ハチコイ 第二話『中編』

三毛猫マヤ

『中編』

 五月一日、今日から一泊二日でお母さんの家に遊びに行く。

 ばーちゃんの実家はたいくつだけど、ごはんは美味しいし、必ずといっていいほどお父さんの車でどっかへ買い物に連れて行ってくれる。

 買い物に行くと、ばーちゃんは私やねーちゃんに何か一つ、欲しい物を買ってくれる。

 昨日からなにをねだろうか考えていたらいつの間にかねむっていて、起きたらまだ七時前だった。


 顔を洗ってリビングに行くと、お母さんがあわただしくでかける用意をしていた。

 この人は…本当に毎度のことながら、ギリギリにならないと用意しないな。

 ふだん私には前日にわすれものがないかかくにんしなさいと言ってくるくせに。

 まあ、お母さんのこの行動のおかげで、私は前もってに用意をするしゅーかんが身に付いたとも言えるので、はんめんきょーしという意味では役に立っているのか。


 お父さんは一人ソファに座り、のんびりとタブレットをそうさしていた。

 私はトースターに食パンをセットして夕飯の余りをレンジで温めているとお父さんが声をかけてきた。

「おはよう、琴美ことみ

「おはよ」

「朝食を終えてからでいいから、お姉ちゃんを起こしてくれるかい」

「ん、りょうかーい」

 まあ、そうなるよね。

 お母さんは出かける準備にバタバタしてるし、お父さんが女子高生のねーちゃんの部屋に入ろうものなら、マクラやら何やら飛んできそうである。

 いや、じっさいに見たことはないけどさ。


 歯みがきを終えてもねーちゃんはまだ部屋から出て来なかった。

 ねーちゃんの部屋の前に立つ。

 さてと…やるか。

 一つため息をつくと、ドアをいきおいよく開け放った。

 まずは布団の前に立ち、ねがおをかくにんする。

 うむ、いつも通りのアホづらである。

 じゅーりょくを無視したようなねぐせはどうやったら出来るのだろうか。

 アホねぇ七不思議の一つである。

 あと六つはそのうち出てくるかも知れないし、出てこないかも知れない。


 私は手をメガホンのようにして、耳もとでさけぶ。

「ねーちゃん、朝だぞー、起きろー!!」

「……」

 無反応。よし、レベルツー

 むにぃ。

 ほおを引っぱってやる。

「ううん」

 ねがえりをしてにげられた。

 レベルスリー

 布団をバシバシたたきながら起きろー!とどなりつける。

 と、イヤな予感がして後方にとびのく。

 ヒュン。

 ねーちゃんのけりが飛んできた。

「っぶなー」

 あやうくふきとばされるところだった。

 レベルフォー

 布団をひっぺがしにかかる。

「んぐぐぐぎぎぎぎ…」

 しかし、びくともしない。

 ていうかこれ、もう完全に起きてるよね?

 私はあきらめて布団をはなし、ドアの方まで後退する。

 レベルファイブ

 最終手段、最終兵器りーさるうえぽん

 私は布団めがけてダッシュして、数歩手前でジャンプ!

 ムササビが宙をまうかのごとくーーー必殺、フライングボディアタックッ!!

 布団の上に思い切り落下した。

 ねーちゃんが布団の中でうめいている。

 効果はバツグンだ。

 私は布団からおりると、続けざまに布団をひっぺがした。

「ねーちゃん、いーかげんに起きろっ!」

 ねーちゃんがマクラをだいて、私をにらみつける。

「あ~ん~た~ね~っ!!」

 ねーちゃんの肩がぶるぶるとふるえている。

 ヤバッ、ねーちゃんがキレる前ぶれだ。

 私はだっとのごとくにげだした。

 後ろ手に閉じたドアに何かがいきおいよくぶつかる音を聞きながら、リビングへにげこんだ。


          *

 体への激しい衝撃により、無理矢理意識を覚醒させられた。

 布団を強引に取り払われると、目に刺すような強烈な光が降り注ぎ、顔をしかめていると妹の生意気な声が聞こえてきた。

 おのれ、犯人はお前か!

