第15話「勇者さんとプレゼント」

「おじさん、魔石買い取ってください」




 僕らは迷宮で手に入れたばかりの魔石を店主のおじさんに渡した。




「うん、君らもかい? よしきた。えーっとゴブリンとスライムだね。それに……?」




 おじさんの顔が曇った。




「これ、本当に君らが手に入れた魔石だよね?」




「はい。そうですが……」




 そう返事したものの、その意味するところが僕には一瞬わからなかった。




「いやいや、モスキートクイーンの魔石が混じっていたからね。どうみても君ら二人で倒せるのかなって思っちゃって。拾ったとか、まさか盗んだんじゃないかと……」




「そんな。私達、さっき二人で力を合わせて倒したばっかりなんです」




 そう言うことか……。やっぱりモスキートクイーンは相当強い魔物だったようだ。初心者丸出しの僕やユキさんが倒せる相手だとは思われていないのが残念だった。




 それでも僕らの素振りから嘘をついていないとわかったらしく、おじさんはすぐに謝った。




「冗談言って悪かった。この商売やってるとそんな魔石が持ち込まれることもあるからね」




 そう言うとおじさんは全部引き取ってくれた上に、お詫びとして少し割増してくれた。全部まとめて丁度金貨一枚になった。




 実物の金貨を見るのは久しぶりだった。さらに言えば、自分の物になるのは初めてである。僕は掌に乗せた金貨に見入った。ズシリと感じる重みは銅貨のそれとは大いに違った。




 錆とは無縁で力強く黄金色に輝く魔力……。見ているだけで魂を引き寄せられる感覚に陥る。確かに村の人々がこれを目当てに、血眼になって迷宮バブルに東奔西走するのもわかるような気がしてしまった。




 だけど僕はすぐこの金貨に別れを告げるつもりだった。これだけ持っていても額が大きすぎて使えない。たった一枚で一家族が一ヶ月暮らせる金貨で、薬草や大根を買う訳にも行かないからだ。




 それに魔石は僕のものになるという約束だが、モスキートクイーンを倒したのはユキさん……と彼女の剣の力が大きい。僕だけで独占する気は毛頭無かった。




「ユキさん、せっかくだから何か装備を買おうよ」




「そんな! 私にはもったいないです」




 僕の提案に彼女は首を横に振った。やはり遠慮しているのだろう。だけど僕の気が済まない。ここは強引にでもユキさんに何かを買ってあげようという気になった。




 ユキさんの手を握ると、僕は彼女をさっきの魔法アイテム屋へ連れて行くことにした。その時はよくわからないが、自分から進んで彼女の手を握って引っ張って行く勇気が湧いていたのだ。




 魔法使いが使うアイテムばかりのお店だったが、中に気になるものが混じっていたのを僕は見逃さなかった。あれならきっとユキさんでも……。




「お姉さん、これください」




 魔法使いの衣装に身を包んだ店員のお姉さんへ指し示す。




「あら、彼女へプレゼント? 羨ましいね~」




 お姉さんがニヤリと笑う。




 魔石を加工したアミュレットが並ぶ中に、ひと際目を引く髪飾りだった。三日月をあしらったデザインで一目見て気になっていたのだ。僕のセンスではいささか不安もあったが、きっとユキさんに似合うだろうと思えたからだ。




「あの……、あの。よろしいんですか?」




「もちろん。『僕の魔石を売って手に入れたお金』で買うんだから問題無いでしょ?」




「ワイトさん、ありがとうございます……」




 ユキさんは微笑んだ。




 ユキさんは僕が言うのも何だが割に可愛い方である。でもその時の彼女は……、僕は綺麗だと思った。可愛いと綺麗の違いを説明しろと言われてもできないが、とにかくそう思えたのだ。




 飾り気の無いおさげ髪のユキさんはとかく地味に見えてしまう。マントが新しいのになって雰囲気がちょっと変わったのだから、もう少しイメージチェンジしても良いだろう。そう僕は考えていた。だからきっとこの髪飾りを付ければもっと垢ぬけた印象になるのでは……?




 お姉さんは髪飾りを取り上げると、ユキさんの髪へ着けてくれた。さらに手鏡を貸してくれて、ユキさんに見るよう促した。




 うん。僕としては良く似合っていると思うのだが。




 ユキさんは鏡を見たまま、顔を真っ赤にして俯いてしまった。




「君、良いセンスしてるね。似合ってると思うよ。でもこの髪飾り、ちょっとお高いけど大丈夫?」




 そこは心配なかった。僕は胸を張って先程の金貨をお姉さんに見せた。




 お姉さんはちょっと驚いた風だったが、またニヤリと笑うと金貨を受け取った。初めての金貨はすぐにお釣りの銅貨へと化けてしまったが、僕は全く後悔していない。




「なんじゃ、もう全部使ってしもうたのか」




 いつの間にか横に立っていたペケペーケ様はちょっと呆れ顔だった。




「残りのお金はペケペーケ様へのお賽銭にしますよ」




 そう言うとペケペーケ様は顔をぱあっと明るくしてがま口を取り出した。全く現金な神様だった。


銅貨で一杯になった小さながま口を大事そうに懐へ仕舞うと、そのままさっきの飴細工の店へ小走りで駆けて行ってしまった。




 僕の手元には何も残らない形になったがそれでも構わないと思う。喜んだユキさんとペケペーケ様が見られたのだ。それは何物にも代えがたいものであるはず、と僕は信じている。

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