あっぱれ軒高 ~これぞ昭和の祭囃子~

時給

モノローグ


失われた二十年、ロストジェネレーション世代。

俺はいわゆるロスジェネ世代ってやつ、らしい。

ええと何だっけ? 日本のバブル経済が崩壊して空前の大不況になって、どん底だった丁度その時期に、高校や大学卒業して就職しようって時期がピッタリ重なっちまった世代のこと。

就職氷河期世代、不遇の世代、貧乏くじ世代、非正規第一世代、自己責任呪縛世代……ちょっと調べただけで、まあ出てくるわ出てくるわ。散々な言われようだ。


確かにロクでもない世代だったよ。

ガキの頃は子供の人数が今とは比べものにならないほど多くて、受験なんてマジで蹴落とし合いの戦争だった。

「良い大学に入れば良い会社に就職できて一生安泰」なんて親に言われて、否応なしに受験戦争に巻き込まれて、青春のすべてを犠牲にして勉強して。

良い大学に入ってこれで報われるかと思ったら、就職する頃には不況のドン底で、正社員なんてほんの一握りしか求人がなく、多くは低賃金でいつ首を切られるか分からない非正規雇用で働くしかなかった。

ガキの頃に大人たちから「いま頑張って勉強すれば将来が楽になるから」と言われたから勉強してきたのに、いざ大人になったら「状況が変わった。その話は嘘になりました」と手のひらを返されたわけだ。ひでえ話だろ?

会社に入ったら入ったで、待っていたのは超ブラックな労働環境だ。

正社員ですら他の世代に比べて給料が低い、散々な賃金体系。サービス残業に休日出勤。パワハラ、セクハラ当たり前。それで何かあったら自己責任。

給料は上がらない。貯金ができない。上の世代がつかえているせいで昇進もできない。生活はメチャクチャ。一向に明るい未来が見えないそんな状況で、結婚などできる筈もなく。

要するに時代が悪すぎたせいで、青春も結婚も子育ても、およそ人生で幸せと呼べるものを根こそぎ奪われた世代―――― それが俺達ロスジェネ世代である、らしい。


かく言う俺の人生も、ご多分に漏れずゴミみたいなもんだ。

高校卒業したもののロクな就職先はなく、鉱山での採掘作業の仕事にありついた。

以来、周りにおっさんしか居ない山奥にこもって、朝から晩まで穴掘って石を運ぶだけの生活。

たまの休みにゃ街に出たりもするが、温泉やらマッサージやら、クタクタに疲れた体を癒すのが最優先でロクな遊びも出来やしなかった。休日にちゃんと体のケアをやっとかないと、次の週がマジで地獄だったからな。まあ昔の友達はブラック企業の猛威に晒されて会えやしなかったし、一人じゃ他にやることがなかったってのもある。

本当に狂ったように忙しい毎日だった。

将来? どうでもいい。それより早くこのクソ重いトロッコを穴の外に運び出すのが先だ。

いつもそんな気分だった。

働いて働いて働いた挙句、三十八歳の時についに腰をやっちまった。

入院してヒマになった時、俺は高校卒業して以来、初めて自分の人生を振り返る余裕ができた。

そして自分の人生に物凄い違和感を覚えた。

俺がもう三十八? 嘘だろ?

三十八って言ったら、もう人生の大イベントを一通り済ませた年齢じゃねえのかよ。

マンガやゲームなんかじゃよ、何か人生賭けた大勝負やって、エンディングを迎えて、後は結婚でもして平穏な日常の世界に戻って、次世代の主人公が台頭してくるのを温かく見守ってるような、そんなポジションじゃねえのかよ。

なのに俺の人生ときたらどうだ?

穴掘りと石運びしか記憶がねえ。エンディングどころかオープニングすらまだ始まった気がしねえ。一体いつになったら、俺の物語は始まるんだ?

誰だよ、「事実は小説よりも奇なり」とか言った奴。小説の方がよっぽど面白ぇじゃねえか。なんだったら俺の人生なんて、古本屋に持って行っても値段がつかずに廃棄処分になるくれえクソつまんねえよ。

というわけで、俺は仕事をやめた。

穴掘りと石運びしかキャリアがねえアラフォーの転職だ。その後も色々あったんだが、つまんねえから省略。ともかく今の俺は小さな運送会社でトラックの運ちゃんをやっている。

死ぬほど働いてきたってのに報われたこともなく、もう四十過ぎたってのに結婚もしてねえ。非正規雇用だのワーキングプアだの、巷で言われるロスジェネとはちょっと違うけど、俺の人生だってロスジェネ世代特有の「時代の呪縛」ってやつは大いに関係してるんだろう。


ともかく、だ。

いつまで待っても人生始まらねえんなら、自分で無理やりにでも始めてみよう。

そう思って転職し、トラックの運ちゃんになって早や五年。

俺は今年で四十三歳。

人生が始まった実感は、まだない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る