第2話



 場所は王都内でも有名なギルド。


 早速だが、冒険者登録をやりに来ていた。


 新規登録専用の受付で簡単な必要事項を紙に書き、提出と同時に魔力測定で終わるはずだったが、そこで問題が発生した。


「魔力ゼロ、ですね。えっとその、魔力ゼロということは有り得ないことなので、鑑定石が故障したかもしれません。ど、どうすればいいんでしょうか。……って、冒険者志望の方に聞いてもですよね、ははは。先輩は忙しいし、どうしよう……」


 先ほどまで、愛想の良い笑みを浮かべていた受付嬢が今や困惑気味の表情をして焦りを見せている。


 俺が手を置いた鑑定石が一切反応しないことにより、戸惑っているのだ。


 この鑑定石と呼ばれるものは特殊な石に魔法が付与され、触れた者の魔力量を読み取ることができる。そして青色の輝きが発せられ、対象者の魔力量を周知させることこそが鑑定石の目的だ。


 何でこんなものがあるのかというと、魔力量の多さはどこに行っても重要視されているからである。ここ、ギルドに登録する際も魔力量によっては最初がFランクか、Eランクになるか決まったりもする。


 騎士や魔法師団にいたっては実力を重視する機関のため、最低限の魔力がなければ就くこともできない。


 この世界では魔力量こそが全てだ。


 なのに、鑑定石に掠りもせず、反応が無かった俺。


 一時の静寂に包まれたような気がした。多分、気のせいだと言いたいところだが、間違いなく温度は降下している。


 他の受付と比べれば差は歴然か。


 少し離れたところにある受付は従来通りに列を成しており、色とりどりの防具に身を纏った冒険者達が賑わいを見せている。


 次々とやってくる冒険者をギルド職員たる受付嬢が完璧な対応で捌いているが、反対にこちら側の区画。


 俺の目の前に居る受付嬢の笑顔は固まっていた。


 こちらの受付は新規冒険者用で本来の受付よりも小規模なためギルドの端に置かれているのだが、冒険者に登録をやりに来ているのは俺を含めた三人。


 受付嬢の空笑いは静まった区画に響き渡り、後ろの席で順番待ちをしていた二人からも俺に視線が集中するのが手に取るように分かった。


 まあ、それもそうだろうか。と、頭の片隅で思った俺は手を置いている鑑定石を凝視する。


 魔力に反応したら青い輝きを見せる物なのだが、まるでただの石ころ。念じたところで輝く気配は皆無だ。


 つまり、結論としては俺の魔力はゼロ。


 鑑定石の結果は絶対だ。


 僅かでも魔力を持っていたら淡く輝く青色の点滅が繰り返され、豊富な魔力量であれば辺り一帯を埋め尽くすほどの発光がなされる。


 だが、俺が触れたものは点滅どころか沈黙を保ち続けている。


 ――魔力ゼロ。無属性すら扱えない無能力者。


 昔からのことだから知っていた。こうやって驚かれているのにも慣れてはいる。


 受付嬢の反応は普通のものだ。


 魔力とは云わば生命力。


 誰もが魔力を体内に巡らせ、息を吸うのと同じように大気中に溢れる魔力を取り込んで生きている。


 魔力量が高い者は魔法という超常現象を起こすことができ、そうでなくとも子供大人問わず、日常生活で身体強化を意図せずに使っている。


 誰しもが魔力を持つ世界。


 生命力を表す魔力に大小の差はあれ、魔力が無いということはありえない。


 しかし、俺は例外だ。悪い意味で。 


 自慢できることでは決してないのだが、俺は魔力を一切有していない。


