第6話
冒険者はランクで区分けされており、ランクが高いほど報酬が優遇される。
たまに低ランクで受けられて報酬が良いものがあるが、それは依頼主が早めに処理してもらいたいなどの意向があるもので、まず依頼板に張り付いていないとお目にかかれない。
そんなわけで、既に張り出されている依頼はいつも見るようなものだった。
俺達三人は下から数えたほうが早いランクなため、受けられる依頼は大まかに分けて二択しかない。ゴブリン討伐依頼か採取依頼のどちらか。
依頼には護衛や、大型魔物の討伐など種類も多々あるが、どれも高ランクじゃないと受けられないものである。
隣でリティが物珍しげに見ている依頼票はCランクのもので、俺達が受注するのは不可能。
ちらりとその依頼票の内容を見てみるが、キラーアントの駆除なんて俺たちには無理な案件だ。確か、二十人規模で安全マージンを取れるものだったか。
そんな大人数でやるのは先の先、数年はやる機会は無さそうだ。
気を取り直して。
「さて。どっちをやりたい?」
依頼板を眺めながら、うむむと唸るティリアの横に立って声を掛ける。
「無難に採取でしょうか。ただ、どれを選べばいいのか……」
ティリアは採取依頼が張り出されている場所を難しげな顔で悩んでいる。
採取依頼といっても中身は様々で、戸惑うのも無理はない。
一通り、採取依頼で必要な薬草類を学生時代に網羅している俺からすると、一番報酬がいいのが回復薬の原料となる薬草で、その次に解毒剤に使う薬草だ。
他の採取依頼は報酬額が多かったりと魅力的に見えるかもしれないが、効率を考えると止めておいたほうがいい部類である。
探すのが手間だったり、崖の上しか生えていないとか。
それらは運良く見つけたらギルドに卸すぐらいで、わざわざ依頼を受けてまでやろうという気にはならない。
ただ、どれも採取場所は森だ。オークと戦った森は規制が入っているので隣の森に行かないとならない。まあ、距離はほとんど同じなのだが。
「採取よりもゴブリン討伐がやりたいわ」
ティリアと話していたらリティが割り込んできて、ゴブリン討伐の依頼票を指差してきた。
「……ゴブリン討伐か。やる意味ないんじゃないか。割りに合わないし、リスクもある」
「冒険者になったからにはゴブリン討伐って言うし……」
「そうですね。結局、初依頼はゴブリンを倒すことができないまま、オークに襲われてしまいましたから。私たちの初めてのお仕事は失敗なのです……」
「初依頼で失敗は辛いな。というか、ゴブリンなんて草原に居るのに、どうして森の中まで入ったんだ……?」
ゴブリン討伐依頼は草原で彷徨くのを狩るものだ。そのため、最低ランクのEランクでも受けられるようになっている。
「距離も遠かったですので、採取も兼ねて森の中で戦おうと……」
一石二鳥を狙ったのか。気持ちは分かるが。
「……森の中でゴブリンを倒すとなると難易度高いからな。止めておいたほうがいいぞ」
草原なら遮蔽物もなく、囲まれる心配もせずに戦えるが、森の中だと立ち回りが変わる。
森での戦いは木々が邪魔になって足場も悪い。
「でも、ゴブリンって弱いんでしょ?」
「どうだろうな。俺は基本的に距離をあける戦法だし、危険を感じたことはないけど。ただ、一度だけ近距離で戦ったことがある。そのときは思い出したくもないほど酷かった」
「弓矢ですしね。この辺でその武器って珍しいですよね。飛び道具は帝国っていうイメージです。近接戦闘のときはどうしたんですか?」
「ハルトって魔力ないし、そうせざるを得なかったってやつかしら」
「……学園の実習だよ。内容がゴブリンを倒すっていうやつだったんだけどさ。貸し出されたのが、剣のみで魔法は使ってもいいってやつ。俺に魔法なんて使えないし、剣は扱いが下手くそだからさ……」
「ああ、なるほど……」
「す、すみませんっ。嫌な思い出を蘇らしちゃって」
「いや、ごめん。暗い話になっちゃったな。そんなつもりはなかったんだ」
「学園って剣と魔法に偏ってるわよね。騎士になるか魔法師になるかどうかみたいな」
「貴族の将来のための予備校って感じですからね」
「まあ、俺は騎士団も魔法師団も面接にすら辿り着かなかったけどな……」
「え、面接って誰でもやるんじゃないの?」
