラーに居た男女――右の部屋にはマルキュー女子の麻未――左にはワック――で、左手白壁の向こうには藤男――が捕まっている。

デッドマスターと、灰田丈次と、ボーグ・ワープスと常山治夫が……来て、前に立つ。

 灰田が「あらら……んうん? どこかで……と思ったら健輔がやった女」と手を打つ。

「どうかね、桜君! 傷は癒えたかね。異様に外傷回復が早いのは納得だがね」とマスター。

「園咲桜。ボーグシステム第1号で、健輔の術式犠牲者……」と灰田。

「まあ、世間ネタにするには、アタシらにもリスクがあるからね」とワープス。

「桜君だったか。納得だ。フラーイとヘンプが敵わないのは」とマスター。

 「食事だよ。お前らは選ばれた逸材。毒はなく普通の飯だ」とデッタ―ボーグのビートルが食台車を押して来て……マンティスとスタックが各室の格子を開けて……食事を運ぶ。

「のちに一人ずつ……更なる強さを手にできるのだ」と灰田。

「如何に、強者諸君でも。ここからは脱出は不可能だ。C4爆弾をもってしても敵わない特殊金属の鉄柵。大きく囲った三方の壁はすべてが1キロメートルの地底で、天井も地上まで500メートルはあるのだ。強固な岩盤に掘った穴だが、硬さ故、結束が崩れればもろいものだ。生き埋めになるのは必至なのだ」とデッドマスターがマントを翻して立ち去る。

「同志諸君だから、衣食住は要望通りに与えますよ、皆さん」と続く……常山治夫。

「安心して、二週間後には味方よ」と微笑して後に続いていくワープス。

「そうなれば、敢えて自由の身。2週間から4週間の辛抱さ」と灰田も行く。


 デッターズオペ室――デッドマスターが外で監視窓に立つ。

 灰田丈次がシャーロイドを助手に――5台のベッドの5人のDNA塩基を解析し、見合った動植物を割り出す。(身体を蘇生するDNA塩基……やってはいけないと言われてやりたくなるのが科学者よ、なあ健輔)とナノ電子顕微鏡を覗き込み(融合させれば、皆、超人!)

 甘党男子30代男の聡と、恋人……デッターボーグ・ビーグル&ブリタニ―犬の容姿。

 女子2位の19歳女子の麻未……小動物系で、デッターボーグ・ハムスターの容姿。

 ワック……デッターボーグ・ピッグの容姿。

 一般男子不戦勝男の藤男……デッターボーグ・ディアの容姿。

 ガラス越しに見ているデッドマスターが意味深に口角を歪ませる!


 別室――灰田丈次がIDコードS0404Sを打ち込む。「洗脳ラーニングオペ開始」

 オペ用ベッドに、一人、麻酔に繋がれ……ヘッド装置を着けられた園咲桜……?



   88 デッターズ――アジト


 デッターズアジト――ブリーフィングルームに、デッドマスターと灰田丈次とワープスと常山治夫が横に並び……対するように、ビートル、マンティス、スタッグ、バイパーヌ。

 ……加えて、デッタ―ボーグ・ビーグル&ブリタニ―犬。デッタ―ボーグ・ハムスター改めハムミン。デッタ―ボーグ・ピッグ呼び名ピッグン。デッタ―ボーグ・ディアもいる。

「ターゲットは……○○議会堂だ。首都予算議会の場を叩き! 目に物を見せねばならぬ」

 と、デッターズ幹部ボーグらへ、デッドマスターの怒りの指令は、下った!

