第7話
納得したのか納得していないのか定かだが、俺の力について理解してもらえると森の中を探索することになった。
ゴブリンを倒すのに時間が掛からなかったので、どうせならと採取依頼で必要になる薬草類を教える運びとなった。
木々の間を通り、薬草が生えている密集地帯を目指していく。
「そういえば、ハルトさんってどうして冒険者をやっているんですか?」
「あ、それ。気になってた」
そうこうしながら、後ろから着いてきている二人に質問され、俺は歩く度に邪魔になっている小枝をへし折りながらどう答えるか返答に詰まった。
二人の質問は当然の疑問というやつだ。
貴族ならば家を継ぐ。もし、長男ではなかった場合、国の機関に携わる。騎士団や魔法師団に所属したり、もしくは図書館の司書や研究員だったり。
わざわざ危険を犯してまで冒険者になるやつはよっぽどの物好きだ。遊びではなく、専業の冒険者としてとなるが、貴族全体での数は一割も満たないはずだ。
「二人のほうが俺にとって疑問だけどな。なんで冒険者やってるんだ。金には困ってないだろ?」
はぐらかして同じような質問を返すと真面目な返答が返ってきた。
「ええ。でも、私は強くなりたいの。絶対にティリアを守れるぐらいにね。実戦を詰むなら冒険者が一番良いでしょ?」
「わたしは……リティちゃんの付き添いも兼ねて、外の世界を見てみたいなと思って」
何だか、気軽に聞いてしまったが、二人とも重そうな雰囲気を醸し出していた。
あまり深く聞くのは躊躇ってしまう。
「……危険もあるし、貴族のお嬢様なんだ。程ほどにしておけよ」
「それで、ハルトはどうして専業冒険者なの?」
「です。ハルトさんの家って確か……」
せっかく、はぐらかしたのに掘り返されたら答えるしかなく。
「……今は元貴族。家名は名乗ってないよ」
「……元、ですか?」
「ほら、良くあるだろ。家から追い出されたというか、居ないものとして扱われるようになったというか……まあそんな感じ」
「……なんですか、それは。理由を聞いてもいいですか?」
「ああ、大したことはない。学園で散々聞いただろ。近年稀な無能が居たって。家の名を落としたんだ。そしたら、俺が家を継ぐよりも養子を取って育てたほうが家のためになるって」
「……最低ね」
「そうでもないぞ。俺は両親に感謝しまくってるからな。恩情で学園卒業まで面倒見てくれたし。学園で不登校になってたから順当な結果だ」
「でも、ハルトさんの弓って凄いじゃないですか! それなのにですか!?」
「いや、弓の実力なんて関係ないんだよ。この国は無属性魔法が使えることが大前提。魔力を持たない俺は結局は無能ってことだよ」
「……本当、ファルトって生まれる国を間違えたわね。帝国あたりならそんなことないのに」
二人が同情してくる空気に耐えきれなくて俺は努めて明るい声で道の先にある薬草の密集地帯を指差した。
「まあ、そんなことより。せっかくだし、森に入って稼げる採取ポイントでも教えるよ」
「あ、是非! 討伐依頼よりもそっちのほうが知りたいですっ」
「ええー、討伐系のほうが楽じゃない?」
「危険を犯してまでやりたくないですっ。ほら、薬草も覚えておけばいずれ役に立つかもしれませんよ!」
三人で鼻が曲がるような臭いがする薬草の密集地帯で、仲良く三人で涙目になりながら採取を始めた。
採った薬草は鞄の中へ入れ、臭いが出ないように密封処理を施して次なる薬草地帯を目指していたところで気付いた。
いつからだろうか。
――俺達が尾行され始めたのは。
俺は不自然にならないように少女二人に振り返り、更に奥――背後に見える人影を捉えた。
大分、遠い。魔力の反応は三つ。
「……まじか」
「どうしました?」
「何かあった?」
「……いや、何でもないよ」
二人が問いかけてきたが、俺は言葉を濁して森の中腹まで足を運ぶ。
俺はリティとティリアの今後も兼ね、採取依頼で簡単に採れる薬草を教えるため、森の中を探索していた。
そこでふと、後ろに冒険者が居るのを察知したのだ。
数は三人。ギルドで会話をした頭の軽そうな三人組である。
尾行されている。そう断定していい。
その意図が無ければ、俺達の後ろを取るなんてできない。
俺達は森の中を真っ直ぐ歩いていたわけじゃない。森の浅瀬に存在する魔物、ゴブリンとの遭遇を避けながら曲がったり迂回したりしていたのだ。