 だから、鑑定石に触れ、何も起こらなくても不思議ではなかった。


 当然の結果だなと他人事のように無反応を示す鑑定石を前に、受付嬢は故障したと勘違いしたようだったが、これは俺のせい。


 正直に理由を話し、鑑定石が反応しない原因を伝えようと口を開く。


「あの――」


 しかし、開きかけた俺の言葉は届くことはなかった。


 受付嬢は落ち着きなく辺りを見渡し、一度大きく深呼吸をしていた。その後にわなわなと手を震わせ、テーブルに両手を力強く置いたのだ。


 俺の言葉を遮って、ダンッと良い音が鳴った。


「――私、直します!」


 そう言って、長テーブルを挟んだ向かい側に座っていた受付嬢は椅子から腰を浮かし、勢いよくこちら側へ身を乗り出してきたわけだが。


 吐息が掛かる距離まで詰められ、俺は反射的に身を引いた。


 尚もにじり寄ってくる受付嬢に困惑する。


「ええと……」


 顔がやたらと近い受付嬢に口ごもる俺。


 茶髪に水色の瞳。長いまつげに薄い化粧。年齢は俺と同じぐらいで、男受けしそうな顔立ちの受付嬢だ。


 受付嬢といえば、職業柄なのか美人な女性が多く、この人も例に漏れずに端正な顔立ちをしている。


「大丈夫、大丈夫、大丈夫ですよ!」


 唇が鼻先に迫ってきて、背もたれに痛みを感じながらも首を後ろへやる。見目麗しい受付嬢に接近されたものの、胸が高まるトキメキなんてもんは来なかった。


 何が何だか知らないが、彼女の瞳は気迫に満ち溢れている。素直に怖いという感情しかない。


「な、なにが」


 ――大丈夫なのか。


 理解不能な気迫に当てられ、俺は内心で引きつつそれだけを口にした。


「ほら、叩けば直るって言うじゃないですか!」


 そんなこと初耳だが、鑑定石を叩いて直すというのか。確か、鑑定石って非常に高価な代物だったはずだ。


「いや、それよりも」


「任せてください!」


 受付嬢がやたらテンパっていることは一目で察した。


 その口調も自分自身に言い聞かせているかのようで、本当に鑑定石を直そうとしている。


 だが、よくよく考えてほしい。


 まず、この鑑定石は壊れていない。俺のほうが全面的に悪く、俺以外が触れたらしっかりと反応を示すことだろう。


 なにより、叩けば直るなどと、そんなこと本当に思っているのだろうか。世迷い言だ。冗談にしても笑えない。


 鑑定石は高い代物だと聞く。


 小耳に挟んだだけで、その情報が真実なのか判別は付かないが、鑑定石が置いてある場所は国の中でも少数だったはずだ。


 それを受付嬢が根拠なく口走った手段で直すなんて馬鹿げている。そもそも、叩いて直そうなんて考えにはまず至らない。


 鑑定石は魔導具の一種だ。


 特殊な石と付与魔法を専門に扱う者が職人技によって作られ、素人が修復するのは不可能だ。どれだけ頑張ったところで奇跡なんてもんは起きない。


 故に、不具合が発生したのならば他の職員に助力を願うか、冒険者登録を一時的に停止するのが最善の判断だ。


 しかし、受付嬢は覚悟を決めた表情をしていた。


 他に頼れるギルド職員は沢山いるだろうに、何でそうなると問いたい気持ちになる。


 俺は冒険者登録を行う受付ではなく、ギルド入口の正面奥に設置されている受付に視線を流す。


 何個も並んでいる受付には美麗な受付嬢が対応し、長蛇の列を捌いている。とても良い笑顔を振り撒き、手際よく一人一人を対応している様はまさに接客業のプロといったところ。


