第29話 過去の転移者の資料


 メイリルダは、直近の2組3人の資料に目を通していた。

(ふーん、3人とも、これといって目立った事は無かったのね。アリアリーシャはウサギの亜人にしては少し背が高い程度、まぁ、身体能力は高いみたいね。こっちは9年前か)

 そして、もう一方の資料を見た。

(エルフの双子の方も、これといった事は無かったわ。転移者と言っても、全ての人が、何かを発明するとは限らないのね。それに、この3人は、魔法も使えなかったのね。なんとも普通っぽい人達だわ。エルフは、24年前だから、年齢は34歳になるのか。でも、エルフだから、今の見た目は13歳位よね。この少年と、ほとんど変わらない)

 メイリルダは少年を見た。

(もし、このエルフの双子が、まだ、ここの寮に住んでいたら、良い友達関係になったのかも、……。お兄さんとお姉さんになってくれたかもしれないわね)

 メイリルダは、一緒に書類を見ているふりをしている少年を見て微笑んでいたのだが、自身の資料を見る事に疲れたエリスリーンは、2人を見て微笑ましく思ったようだ。

(ああ、でも、ウサギの亜人のアリアリーシャだって、19歳といっても、ウサギの亜人は、身長が小さいから、年齢的には、歳の離れた兄弟かもしれないけど、身長はほぼ一緒よね。……。ああ、でも、アリアリーシャは、亜人だから顔つきは19歳そのものよね。身長的には同じでも、顔を見たら歳が離れていると分かってしまうわね)

 メイリルダは、少年と資料を見比べて、何やら物思いに耽っていた。

(19歳のウサギのお姉さんと、13歳のエルフのお兄さんとお姉さん、4人兄弟の末っ子かぁ。なんか、いいなぁ)

 メイリルダは、少年を見つつニヤニヤした。

 メイリルダは、少年と過去の転移者を結びつけて自分の頭の中で妄想を浮かべていた。


 自分の仕事が終わったエリスリーンは、目元を右手の親指と人差し指で抑えて目を癒すと、自分の執務机の先のテーブルに座っているメイリルダを見た。

 メイリルダは、資料とリストを手に持って、ニヤニヤしつつ隣に座っている少年を見ていた。

(やっぱり、メイリルダは、今度の転移者の少年を気に入ったみたいね。メイリルダだったら、愛情を持って育ててくれそうだわ)

 エリスリーンは、メイリルダの様子を見て微笑んだ。

 そして、机に頬杖をついて2人の様子を見始めたが、メイリルダは、そんなエリスリーンには気が付かず資料を見たり少年を見たりしていた。


 メイリルダは、エルフの双子以前の資料について、目を通そうかと思ったようだが、少し目を通すと直ぐに資料をテーブルの上に置いた。

(私は、この少年の世話をするのだから、これから先、この少年と接触する可能性のある人達を優先的に調べておいた方が、少年のためになるわよね)

 メイリルダは、少年の様子を伺った。

 少年は、さっきと同じように資料に目を通していた。

(でも変よね。言葉だってしゃべれないのに、文字なんて分かるはずがないわ。……。でも、なんでだか、しっかり読み込んでいるみたい。不思議ね。……。文字を見ることが好きなのかしら)

 メイリルダは、少年の様子を不思議そうに見ると、また、リストに目を通し始めた。

(それにしても、エルフの双子が24年前で、その前は、38年前、45年前、58年前になるのね。それに転移者の年齢は、転移してきた時を10歳として数えるはずだから、48歳、55歳、68歳になるのか、しかも、その3人とも人属だから年齢通りなのよね。そうなると、ちょっと、この少年となら親か祖父母の世代なのか)

 メイリルダは、何か考えるような悩むような表情をした。

(この3人は、もう、それぞれの生活があるでしょうから、同じ境遇の少年ですって連れていって、はい、そうですかって、受け入れてくれるとは思えないわね。でも、以前の転移者の所に渡るのなら、私が、この子の面倒を見る事は無かったのよね。……。でも、何でなの?)

 メイリルダは、何か疑問を感じたようだ。

 視線を奥の執務机の方に向けると、そこには執務机に頬杖をついてメイリルダ達を見ていたエリスリーンが居て、その目と目があった。

 その視線と目が合うと、メイリルダは口を開いた。

「ギルマス。一つ、気になる事があるのですけど」

 エリスリーンは、メイリルダが何かに気がついた事が嬉しいみたいだ。

「ん?」

 そして、メイリルダの次の言葉を待っていた。

「あのー、転移者には、以前の転移者が担当するようにしたら、コミュニケーションも取りやすいのではなのでしょうか?」

 エリスリーンは、やっぱりといった表情をした。

「あのね。転移者と言っても、以前の言葉が、お互いに理解できるなんて極めて稀なことのようなのよ。ギルドが、何度か試してみたことがありますけど、どれも話が通じなかったようよ」

 メイリルダは、意外そうな顔をした。

「そうだったのですか」

 そう言うとメイリルダは考え始めた。

(なんだ、実験した事が有ったのね。……。そうよね。大陸だって、国によって、言葉が違うし、それに、亜人と人、種族によっても言葉が違うのだから、そんな簡単に話が通じるなんて事は無いのか)

 エリスリーンの言葉に、メイリルダは納得したようだ。

「そんな、通じるかどうか分からない以前の転移者を連れてきて、結局通じなかったじゃ意味がないわ。だったら、最初から、ここの職員に言葉を教えさせた方が手っ取り早いのよ。それに、この世代なら、言葉を覚えるのは早いわ」

 その通りだと思ったメイリルダは少年を見た。

「特に、お前のような、おしゃべりな若い娘は、ちょうどいいのよ」

 メイリルダは、納得したようだが、直ぐに微妙な表情をした。

 おしゃべりなという単語に、少し引っ掛かったようだ。

 エリスリーンは、面白そうだという表情をすると、立ち上がって2人の座るテーブルに移動した。

「それじゃあ、私も資料を見させてもらうよ」

 そう言って、メイリルダ達とは反対側に座ると、資料を一つ手に取って確認し始めた。

 この資料は、メイリルダに見せるためではなく、エリスリーンが、今度の転移者について何らかの判断を下すこともあると思えば、以前の資料を確認しようと思ったのだ。

 かなりの量が有るが、自分が決済した書類であり、長年、転移者が現れる毎に確認していたので、ほとんど頭に入っている内容だが、こうやって、初めて転移者を担当する事になったメイリルダには、簡単にでも見ておいてもらおうと思ったのだ。

 しかし、真面目に伝えてしまうと、メイリルダの事だから、かしこまって必死に全部を頭に入れようとするかもしれないと思い、自分が確認の為に取り寄せたと言えば、責任も感じずサラッと見ることもできると思ったのだ。

 メイリルダが、何の気兼ねなく目を通す事ができるように配慮すると、メイリルダは、エリスリーンの思惑の通りになっていた。

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