「いえ、確か全員が面接には参加すると聞いたことが……す、すみません!」
そうなのだ。面接は全員が参加するはずが、俺は書類の時点で落とされていた。後半はほとんど行っていなかったから素行不良と書類に書かれていたのかもしれない。
「でも、一度しか見たことないけど、弓の腕前は私たちですら認めているわ。合わなかっただけなんじゃない? 帝国とかに生まれていたら多分だけど昇進してるわよ」
「そうです! その通りです!」
ティリアが乗っかってくるが、気を遣わせてしまったか。
生まれる場所を間違ってしまったなんて、考えても意味が無いことだが。
「お世辞でもそう言われると有り難いよ」
「お世辞のつもりはないんだけど……。卑屈なのは駄目よ」
「ですです! もっと自身を持ってください! あなたに助けられた二人がこうして生きていられるんですから」
「……うん、そうだな。ありがとう」
なんだか二人に励まされてしまった。
「……ちなみに、ハルトさん的にはゴブリンは止めておいたほうがいいですか? わたしたちだとまだ早いですかね?」
ティリアが聞いてくるのに対して、俺は首を振る。
「いや、ゴブリン討伐をやりたいってんなら、二人に任せるよ。三人パーティなら危なげなくいけるだろうし。三人で初依頼っていうこともあるから好きなのやろう」
「なら、決まり! ゴブリン討伐で!」
勢いよく依頼板から剥がしたリティが受付まで行く姿をティリアと二人して眺め、金髪の一束が元気よく揺れるのを一緒に見て苦笑した。
今日、俺は本気を出すことにした。
いや、いつも本気でやっていないというわけではないのだが、気合いをいつも以上に入れて挑む。
初めてのパーティ依頼。三人でゴブリン討伐に決まった。
二人の命を預かる身である。
失敗は許されない。
そんなに気張っている理由としては、俺はこの中で年長者という理由でパーティリーダーにされてしまったのだ。実力的には劣っているはずなのに何でか分からないが、なってしまったものは仕方ないと割りきってはいる。
後ろに着いてきている二人へ俺は振り向き、何か言おうとして二人と目が合った。
二人の純粋な瞳に口ごもる。俺を疑うなんてことはせず、信頼しているような。
それが、とても重いような気がしてならない。お腹がきりきりしてきたが、意味のない咳払いを繰り返し、話を切り出していく。
「あ、ああ、ええと、初めての討伐依頼だ。実践経験が少ない俺がこう言うのもあれだけど、敵が弱いからといって油断はしないように」
パーティーのリーダーっぽいことを言った俺。言葉にして痛感する。そんな柄じゃないと、恥ずかしさが込み上げてくる。
「ええ、勿論よ。指示はハルト、あなたに任せるわ」
外側だけでも取り繕った俺へ、金髪の少女が頷いた。
「わ、私も頑張ります……! え、えっと、ゴブリン一匹なら勝てます! 頑張ります!」
ローブを羽織り、杖を持つ少女も元気良くそれに続く。
俺も二人の信頼を損なわないように頑張ろうと思う。
――討伐依頼。ゴブリンを五匹討伐。討伐証明として右耳を持ってくること。五匹以上の買い取りも可。
ギルドに赴き、真っ先に目につくこの依頼。
低賃金、重労働。よくよく報酬額や移動時間を計算すると、そんな言葉しか出てこない。
つまり、初心者冒険者が引っ掛かる罠でもある。
草原に疎らに彷徨いているゴブリンを倒すのには時間と労力が掛かる。日頃から国の兵士がゴブリンを狩っているせいだ。
治安維持や民衆の支持を集める目的とはいえ、冒険者にとっては仕事が減るようなもの。
そんなこともあり、ゴブリン討伐は極力やりたくはない。何よりリスクを背負ったうえで、数匹狩って夕飯の一食分に届くかどうかの報酬だ。
普通に考えると、採取依頼のほうが圧倒的に稼げる。
だけど、二人がやりたいって言うなら俺も嫌とは言えない。
今日は全力でやる。そう決めた。
報酬が低かろうと意味を見出だせなくとも、俺はいつも以上に集中して行うのだ。
「――リティ、後ろから二体来てる。そっちは任せるぞ」
背中を任せていたリティに指示を飛ばす。
弓を構え、前方にいるゴブリンに狙い定めた俺は矢を放ちながら背後からの奇襲を伝えた。
草原には魔物の数が少ないが、複数同時にゴブリンと接敵するのは避けなければいけない。