 その近くには、何百と貼られている依頼ボードに数多くの冒険者が群がっており、依頼票を剥がしては受付へ持っていっている。


 ……ああ、なるほど。


 時間帯が午前中ということもあり、受付が混雑している。


 受付嬢達が着実に冒険者を捌いているが、それ以上に押し寄せてくる冒険者が多い。しばらくはこの状態が続くだろう。


 この気合いを入れている受付嬢は忙しい時間帯を把握していたのか。


 そして、誰も助けに来れないということを早々に悟ったのだろうか。


 ――やるしかない、と。


 俺みたいな素人が見ても、やたら忙しそうなのは一目見て明らか。


 ならばこそ、俺は空いている手を空に浮かべ、鑑定石の結果に対して訂正しようと再度試みる。


「いや、あの。実は俺――」


「大丈夫ですから、信じてください!」


「いやその、俺って魔力が――」


「ちょっと、待っててくださいね。今、直しますから!」


 受付嬢が話を聞かない。


 俺って魔力がゼロなんです。という、言葉は最後まで言えなかった。


 やたら気合いの入った受付嬢に遮られてしまい、持ち上げた手は戻る。


「えっと、はい」


 彼女は両手の拳を握り、頑張ろうとしている。


 何故、自分で直そうという間違った方向へ行ってしまったのか俺にはよく分からないが、受付嬢としての責任感がそうさせるのだろうか。


 彼女は動作していない鑑定石を直すべく思い付く方法を試すようで、俺はそれを眺めて言われるがまま大人しく待つことにした。


 鑑定石をコンコンと叩いたり、持ち上げたりと意味のない行為を繰り返す受付嬢。


 その目は真剣そのもの。


 さながら、宝物が贋作かどうかを確認する鑑定員のようだ。


 そんな受付嬢に声を掛けることは憚れ、他人事のように見守る俺。端から見てもそれじゃ直らないと思う。


 ……そもそも故障なんてしていないし。


 そんなことを心中で呟きながら見目麗しい受付嬢を見ていると、ヨイショと口にして両手で鑑定石を持ち上げたところだった。


 鑑定石は両手で抱えないといけないぐらいの重量はあるが、場所でも移すのだろうかと呑気に静観していた俺は次の行動に心の底から戦いた。


 受付嬢は俺の予想を斜め下にいったのだ。


 ――鑑定石をテーブルへ叩きつけたのである。


「……は?」


 荒々しい音が響いた。俺の間抜けな声はかき消える。


「んー、やっぱり直りませんね。強敵です……!」


「何してんだよ。なにが強敵だよ。やめろよ……」


 思わず突っ込むが、まるで聞いている様子がない受付嬢。


 両手で持ち上げた鑑定石をテーブルにぶつけ、まるで耐久テストでもしているな光景が目前にある。それを目の前でやられて傍観するしかない俺は片手で頭を抱えた。


 目を疑う光景が目と鼻の先にある。


 冗談じゃなかった。叩いて直す。有言実行している。


 冷や汗が伝ってきた。


 それぐらい、ちょっとやばい。


 テーブルを挟んだ向かい側で、ただの石ころのように鑑定石を扱う受付嬢。その様に俺は戦慄してしまう。


 受付嬢の困惑とはまた別種のもので、俺は喉まで出てくる呻き声を飲み込む。


 鑑定石をこんなぞんざいに扱う人は初めて見た。まさか新人か、この受付嬢。


 止めようにも、どう声をかけるべきか悩む。


 おろおろする受付嬢を見て楽しむ趣味はもちろんない。しかし、生き生きと力業で鑑定石を直そうとする頭のおかしい受付嬢にもかける言葉はない。


 戸惑いが勝ってしまい、思考が鈍る。


 何が最善なんだ。


 アドレナリンが出まくってる受付嬢が落ち着くまで待つしかないのか。俺が受付嬢の行動を遮ったらとばっちりを受けそうな気もする。


 この受付嬢が満足のいくまで調べるのを終えて――俺から口出しする機会が到来するまで待つ。そうだな、こうしよう。


 ――俺が行った魔力ゼロの鑑定結果は間違っていないと。


 忙しなく鑑定石を壊す勢いで叩く受付嬢を眺める。


 さて。


 絶え間なく鑑定石をガンガンと試している受付嬢を前に思案する。


