乙女ゲームに転生した悪役令嬢は、裏切り者の貴方と仲良くなりたい。
仲仁へび(旧:離久)
第1話
乙女ゲームに転生した私は、すぐ吐血する病弱な悪役令嬢エルン・クラリネッタになっていた。
乙女ゲームでの悪役令嬢の役割は、ヒロインをいじめたり、主人公の邪魔をしたりする事。
そんな人間に転生してしまった私は地獄に突き落とされたような気持ちになっていたが、前世で好きだったキャラクター「ノワール・ディスタ様」が存在している事を知って元気が出た。
ノワール様は、主人公達を裏切るキャラクターだ。
普通なら嫌いになる人が多いだろう。
けれど、私も多くのファン達も彼を嫌いになる事はない。
なぜなら、彼の境遇を知っているからだ。
ノワール様は好きで裏切ったわけではない。
妹であるミスティアを人質にとられていて、やむなく行動したにすぎないのだ。
主人公たちを裏切ったノワール様に待っているのは破滅の運命。
私は大好きな彼を助ける事ができないかと考える毎日だった。
人知れず陰からこっそり運命に抗うノワール様、その姿は多くの乙女たちのハートを揺り動かした。
私のその中の一人だ。
だから、仲良くなって彼の運命をかえようと、あれこれやっているのだけど、それらはあまり上手くいっていない。
ノワール様の妹であるミスティアと仲良くなろうとすると、近づくなと言われるし。
かといって本人をじっと見つめていると、こっちも近づくなと言われるし。
そんなノワール様と仲良くなるのは、かなり困難な道だった。
学校生活のない休日。
元の世界での土曜日にあたる日に、町へ出かけていると心地の良い音色が聞こえてきた。
心安らぐ旋律が、あたりの空気を支配していた。
手を伸ばしても決して届かない存在への愛、そして悲しみ。
身分差の恋愛をテーマにして作られたその調べは、通りかかった物の多くを虜にしていた。
演奏が終わった後、拍手が鳴り響く。
先ほどの調べを奏でていたのは、攻略対象の一人であるウルドだ。
彼は周りに集まった者達を見て、気まずそうにしている。
ただヒロインの為に演奏しただけなのに、人が集まっていて困っているのだろう。
そんな彼の傍らにはヒロイン・アリシャの姿。
彼らは一緒に行動する事が多い。
この世界のヒロインは、ウルドルートに入っているのだろう。彼に恋をしているのかもしれない。
ウルドは、真面目な青年なので、この後治安を守るために精力的に活動する事が多い。
だから、そんな彼についていって、アリシャも一緒に行動しているのだと思われる。
「エルンさん」
しかし、その場に集まった観衆の一人と化していた私に、アリシャが話しかけてきた。
「お体は大丈夫ですか」
そう聞いてくるのは、私の体が丈夫じゃないからだ。
彼女とは一応知り合いなので、心配してくれているのだろう。
私が、激しい動きをすると、吐血してしまう体質だから。
学園に通っている身だが、そのせいでよく保健室のお世話になっている。
「大丈夫です。アリシャ様は、ウルド様とデートなのですか?」
「そっ、そんなデートだなんて」
顔を赤らめて恥ずかしそうにする少女はさすがヒロインといった所だ。
同性でも思わず守ってあげたくなるほどのかわいらしさ。
そんなアリシャは、私にとあるチケットを手渡した。
「よければこのチケットを使ってください」
それは、とある動物園に入場するためのチケットだ。
これは、他の攻略対象者のイベントを引き起こすアイテムだった。
だがアリシャはウルドルートに入っているため、使わないのだろう。
この乙女ゲーム世界には攻略対象者が三人いる。
一人は生真面目な先輩キャラウルド。
二人目は、ちょっとキャラがかぶってるけれど若干口うるさい、真面目で過保護なお兄さん的キャラのトール。
三人目は、陽気で明るくムードメーカーのキャラであるアリオだ。
なぜかこの攻略対象者達、同じ日にヒロインにデートに申し込む事が多い。
今回のこれも、同じ日にデートを申し込まれたゆえの産物だろう。
ヒロインが渡されたのはおそらく「音楽会のチケット」「美術館のチケット」「動物園のチケット」だ。
ウルドルートでは音楽関係のイベントがよく起こるため、「音楽会のチケット」以外が余ってしまうのだろう。
「美術館のチケット」が一体誰の手に渡ったのか気になるが、もう一つの余ったチケット「動物園のチケット」はこちらにやってきたらしい。
ちょうど動物園に行きたいなと思っていた所だが、私はちょっと遠慮してしまう。
「良いのですか?」
「エルンさんに使ってもらえたら嬉しいです。アリオも必要な人に使ってもらえたら嬉しいって言ってましたし」
