第14話「勇者さんと旅の市場」

 ユキさんの手は白くて細い。その右手の甲の一部が確かに赤く腫れている。躊躇している暇は無い。




 もちろん実際に傷がついている訳では無いのだから、毒を吸う振りをするだけだ。だがこうするしかないのであればやる他選択肢は無いだろう。むしろさせていただくつもりで、毒を吸い出した。




「あっ……」




 ユキさんがまた艶っぽい声を出した。僕はちょっとドキッとした。




「大丈夫?」




「はい……。かゆみがスーッと引きました」




 ホッとしたのも束の間、僕もユキさんも顔が真っ赤になってしまった。目を合わせるのも恥ずかしくて、僕はユキさんの手を握ったまま動けなくなってしまった。




「一体何なんだ! 最近の若い奴らは、畜生~!」




 部屋の入口にから声がした。この前のオジサンパーティーの人達だった。だけど部屋へ入って来たと思ったら、すぐに泣きながら出て行った。この件に関しては申し訳ないような、あるような……。僕は何も言えなかった。




「全く、あ奴らの方こそ何なんじゃ……。どうじゃ、二人とも。わしの無病息災の力は」




「うん……」




「凄いです……」




 僕もユキさんも、胸がドキドキして今はそれだけしか言えなかった。






「どれ、宝箱の中身を早く見ようではないか」




 ようやく落ち着きを取り戻した僕らは、この部屋の宝箱を開けることにした。大苦戦したモスキートクイーンが守っている宝箱だ。きっとレアアイテムが入っているに違いない。




「じゃあユキさん開けるよ?」




「はい、ワイトさんお願いします」




 固唾を飲んで見守るユキさん。僕は深呼吸をすると宝箱のふたに手をかけた。




 中身は……僕は拍子抜けした。




「これ……アレですよね?」




 ユキさんの問いに僕はすぐに答えられなかった。箱の中にまだ別の物が入っていないか、手を突っ込んでまさぐってみたが当然何も無かった。




 結局中に入っていたのは毒消し……それも『お徳用』一二個詰め合わせセット。




「おお、ワイトやったのう。大収穫じゃ」




 ペケペーケ様は喜んでいる。というか彼女、無料タダでもらえるなら何でも喜ぶ性質たちらしい。




 背嚢の中はすっかり毒消しで埋まってしまった。それ以上の重さが感じられて、僕は肩をがっくり落としてしまった。




 確かにモスキートクイーンから受けたかゆみの毒を消すには一番助かるものだし、あって困るものでは無い。店で買えば結構な金額になる量の毒消し……。嬉しいが何か違うような気がしてならなかった。




 「これで当分毒を受けても困らんわ。もっとも、何かあってもワイトからチューしてもらえば使わんで済むがのう」




 またユキさんの顔が真っ赤になってしまった。僕はペケペーケ様の頭を小突いた。




「痛っ! お主、神であるわしに対して何をするんじゃ」




 すっかり体力を使い果たしてしまった僕らは一旦地上へ戻ることにした。




「全くわしが何をしたと言うんじゃ」




 自覚の無いペケペーケ様は頬を膨らませてむくれてしまった。




 一方のユキさんはと言うと、先程の右手の甲をずっと気にしているようだった。




「あのユキさん……。僕が触っちゃったから後で入念に洗っといた方が良いと思うよ」




 仕方が無いこととはいえ、彼女の手にキスをする形となってしまった。申し訳ない気持ちで僕は一杯だった。




 しかし彼女の返事は違っていた。




「いいえ……。私、嬉しかったです。男性からこんなことされるの、父以外では初めてでしたし。当分洗わないでおきます」




 それはそれで汚いような……。嬉しい。そう素直に言えない自分が何だかもどかしかった。言葉もそれ以上交わせず、僕らは黙ったままとぼとぼと村へ戻る坂道を下った。






 村の広場では行商人達の市が立っていた。普段なら相手にもされず無視スルーされるド田舎の村でも、迷宮バブルで賑わう冒険者を目当てにやって来たのだろう。




「おーなんだか賑やかじゃのう」




 ペケペーケ様はさっきの不機嫌はどこへやら、既に気持ちは市の方へ奪われているようだった。




「僕達も見に行ってみようか?」




「はい。なんだかお祭りみたいですね」




 ユキさんもいつも通りに戻っていた。お祭りか……そう言えばあんまり行ったことが無かったな。子供の頃は父に連れて行ってもらったっけ……。




 市には様々な店が出店していた。冒険者向けの武器防具だけではない。アイテムも村では珍しい、魔法系のアイテムも揃っている。もっとも僕もユキさんも魔法は使えないから眺めるだけだった。




 ペケペーケ様は菓子を扱っている店の前で立ち止まっていた。物欲しそうに指をくわえて、色とりどりの飴細工を見つめている様はとても神様には見えない。見た目相応の小さい女の子にしか見えなかった。




「ペケペーケ様にも何か買ってあげようかな」




 僕はふと思いついた。『無病息災』スキルのお陰で随分と助かっているのだ。この前の小銭数枚だけではさすがに申し訳なくなったのだ。




「はい! それは良いことだと思います」




 ユキさんも賛同してくれた。ただ僕は現在無一文だった。




「私が出しますよ、ワイトさん」




 そう言い出すユキさん。いやいや言い出しっぺは僕なのだ。第一そんなことをさせたら、後で祖母から何を言われるかわかったものじゃない。




 それにユキさん、やっぱり良いとこのお嬢様なのだろう。金銭感覚が僕らとは違う。すぐにお金が詰まってそうな財布から金貨銀貨を取り出しそうになるのだ。




「今日はこれがあるからね。大丈夫だよ」




 先程倒したモスキートクイーンの魔石がある。あれだけの強敵なら結構な金額になるはずだ。幸いあの渋チンな古道具屋意外に、魔石専門の買取商も店を出している。こっちならもっと高く買い取ってくれるだろう。

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