 踏ん張るように立つデッタ―ボーグ・ビートルがリーゼント頭をコクリとさせる。

「どうやら――我々の示した、声明が浸透していないようだな」と変化のない表情の灰田。

 デッタ―ボーグ・スタックが頭のツインな顎を開閉させて体を揺らす。

「平和ボケしすぎた輩ばっかりです、マスター先生」と常山治夫。

 デッタ―ボーグ・マンティスが左右の手先の鎌をスイングさせる。

「じゃあ、おいらの出番か?」と、一同が注目するドアから……入ってくるデッタ―ボーグ・バルスン――頭部にホウセンカの花芽をついている。

「バズる大都会の象徴をテロで襲い、ワープスの報道で事実として広めるのだ」とマスター。

「ん、お任せ、マスター」とワープス。

 デッタ―ボーグ・ビーグルと、ブリタニ―犬が寄り添いいちゃついて……。

「あれ? もう一人いたんじゃ……」とブリタニ―犬。

「奥の手は、最後がありきでしょ。雌犬ちゃん」と右肘に蜂の針を出すワープス。

「生意気ね、食っちゃうよ。さっきから旨そうだし」と口を開けるブリタニ―犬。

「いいわよ、やってみる? 刺し殺してあげるけどね」と針が突きでる肘を向けるワープス。

 デッタ―ボーグ・ハムスミンが……二人の間にヒマワリの種の殻を吐き出す。と、その箇所の床が溶ける。「仲良くやりましょ、オバサンたち」

 デッタ―ボーグ・ピッグンが……鼻先を動かして、笑う。

「いいね。姉さん方。血気盛んだ」と角を振るデッタ―ボーグ・ディア。

「正しく。ま、その境地をこれからのテロ行為に使ってくれたまえ」とマスター。

 噛みつき寸前のデッタ―ボーグ・ブリタニ―犬――右肘に出た針を引っ込めるワースプ。

「でもぉーもう一人のババ活ビッジは……?」とハムミンが口――両頬をモグモグさせる。

「そうね、気になる」とデッタ―ボーグ・バイパーヌ。

「そいつはジョーカー的切り札の奥の手だ。使いどころで使う」と灰田。

「各自、抜かりなく、来る日に備えるように。この作戦の指揮はビートルに委ねる」とマントを翻し出て行くデッドマスター。常山治夫。灰田丈次。ワースプと続いて出て行く。

 デッタ―ボーグのビートルが最敬礼して。並ぶスタック、マンティス、バイパーヌの面々に新たに加わったビーグル&ブリタニ―犬、ハムミン、ピッグン、ディアに、バルスンと!


 各機器に灯った小さな明りのみのオペ室――中央のベッドで寝ている桜。くすんだ桜のチョーカー。ギロッと目をいっきに開けて……不穏に微笑むブロッサム!



   89 舎弟分、雅代


 銀座――夜の7時頃の煌びやかな光あふれる銀座通りに面した銀座三ツ星百貨店(所謂デパート)上空でホバリング中のドローンは……ナイトクロウ!

 追尾してきた……レッドマロン号と称するスカーレッドカラーのスポーツカーが路肩に停車する……フロントガラス越しに見る車内に豊田雅代のみが運転席で、見上げる……。

 レッドマロン号車内――ミッドシップタイプは完全ツーシーター。歪み防止補強の太いパイプ。些か手を加えたカーナビ。運転席で雅代が見上げて、「桜、先輩……」と呟く。

 ……思い起こす雅代――先だって(先日)のコミセンのトミら主婦連との……こと。

「桜ちゃんは……もう……戻って、こないんかいね……」トミの声に、心配顔で頷く主婦連。

「大事だし。超人先輩だし!」持っていたAA共済保険パンフを、まるめ、握り潰してしまっていることも意識がない雅代。ハッとして、トミと主婦連を見て、パンフを伸ばす雅代。


 銀座三ツ星デパート前の路肩――レッドマロン号車内で、見上げている雅代。視線の先にデパート3階スイーツパーラーの窓……左のバックミラーに……小さく見えたスーツスカート姿の岸田夏美が……歩道を……徐々に大きく……はっきりと見えて来る。

 ティーン時代の……空手大会で戦う桜と雅代。孤高性漂う少女園咲桜に向けた……孤児で施設育ちの少女雅代……の心の苛立ち。心の葛藤を秘めた美少女同士の戦いが!

「はじめ!」の審判員の声に……フットワーク軽く動き出す少女雅代。

 対して少女桜は、自然体の今ではお得意ニュートラルポジションで、体を少しずつ動かす。

 仕掛ける少女雅代……「もうー雅代ったら誰の子?」と先制攻撃の機敏な右足蹴り!

 蹴りを止める少女桜!「独りを受け入れて見な」

「寂しいじゃん、クソビッジ!」とそのままに回って左の後ろ蹴りを放つ少女雅代。

「上っ面に他者と繋がってもブレブレじゃあーダメよ!」と紙一重で避ける少女桜。

「それって、やっぱ、やり場のない……心は?」と少女雅代が体制を低くして、太腿に蹴り。

「真に、無条件で信じる他者が、浮き出てくるまでよ」と飛んで踵を落とす少女桜。

「16年、居なかったし」と連続の回し蹴り……で攻め立てる少女雅代!

「だから、まずは、今の自身を受け入れるのよ!」とその間隙を縫うように足を出す少女桜。

「……」と無心に攻め続ける少女雅代。「でね、独りで立つの!」と些か綻んだ顔の少女桜。

「……」と不乱の少女雅代。「案外いいよ、独りって! 気兼ねなく自由奔放で」と少女桜。

「うっせえーな! クソビッジめえ!」と雅代の渾身の回し蹴り。

 受ける少女桜――両者の頭上でクロスする閉まり切った美脚がⅩを描く!


 銀座三ツ星デパート前の路肩――レッドマロン号のフロントガラス越しの運転席に雅代。

 助手席窓をノックするしなやかな手……プチ驚きで、見る雅代。「ここ。駐停車禁止ゾーンよ」の声に、ドアロック解除音……スーツスカート姿の岸田夏美が助手席に乗り込む。


 デッターズ牢内――ベッドで横たわる園咲桜が、ギロッと目を開ける!

 ステータスな桜のチョーカーがくすんで色褪せて……見える。



   90 人知れぬ都会の地底?