リティとティリアが居れば、ゴブリンぐらいなら囲まれても余裕そうだが油断大敵である。
ギルドで絡んできた冒険者も言っていた。
――冒険者活動をしていると予想外なことが起きると。
ならばこそ、俺は最善を尽くし、予想外を排除する。
「え、うん……」
いつも気の強そうな彼女は力のない返事をしてくる。彼女から言い出した討伐依頼なのに元気がない。
どうしてだ。こんな短時間で不調にでもなったのか。
まあ、それは後。今は戦闘中――。
弓矢を射って、見事に三匹のゴブリンを捉えたことを確認した俺は真横から魔物の気配を感じ、ティリアにも指示を飛ばす。
「まだ距離はあるが、横からゴブリンがこっちに向かってきてる。奇襲に備えてティリアは魔法を詠唱しておいてくれ!」
「あ、はいです……」
いつもおっとりしている彼女は杖を両手で握りながら遠い目をしながら魔法を詠唱していく。
彼女達に覇気がないのは気掛かりだが、それでも危険がないように立ち回るのがパーティーでの年長者の仕事。
今日の俺は本気で取り組む。
「ふう、一段落だな」
「……そうね」
「……そうですね」
彼女達の安全には気をつけたつもりだ。奇襲は全て防いだし、事前にゴブリンの方向を伝えている。危なげなく討伐出来たと自負しているのだが、気掛かりなのは彼女達の表情が暗いこと。
「えっと、二人とも暗いな。やっぱり、ゴブリン討伐はつまらなかったか?」
まあ、そりゃそうだろうと思いながら言ってみた。
ゴブリンは単独行動をしているやつに限れば、雑魚で有名な魔物だ。二人は学園の生徒ということもあって腕は優秀。
一体一の状況で彼女達は一匹ずつを確実に仕留めている。ものの数秒も掛からずだ。
実際、戦ってみればゴブリンなんて弱すぎると思ったんじゃないだろうか。
もし、そうだとしたら俺が注意したほうがいいのか。過信は禁物だぞって。
「……凄く、つまらなかった」
「……そう、ですね。ちょっと頭がおかしいことを見た気持ちです」
俯いた顔で剣の束を触りながら、明後日の方向を見ているリティと、俺をちらちらと見ながら言ってくるティリア。
「……?」
何か不手際でもあったのだろうか。初めてのパーティで浮かれつつも、細心の注意を払って討伐依頼をこなしたわけだが。
「ねえ、ティリア。これおかしくない?」
リティが相方の少女へ疑問を振った。
「リティちゃんもそう思いますよね……。多分、同じことを思ってます」
彼女はとても困ったように、俺をちらっと横目で見ながら頷いた。
「え?」
年下の少女二人から何とも言えない雰囲気が俺へと押し寄せてくる。
無言の圧力というか、糾弾しているようなものだった。何だ、何をやってしまったんだ俺は。
必死に脳裏でやってしまったミスを考えるが、特に思い当たる節がない。
いや、本当にパーティとしての致命的なミスはしていないはず。現に三人とも無傷で討伐依頼を終えている。
「……ねえ、あり得なくない? ハルト、あんた本当に無能なの?」
どういう意味だろう。無能のハルトって定着しているのは俺で間違いないぞ。自分で言ってて悲しくなるけど。
「……どういう意味だ。無属性すら扱えないってなら俺だけど」
「あの、ハルトさん! ……あの距離の魔物を感知するのは魔法を使っているわけではないんですよね?」
やばい、張り切りすぎたか。
英雄の力である魔力感知に突っ込まれている。
左手に手袋で隠しているが、下には紋章がでかでかと描かれている。これは二人にも隠したい。
俺が英雄の一人なんてガッカリするだろうし、公にして前線に放り出されるのは避けたいのだ。
俺は少し悩んで、誤魔化すことにした。
「……勘かな。魔物がどこに居るかなんて冒険者ならだいたい分かるんじゃないか?」
「え、えっと……。私には分からないですけど……」
だよな。普通、分からないと思う。
でも、冒険者がよく言うじゃないか。勘で分かるみたいな。
羽織っているローブの端を弄りながら困惑顔のティリア。
「そう、それよ! 何で百メートル以上の距離で、見ないで魔物の場所分かるのか知らないけどさ。あんな距離で奇襲を警戒する意味あんの!? 普通、おかしいでしょ!」
指をびしっと俺に向けたリティが気の強そうな目で訴えて騒ぐ。