それは方便だと思うけれど。
しかし使われずに眠らせておいておくのも、もったいない事だ。
私は「ありがとうございます」と言って、そのチケットを受け取った。
さっそくこれで、ノワール様を……誘うのは難しいから妹のミスティアを誘おう。
ノワール様、疑心暗鬼が強すぎるから直接誘っても応じてくれなさそうだし。
でも妹思いだから、ミスティアが行きたいと言えば一緒に来てくれるかもしれない。
そういうわけでミスティアを誘ったのだが。
やはり「貴様のようなよく血を吐く女と妹を一緒にできるか」とノワール様もついてきた。
妹に向かって一緒に行くのをやめろ、と言わない所に優しさを感じるが、その分私への風当たりが厳しい。
ミスティアは大の動物好きだから、八割がた作戦は成功すると思ったけど。
とりあえず、ミスティアのお兄様というかノワール様というか、監視の権化様に見張られながら動物園をまわっていく事になった。
動物を見て回っていくときは、
「あっ、お兄様! エルンさん。あそこにいるペンギンさんがとても可愛らしいです!」
「まあっ、本当に可愛らしい! エルンさんにそっくりですわね。思わず抱きしめたくなってしまいますわ」
「そっ、そんな。エルンさん言い過ぎです」
こんな感じで。
お土産屋さんに入った時は、
「エルンさん。このぬいぐるみ可愛いですね」
「ふわっふわ。ふわふわ。この毛並み、素敵ですわねー」
「エルンさん、すごく夢中になってますね」
「えっ、何ですの?」
「いえ。エルンさんも、ふわふわもふもふが好きなんですね」
「まあ、ミスティアも? いいですわよねー。ふわふわ。癒されますわ」
こんな感じ。
全体的に私とミスティアしかほぼ喋ってない。
ノワール様は、あんまりお喋りする方じゃないから、分かってたけど。
「エルンさん、お兄様、ちょっと休憩しましょう」
「もう、お昼ご飯の時間ですわね」
「私、今日の為にお弁当を作ってきたんです」
「えっ、ミスティアのお弁当! 食べてみたいですわ!」
「エルンさんにそんなに喜んでいただけるなんて、嬉しいです」
動物園のすみっこ。
原っぱでミスティアお手製のお弁当を食べる時も、ノワール様とは必要最低限の会話しかしない。
しかもノワール様が喋るのはミスティアとばかり。
私もお話したいのに。
そう考えていたらミスティアが「お兄様、ちゃんとエルンさんともお話してください」と叱っていた。
私は気を遣わせないように「大丈夫、気にしていませんわ」というけれど、信用されていないようだった。
「ほら、お兄様謝ってください、エルンさんが落ち込んでます」
とのことだ。
そんなにわかりやすいだろうか。
なんて、思っていたらノワール様は、いきなりその場を立ち上がって離れていってしまった。
怒らせてしまっただろうか。
おろおろしていると、すぐにノワール様が帰ってきた。
その手にはアイスクリームが二つ。
そういえば、ノワール様は隠れ甘党だった。
美味しそうなスイーツを見つけて、買いにいっていただけ、なのだろうか。
首をかしげていたらノワール様は、ミスティアにアイスの一つを渡して、私にも差し出してきた。
「妹がうるさいから、仕方なくついでに買ってきてやったんだ、勘違いするなよ」
食べ物食べさせれば大人しくなるとか、それってどうなのだろう。
ノワール様、言い訳がへたすぎです。
顔には出ていなかったけれど、妹であるミスティアに怒られたことを気にしていたようだ。
私は「ありがとうございます、ノワール様」とお礼を言って、アイスクリームを受け取る。
不器用だけれど、ちゃんと優しいところがあるのが彼の魅力だ。
ノワール様の魅力を再確認しながら、それからも動物園を見て回っていった。
相かわらずノワール様は私とは喋らないけれど。
そして全て見終わった後、お土産を買って動物園の出口で別れる事に。
その時ミスティアが、「あっ」という声をだしてオロオロ。
私は「どうしたの?」と尋ねるけれど、彼女は「何でもないです。今日は楽しかったです」と次の話題にうつってしまった。
「私こそ、ミスティアやノワール様と一緒にいられて楽しかったわ」
「エルンさん、嬉しいです。また、ご一緒しましょうね」
「ええ!」
女性二人できゃっきゃしてる背景でノワール様は「俺はもうごめんだがな」と呟いていたのは聞こえなかったことにしよう。
恋を実らせるには、相手を思いやる事も大事だが、時には突き進む事も重要なのだ。たぶん。
「もうっお兄様ったら。それじゃあ、エルンさん! また」
「ええ、また機会があったら、一緒にでかけましょう」