 このままいけば本当に鑑定石が壊れてしまいそうだった。


 そんなことを思いながら見ていると、鑑定石が淡く輝いているような気もする。


 受付嬢が触れているから反応しているのだろうか。


 しかし、肝心なことにこの人が気付いていない。


 いや、めちゃくちゃ見辛い輝きで、受付嬢の魔力の少なさが原因なのだが、しっかりと起動している。


 このまま気付かずに、鑑定石が壊れたらどうなるのだろうと悪い未来を馳せる。


 まあ、この人がギルドから解雇される可能性もあるか。誰も行わそうな方法を真っ先に選び、実戦しているのだから。


 俺のせいで解雇になることはさすがに避けたいな。


 あと、壊れたら弁償になるのか。そうなると誰が、ということにもなる。


 受付嬢が支払う線もあるが、全面的に悪い俺が全額支払う可能性が高い。


 ――どうすればいいんだ。この窮地を脱するには俺は何をすればいい。


「ねえ、本当に故障してるかどうか、わたしたちで試してもいい?」


 そんな風に俺が受付嬢を止めようとしたら真後ろから声が掛けられた。


 その声は目の前で慌てている受付嬢にとっては救いの声だった。俺にとっても救いの声であったが。


「ぜ、是非!」


 受付嬢が食い気味で反応する。




 場所は王立ギルド。


 ギルドと出れば次に思い付くのは冒険者。この二つは密接した関係であり、ギルドが冒険者と呼ばれる者達を管理している。


 ギルドが依頼を受領し、適性のある冒険者へ仲介する。それがギルドの仕事。


 依頼は街の掃除や採取の依頼、魔物を討伐と内容は多岐に渡る。冒険者はギルドから仕事を貰い、完遂と同時に報酬を得るという。


 そんなギルドに俺は籍を置くため、冒険者登録をやりに来ていたのだが、同じように冒険者登録をやる者は俺を含めた三人。


 後方へ顔だけ振り向けば少女二人がいた。

 あまり気にしないでいたが、二人共が学生服を着ている。


「ちょ、リティちゃん!」


「だって、これ。故障なんてしてないんでしょ」


「み、見違えかもしれません……」


「それならやってみれば早いわ」


 鑑定石を試したいと先に立った少女へもう片方の少女が引き止め、ごにょごにょとこちらに背を向けながら話し合っている。内緒話のように顔を近付けて話しているものの声量は普通で、距離が近いこともあって話は筒抜けだ。


 その内容から俺は軽いため息を吐き出す。


 受付嬢が触れている鑑定石が淡い光を発しているのを目敏く気付いたわけじゃないだろう。真っ正面の俺ですら気付くのに遅れたのだ。


 なら、俺の魔力ゼロという稀な体質から色々な噂を聞き及んでいると推測する。


 彼女達は学生服を着ている。


 俺もよく見知っているもので、ここ、王都に在住しているのなら話ぐらいは耳にする有名なところ。


 貴族と才能のある平民にしか入学することが許されない学園。武術と魔法を教え、卒業後には騎士団や魔法師団といった華々しい道を辿ると言われている。


 彼女達はそこの生徒。因みに、俺は貴族枠で入学し、既にその学園を卒業している。


「ねえ。順番があるのは分かってるけど。鑑定石が本当に動かないかどうか、二人で試してもいいかしら?」


「ああ、構わないよ。……というより、あの、受付の方には申し訳ないんですが、俺って魔力ないんですよね」


 俺が受付嬢に白状すると、ぽかんと首を傾げられた。


「魔力が無いなんてありえませんよ? これ多分、故障だと思います」


 受付嬢が信じてくれない。


「……そんなことないんですけど」


「そんなことあるんです。何人も見てきたんですから。そちらの方に確認してもらいましょう!」


 確認してもらえばすぐに分かるかと、了承して座っていた椅子を譲る。


 受付嬢の真向かいに腰を下ろした少女は気の強そうな女の子だった。


 艶やかな金髪を後ろに一束に結い、腰には高そうな青い剣を差している。


 もう一人の少女はおっとりとした雰囲気を醸し出し、大杖を両手に抱えていた。こちらの子は学生服にフードが付いているローブを着込んでいて、席を立った俺へ頭を下げてきた。


