第9話 ドタキャン

「ほら、ちーちゃん! 起きて! 帰るよ」

「んん?あ、ひーちゃんだぁ」

 にへらと笑って抱きついてきたので、そのまま立たせて歩かせた。


「店長、迷惑かけてごめんね。ありがとう!」

「おう! また来いよ」

 ちーちゃんが飲み潰れたお店は、お魚が美味しいと評判の、職場近くの居酒屋で、二人とも常連だ。

 ちーちゃんは、今日は一人で来て飲んでいたらしく、店長から連絡が来た。飲みすぎて眠ってしまったと。



「ん? あれ?」

 ベッドから声が聞こえた。

「ちーちゃん、起きた?」

「ひーちゃん? なんで私、ここに?」

「どれだけ飲んだの?頭痛くない?」

 ちーちゃんは、お酒はそんなに強くない。

「あぁ、そっか。頭は…大丈夫そう」

「それは良かった。何か飲む?」

「お水を。ひーちゃんにお持ち帰りされたの?」

「服は脱がせたけど何もしてないよ」

 お水を渡しながら言うと

「なんだ」と残念そうにする。

「シャワー浴びてきたら? その間に朝ごはん用意しとくから」

「ありがと」



「ねぇ、どうして怒らないの?」

 トーストを齧りながら上目遣いに見てくる。

「何を怒るの?」

「お店にもひーちゃんにも迷惑かけたから」

「迷惑なんて思ってないよ。それよりも、ちーちゃんがあんなふうに飲んだのは私のせい、、じゃないの?」

「え?」

「私がドタキャンしたから」

 ちーちゃんと会う約束をしていたのに、息子から『あいたい』と連絡が来たので、そちらを優先したのだ。

「違うよ」

 ちーちゃんは、コーヒーを飲み干してから、はっきりと言った。

「子供を優先するのは当然だよ。張り合う気もないし。それにひーちゃん、ちゃんと子供と会うって言ってくれたじゃん?隠れて会ってたら嫌な気持ちになったかもしれないけど。だから、私のことは気にせずどんどん会っていいからね」

「ちーちゃん……好き」

「うん、知ってる」

 ちーちゃんは、耳まで赤くしながら視線を逸らした。

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