手を振って別れた私は、彼等の背中が見えなくなるまで見おくってから、再び園内へ入った。
係員の人に「忘れ物をしてしまって」と言って園内に入れてもらえたので、自腹でチケットを買わなくて済んだのは幸いだ。
「うーん、ミスティア様のお土産、ないですわねー」
実は、ミスティアは動物園でお土産を買っていたのだが、出口で立つ時は持っていなかった。
彼女はそれに気が付いたけれど、また戻ると私達を困らせると思って、何も言わなかったのだろう。
ひょっとしたらノワール様は気が付いていたかもしれないけれど。
警戒している私と一緒にいたくないだろうから、言い出さなかったのかもしれない。
私がいなかったら、二人はお土産を探しに園内に戻れていたかもしれないのが、心苦しい。
まあ、そもそも私がいなかったら、二人は今日この日に動物園にやってきてはいなかっただろうが。
「ないですわ」
あっちこっちうろうろしていたら気分が悪くなってきてしまった。
今日は色々歩いたので、気が付かないうちに疲れていたようだ。
「うっ、人まえで吐血はさすがに、まずいですわよ」
ちょっとした騒ぎになってしまう詩、忘れ物探しどころではなくなってしまう。
どうした者かと思っていると、声がかかった。
「こんなところで何をしている、吐血女」
「へっ? ノワール様!?」
それは、ここにいるはずのない男性だった。
ミスティア一番の彼が、妹から離れるなんて考えにくい。
ならば。
「にせもの?」
と思うが。
ノワール様の額に青筋が。
「出会いがしらに人を偽物呼ばわりするとは、いい度胸だな」
「すっ、すみませんっ!」
本物だった。
必死に謝る。
でも、どうしてこんな所に?
するとノワール様がわけを話してくれた。
「ウルドを捕まえて、ミスティアを守ってもらっている」
疑心暗鬼の色が強いノワール様だけれど、ウルドの事は信用しているからそれは分かるが。今日はヒロインとのデートのはずでは?
「えっ、ウルド様はデートだったんじゃ?」
「なぜ、貴様がそんな事をしっている」
しまった。口がすべった。
ヒロインからもウルドからも教えてもらっていない情報を知っているのは、私が転生者だからだ。
でも、そんな事を説明してもきっと信じてもらえない。
「めっ、目立つ人なので、風の噂でそのような事を聞きました」
だから、苦肉の先でそう思えば、より一層疑惑の視線を向けられる始末だ。
しかし、ノワール様は会話を続けてくれた。
「あっ、あのー」
「忘れ物を探しているなら、係員に聞くのが当たり前だろう」
「あっ、その手がありましたわね」
「やっぱり、まだ聞いていなかったのか」
私がミスティアの忘れ物を探しているのを知って、彼は戻ってきてくれたのだろう。
「歩けないならそこで待っていろ」
「いっ、いえ。行きます! 元気でましたからっ」
些細な事だが、この一日で初めてノワール様と長文でお話できたのが嬉しかった。
その後、無事にミスティアの忘れ物は見つかった。
ちゃんと買った時のまま、綺麗な状態で係員に届けられていたので、誰か親切な人が拾ってくれたのだろう。
対応に出てくれた係員にお礼を言って、遊園地を出た。
「では、ノワール様、ミスティアによろしくお願いします」
私は今度こそノワール様と別れて、家へと帰るのだが。
「エルン・クラリネッタ」
「はい?」
呼び止められて、振り返る。
「歩き回ったくらいで吐血する女がいてたまるか。体力つけておけ」
これは、心配してくれたとみていいのだろうか。
判断しかねたが、どうせなら好意的に受け取っておこう。
「ご心配、ありがとうございますノワール様」
お礼を言って、こんどこそその場を後にした。
ノワール様はとても疑心暗鬼が強い。仲良くなるのは途方もない時間がかかりそうだ。
でも、やっぱり優しいところもあって、そこが素敵だった。
今日はそれが分かってよかった。
乙女ゲームのシナリオで裏切り者になる事が運命づけられたノワール様。
この先、彼に待っているのは破滅の運命だ。
だから私は、そんな彼の運命を少しでもかえられるよに、頑張らなければ。
まあ、酷い目にあうのは彼だけでなく悪役である私もだし、しかもラスボスと顔見知りであるという点が事態を複雑にしているのだが。
学校の保健室に滞在している、保険医の顔を思い出してため息を吐く。
「私、最後まで頑張れるかしら」
乙女ゲームに転生した悪役令嬢は、裏切り者の貴方と仲良くなりたい。 仲仁へび(旧:離久) @howaito3032
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