 気にしないようにと手で軽く押し留め、魔法使いの出で立ちをした少女の隣に立つ。


 同じように、鑑定石に触れる少女を後ろから眺める。


 一束に纏めた金髪が揺れるのを視線で追う余裕はあるが、俺の内心は気分が急降下している。


 俺と同じく冒険者登録をやりにきた少女二人は学園の生徒。


 多分、俺のことを知っている。


 だから、こうして鑑定石が壊れているかどうかを確めに来た。


 鑑定石を壊そうとしている受付嬢の奇行に堪えかねたという線もあるのだが、俺にとってはそっちであってほしい。


「じゃあ、鑑定石を試すわ。触れるだけでいいのよね?」


「はい、お願いします」


 金髪の女の子が鑑定石へ触れる。


 俺には結果が既に分かっている。彼女の魔力量は全体の中でも並。持っている武器からして前衛。近距離での戦闘において十分な魔力量でもある。


 俺には他人だろうと何だろうと魔力が視える。


 距離が遠いなら集中しないといけないが、これだけの至近距離なら完璧に視えている。精度の高さは自慢してもいいぐらいだ。


 云わば、俺の目は鑑定石と同じ効果。精霊の力を使役している付随効果でもある。


「ほら、やっぱり故障じゃなかったわよ」


 鑑定石が徐々に輝き出し、青色の光が彼女の魔力量を示す。


「ほ、本当です。どうして先程は反応しなかったのでしょう?」


「一応、ティリアもやってみれば?」


 金髪の子がおっとりとしている相方を手招きした。


「わ、わたしもですか。それはその」


 遠慮しがちに俺をちらちらしている隣の子へ、片手を上げて気にせずやるように促す。


「俺はその後にやるからさ」


 と、言いつつ、少女の後ろ姿をガン見する。


 容姿がとても好みだとかの下賎な理由ではない。

 この、おっとりとしている少女の魔力量が凄まじい。


 王都の中でも上位の魔力量。


 この歳でこれだけのものを持っているのなら将来有望だろう。


「わ、わかりました。では……」


 そんなことを思案していると二人の少女が立ち位置を変え、おっとりした子が鑑定石に触れた。


 直後、眩い輝きが鑑定石から発せられる。


 その光量はギルド内で受付に並んでいた者がこちらへ振り返るほど。


 一斉に集中した視線に堪えかねたのか、羞恥に顔を染めた少女は手を離し、受付嬢や並んでいる者へ慌ててお辞儀をしたらもう片方の後ろへ隠れた。


「さすがティリアね」


「は、恥ずかしいです」


「す、凄いですよ、これ! 上位冒険者に引けを取らない魔力です。……それにしても、学園の生徒さんは優秀ですね。二人とも文句無しにEランクスタートですよ!」


 受付嬢が興奮して二人の少女へ話し掛けている。


 冒険者登録の際に、魔力量でスタート地点が変わる。


 最初はEランクまたはFランクから始まるのだが、一定の魔力を保持している者は一段高いEランクからのスタートとなる。


 二人を羨ましく思いながら俺も両手を叩き、祝福した。


「ま、当然よね」


「あ、ありがとうございます」


「それにしても鑑定石に問題がないようですが、先程の原因は何かあったのでしょうか?」


 受付嬢が不思議に首を傾げ、それに対して少女達が俺を見る。


 ついに、このときが来たと唇を湿らす。


 受付嬢が話を聞かなすぎてお預けを喰らっていたが、俺から鑑定石の原因を話していこう。


「いや、その、言い出すタイミングも悪くて本当にすみません。俺って魔力ゼロなんですよ……。医者にも見てもらっているので間違いないです」


 三人の視線が俺に集中した。二人の少女は得心がいったような顔をし、受付嬢は疑問符を浮かべたようで。


「……魔力がゼロ、ですか?」


 ぽかんと口を開いた受付嬢が俺の言葉を反復し、それに真面目な表情を作って頷く。


「はい、魔力が無い特異な体質らしくて」


「少しの魔力も無いと?」


「はい」


「そんなこと有り得るんですか?」


 受付嬢が神妙な顔で問うてくるが、俺にもさっぱりである。


 専門的なことはよく知らないし、その道の医者にも診てもらっても何もかも解明出来ずにいた。


「さあ、俺にも分かりません」


 言葉を濁す。


 一般的な共通認識として、人は魔力と共存している。魔力がなければ生きることがままならないとも医学的に説明もされ、体内に流れる血と同様、人が生きるためには欠かせないものとなっているのだ。


 受付嬢の頭にはこういう言葉が浮かんでいるはずだ。


 どうして、その状態で生きていられるのかと。


 それに答える言葉はない。


「ほら、やっぱり」


「しー! き、聞こえてしまいます!」


「隠す必要あるの?」


「あります。だって、知られたくないことも人にはあるんですよ!」


「なら、もう少し声を抑えたほうがいいわよ?」


 彼女達は声をひそめるということは出来ないのだろうか。


 後ろで会話する少女二人に苦笑いをしつつ、聞こえていない振りをしながら受付嬢へお願いする。


「そんなわけで、俺の魔力量はゼロです。Fランクからでいいので登録してもらえますか?」


「は、はい。そういうことなら、分かりました」


 受付嬢は渋々納得といった形だったが、冒険者の登録を進めてくれるようだった。


 こうして俺は冒険者となった。

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