……本当にすまない。初依頼で浮かれていた。
しかし、俺は息を吐き出し、説教をするのに移った。
「……距離が離れているとはいえ、警戒するに越したことはない。低ランクの依頼だけど、命が掛かってるのには違いがないんだ」
「いや、そうなんだけどさ。そうだけど……正論なんだけど!」
ごめんな、リティ。あんまり遠くても言っておいたほうがいいかなって思ったんだ。
ほら、ギルドの冒険者にも言われただろ。
冒険者をやっていると予想外なことにも巻き込まれるって。俺達に出来るのは予想外を事前に把握し、全力で回避するのに尽くすのみだ。
「ハ、ハルトさんの弓もおかしいと思います!」
正論をリティに翳すと、どもりながらティリアが前に出てきて俺の弓矢を指差した。
「弓がおかしいってどういうことだ?」
「普通はあんなに飛ばないと思いますっ」
「そんなことないんじゃないか? 普通だと思うぞ?」
「それのどこが普通よ!? あんな距離まで届く弓矢なんて聞いたことも見たこともないわ!」
「遠距離の武器こそが弓矢の本領だろ……?」
「あの、私が知っている弓矢の射程距離って、良くても四百メートルとかなんですけど……」
「……俺とほとんど変わらないんじゃないか?」
「距離は多分、五百メートル以上は飛んでましたし、それの狙いをミス一つもなく、狙ったところに全部いくというのがおかしいと言いますか……」
「そうそれ! あんたの弓、あの距離を狙いを違わず当てるって、まずおかしいでしょう!?」
ああ、俺が百発百中のことを訝しんでいたのか。
精霊の補正込みだしな。
オーク戦ではミスを連発したが、これだけ遠ければ心の余裕もある。なにより、今回のゴブリン討伐は気合い充分なのだ。
でも、ここまで怪しまれると英雄の力は秘密にしても、理由は教えたほうがいいのかもしれない。
「……ええと、俺には魔力が視えるんだ。魔物の居場所は魔力感知で、狙いは風に合わせれば当たる。風にも魔力が宿ってるから流れが読めるんだよ」
俺が特別凄いわけではない。英雄の力だ。
精霊に力を借りて魔物の位置を特定し、風に含まれた魔力を読んで当たるように射っているだけだ。
「え?」
「は?」
「おかしなこと言ったつもりは……。やっぱりおかしいか?」
二人の白い眼差しを送る反応で言葉を翻す。
「普通におかしいわよ!」
そうだよな。
「……風に魔力が含まれてる? 狙いも風に乗せれば当たると?」
「あ、ああ。まあ、そんな感じ」
ティリアが詰め寄ってきて聞いてくる。俺は思わず、一歩後退した。
「ここの草原。……完全な無風なんだけど?」
リティが片腕を広げ、風の吹いていない緑の草原へ手のひらを向ける。
確かに、今は風が吹いていない。
「風は吹いていない。でも、俺には視えるんだ」
「……視える?」
二人が頭おかしいみたいに見てるのだが。
さすがにこの印象で終われば、ただの変人になってしまうので、それを払拭するためにも俺は実演することにした。
矢を二本取り出し、真上に緩急をつけて放つ。
頭上へ勢い良く放たれた弓矢。
それを眺めることはせず、反転した。
「風がここに吹くってさ。分かるんだ」
リティとティリアへ背中を見せ、離れた位置だが正面に居るゴブリン二匹を指差す。
「ちなみに、あれを狙った」
と、言ってみたものの、顔だけ二人の様子を見てみたら弓矢の軌道を追っていて話を聞いていなかった。
まあ、俺も空へと上がった矢でも見ることにしよう。
――見上げてみれば、風が吹いたところ。
急激な突風によって、不自然に軌道を変えた弓矢。空中で停滞し、矢じりが意思を持ったように標的となるゴブリンへ狙いを定めた。
そのまま風と重力に従って急降下。
まるで、ゴブリンに吸い込まれるように脳天へ。
突き刺さった。
「な、当たっただろ?」
「……ゴブリンのことを見てもいなかったのに」
「お、おかしいわよ! それ!」
ティリアは呆然と困惑気味で、リティは指を俺へ突きつけてきた。
二人の反応に笑いそうになる。
「魔法みたいな魔法……。魔力の反応も全然なかったので、目を疑うといいますか、信じられないものを見た気分です」
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