 夜の銀座三ツ星デパート前の路肩――停車中のレッドマロン号……フロントガラス越しの運転席に豊田雅代。助手席に岸田夏美がいる。街頭の時計が7時20分を示している。

 夏美が前を指差すと、雅代がレッドマロン号を出す……。


 フロントガラス外に夜の煌びやかな銀座の街並みが流れゆく……車内で、運転する雅代に、夏美が話しかける。

「――すごい車ねぇ。手が込んでいて」と車内を見まわす夏美。

「……地方では車は必須だし。車検は通っているし」と雅代。

「――どうしてここに?」と夏美。

「……交番からドローンについてきたし」とカーナビマップで光かる点を指差す雅代。

「ああ、ナイトクロウ――」とスマホを出しスピーカー機能で電話する夏美――スマホ画面に『CPSヤードの健輔さん』のコマンド。電話がつながって画面に藤崎健輔が映る。

「ああ、健輔さん」と夏美。

「夏美! 何?」と藤崎。

「雅代ちゃんと一緒なの」と夏美。

「……雅代ちゃん? え、なんでだ、夏美」と藤崎。

「――ナイトのクロウちゃんについてきちゃったし。先輩がらみかなぁって」と雅代。

「ところで、どうして銀座なの? 武道館でしょ! あの状況からして」と夏美。

「クロウに桜のチョーカーからの微弱電波を探査させ、追跡させたら、銀座だった」と藤崎。

「デパート?」と雅代。

「いいや、限らない。銀座のデパート付近が電波が強いということだ」と藤崎。

「この界隈のビルの中? 健輔さん」と夏美。

「地上でなく……だったとしても、電波が通りにくい何かがある場所……」と藤崎。

「地下、とかだったりして……」と雅代。

「ううんん……ん。ありね、雅代ちゃんのも」と夏美。

「そうか。都心には人知れずの地底が存在している……」と藤崎。

「ああーそういうこと。確かに、デッターズ的な体質からして、それもありね」と、夏美。

「この電波信号の感じから、地底なら300メートルは下だな」と藤崎。

「うん、健輔さん」とスマホをタッチして「そこ、入って雅代ちゃん」と指で示す夏美。

 頷いた雅代が、左ウインカーを焚く……地下駐車場に入るレッドマロン号……。


 デッターズアジト地下牢――檻の前んで中を見るデッドマスターと灰田丈次。

「我が真なる組織、デッターズを持って、この世のリメークを執り行う。まずは地方を重んじない首都東京から塗り直し……大いなる格差無き世界を実現するもの也」

の、デッドマスターの境地を、ラーニングされたAIボーグ・ブロッサムシステム!

 中で、ベッドに寝そべっていた園咲桜がむくっと起きて、緩めた口角でゆっくりと近づく。



   91 ターゲットは、都庁!


 朝焼けを浴びて――佇むツインタワーの庁舎……向かいに半円形の庁舎は議会堂。

「デッター指令……本日1700時(ひとななまるまるじ)! 行動開始する」とデッタ―ボーグ・ビートルの声が各デッタ―ボーグへと内臓通信される……。


 時が些か進んだ……ダイバーウォッチアナログ腕時計の文字盤8時20分を刻んでいる――行き交う老若男女の人混みは通常の金曜日の朝のラッシュ風景だ。が……


 1010時(ひとまるひとまるじ)――地下駐車場に、人の姿のピッグンの運転するD清掃社ワゴン車が止まる。

「ピッグは2体のシャーロイドを従え作業をしながら、時を待て」とビートルの指令。

 議会棟1階男子トイレで、清掃を始める作業員に扮したピッグら……。


 正午――その地下駐車場――D清掃社のワゴン車横に、D設備社のライトバンが止まる。

「バルスンはロイド1体と動力室で点検しつつ、C4を仕掛けろ」とビートルの指令。

 地下監視員窓に、偽装IDを見せて、人の姿で作業着を着たバルスンらが入って行く。


 1330時(ひとさんさんまるじ)――都議会場ドア前。愛称、みどりちゃん都知事らが入場する……。

「ハムミンは、都知事第4秘書に成りすまし……議会棟を見張る」とビートルの指令。

 みどりちゃん知事の後ろで、お辞儀する5人の秘書が頭を起こす。ハムミン麻美の姿も。


 1500(ひとごうまるまるじ)時ジャスト――北展望フロア中で、窓から見下げる人の姿のマンティス。20人猶予の客がいる。ビーグル聡&ブリタニ―犬がみりたりルックで塗れて……デート中。

「マンティスと番い犬らは、北展望フロアで人質をとるため待機」とビートルの指令。

 同時刻――人気のない通路を、細長バッグを背負ったディア藤男が歩いている。

「南展望は閉鎖。バイパーヌとディア藤男は、それぞれ歩哨で巡回せよ」とビートルの指令。

 同時刻――南エレベーターを停止するエレベーターガールに扮したバイパーヌが笑う。


 1700時(ひとななまるまるじ)――30秒前――オレンジに染まる都庁前道路――突如不可思議な大穴が空き……砲口武装の装甲車と大型トレーラーが出て来る……。

「ホールドマン先輩のワームホールを利用し、装甲車と武装ロイドらを進軍させる!」

 装甲車の中――操縦するスタック。砲撃手にビートル。

 街並みの薄い郊外の大道を走る装甲車と大型トレーラー――前方にワームホールが……。

 ビートルの腕のダイバーウォッチ――5時59分、と、秒針が33目盛り通過!



   92 中継だよ!


 日暮れ時でもまだ明るい空の下――都庁脇の道路にワームホールが開き……蜃気楼揺らぎ……砲口を載せた装甲車と。次いで大型トレーラーが進軍してくる。

先人斬る装甲車が――路肩に停車中のスワロージャパーンティビーの取材カーを横目に――建物に準じた半円型の中庭に突っ込んで、大砲を放つ!

