第31話 少年とメイリルダとエリスリーン
メイリルダは、エリスリーンの執務室で直近の転移者についてと、まだ、生きているであろうエルフについて、重点的に確認を行い亡くなってしまった人達については軽く目を通すようにした。
ただ、少年が文字も読めないはずなのに、一つの資料を興味深く見ていたので、その資料だけ、メイリルダは自分では確認できず、隣から僅かに覗き込んで確認を行った程度だ。
そんな少年について、エリスリーンは、文字を気にしていると思った事から、少年は文字にも興味を示していると判断したようだ。
そして、メイリルダに文字も早めに教えることを指示していた。
メイリルダは、少年を連れてギルドの寮に戻ろうと思うのだが、少年の転移者の資料に対する興味は、メイリルダとエリスリーンが、資料を読み終えても続き、2人が資料を見るのに飽きて雑談を始めても続いていた。
そして、エリスリーンの帰宅の時間になっても続いており、メイリルダが気を利かせて、少年に帰るというまで続いていた。
少年は、メイリルダの帰るという言葉に素直に応じてくれた。
まだ、言葉は片言とまでには程遠いのだが、メイリルダの考えは何となく通じたようだった。
少年は、持っていた資料を閉じてテーブルの上を見た。
そこには、先ほどまでテーブルのギリギリに置かれていた他の資料が、今はテーブルの中ほどまで移動していることに気がついたようだ。
座ったままだと、エリスリーンも使っていた事もあり、最初より遠い位置に資料がずれてしまっていたので、少年が座ったまでは届かない位置にあった。
すると、椅子から立ち上がってテーブルの上に返すのだが、少しズレたようになっている資料を、丁寧に整えてからエリスリーンにお辞儀をした。
その様子を、2人は唖然として見た。
「これは、驚いた。この少年は、私にお礼をしているみたいだね。メイリルダ、お前、そんな事も教えたんだね」
「え、いえ、私は、そんな事、教えた覚えは、ありませんけど」
エリスリーンは、メイリルダが、少年に思った以上の事を教えたと思ったようだが、メイリルダには、そんな覚えは無かったのだ。
そして、2人はお互いに顔を見合わせて少年の行動に驚いていた。
少年は、2人が椅子に座っていたこともあり、さっきと同じ場所に、また、座り直し2人の様子を伺うようにしていた。
「ひょっとすると、これは前世の断片的な記憶なのかもしれないね」
「前世の断片的な記憶?」
メイリルダは、エリスリーンの言葉の意味が気になったようだ。
「転移者は、以前の記憶を全て持って、この世界に転移してくるわけじゃない。所々、……、いや、大半の記憶は無いのか。ごく僅かな記憶の断片をつなぎ合わせて、この世界に新たな発明をもたらしてくれる」
エリスリーンの話を、メイリルダは興味深く聞いていた。
そして、その2人の様子を少年は食い入るように見ていたが、2人の女性には少年のそんな姿は特に気にすることなく自分達の世界観で話を始めた。
エリスリーンは、メイリルダの様子を見て少し説明しようと思ったのか、少し考えた後にメイリルダを見た。
「転移者は、何でも覚えているわけじゃない。お前だって、家を見て家だとわかるだろうけど、お前に家を建てることはできない。お金を出して誰かに建ててもらう事はできても、自分で材料を集めて加工して建てるなんてできない」
それを聞いて、メイリルダは、何で当たり前の事を言うのかと疑問に思ったようだ。
「転移者というのは無意識に行っている事とか、家なら建てている時とかに、こうしたら簡単になるとか、これが有れば便利と思えるようなものを導き出すんだ。ま、言ってみれば閃きが鋭い人みたいなものかな。でも、この少年のお辞儀は体に染み付いていたように思えるな。無意識に行っていたことが出たように思えるわ」
メイリルダは、そんなものなのかと思った様子で少年を見ると目が合った。
(ふーん、今のは体に染み付いた事が無意識に出てしまったのか。じゃあ、さっきの資料を食い入るように見ていたのも無意識だったのかしら? だったら、前世は本をよく読んでいたのかもしれないわね。……。あ、そうなると、この少年は元貴族か元王族だったのかもしれないわね。羊皮紙に書かれた本だとか資料だとかを常に読めるような環境だったなら、きっと、お金持ちだったはずよ)
すると、メイリルダは何かを考えるような表情になった。
それを、少年は黙って興味深く見ていた。
(もし、この少年が元の世界に戻れたとして、私も一緒に連れて帰ってくれたら、私は大金持ちの一員になれるかもしれないわね。……)
そして、メイリルダの表情が緩んだ。
(そんな、大金持ちだったら、10年後に、この子の側室になってもいいかも)
メイリルダは、何やら妄想をしていたようだ。
そんなメイリルダの表情の変化をエリスリーンは、ヤレヤレと思った表情で見ていた。
「メイリルダ。まあ、お前がどんな育て方をするかは、文句を言うつもりはないけど、あまり、変な事を教え込むんじゃないよ」
エリスリーンは、少し不安を覚えたようだが、直ぐに気を取り直したようだ。
「それに、私も疲れた。今日は家に帰りたいので、お前達も寮におかえり」
メイリルダは、自分が帰ろうとしていた事を思い出し、慌てて少年の手を取った。
「すみません。今日は、お手数をおかけしました」
そう言って立ち上がると、慌ててエリスリーンの執務室を後にしたのだ。
その慌ただしさを、エリスリーンが、2人を見送ってから自分の執務机にある呼び鈴を鳴らした。
すると、メイリルダ達が出ていった廊下側のドアではなく、隣の部屋と繋がっているドアが開いた。
エリスリーンは、顔を見せた職員を見る。
「この資料を戻して置いてほしい。多分、また、直ぐに使う可能性があるから、いつでも出せるようにしておいて」
「かしこまりました」
職員は答えると、テーブルの上の資料を持って隣の部屋に消えた。
エリスリーンは、疲れたのか両目の目尻をつまむようにした。
(メイリルダは、初めての転移者の世話だからな。また、何かあるかもしれないな)
エリスリーンは、何かを考えるような表情をした。
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