第14話
「ハルトさん……! やりましたねっ!」
よろよろと駆け寄ってきたティリアだが、足をもつれさせた拍子に躓き、俺に抱きつくようにぶつかってきた。
俺自身もふらふらになっていたため、格好良く受け止めることができず、抱き合う形で地面に尻を着いてしまった。
「お、重いぞ……」
「す、すみません……」
のし掛かるティリアは退ける気配もなく、密着した状態で謝ってくる。彼女は覆い被さったまま、俺の胸に頭を置いて笑っていた。
「ふへへ、よかった、よかったです。わたしたち、生きてますよ!」
「……そう、だな」
俺もティリアと同じく、生き延びたことを噛み締める。すると、リティも寄ってきていた。
「……ハルト、ありがとう。あなたのおかげよ」
片腕を押さえ、覚束ない足取りのリティ。
「……俺だけじゃ無理だった。二人が居たからだよ」
二人が立ち向かっていったから、俺も戦う勇気が出た。
ゴブリンキングを倒せたのは三人の力だろう。俺だけではきっと不可能だった。
まあ、今は何も考えず三人が生きていることを喜ぼう。
「ほら、勝利のお祝いですっ。リティちゃんもわたしの背中に乗ってください」
「……なんでだ。重いんだが」
「それじゃ、お言葉に甘えて」
「ちょ、くそ重い」
二人が上に重なり、一番下の俺が押し潰される。でも、寒いよりはマシだと思って受け入れた。地面に寝転び、二人の少女が俺の上に乗っている。
めちゃくちゃ重い。だけど、生きている心地がする。
しばらく、三人が無言でいて、生きている実感を味わう。
そうしていると、壊滅的な影響を受けた噴水広場には人が戻ってきていた。
リティが応援を頼んだ前線に出ていない騎士や兵士だ。
冒険者も集まっていて、倒れているギルドマスターを囲んでいる。見てみれば、治療班が手当てをしていた。目を細め、魔力を視れば一命を留めたようだった。
よかった。
今回の討伐戦は死傷者が大勢出たから、全面的に喜ぶべきことではないのかもしれないが、俺達はよくやった。
ゴブリンキングを倒すという偉業を成したのだ。
まだ魔物の王は二体残っている。防衛戦として、まだまだ油断ならないが、平原に出ている英雄達が何とかしてくれていると信じたい。
王都内に魔物が侵入していないことを見ると、あちらも上手くやっていると思うが。
「……ハルト。本当に、よくやってくれたわ」
「ああ、リティも無事でよかったよ。腕、痛むか?」
「もう感覚がないぐらい。でも、ティリアに治療してもらうから大丈夫よ。そんなことより色々聞きたいことあるけど、ハルトってやっぱり、英雄なのね」
「リティちゃん、英雄って?」
「ほら、ハルトの左手」
リティが俺の左手に触れ、持ち上げると紋章が描かれている部分をティリアへ見せる。
「ほ、ほんとです! 本物ですよ!? ……というか、左手が治ってる!?」
そこ、今さら気付いたのか。
「聖霊に治してもらったんだ。原理は解らないけど」
「妖精みたいな女の子は居たけど、あの子が聖霊なの……?」
リティが不思議そうな顔で聞いてくる。
というか、聖霊の姿は見えていたのか。てっきり、宙に浮かんでいる精霊と同じで、俺にしか姿が見えていないものだと思っていた。
「俺もよく分からないけど、聖霊だと思う。あとで紹介するよ」
眠いと言って姿を消えてしまったが、呼び出せば来てくれるはずだ。英雄の力なのか知らないが、聖霊と繋がっている感覚がある。
「落ち着いてからでいいわよ。治った腕は痛くないの?」
「まったくだな。押し潰されてるから背中のほうが痛い」
「ふふ。ほら、ティリア。ハルトが言ってるし、退けてあげなさい」
リティが横に退けて、ティリアの肩を揺する。
「うぅ、はーい」
俺の胸に頭を押し当てていたティリアがゆっくりと離れていく。何故か、名残惜しそうな顔をしている。
「ヒーリング頼める? ハルトのあとに私の腕もお願いしたいわ」
「任せてください。魔力回復薬、いっぱい飲みますっ」
気張ったティリアが背負っているバックから魔力回復薬を取り出し、ゴクゴクと喉に通していく。
魔力が回復したティリアが魔法を唱える。
「――ヒーリング!」
回復魔法。
ティリアの魔法によって、全身の痛みが和らいでいく。
「……なんか、眠くなってくるな」
安心感のせいか、一挙に睡魔が襲ってくる。瞼が重く、力が抜ける。
「ちょ、ハルトさん!? 大丈夫ですか!?」
ティリアが意識を失いそうな俺を心配している。
「……大丈夫、大丈夫」
薄れ行く意識をどうにか保つ。既に疲労で限界だが、ここで眠るわけにもいくまい。
倒れたゴブリンキングに恐る恐るといったように遠巻きに眺める冒険者が多い。俺はぐったりとしながら、どう説明するものか悩んで舌を転がす。
「……これ、お前たちがやったのか?」
一人の冒険者が近付いてきた。
武装した冒険者の集団を代表してやって来ているのか、多数の視線がこちらへ向かっている。
倒れたゴブリンキングの亡骸と、俺達三人を交互に見ている冒険者。明らかに立ち振舞いが強者のもので、貫禄みたいなものがある。
そこらの冒険者とは違う雰囲気に、前線に出ていた高ランク冒険者だろうかと当たりをつけた。
「ハルトが倒したわ」
「です!」
「……信じられねえが、ゴブリンキングをやったんだな」
男がゴブリンの亡骸を見、壮絶な戦闘後の痕跡を眺めている。