 ドッピューン! ジュ―イン! もろくなった正面玄関へと突っ込む装甲車!

 都庁――大穴の議会棟を背に、取材するスワロージャパーンTVの報道陣らと、蜂力綾女。

「只今! 都庁議会棟に突如出現した謎の装甲車が砲撃を加え。あ、大型トレーラーから軍隊じみた兵士らが進軍を開始しています」と蜂力綾女が手で示す先にカメラが向く。

 路駐の大型トレーラー荷台がウィング状に開いて――大穴から議会棟へと進軍する武装シャーロイドたち……空の荷台に大型スピーカーから声明が……。

「今の爆破は、諸君らの目覚ましだ! もっと大量の爆弾が仕掛けてある。以前出した声明が現実なことを明かすため、我々デッターズはここ1カ月の間に都心部を狙う。巻き添えを受けたくなくば、地方へと退避するなり。故郷へ移住するなり。頼りのない者は自己都合転居するがいい。我がデッターズはカルト集団ではない。志さえ同意するならその身を一生守る。自由意志のままに暮らせるのだ……」とデッドマスターの声明音声が流れる。

 ウィング内巨大モニターに――我が真なる組織、デッターズを持って、この世のリメークを執り行う。まずは地方を重んじない首都東京から塗り直し、国内を制圧したなら、近隣諸国、同盟国等々を。そして全世界の無用の長物的人間の駆除をして、大いなる格差無き世界を実現するもの也――のメッセージ文字が煌びやかに浮かんでいる。

「で、傍観者的に動きを見せない場合は、都心の無差別人類リセットを実施する……」


 赤色灯を焚きつけて……サイレンを鳴らした警察車両が都庁議会棟を取り囲む――バスなどを下車する警官隊が場を閉鎖し――黒塗り覆面車の後部席から出る梅川浩警視監が、現場を身振りで仕切り……無線マイクを持って通告する。

「警備警官諸君。この場は一般人に被害を及ばぬよう警備せよ。中のテロリストへは、別機関の者らが対処する。これは、わたしが預かる。命令だ!」と自ら仕切る警視監の梅川。


 ――南展望フロア1階で、エレベーターガールのバイパーヌがデッタ―ボーグ化する。

 ――動力室のバルスンがデッタ―ボーグ化する……。

 ――一般客に成りすますディアがデッタ―ボーグと化し、背に三節棍を背負う!

 ――北展望フロア内で、マンティスがボーグを化すと! 20人の客らが慄き……番い犬のビーグル聡とブリタニ―犬がボーグ化し、ショットガンを客らに向け……中央に集める。

 ――装甲車内で操縦するスタッグと砲撃手シートのビートルはもともとボーグのまま。


 銀座の地下で「……見ろ、すげえことになってんぞ……」と藤崎健輔の声――。

 再び地上のテレビでは――顔ともいえる正面を破壊された議会棟を背に、リポートしている蜂力綾女……「明らかなるテロ行為です」と、ある意味戦場と化している現実を告げる。



   93 銀座の地底……⁉


 ――地下鉄銀座線構内の一般的で人がごった返している連絡通路――岸田夏美と豊田雅代が駅長室ドアから……出る。並んで歩く夏美と雅代……。

「この地下鉄のどこかに、先輩、いるのかなぁ?」と雅代。

「ちがう、ちがう。もっと下よ。きっとね」と夏美がカードキーを持った手を顔の前で振る。

 並んで歩く夏美と雅代の先に……一般に見逃されている隠しドア。

「もっと、下ぁー?」と小首を傾げる雅代。

「ここよ」とカードキーをセキュリティ対策のドアノブにスキャンさせる夏美。「ここから入るのよ、雅代ちゃん」とドアを開けて入る夏美……。

 次いで入る雅代が「だから駅長さんに……」と声がシャットアウトする。

 閉じたドアに『STAFF ONLY』の文字。


 ――『STAFF ONLY』ドア内の通路を、横並びに奥へと行く夏美と雅代の衣服を纏った後ろ姿……場が違えばナンパ野郎が靡くであろう……ヒップホップする二つの美尻。


 ――キチンとした鍾乳洞の様な空間の地底は、太柱が要所にあり、奥へと広がり続く。

 ――ドアを入ってきた夏美と雅代が天井を見上げて……呆然と佇む。

「ここが地底よ。ま、雨水などを溜めて海へと流すのが目的なんだけれどね」と夏美。

「……地元の、砕石の穴の、観光地、ぽいし……」と口を鈍く動かす雅代。

 スマホを出す雅代。画面のWi-Fiアンテナマークがマックスに立っている!

「え? きてる、きてる! こんな地底でも?」と雅代が着信ナインメッセージを見る。

「うん。ある意味シェルターも……ね」と夏美。

『雅代! 抜け駆けなしよ!』と大山雅代からのメッセージが画面に。花園百枝も連名で。

 夏美がポケットからボックスタバコ大のケースを出して、中に入っていた小型ドローンの『クロウJr』を掌に載せる――と、飛ぶ!

