うち、来る?

hibari19

第1話 うち、来る?

「おじゃましまーす」

 そう言って、彼女は私の部屋を訪れた。


 この部屋に人をあげるのは初めてだから、少し緊張する。

 一人暮らしのワンルーム。


 引越してきて2ヶ月半。

 再就職して2ヶ月。

 ちなみに、離婚して2ヶ月だ。


 何もかも捨て、心機一転。

 というのは大袈裟かもしれないけれど

 新しい土地

 新しい職場

 新しい人間関係を、これから作っていく。



 彼女は再就職先の同僚。

 まだ出会って間もないし、歳は離れているけど、なんとなく波長が合う。




 彼女をうちに呼ぶきっかけは、休憩室での、初めは軽いノリでの会話だった。


「一ノ瀬さん、モテそうだよね?彼氏はいるの?」

 私よりも一回りも若いから、こういう話題の方が話が広がるかと思ったのだ。


「今はいないですよぉ、彼氏も彼女も」


「そうなんだぁ」


 一瞬、普通に返したけれど

 さすがの私も違和感に気付いた。


 一ノ瀬さんを見ると、ニコニコ笑ってコチラを見てる。


「私、女の子が好きなんです」

 さらっとカミングアウトだ。


「そうなんだ」

 それしか言えないのか! って言う返しをしてしまった。


「引きました?引きますよね?そりゃ」

 少しだけ悲しそうな表情をする。


「そんなことないよ!私、百合小説書いてるし...趣味で..だけど」

 最後の方は、自信がなくて徐々に小声になっていったけど

『小説書いてます』なんて胸を張って言えるほど大したものは書けないから。


「えぇぇ~そうなんですかぁ?読んでみた~い」

 こんな反応をされたら嬉しくなる。


「あ、あんまり面白くないかもだけど、読む?」

「はい」

 元気の良い返事だ。


 小説投稿サイトにアップもしているから

 URLを知らせれば読んでもらえるけれど。


 私の知らないところで

 私の知ってる人が

 私の小説を読んでいる


 という状況を想像したら、ちょっと恥ずかしい。


 ならば


「うち、来る?」

 誘ってしまった。


 彼女は、少し考えた後

「是非」と答えた。





「へぇ、一人暮らしってこんな感じなんですね」

「引越したばかりで、物が少ないでしょ?一ノ瀬さんは実家だっけ?」

「はい、そうです」

「実は、さっき急いで掃除したんだけどね」と暴露すれば

 ふふっと微笑んでくれる。


 私たちの職場は介護施設で、勤務はシフト制だ。

 今日は、私が早番で一ノ瀬さんは遅番で4時間の差がある。


 急に誘ってオッケーを貰っても

 掃除をしたり軽く食事を作るくらいの時差があるのだ。


「おつかれさま〜」

「いただきま〜す」

「今日も忙しかったね」


 まずはお腹を満たす。


「やばい、美味しいです」

「あ、そう?良かった」

「感激です、手料理が食べられるなんて」

「あ、ありがと」


 一ノ瀬さんは、何か言いたげだ。

「ん?」

「緊張してます?大丈夫ですよ、襲ったりしませんから」

「え?そんなこと、思ってないよ」

 全力で否定したら

 クスクスと可笑しそうに笑った。


「じゃ、読ませてください」

「うん」


 タブレットで、私の小説を読む一ノ瀬さん。


 その間に私は洗い物をしたり、片付けをしたり

 反応が気になって仕方がないけど

 一ノ瀬さんは集中して読んでいるようだ。


 落ち着こうとして、コーヒーを淹れた。

 そっとテーブルに置いた時

「ふぅ」と息を吐き顔を上げた。


「面白いです!」

 笑顔で、そう言ってくれた。


 とりあえず、ホッとした。


「読みやすくて、一気に読んじゃう。今、半分くらいかな」

「良かったら、コーヒーどうぞ」

「ありがとうございます」


 一口飲んで、感想を呟く。

「こんな人がいたら好きになっちゃいますよね」

「理想的に書きすぎたかな?」

「いやでも、嫉妬もするし、弱いところもあるし、ちょっとエッチだし、リアリティはありますよ」

「そう?」

 嬉しくなって、つい近づいて

 タブレットを覗き込む。


「これって、部分的に実話なんですよね?」

「うん、そう!この、手を怪我するところは友達の経験談だし、子供の頃のおたふくの思い出は私の」

 勢いよく解説してたら、思いの外一ノ瀬さんの顔が近くにあって。

 ほんのり赤くて。

「あ、暑いかな?窓開けようか」

「・・・そうですね、ちょっと換気をお願いします」

 と呟いていた。



 それからは距離を取って

「じゃ、後半読んじゃいますね」

 と、読み始めた一ノ瀬さん。


 私は、スマホで新作を書きながら

 否、書くふりをしながら

 そっと反応を窺っている。


 ドキドキするなぁ

 あれ?

 ちょっと鼻をすすってない?

 大丈夫かな

 声かけた方がいいかな

 迷ってたら。


「あ〜良かった、ハッピーエンドだぁ」

 と、一ノ瀬さんは叫んだ。


「あ、大丈夫?」

「もう〜泣いちゃったじゃないですかぁ。良かったです!キュンキュンしました」


 嬉しい言葉を言ってくれる。


「ありがとう」

「続き、書くんですか?」


 一旦、完結したんだけど

 その後をシリーズとして書きたい気持ちもある。


「どうしようか、迷ってる」

「読みたいなぁ」

「そぉ?」


 一ノ瀬さんが、私の顔を見て笑っている。

 あれ?何か変なこと言ったかな?

「ん?」


「好きなんですねぇ」

「え?」

「書くことが」

「あ、うん。楽しい!楽しくって仕方がないって感じかな」

「いいですね、そういう趣味があるって。でも、どうして百合なんですか?」

「…どうして?」

「実際に女の子が好きなわけじゃないんですよね?」

「それは…わからない」

「わからない?」



 そう、わからない。


 私は、2か月前まで結婚しており、男性と生活を共にしていた。

 それ以前にも男性と恋愛をしていた。

 だから、男性を愛せないわけではない。と思う。

 けれど、どこかに違和感を感じていた。


 結局、結婚生活はうまくいかなかったわけだし。

 男性とか女性とかよりも、人を愛することが出来ないのかもしれない。

 一人でいると、そんなことも考えてしまう。


 あぁ、だからか

 私の小説の主人公は、とことんまで人を愛するのだ。

 私が出来なかったことを。



「じゃぁ、試してみます?」


 一ノ瀬さんの言葉で我に返る。


「え?」


「お試しで、女性と恋をしてみる。とか?」


「…」


 言葉に詰まっていると


「そしたら、小説のネタに困りませんよ?」

 クスクス笑ってる。


 なんだ、冗談か。

「あぁ、そうだね。それいいかも」


 なんだろう、ドキドキが遅れてやってきた。


「じゃ、私と付き合ってください。もちろんお試しで!」

「え、付き合うって、、どうすれば…」

「とりあえず、私のことは”ちーちゃん”って呼んでください」

「ちーちゃん」

「はい。”ひーちゃん”って呼んでいいですか?」

「あ、はい」


 あれ?なんでこんなことになってるんだろう。

 でも、全然嫌じゃない。


 ちーちゃんの無邪気な笑顔を見て、そう思った。


 手を伸ばして、肘のあたりを掴んだ

 少し驚いて一瞬不安げになった目を覗き込む

 肘から下へスライドさせて手に触れ絡める

 意図を察してくれたようだ

 目を閉じたのを確認して

 唇を重ねた。

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