舗装された石畳は見る影もなく、地面は割れ、瓦礫が転がっていた。粉砕されたギルドの簡易建物は散っており、死んだ冒険者の遺体や血痕が雨に打たれて滲んでいる。
「ええ、ハルトは七英雄の一人よ」
「ですですっ。ハルトさんなら、これぐらい大したことなかったです!」
ティリアが余裕だったとばかりに嘘をついている。どの口が言ってるんだろうか。
「七英雄って本当か……?」
「……はい、一応」
疑心の声に俺は左手を見せるように上げた。
英雄の紋章。
黒い線が複雑に絡み合い、魔方陣のような形をしている。
これは、富と名声を一度に得られる紋章だ。
潜在能力を引き出され、新たな力を手にいれる。その代償として魔王を討つ使命が課せられる。
中には富と名誉に目が眩み、偽装して英雄だと名乗った者も居たらしい。だが、真偽は聖堂教会が行っている。
本物であれば二つ名を授かり、偽物だったら処刑される。
虚偽だった場合は死罪である。実際に何人か処刑されたことがあると噂で聞いた。それから、英雄だと嘘をつく者は減ったらしい。
男は俺の手をマジマジと見ている。本物かどうか見定めているのだろう。
しかし、常人に本物かどうかの区別はつかない。
魔力で編まれた紋章は、俺のように魔力そのものを視れるなら真偽は分かる。
冒険者の男は俺の手を見て、ゴブリンキングを見ると、俺の腕を鷲掴みにして持ち上げた。
何をする気だと思ったら。
後ろを振り向いた男は野太い声を上げる。
「おい、お前らッ! 新たな英雄が現れたぞ! 七人目の英雄だ!」
一瞬の静寂。
――からの、爆発的な歓声が上がった。
「英雄ってマジかよ!?」
「ゴブリンキングを倒したって!」
「すげえな!」
誰もが、俺を英雄だと認めて讃えた。すぐそこにゴブリンキングが倒れていることも影響しているだろう。
首に下げているギルドプレートはブロンズ色で最低ランクのFなのだが、誰も突っ込んでこない。
次々と称賛の言葉を上げ、英雄の紋章を見せてくれと頼んでくる冒険者が後を立たない。
集まってくる冒険者達。
そんな冒険者へティリアがニコニコと対応した。
「――わたしが状況を細かく説明しましょう! まず、ゴブリンキングがやってきたとき、この世の終わりだと絶望しました。しかし、ここに居るハルトさんが――」
ティリアが饒舌にゴブリンキングとの戦闘がいかに凄かったのか説明している。
ノリノリで解説するティリアに俺とリティは呆れつつも、止めようとしなかった。そこまでの体力がなかった。
ティリアから紡がれるものは過剰な表現ばかりで、少し恥ずかしくなって身を縮こまらせる。
俺は流れに身を任せた。冒険者達が集まり、ティリアの語る英雄譚の序章みたいなやつに感嘆とした者は俺に握手を求め、もみくちゃにされる。
人混みに揉まれ、左手を無遠慮に触られたりしながら、暑苦しい男達に群がられている俺。
だけど、苦ではなかった。
肩を叩かれ、良くやったなとか、英雄か頑張れよとか、気さくに話しかけられて嬉さのほうが多かった。
これだけ大勢ならば、無能のハルトというアダ名を知っている冒険者もいるはずなのに、全員が讃えてくれた。
倒れたゴブリンキングの周りにも人集りが出来つつある。
ガヤガヤと騒ぐ冒険者達。収拾が付かなくなりそうだったが、ギルドマスターがやってきたことによって騒ぎが収まる。
冒険者達は脇に退け、横にずれたことによって道ができた。
そこへ、ギルドマスターがゆっくりと歩いてくる。負傷した腹を押さえており、受付嬢をしているエイミーさんが肩を借していた。
脇腹には血が滲んだ包帯。ギルドマスターが俺の前までやってくると神妙に口を開く。
「……ゴブリンキング、倒したんだな」
俺は頷いた。
ギルドマスターも噴水広場に居たから、俺やティリアやリティがゴブリンキングと戦っていたところを目撃している。
「……英雄の力のおかげで勝てました」
左手に刻まれた紋章を見せる。
「……そうか、よくやった。事後処理で上にも報告しなくちゃならねえが、そんなもの後でいい。ゆっくり休んでくれ。あとはオレらに任せろ」
ギルドマスターは俺の肩にポンと手を置くと、それだけ言って踵を返していく。追従しているエイミーさんは振り返り、頭を下げてきた。
「ハルトさん、ありがとうございます。あなたが居なければ、父は死んでいたかもしれません」
「……いえ」
「お礼は二人きりで、後ほどに」
「そんな、わざわざ大丈夫ですよ」
礼なんていらないと思っていたが、エイミーさんは頬を膨らませた。
「いえ、後ほど。二人きりで、是非ともお願いします!」
いきなり大声で言ったエイミーさんに、ギルドマスターが苦笑を漏らしている。
「坊主、またあとでな」
「えっと、はい」
俺はどちらともにも曖昧な返事をすると、去っていく二人を見送った。
ギルドマスターは冒険者達に指示を出し、指揮を取って編成するようだった。
まだ平原で戦っている。防衛戦は終わったわけではないのだ。
だけど、俺達の仕事は終わりだろう。ギルドマスターも休んでいいと言ってくれたし、さすがにもう一度戦えなんて言われても体が動かない。
あとは前線に居る騎士や魔法師団、三人の英雄に任せよう。
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