「やっぱり、そこで通信エラーはタブーだったか!」と藤崎健輔の声がクロウJrからする。

「雅代ちゃんが行動しているのを、花園百枝、大山昌乃両巡査部長に伝えたら……。お! あ、ええ……見ろ、すげえことになってんぞ、都庁が!」と藤崎の声。

 ホワイトグレーの壁に――投影される――都庁の議会棟テロ事件を中継報道中の蜂力綾女の映像――議会棟の大穴に突っ込んだ装甲車から……デッタ―ボーグ・ビートルが出て、武装シャーロイドらを連れ立って入って行く映像――を背に、リポートする蜂力綾女。切り替わって――最悪現場で警察を仕切る梅川警視監の姿も必然的に映る……。

「あ! 梅さんだ。これって、テロ?」と夏美が焦った顔になって問う。

「で、どうです? 藤健さん! ここらに、先輩って……」と雅代が問う。

「分からんが、今、都庁付近に移動中だ。桜の微弱電波が!」と藤崎。

『都庁!』と雅代と夏美の声が同意すると。夏美の掌で、向けたケースに戻るクロウJr。入ったドアを戻る夏美と雅代……。



   94 集まるメンバー


 夜の都庁――ライトアップされたツインの第1庁舎。タイマーで照らされるため……

 対して、投光器ライトを向けられ浴びている都庁は、顔を潰された議会棟……。

 ――大山昌乃と、運転する花園百枝、両巡査部長がミニパト№4で、都庁に到着する――

「おお、藤崎君から聞いているぞ」と出迎える梅川警視監が「みんな、この両名は、全国選抜武道大会の各部門の覇者だ。管轄は全く異なるのだが、大いに活躍が期待できる強者女子たちだ」とパトカーや盾を囲ってバリケードに潜んでいる警官隊や同関係者に紹介する。

 敬礼する制服姿の昌乃巡査部長と、百枝巡査部長。

 ――中継をいったん終えた蜂力綾女……取材カーに入る。

 G印のワゴン車に乗ってきた――隊長デザインの隊員服姿の岸田冬美が、あの山戸エージェント男子とエージェント女子の純玲(すみれ)をお供に、梅川警視監に「浩の兄貴ッ!」と近づく。

 大きく頷き顔をほころばせる梅川警視監。冬美が自ら握手を求め手を握り合う。


 ――議会棟内の議会会場――完全占拠するデッタ―ボーグ・ビートルと、シャーロイド。

「いいか! ここを首都の中心、高額予算の議会機関とみなし、リセットを要する」

「いいえ、都議会も、ある意味、国からすれば地方ですよ」とみどり知事。

 リーゼントの砲口を向けざるを得ないビートルに、秘書に成りすましているデッタ―ボーグ・ハムミン麻美がみどりちゃん知事を背に庇い――正面にビートルを見て、微笑む。

「みどりちゃん知事。同意しましょ」と耳打ちするハムミン麻美。「リセットされちゃう」


 その外――レッドマロン号が猛スピードで来て――タイヤの鳴らしスピンターンして、路肩幅寄せで停まる! G印ワゴン車と……ミニパト№4の間に――ピタッとジャスト。

「雅代ちゃんって!」

「地元のリンクでタイヤ鳴らしまくってるし! イロハ峠もティーンで制覇したし」

 タイヤの音に、見た、梅川、冬美、百枝、昌乃らが(やるぅ)と言った境地で微笑む。


 議会棟を前にして――夏美。冬美。百枝。昌乃。雅代らが梅川警視監の元に集結する。

 掌に小型ドローンのクロウJrを載せた夏美。「議会会場内の偵察よ。ジュニアちゃん」

 クロウJrが議会棟内に潜入していく……。上空に……モーターの音が――。

 ナイトクロウも……夜に紛れた上空に来ていて……投網タイプレーザーを掃射して……都庁周辺や建物を外側から探っている……。冬美の持つGパッドに状況映像が届いている。

「梅川さん。北展望フロアに、対象者3人が一般者20名を人質にしている模様です」と藤崎の報告が、インカムに届いて、何気に夜空を仰ぐかのように、北展望フロアを外から臨む。


 ワームホールから……モワッとした感じで、突如姿を見せた園咲桜が……ゆっくりと出て来て……現場へと近づく……首の桜が些かくすんでも見える。



   95 都庁テロ――それぞれの制圧!


 夜――正面を破壊され、硬い車に突っ込まれている議会棟の前で、梅川浩警視監と強者女子5人が見る――ただならぬ雰囲気漂わす園咲桜が……上目遣いに歩み寄って来る。

 大山昌乃と花園百枝の両巡査部長が頷きあって……近寄るが! 赤の他人にでも声を掛けられたかのように無関心でスルーする桜。両巡査部長が、「どうした、巡査」「契ったでしょ、姉さんよ」と塞ぐと! 桜が素早い動きのパンチとチョップを、鳩尾と項に放ち――項垂れる百枝と昌乃に……耳打ちする。

