第23話 寮に戻る少年


 メイリルダはバックを一つ背負って、もう一つは片手で下げると、残った手で少年の手を引き、帰りも来た時の道を使っていた。

 行きがけには、指を差しながら、色々教えていたが、今度は両手が塞がった状態なので、メイリルダは仕方なさそうな表情をしていた。

(あー、今度は周りのモノを教えながら帰るってわけには行かないね。少しでも話ができるようになったなら、この状態でも話をしながら帰れるのに、まだ、名詞も動詞も、おぼつかないのだから話にならないよね)

 そう思っていると、少年は、メイリルダと握っている手とは反対の手で、指差して喋り始めた。

 それは、先ほど来る時にメイリルダが、指差して教えていた内容だった。

 少年は、覚えていた内容を自分で指を差して言葉にした。

 時々、言葉に詰まる事があるとメイリルダが教えるように喋り、それを少年が復唱していった。

(意外に、物覚えがいいのかしら。でも、完全に覚えているわけじゃあ無いみたいね。子供だから言葉を覚えるのも早いでしょうし、それに、こうやって声に出すことが言葉を覚えるには有効だと聞いたわ。聞いて、それを声に出して話す事で、どんどん覚えると言うから、こうやっていたら案外早く言葉を覚えてくれるかもしれないわ)

 そして、時々、行き掛けに教えた以外のモノを少年は指で差して声に出ない事があるので、その時はメイリルダが声に出して教えていた。

(へー、さっき教えた事なのに随分と覚えたわね。でも、明日になったらどうなのかしら。行きと帰りだから覚えていたけど、一晩寝たら忘れていたなんてこともあるから、明日、もう一度試してみたいわね)

 少年は、指を差しながら言葉を喋ることを繰り返していたので、メイリルダは、その様子を嬉しそうに見つつ寮に戻っていった。

 ただ、そんな2人を、道行く周り人々は不思議そうに見ていた。

 メイリルダが行っているのは、赤ん坊が言葉を話し始めた頃に母親が行う事なので、10歳前後の少年に行うようなことではない。

 それが、周囲には不思議そうに見えていた。


 寮に戻ると管理人が出迎えてくれた。

「おかえり、メイリルダ。準備は整ったみたいだね」

「ただいま」

 メイリルダは、バックを背負って片手にもう一つバックを持ち、そして、反対側の手で少年と手を繋いで、まるで、家出中の若い母子といった様子であった。

 ただ、メイリルダの表情が、屈託の無い笑顔だったので家出中とは思えなかった。

「ええ、なんとかなったわ。だから、今日から、よろしくお願いします」

 すると、今まで、メイリルダを見ていた隣の少年が管理人を見た。

「た・だ・い・ま」

 その一言に、管理人もメイリルダも驚いた。

「おや、この子は、もう、挨拶ができるようになったんかい」

 管理人が、驚いた様子で少年を見た。

 そして、覗き込むようにしていた視線を向けると、腰を下ろして目線を少年と同じ高さにした。

「ふーん。物覚えが早いね」

 管理人は、少年を物色するように見ていた。

「うん。面白いね」

 そう言うと、立ち上がってメイリルダを見た。

「これは、お前次第だね」

 そう言ってニヤニヤした。

「え、な、何よ」

「メイリルダ。お前さんが、うかうかしていたら、直ぐに今度はお前が少年から教わることになりそうだね」

 管理人の言葉に、メイリルダは、びっくりしていた。

「転移者の少年は、どの子も物覚えがいいからね。どんどん覚えていくから、そのうち、お前の知識なんて全部覚えてしまうかもしれないよ。知識とかの吸収力は半端ないからね。下手をすると、数日で、お前の知識を吸収されてしまうよ」

 その話を聞いて、メイリルダは引き攣った笑いを浮かべた。

「嘘でしょ」

「嘘なもんかい。なんなら、その子に数字を教えてみな。そして、数字を覚えたら、足し算、引き算、掛け算、割り算をやらせてみるんだね。きっと、お前さんより、早く、正しい計算をするよ。“数字の計算なら、転移者に習え!”って、言うだろう。直ぐに、理解できると思うよ」

 それだけ言うと、管理人は奥に行ってしまった。

 そして、メイリルダは少年を見た。

 その目は、信じられない者を見るような目で見ると、直ぐに興味深そうな目で見た。

(そう言えば、そんな事を聞いた事があるわ。転移者は、計算が得意だとか、大きな数字でも、何も使わずに計算してしまうとか、だったかしら。それなら、数字を教えてみようかしら)

 メイリルダは、管理人の言った言葉に興味を持った様子で少年を見た。

(明日から、楽しめそうね)

 すると、管理人が奥から出てきた。

「はい、これが、あなたとその少年の部屋の鍵よ」

 メイリルダは、少年と繋いでいた手を離すと、その鍵を受け取った。

「ありがとう」

「201号室よ。2階の一番手前の部屋だから、適当に使ってね。4人部屋だけど、誰も使わないからって、全部のベットを使うんじゃないよ」

 管理人に部屋の場所を聞くと、メイリルダは少年を見た。

「お部屋に行くわよ」

 メイリルダは、口をわざとらしい位、大きく、そして、ゆっくりと喋った。

「お、へ、や、に、い、く、わ、よ」

 少年は、メイリルダの言葉を繰り返した。

 メイリルダは、こっちに来てというような表情をすると歩き始めた後を、少年は追いかけるように歩いていった。

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