今日も彼女は嫌わない

旧星 零

プロローグ 少女との出逢い

 春は、別れと出会いの季節。この時期に、ひとは年を追うごとに悲しみと喜びを感じる。

 俺のような学生の場合、進級や卒業そして進学などがきっかけで、別れ、誰しもが新しい誰かに出会う。


 中学の卒業式を終え、近所の桜並木に立ち寄った。去年よりもずっと暖かく、桜は今が見頃だ。

 さらさらと揺れる木々、木陰の合間にささやかな陽光が差し込み、新しい始まりを告げるかのようだ。暖かな陽光とは反対に、木陰にはやや冷たさがのこる。


 そんなときだ、その少女を一目見たのは。桜の花弁が舞い上がり、少女は無邪気に歓声を上げる。

 少女はセーラー服を清楚に着こなし、艶やかなロングヘアをなびかせている。桜並木の中のその後ろ姿に、高校を受験した時のことがよみがえった。

 黒板を前にして、前から三列目に少女が、その真後ろに俺、というのが試験会場の席順だった。試験中、なにやら少女からいい匂いが漂ってきたので、あまり集中できなかった。合格できたからよかったものの........。

 少女は俺に気付いていない。

 風にのせて、またもあの独特のいい匂いが薫る。横顔がちらりと覗いて、そのこぼれそうなほど大きな瞳が、遠くからでも分かった。


「あれ、だれか居たような……?」 


 どくん。と聞こえた気がしたが、少女が気が付かないうちに退散することにした。少女もはしゃいでいるところを見られたら、気まずいだろうと思って。

 

 二度目に少女と出会ったのは、入学前の登校日だった。

 すれ違ったときに、だれかが生徒証を落とした。またも、あの匂いが薫った。生徒証に写る顔を見て、持ち主はあの少女だと知った。名前は今和泉鏡子。誕生日は四月一日、ギリギリ早生まれだ。

 少女を追いかけ、呼び止めた。


「これ、君のじゃないか?」

「あっ、ありがとうございます」


 ていねいな返答をもらった。

 卒業した日とはちがって、間近で少女の顔を見、声を聞くことができた。どくん、と胸のあたりが痛んだ。可憐な、という形容詞がすっと頭のなかに浮かび上がった。

 ほんの些細な会話を交わしただけで、そこから何かに発展するようなことはなかった。

 だが、あの特有の匂いは、どうにも忘れられそうになかった。

 ロングヘアの似合う清楚な少女。受験の時を含めれば、計三度すれ違う縁のある少女。

 もしも四度目があれば、そのときは話し掛けてみようと思った。


 入学式当日。クラス発表の日。俺の名前のひとつ上に、今和泉鏡子と記されていた。

 とうとう、その四度目がきたのだ。袖振り合うも多生の縁というが、いったいこれはどういう縁なのだろうか。


 春は別れと出会いの季節。

 ときどきは、奇妙な縁に出逢わせてくれる、ふしぎな季節だ。散り始めた桜並木を歩きながら、そんなことを考えた。

 



 

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