「さあー皆さん。決戦の議会会場へと参りましょうよ、強者さんたち!」とクールに誘う桜。

 警察機関預かりのガッツリセキュリティ会社の代表岸田冬美と、ハイスペックテロ対策班班長の岸田夏美が梅川警視監に見送られて入って行く。山戸と純玲も続く。

「君も頼めるかな。ええ、と……」と梅川。

「ん、いいよ。オジちゃま」とお愛想よく笑顔を向けた豊田雅代も……次いで行く。


 議会会場の中――奥の壁角に寄り固まっている男女問わずの代議員たち。前にモップを持ったデッタ―ボーグ・ピッグン。壇上でデッタ―ボーグ・ビートルが「その予算の8割を地方へと回すように。さあどうする、知事」とリーゼントの砲口を向けて問う。

 唇を固く閉じているみどりちゃん知事……。庇っているふりのハムミン麻美が囁く。

 桜が寡黙な顔つきで入って来て……「ビートルさん、甘すぎ。凝り固まった連中よ。無駄。やっちゃおうよ、リセット」と、ハムミン裏のみどりちゃん知事へと音速の速さで行って、掴んで、口を耳に近づけ、当身をくらわす。項垂れたみどりちゃん知事を床に寝かす桜。

 ハムミン麻美が「なに? このビッジて……」と桜を睨み、噛みつこうとする……と!

 次いで入ってきた冬美が尋常ながらの動きで得意の警棒を阻むと、勢い余って噛みつくハムミン麻美。振り切った冬美が警棒を見ると、前の歯2本の噛み跡がくっきりと残っている。「ハムスター系の噛み跡ね」と目を細める冬美。

「姉さん!」と夏美が、モップを武器にするピッグンと2体のシャーロイド相手に攻守。

「夏美」と歯形がついたが……得意の必殺ダブル警棒を手慣れて振って……構える冬美。

「妹よ!」「巡査!」『やったわねえー』と百枝、昌乃の両巡査部長が駆け込んで来る。

 向かい打つ桜がらしからぬ、前屈みに構えるファイティングポーズ! して、牽制する。

 ……さらに加わるシャーロイド2体に、山戸と純玲エージェントが対処する。

 非常灯前で――雅代がヌンチャクで、ディア藤男の三節棍と、睨み合って出方を見合う。

 ――議会会場入りして、この模様を中継しはじめるスワロージャパーンの蜂力綾女。

「もう会場内は戦場と化しております。テロ集団の要求に、即座に応じれなき巷の体質。即断即決の場でも、後の査問委員会等で責任よがりは必至! そんな裏腹が各人の脳で展開されるため。この場に正しい判断をなせるお歴々は皆無でしょう」

「ううんん……うううん!」と、不甲斐なさに、ビートルがキャノン砲をぶっ放す! と! 

 音速の速さで移動した桜が、キャノン砲リーゼントを蹴り上げる。

 ドピューン! ドッガアアアンン! と、天井に大穴が開く。「何をする、ブロッサム!」

 にぃっと笑った園咲桜が、スタンドマイクのスタンド上部の棒を取って、下に放り投げる。



   96 都庁テロ――沈着


 深夜に近づいた都庁の外――今夜はネオンと化したような赤色灯の上をドローンのナイトクロウが飛ぶ――北展望フロアで人質をとっているマンティス、ビーグル聡とブリタニ―犬の番い犬らの様子が……梅川警視監が手にした冬美預かりGパッドに映る。

 ナイトクロウ下部に、ライフル銃が出て……まんおじなしに3発発射! マンティスと番い犬らを狙撃して動きを奪い――戸口からなだれ込む警官隊が、場を制圧する。

「梅川さん。ミッションコンプリートです。案の定でした」と藤崎健輔の声。

 警察関係者らの中でインカムを抑える梅川警視監が、大いに頷く。


 装甲車突っ込み天井が破壊された議会棟――戦場と化した会場――の中では……。

「ふん。いいか。展望フロアには別の人質がいる。リセットするぞ」と勇むビートル。

「あのね。あんたがそうなったように。警察も超ハイテクなのよ」と、くすんだ感じはどこ吹く風的に、お得意ニュートラルポジションをとる園咲桜。

 壇上の下で、マイクスタンド上部をキャッチした花園百枝が、竹刀代わりに中段に構える。

 背合わせに柔道の構えをとる大山昌乃。両巡査部長がシャーロイドを相手する。

「そうか。桜さん。もー女優業もイケるわよぉ」とピッグン相手の岸田夏美が横目に見る。

「味方からってか!」と、ハムミン麻美相手のダブル警棒を構える岸田冬美。

 会場中央へと移動した、ダブルヌンチャクの豊田雅代と、対する三節棍のディア藤男。

 ――ピンクの電子粒子に包まれ輝きだす桜――音速で――間髪無しに飛び蹴り……矢継ぎ早に回し蹴り……懐に入っての……襟を掴んでの巴投げから宙に浮いた落下に体重を載せて床に落とし――デッタ―ボーグ・ビートルを伸す。

「スゴ! 巡査のくせに」と昌乃。シャーロイドを十字四方で締めて……破壊する。

「桜!」と冬美。口からヒマワリの種のマシンガンを発射するハムミン麻美。被弾した机や床がハチの巣状態に溶ける。「へえー」とクールな冬美がにやけると。後ろから男女エージェントの山戸と純玲がダブルキック! 前のめりになったハムミン麻美を警棒打撃を伸す。

「桜先輩!」と雅代。ディア藤男の三節棍をダブルヌンチャクで弾き飛ばし、踵落とし!