なのに、距離を付かず離れずを保っている。
彼等三人は中級冒険者。
この森に用があるのか。それとも……。
基本的に低ランク冒険者が小銭稼ぎに出向くところで、中級冒険者が求める依頼なんて無いはずだ。
つまり、彼等は俺達に何か用がある。もし、本当にそうならば、悪い意味で捉えたほうがよさそうだ。
出来るだけ、森の中を遮蔽物となる木々を上手く利用しながら移動する。
尾行を撒けるのなら撒きたい。
Cランク冒険者から逃げられるとは思っていないが、一悶着起こすよりは可能性に賭けてみたい。こんな誰も居ない森の中では不安しかないぞ。
尾行を撒くために、どんどんと森の深くまで入り込む。だが、さすがにこれ以上入ると魔物の領域に踏み行ってしまう。
そうこうしていたら気配を感じた。
「――静かに」
「え?」
「……何かあったの?」
「魔物だ」
そう言って、人差し指を口元に置き、二人に口を閉じるように合図を送る。
三人共、静かになり、静寂が包み込む。
手で指示しながら三人が身を限りなく伏せて移動していく。
少し離れたところに隠れる。
いくつもの木の根っこが地面まで出ているところで
、上手いこと間に入り込む。俺達は密着する形で外の様子に聞き耳を立てた。
何か重いものを引きずる音が近くから聞こえる。
地面が僅かに揺れ、土を削ったような音だ。
か細い吐息がティリアから漏れようとしたが、必死に押し殺し、リティの腕に捕まっている。
しがみつかれたリティはティリアの頭を撫で、落ち着かせようとしていた。
俺はそんな二人を見ながら、音の元凶たる魔物を考える。
ここからじゃ見えないが、ゴブリンではないだろう。オークでもないはずだ。それよりも大きい。
魔力の反応で居場所は伝わるが、見たこともない魔物の正体は掴めない。
ゆっくりと通りすぎていく音。心拍数が上がっているのか心臓の音がやけに大きく聞こえる。
「……もう大丈夫か」
「何だったの、あれ」
「ま、魔物なんですか?」
「魔物なのは間違いないが、正体が分からない。あの重いものを引きずるような音、ゴブリンではないだろうな」
「また、オークですか……?」
不安げな顔で問いかけてくるティリア。
オークに苦手意識を持ってしまったのだろうか。
俺は安心させるように首を振り、オークではないことを告げる。
「多分、違う魔物だよ。少しこのまま留まってくれ」
俺は精霊にお願いして、辺り一帯の魔力反応を探ってみた。帰るにしても魔物と遭遇して戦闘になるのは御免だ。
いくつもの青色に浮かぶ精霊が魔力を薄く伸ばし、森の中へと広がっていく。
どんどんと魔力の反応が増えていく。
――なんだこれ。
索敵範囲に引っ掛かったものがあった。
尋常ではない魔力の数。
百や二百ではない。これは、ゴブリンか。それにしても数が異常だ。
「……少し、調べてみるか」
俺は呟くと、聞こえてしまったのか二人が反応した。
「あ、危ないですよ」
「そうよ。早めに帰るべきよ」
「悪い、俺一人で調べるから二人は帰ってくれるか?」
「嫌よ。何を調べる気?」
「一人でなんて危険ですっ」
「……信じてくれないかもしれないけど、魔物が数千の数で集まってるんだ。ほとんどゴブリンだと思うけど、ここまでの数は異常だ」
「……信じるわ。弓矢のとき、見ないでゴブリンのこと倒してたもの。だけど、それが本当なら早くギルドに報告するべきよ」
「ギルドに報告したいところだが、姿も見ていないんだ。信じてもらえるか怪しい」
不確かな情報だと妄言と取られる可能性すらある。
「そ、それはそうかもしれませんが……」
「私たちは貴族よ。さすがに信じるでしょ」
「そうだとは思うが、討伐部隊を編成するにしても魔物の情報が無いとな……」
「それは……そうかもしれないけど」
「だろ。だから二人は先に帰ってくれるか? 二人なら森も安全に出れるだろ。俺は様子を見てくる」
「わ、わたしも行きます! リティちゃんも!」
「……なんでそうなる。俺一人で行ったほうが安全だ」
「わたしとリティちゃんも証人になれば、ギルド側も絶対に信じて直ぐに動いてくれますよ!」
「……なら、俺が一人で行って、二人に伝えたのをギルドに言ってもらうのは駄目か?」
学園の生徒でもあり、貴族の子女二人が報告してくれればギルドも動くだろう。悲しいことに俺の報告よりも信憑性は高くなる。
