第22話 準備が終わると


 メイリルダは、母親の辛辣な冗談に怒り、少年の手を引いて自分の部屋に入ると少年を椅子に座らせた。

 そして、大きなバックを取り出すと、タンスの引き出しの中から衣類を入れていった。

「まったく、もう! お母さんたら、なんで、あんな事を言うのかしら。学生の時は、就職先があるかとか、どこを受けたとか、色々、うるさかったのに就職したら、今度は、結婚はどうなっているとか言ってたと思ったら、こんな子供に、私が、ちょっかい出したみたいな事を言い出すなんて、本当に信じられないわ」

 メイリルダは、ブツブツと言いながら着替えを次々と入れていった。

(着替えは、2日分でイイよね。ギルドの洗濯場も有るから、そこで洗って、夜から翌日まで、それを乾かしておいて、乾かしている間は別のを着る。一応、昼間着る服は、それに予備を一つ有れば、雨とかで乾かなかったとしても何とかなるかな。着替えとして、下着を含めて2着用意できたから、後は、寝巻きを、……)

 メイリルダは、着替えをバックに入れたところで何か考え出した。

(これは、起きたら洗濯して昼間中に乾かして、また、夜に着るだと朝が少しキツイわね。やっぱり、これも2着用意しておこうかしら。それなら、夜に着替えを洗濯する時に一緒に洗うことにすれば良いのか)

 そして、納得するような表情をした。

(着替えは、こんなところね。とりあえず、数日、これで生活してみて様子をみるか)

 バックに着替えを詰め込むと少年を見た。

 少年は、大人しく座らされた椅子に、座らされた時と同じ格好で興味深そうにしてメイリルダを目で追いかけていた。

 メイリルダの行動を一部始終見ていた。

 メイリルダは、そんな不思議そうに自分の事を見ている少年を見た。

(何かしら、何か興味津々って感じで見てるわね。……。あ、そういえば、何も話もせずに用意をしていたから気になっていたのかな)

 メイリルダは、にこりとすると少年の手をとって自分の部屋を出た。

 リビングに戻ると、メイリルダは嫌そうな顔をした。

(また、お母さんに、何か言われるのかしら。それなら、早くギルドの寮に戻った方が良さそうね)

 メイリルダは、ため息を吐くと母親を探した。

「お母さん。ギルドの寮に戻るわね」

 メイリルダは、母親に何か言われる前に退散しようとしたようだ。

「お待ち、メイリルダ!」

 メイリルダは、面倒臭そうに声のする方に顔を向けた。

「お前、準備したみたいだけど、自分の部屋しか出入りしてないってことは、着替えだけしか用意してないだろう」

 メイリルダは、何を当たり前の事を言うのかといった表情をして母親を見た。

 その様子を見たメイリルダの母親が、ちょっとがっかりした。

「お前、風呂には入らないのか?それに、顔も洗わないのか?」

 メイリルダは、母親の言葉を聞いて自分が着替えしか用意してない事を理解し、忘れていたことに気が付いたのだが、それを母親に指摘されて面白くなさそうな表情をした。

 メイリルダの母親は、ヤレヤレといった様子でテーブルの上にバックを置いた。

「ほら、これを持っておいき。お前の洗面用の道具と、それとタオルは少し多めに入れておいた」

 メイリルダは、バツの悪そうな表情をした。

 自分の気が付かなかった事を、母親に指摘されて、なおかつ、それを用意までしてもらったのだ。

 メイリルダは、まだ、母親には敵わないと思ったようだが、それを認めることをしたく無いという思いが、メイリルダの表情に表れていた。

「お前も、まだまだだね。もう、そろそろ、そういった細かな部分にも気を配ることができないと、いい仕事もできないだろうし良い嫁にもなれないよ」

 メイリルダの母親が言った最後の良い嫁は不要だった。

 いい仕事もできないだろうで、終わらせておけば良かったのだが、余計な一言を言ったことで、最後の言葉がメイリルダの印象に残ってしまったようだ。

 メイリルダは、怒りが込み上げてきたようだ。

「お母さん! 何で、良い嫁なのよ! さっきから、この少年が婿だとか今度は良い嫁って、何でそんなことばかり言うのよ!」

 ムッとした様子で母親に言った。

「お前は、物事をよく考えてないから、抜けてしまうのよ。必要なものは何かなんて、頭の中でシュミレーションしてしまえば、大概の物は用意できるの。それができないのは、物事をよく考えてないからなの。……。お前、そんな状況で言葉の喋れない子供を預けられて大丈夫なの? 呉々も危険な目に合わせるんじゃないよ!」

 確かにそうなのだ。

 メイリルダは、寮で、この少年と暮らすことになるのだから、着る物以外のことも考える必要があった。

 生活するのだから食べる寝るも有り、その辺りも考えて用意が必要なのだが、メイリルダは着替えの事だけしか考えていなかったのだ。

 朝、起きたら顔を洗って歯を磨く。

 夜になったら、風呂に入って体の汚れを落とす。

 その辺りの事が、完全に抜け落ちていたのだ。

 そのフォローを、母親にしてもらったのだが、素直に、ありがとうと言えないのだ。

 それは、最後の母親の上から目線の言葉によって、打ち消されてしまっていた。

 メイリルダの表情が、それを物語っていた。

 もう少し、優しい言葉だったら、メイリルダの感謝の気持ちも感謝の気持ちで一杯になるだろうが、言葉の使い方、親という立場による上から目線の言葉使いが、感謝の気持ちを打ち消してしまっていた。

「あ、ありがとう。か、感謝するわ」

 そう言うと、机の上のバックを持った。

 すると、両手が塞がってしまった事で、少年の手を引くことができない事に気が付いた。

 その様子を見たメイリルダの母親は、ヤレヤレと思ったようだが言葉にすることは無かった。

 メイリルダは、直ぐに自分の服を入れたバックを、リュックサックのようにして背負い母親のバックを手に持って、もう一方の手で少年の手を引いた。

「それじゃあ、しばらく、寮に泊まり込みになるから、あまり、帰ってこれなくなるわ」

「ああ、分かっているよ。帰ってくる時は、その子も一緒に連れてきなさい。その時は、美味しいものを食べさせてあげるよ」

 メイリルダは嬉しそうな顔をした。

「ありがとう。その時は、よろしくね」

 そう言うと、少年と一緒に家を出た。

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