「妹よ!」と百枝。マイクスタンド竹刀で、1体のシャーロイドを小手面の連続打ちで破壊して、次のシャーロイドを抜き胴に取り、もう一体を――渾身の突きで、破壊する。

「流石はブロッサムね!」と夏美。ついてきたモップの毛を連続で紙一重でかわし……横回転の惰性を利用した回し飛び蹴りをその項へとヒットさせ、伸す。

 天井の大穴へと20メートル級のハイジャンプする桜は、AIボーグ・ブロッサム!

 外、議会棟の無事な屋根の上――デッタ―ボーグ・イーグルの村内譲が舞い降りて翼を閉じる――対して、ボーグ祖施術1号ブロッサムに、いきなりの連続蹴りを仕掛けるイーグル。

「僕の唯一の汚点! 小中高と、桜君に決勝連敗の因縁のみさ!」

「譲君? ――譲君よね」とすべての蹴りを、せせら笑って蹴りで受け止めるブロッサム。

 間合いを取り……見詰め合うイーグルの村内譲と、ブロッサムの園咲桜……。

「やっぱり強いな、桜君は」とイーグルが夜空へと羽ばたき飛び去るイーグル……。

 夜空に星の如く点になり見失っても、見続けるAIボーグ・1号ブロッサムの園咲桜!



   97 灰田次郎と言う男


 快晴の下のさくら町4番地交番――その地下にCPSヤードと称すフロアがある。

 壁掛け大型モニターが二つ――左はさくら町4番地に散らばる防犯カメラからの映像が24カ所から届く。と、コミュニティーセンター1階フロアの様子が届き――明るく風通しのいいブリーフィング空間で、トミと主婦連が豊田雅代に新保険の案内パンフレットを配られて……説明を受けている。制服姿の花園百枝と共に入ってきた園咲桜が……なにやら一声を投げると、トミと主婦連、雅代も朗らかな表情で桜と百枝を見る。

 ――右のは園咲桜AIボーグ・ブロッサムの桜型チューカーから届く映像や、訳あって蘇生術で桜が得てしまったAIボーグシステムの遠隔管理も行い、兼任して公安預かりハイスペックテロ組織対策班の岸田夏美へと繋がる、所謂秘密義コンピュータ用モニターだ。

 その前にキャスター付き椅子に座って、今は右のモニター釘付け状態のコーデユロイベスト姿のその男――藤崎健輔が自作した小型量子コンピュータシステムの、キーボードを叩いてはブロッサムシステムの園咲桜の体内スキャン映像や、設計図などの羅列しまくり数列が納まるのを待っては『NO‐PROBⅬEⅯ』と青信号カラーで文字が出まくる……。

 フーっと、息を拭いて両手を後頭部にして天井を見る藤崎健輔。マウスをクリックする。

(丈次の奴。あの技法を、極めて、オリジナル化したようだな)

 モニターの内容がパッと変わって――ボーグ・ビートル蘇生術の体内スキャン映像と、システム解析……010001001……などとコマンドに解読状態が映る。

(洗脳を解いて、一般的な常識論のラーニングに塗り替えれば……。丈次の奴!)

 と、キーボードを叩きはじめる藤崎。


 デッターズ地底アジトの――ハイテクコンピュータ完備の研究フロアで、デッタ―ボーグ・ブロッサムと化した桜の体内スキャン映像データのモニターを前に、灰田丈次が悩む。

(何故だ? 洗脳は確かだ!)

 デッタ―ボーグ・スタックが入って来て、「ビートルだけが……」と報告する。

 スタックを見た灰田が静かに微笑む。と、スタックが敬礼して出て行く。

(うう、ん? トラップ。IDパスワードか! 健輔めえーそこまであの時点で、読んでいたのか?)と脳裏で言葉を浮かべ……モニターを見つめる灰田丈次。


 藤崎健輔と灰田丈次の因縁――当時のオペ室。ベッドに横たわる傷だらけの園咲桜。

「いっくら、技法を世のためにと研究しても、それを武器にしてしまう輩は後を絶たない。車も、包丁も、ダイナマイトも、本来の目的に背いた武器としている輩は居る。このハイテクを、武器にしてしまうことも、将来、大いに考えられる」とS0404Sと入力する藤崎。

「所持者次第だな、健輔。俺、もう休むぜ、健輔」と出て行く灰田。

 S0404Sを消す、藤崎健輔。


 CPSヤードの藤崎健輔――

(秘密のIDコードは、S44Sで――0をつかわない! 盲点が、キーさ!)