だが、二人が着いてくるのとは話が別だ。危険すぎる。
そのため、俺は別の案を出した。
「……あ、そうですね。でも、やっぱり、わたしたちも行きますよ。ハルトさんにだけ危ない目に合わせられません。それに、わたしは嘘が苦手です。見てもいないことを堂々と言えません! なので、一緒に行きます!」
ティリアは頷き、ごくりと喉を鳴らして覚悟を決めたような顔していた。
「有難い申し出だけどな、一緒に来るのは駄目だ。俺が許可しない」
この場面はどう考えても一人で行くべき。
ティリアは俺を危ない目に合わせたくないと言っているが、一人のほうが確実だ。精霊の力を借りて反応を察知し、めちゃくちゃ遠くから見るつもりなのだ。
三人となれば魔物に見つかる確率も上がり、危険が及ぶ。
どう言い聞かせようか迷いつつ、リティへ止めてもらおうと口を開きかけて目線が交差した。
「ハルト。ティリアがこう言ったらもう聞かないわよ」
反対してもらおうとしたら、リティがティリアを後押ししてきたのだが。
「……三人でも安全を確保することは出来ると思うが、絶対はない。二人とも大人しく待っててくれる選択はないのか」
「……ハルトさんからしたら、頼りなくて迷惑かもしれません。ですが、わたしはハルトさんが危険な目にもしも合ったとき、大人しくしていたなんて堪えられません。お願いです。一緒に行かせてください」
「そうね。それに、あなたが戦うとき、盾役が居なかったら困るでしょ?」
二人の言い分は俺を心配してのこと。ここまで言われては二人を置いて行けないか。
「……分かった。必ず俺の指示に従うことを約束してくれ」
「もちろんよ。ティリアもそれでいいよね?」
「はいです!」
そうして俺達は音が去っていった方向へと三人で行くことになった。
落ちている草木や枝に注意を払い、森の中を慎重に進む。息を殺し、音を極力鳴らさないように木々の間を通り抜けていく。
程なくして、魔物の気配が濃いところまで着いた。
俺達は制止し、しばらく様子を窺う。
ゆっくりと近付いていき、三人で草木の間から覗いてみた。
そこはとても開けた場所だった。木々生えておらず、中心には大きな切り株が存在した。
――だが、何というべきか。
息が詰まったような錯覚に陥った。
背筋が凍った、そう表現するべきか。
まだ姿を見られたわけではないのに、俺は体の芯から震えてしまった。
俺達が覗いたところには巨大な魔物――トロールと呼ばれる魔物が数匹いた。音の元凶はこいつだ。
大きな鈍器を持って、地面を引きずっている跡が残っている。
それよりも、だ。俺達が驚愕したのはその先に潜む数えきれないほどのゴブリン――。
蠢くように緑色の肌をした魔物、ゴブリンが異常なほど集まっていた。目算でも千は有に超えている。
まるで、一つの生物のように奴等は醜い声を上げており、数が数なだけあって悍ましい。
その中心には巨大なゴブリンだ。膝丈ほどのゴブリンより遥かに巨大な体躯をしており、人間の約四倍の大きさだった。
そいつは切り株に偉そうに座っていて、こいつが一番やばい。
もしも殺り合ったら瞬殺されると直感がそう告げているほど。ただのゴブリンではない。
奴は緑色の肌に黒目の醜い顔なのは普通のゴブリンと変わらない。しかし、手には大剣を持ち、鎧も着ている。
そして、驚いたことに頭には王冠があった。
王の証。
特徴はギルドの魔物図鑑で見たそいつとそっくりで、否定したいところだが、本物であることは直感が告げている。
――名を、ゴブリンキング。指定驚異度Aランクに認定されている魔物だ。
ゴブリンから生まれた変異種でもあり、ゴブリン系統の魔物を従えることから災害級と認定された魔物である。
文献にも載っているほどで、あらゆる物を略奪し、小国を滅ぼしたと言われている危険種だ。
真っ先に頭に浮かぶのは、なんでこんなのがここに居るんだという疑問。
「ひっぅ」
ティリアが恐怖に飲まれ、声を漏らしそうになっていた。
あの魔物は『国堕とし』という別名で有名だ。冒険者になろうと志す者は大抵知っている。
俺は咄嗟に彼女の口を塞ぎ、声で魔物達からバレることを阻止した。
口元を押さえ、急いだこともあってティリアの口に俺の指が思わず入ってしまったが。事故だ、許してくれ。
