砂浜
酒井小言
第1話
もっとも闇の深い明け方前の鵠沼海岸に着き、男三人は規則的で不規則に音が割れる波の海の前に立ち、月の明かりを頼りに暗闇に慣れた目で白波のうっすらと岸へ迫ってくるのを経験をもとに見つめた。二分もかからずに抑えきれない欲求と大麻に鈍った頭が、本能を都合の良い助言者にして、そうそう死ぬことはないだろうという判断を下し、今すぐに海へ入ることに決めた。
波は常に最良の御馳走だ。腹の減った者ならどんなに味気ない料理でも素材本来の風味によって食べ始めは感謝できるように、毎日海に入ることのできない週末だけのサーフィン好きには、例え膝くらいのエスカレーターに乗るような緩やかな波にしても、どんな女性を前にしてもさかりつく雄のごとく、下着が破れんばかりに強く固い不器用な力の発散で着替えをして、無駄口を止めずにはいられない。良い波に乗ることを忘れて、仲間と海に浸かるという第一の目的をどうにか果たそうとしてしまう。
着替えてすぐに砂浜を走り、海へ飛び込む。いつだって海は耳と鼻を支配する。視覚への比重は少なくなり、腕で水を掻く音や、波の下を潜る時の静かでうるさい内面の音や、波待ちする間の豊潤な思索と無聊の音を、口だか鼻だかわからない感覚により常に潮の混じる臭いで包み込んでいる。闇が視界を塞ぐと、いつもの感じが鮮明になり、流れがあれば自然と水流に逆らう魚のように外界からの作用に決まった反応をみせて、海をかき、波をくぐり、三人は波を待った。
板の上で足を垂らし、手で水を混ぜると、男は気がついた。海中に玉の大きい泡が青白く発光している。海ほたるという言葉が第一に浮かんだ。確かめようと何度も水中を引っ掻くと、そのたびに幾つも発光するのは月の影響だろうかと、上弦を見上げると、あれが、見えない物質で結びついて光を授けていると思ってしまうのは、深更の気温よりも温い夏の海水温と吸い込みすぎた大麻に、無風に近い海上に面の綺麗な腰くらいの波が刷毛をはいて割れる今の喜びからもたらされているのだろうと、近くで見えない二人の仲間の存在を頼りなく男は感じた。
秋の落ち葉よりも人の多い夏の湘南海岸において、江ノ島の陸地は欲望の暴きと残像の交差しているなかで、わずかに空が色づいてきた海のはてを向こうに、男三人だけが争わずには乗れない鵠沼の海を占有して、技量の拙い横一線とへっぴり腰で、誰にでも優しく乗せる贅沢な数の波の一部だけをいただき、多くは水際に消えていった。三人だけの海は、おそらく三人だけの海であったのだろう。
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