   98 梅川と城野英治氏の談合……


 銀座ネオン街――ツイード上着のお写楽した梅川浩の姿が上を見て、ビルに入って行く……『琥珀の毒』のネオン看板が上にある。黒塗り車の後部から城野英治が出て、入る。


 高級ナイトクラブのボックスシート――梅川浩がいる。どこかで見たような……ホステスが、「梅川さん、お珍しい」と氷を二つ入れたグラスに、スコッチのボトルから琥珀の液体を注ぎ……シースルー袖が包む手で『琥珀の毒』ロゴ入りコースターに置く。

「ああ。泉水ちゃん。お仕事が、ひと段落でね、来てみた」と梅川がグラスを手にすると、泉水と呼ばれたホステスもグラスを持って、微笑みあって乾杯をする。

「泉水さん。こちらに相席、いいかしら。あちらが」と手を差し伸べる先に、城野英治。

 泉水が振り返り見て、「あら、城野様。お珍しい。如何です、御一緒でも」と進める。

「え。城野? ああいいよ。奴とも久しいしな」と、二つ返事の梅川。

 ……城野が、梅川の向かいに座る。案内してきたホステスも座って、『城野』ラベルのバーボンのボトルから琥珀色の液体をグラスに注ぎ……城野の前の『琥珀の毒』のロゴコースターに、「志乃です」とホステスがグラスを置く。

 四人が乾杯し、それぞれのグラスを啜る。

「久しぶりだな、浩」

「おお、どうだ、相変わらずか、派閥苦戦は。英治」

「そういえばテレビで見ていたが、都庁のテロ事件も、苦戦していたようだが」

「ああ、まあ、この場では言えんがな、何も」

「ええ、いいでしょ。梅川さん。泉水には教えて」と手を何気に翳す泉水。

 微笑んで、首を横に振り、グラスを啜る梅川……。

「城野様の方は、どうです? 地方に充実プランは進んでいるの?」と志乃。

「なかなかだよ。都心色の毒性を欲しがる地方の若者が後を絶たない」と城野。

「なんか、わすれて……あ!」と、天井をチラ見した泉水が空のバケットをボーイに出す。

 ……ピンライトの下でシースルーの袖中に、バイパーのタトゥ。氷のバケットを置く。


 数時間前の動力室――デッタ―ボーグ・バルスンが、ボーグ・桜に担がれて……行く!。


 琥珀の毒ボックスシート――不思議そうに目を細めて梅川と城野を交互に見る志乃……。

「あーあ! 志乃さん。このお二人ってオナ中よ」と泉水。

「あーあ! そうなんですね。私って、チョイホスで――」とちょい出し舌の志乃。

「え? チョイホス?」と城野。

「なあんだ、英治。知らんのか。要は、携帯で仕事する弁護士的な、お水版だよ」

「おーお! ちょびっとケイタイバイトの部類かな」と半信半疑の城野。

「あ!」とソーダ水が空になったポットボトルを手にして席を立つ志乃。

 ――今は誰もいない控室で、スマホで出して、Gアプリをタッチする志乃。

 『琥珀の毒に、潜入し、接触中です。ボス』と定期報告する志乃(左近信子)



   99 園咲桜はゆく!


 ブロッサムライジング号を走らせる――園咲桜は、基本ピンク系のファイティングスーツ姿のAIボーグ・ブロッサム! 都心方面へと南下中……。


 さくら町4番地交番――「R―4流してくるよ、健輔」とCPSヤードで話す桜の声。

「計算外な、蘇生術のお副作用だな、超人バリタフ女、桜は!」と健輔の声。

「健輔の、が、いいんだけどね。何か? 滾って、納まりが……」と桜の声。

 紺色早朝間近の空に前方関東平野の所謂地平線の狭間にうすら輝くピンクの帯と白む帯が横一線の絶景に向かって、ブロッサムライジング号を走らせる……園咲桜。

(あたし。やっぱ、地元、さくら町が好き!)

 稜線を背に――R―4をブロッサムライジング号を走らせる――元総長なりたてほやほやの、以前ブロッサムライジング号にぶっちぎられ、自分の小ささに目覚めた今は正しいオートバイクをライディングしてお楽しみ走行中の男が……ブロッサムライジング号の後に散歩下がったような距離を置き……後続し始める……! ……? (笑)

 ファオーン! のひと吹かしに、フォオーン! のひと吹かしで返す、自己紹介挨拶代わりのライダー同士の無言の掛け合いが!


(ご拝聴、ありがとうです、皆さん)

(地方にいても、今時は、SNSで何処へでも繋がれる――ま、なりすましや、ネット詐欺には注意し、ムシムシして。世界観の在り方は、大きく変化しているよ!)


 園咲桜の首に垣間見える――一体化の桜のチョーカー――メットの頭部が一瞬、傾く!

(どう? 都会にも魅力はあるけれど。地方にだって、いいところやいい人は、いっぱい存在しているよ。物価も安いし、逆に自家車ないとで、偏屈な人間はいる、けどね。人格については、都会も地方もないよね)


 フォオーンと、元なりたて総長を引き離し――側道へといくブロッサムライジング号!

(あたし、半分ロボットだけれど、健輔のお陰で、余生を楽しめているよ。この町と町民を守ってあげたくなっちゃうし、ねぇー)

 ファオーンと左敬礼する元総長が(一般市民取り締まりいたします、姉さん)とでも言っているようだ。


 と、朝日を背に走り来る……ブロッサムライジング号を走らせるピンクスーツの園咲桜。

(でね、あたしったら、知的生命体で、女よ。だからねぇー今夜もせまっちゃぉ! アタシのすべてをしている、って健輔だけだもん! えへっ)

 ファイティングスーツの背に『みなしの』桜の柄。

(その前に、本日も、お仕事頑張りまぁーす♡)


                                    了




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AIボーグ・桜! 鐘井音太浪 @netaro_kanei

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