そんな不慮の事故が発生したが、非常事態だ。もがくティリアに構わず空いている手で静かになるようお願いする。
目をぱちくりとした少女は俺の意図を汲み取ってくれたのか、こくこくと頷きを返してくれた。
口元を手で覆う姿勢はそのまま――指はさすがに出したが――俺達は静止して、魔物達の様子を観察する。
ゴブリンが一際大きなゴブリンキングを囲い、醜い奇声を発している。
こちらに意識は向いていない。よかった。
ほっと安堵し、胸を撫で下ろしていると手に生暖かい感触が走った。
ティリアの口を覆っている俺の手からである。
艶目かしい吐息と共に、ざらざらとした感触が指先を這う。
むず痒い感覚に横を見ればティリアが舌で俺の手を舐めていた。
こんなときに何をしているんだ、この子は。
俺が不意にティリアに視線を集中し、そのことでリティも同じように見るやハッとして止めてくれた。
「ご、ごめんなさ――」
「……静かに」
謝ろうとしたティリアを制し、頼むから静かにしてくれとお願いする。切迫した状況なのだ。
赤面して俯いてしまったティリア。リティは頭を撫でて落ち着かせている。
湿った左手に俺は戸惑いつつ、思考を加速させる。
――口に突っ込まれたことで、反射的に舐めたのだろうか。
違う、そっちを考えている暇じゃない。
速やかに撤退しよう。ギルドに行き、早急に対処してもらわなければ。
そう決めたら、鼓膜が重低音に支配された。
「――――――!」
ゴブリンキングの咆哮。
大気中を震わせたそれに、周りのゴブリンやトロールも呼応していく。
まるで、戦前の兵士がやる鼓舞のようだった。
胸がざわつく。これは不味い。
二人に合図を送り、俺達は後ろに下がろうとしたら――。
「やあ、三流冒険者の無能君。冒険者に予想外は付き物だって言ったよな。予想外っていうのは僕たちのことさ。はは、可愛い貴族の令嬢は奴隷商人に売り飛ばしてやる」
本当に予想外だった。
お前ら、ここで来るのかと。
尾行されていたことを失念していた。
頭の軽そうな三人組『双壁の火炎』はニヤニヤしながら俺達の背後から姿を現してきた。
「――お前らそれどころじゃない。複数の魔物がいる。さっさと逃げないと死ぬぞッ」
男に忠告する。だが、リティとティリアのことをなめ回すように見ていて話を聞こうともしない。
一刻を争う事態なのだ。こんなやつらに構っている暇はないのだが、舌なめずりした男は笑い流して俺達の行く手を阻んだ。
俺達は正面の男達と、背後の魔物の集団に挟まれている形となった。
「は、その手には乗るかよ? いうて、魔物なんてゴブリンぐらいだろ? 必死すぎじゃね?」
「無能じゃ、ゴブリンすら倒せねえからな」
「それな、マジうける」
三人で笑い合っている彼等を他所に、俺は思考を巡らせる。
奴隷商人がどうとか色々と気になることはあったが、一先ずこの森から抜けて王都に戻るのが先決だ。
彼等のランクはCランクパーティ。中級冒険者としての実力はあるが、協力してところでゴブリンキングには絶対に勝てない。
Aランク冒険者が百人揃っても勝てるかどうかの相手だ。
――背筋に嫌な汗が流れる。
騒いだことで後ろの魔物達の声が止んでいた。
後ろを見なくても分かる。
ゴブリン達の意識がこちらへ向いている。
のっそりと立ち上がったトロールに、ゴブリンが卑しい顔を歪めて各々の武器を手にしていることが。
早く、とにかく全速力で逃げなければいけない。
「違う。ゴブリンキングだぞッ!」
「そうですっ。直ぐそこに居るんです!」
「あんたたちに構ってる暇なんてないの。さっさと退きなさい!」
「はあ? ゴブリンキング? 嘘を付くならもっとマシなの言えよ。バカじゃねーの、お前」
「……信じないなら信じないでいい。あっちを見てからお前たちで判断しろ。俺たちは森から出る。二人とも行くぞ」
「は、はいっ」
「ええ」
三人組から距離を取りながら円を描くように周り道をし、森から抜ける進路を取る。
だが、三人組がそれを許しはしない。
「逃がすと思うか?」
「貴族の女は高く売れるんだよなぁ」
「無能君は女二人置いてけば? 命だけは勘弁してあげてもいいぜ?」
「――お前ら、本当に状況が分かってないのか。ゴブリンキングがそこに居るんだぞ!?」
「はい、嘘乙ー。そんなこと宣ってる無能君には痛い目みてもらわないとな。ファイアーボール!」
三人組の一人が手のひらを向け、魔法を放ってきた。
拳より少しだけ大きな火球。
「ウォ、ウォーターボール!」
ティリアが同じように手のひらを向け、魔法を唱える。
こちらは水の球体で、放たれた火球とぶつかり合う。
――魔法の相殺はしなかった。
小さな破裂音が鳴り、水の球体が火を飲み込んで男達へ向かっていく。
「へえ、やるじゃん。さすがは学園の生徒か」
盾持ち二人が外見に似合わない体捌きで、ティリアが放った球体を防ぐ。その身のこなしはさすがはCランク冒険者だ。
「――――――!」
男達と争っていると、ゴブリンキングの唸り声が辺り一帯を埋め尽くす。
危機感だけが募る。
「な、なんだ?」
「あれ、これ、やばいんじゃね?」
「ゴブリンじゃねーよな!?」
戸惑う三人組の隙を見て、俺はティリアとリティを連れて走り出す。
「――今のうちだッ、逃げるぞ!」
二人へ指示を出し、男三人組を構わずに走り抜ける。
「って、なんだよ。ゴブリンじゃねえーか」
「割りとマジでビビったわ」
横目に映るのは茂みからごそごそと現れた数匹のゴブリン。
小型の緑色の魔物が現れ、彼等は安心したようにお互い顔を見合わせていた。
「こんな雑魚、オレの魔法で一撃な。ファイアーボール!」
「ピギャッ!?」
茂みから出てきた先頭のゴブリンを魔法で倒した男。
だが、次々にやってくる。
それとは別に、ゴブリンではない魔物が襲い掛かろうとしていた。
「お前ら横に跳べ! トロールだ!」
「は? んなもん、居るわけねえ――ぁぎゃ!?」
男はこちらへ振り向いた瞬間に叩き潰された。
鈍器を振り下ろしたトロールが木を倒しながら現れる。
血が付いた鈍器の下には、胴体から上が潰れた男。大地に陥没し、立ち上がることはない。既に息はなく、致命傷だ。
男の一人が死んだ。
「え? おい、ラル?」
「ラルが潰れて? は?」
肉塊となった仲間の死体に茫然としている男二人は、その場で棒立ちとなっていた。そんな二人へ無情にも複数のゴブリンが襲い掛かる。
先の尖った木を突き刺し、足元にしがみつくゴブリン。
「っ! 糞雑魚のゴブリンがオレに触れるんじゃねえよ!」
鋭い切っ先の棒は盾で弾き、しがみつこうとしたゴブリンを足蹴りした男は叫ぶが、至るところから現れるゴブリンの強襲になすすべなくやられていく。
「そ、そんな……」
ティリアが息を飲む。
「リティ! ティリアを連れて逃げるぞ!」
惨状に理解が追い付いていない二人へ叱咤するように、俺達は魔物に背を向けて走り出す。
ティリアの手を引いたリティを前に、頭に記憶している地形を思い出しながら指示して殿をつとめる。
「くそ! 森を抜けるまで止まるなよ!」
人を見殺しにしてしまった罪悪感を抱えて、俺は後ろを振り返らずに走った。
ゴブリンやトロールの気配を真後ろに感じながら、脇目を振らずに悪路をひたすら駆ける。
追ってくる足音や、間近で耳にするゴブリンが興奮して出した鳴き声。トロールの木々をなぎ倒して迫る音。
俺達を狙ってくる魔物の集団に怯えつつ、やっと森を抜けた。
草原に出たら、ぴたりと止む。
足音も声も、何もかも。静かになった。
草原に出てからもそれなりの距離を走った俺達。
荒い呼吸を整えるため、息を深く吐き出しながら森の中を伺うと、驚いたことに数百のゴブリンや数体目立つトロールがじっと立ち止まっていたのだ。
「……追ってこないわね」
「……た、助かったんですね」
リティとティリアが大粒の汗をかいた額を拭いながら、森の端にいる魔物に首を傾げている。
彼女達と同じように俺も汗を拭き、魔物の動きに注視するが、森から一歩も出ようとしないゴブリン達に違和感しかない。
こちら側を目で追いながら唸り声を上げているだけなのだ。
「……不気味だな。ゴブリンは人間を見たら襲い掛かる習性があるのに、森から出ようとしない。ゴブリンキングのせいなのか」
「どうみても、おかしいわよね」
「ゴブリンキングが命令している、ということなんでしょうか……?」
「……どうだろうな。追ってこないなら好都合だけどな。急いでギルドに報告するぞ」
俺達は背中に魔物達の視線をひしひしと感じながら王都へと戻った。
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