 起き上がると思い切り睨み付けて、肩の力を入れて枕を全力で投げつけた。

 しかしすんでのところでドアに弾かれる。

 うひゃーと、妹が母親みたいな声を上げながら、去って行った。

「あの母親にしてあの子あり、だな」

 益体やくたいもないことをぼやきながら私は伸びをして時計を見た。

「まだ七時半じゃないかよー」

 一人ぼやいて布団に横たわろうとすると、ドアが蹴破るような勢いで開かれる。

「おら、いい加減起きんかい」

 ヤンキー化した母親ジョーカーの登場により、あえなく私は部屋から追い出されるのだった。


 父親の運転の下、母親の両親の家を目指す。

 突き当たりの信号を左に折れて、ラウンドアバウトを抜け、国道に入るとしばらく道なりに走行する。

 パン屋の角を曲がると県道に入り、大きな川が流れる陸橋を通過して数分、ばぁちゃんの家が見えてくる。

 車を駐車させると、妹がすぐにスライドドアを開き、飛び跳ねるように着地する。

 私と両親が車から降りると、玄関のドアが開き、ばぁちゃんが顔を出した。

「よーす、たでーまー」

 母親が片手を挙げて軽薄なあいさつをする。

 ばぁちゃんは小さく頷いて返す。

「お世話になります」

 父親がばぁちゃんに頭を下げ、私と妹はそれにならう。

「うん、よー来たなー」

 ばぁちゃんがにこりと微笑む。

 そのやりとりを横目で母親が見て、なんか私だけ軽くないか?とぼやいていたが、ばぁちゃんはほほほと笑っただけだった。

 玄関を上がり、廊下の先のリビングに入るとじぃちゃんがちょうど皆の分の湯飲みにお茶を入れている所だった。

「おう、おはよう。ま、ゆっくりしてってな」

「じーちゃんじーちゃん、モネはモネは!」

 あいさつもそこそこに妹がやや食い気味に訊ねる。

「ほれ、そこに居るぞ」

 灰色のソファーの上に、三毛猫が香箱座りをして窓外を眺めていた。

 その背中を妹はふにゃっとゆるんだ頬でしばし見詰めた後、キリッとした表情で(本人はそう思っているだろうけど、それほど変わっていない)じぃちゃんに振り向く。

「じーちゃん、例のぶつを!」

「あいよ!」

 妹がじぃちゃんから猫用のおやつスティックを受け取っていた。

 毎度のパターンだった。

 妹はスティックを開封し、モネ~モネ~と猫撫で声で呼び掛ける。

 モネはなんじゃい、またお前かとふすっとした顔で振り返るが、スティックの存在に気付き目を大きくしていた。

 そうしてわざとらしく伸びをした後、ちょいちょいとスティックの先端を叩き、ぺろりと一口味見してからピンク色の舌を出してチロチロと舐め始めた。

 妹は満足気にモネの頭から背中を撫でさすり顔をほころばせていた。

 じぃちゃんはそんな妹を見て腕を組み感慨深そうな雰囲気を出して頷くと父親に顔を向けた。

「二人とも大きくなったなぁ、今いくつだ?」

「綾音が十五歳で、琴美が十歳です」

「そうかそうか、もうそんなになるのか。ついこの間まで園服えんぷくを着ていたと思ったんだが…」

「お義父さんが年々、一年が経つのを早く感じるとおっしゃっていたのが分かる気がします」

「俺そんなんいったっけか?」

「え……あ、ああいや、もしかしたら別の人かも知れません」

 父親が驚き、しかしすぐに気遣うようにフォローを入れる。

「……」

「……」

 お互いに見詰め合い、微妙に空気が重くなりそうになる。

 沈黙を破ったのはじぃちゃんだった。

「なーんてな、言った言った、ちゅーか、毎回この話してるよな」

 じぃちゃんがしてやったりな顔でニヤリとする。

「あ、はい、そうですね」

 父親がほっとして笑みをこぼす。

「まだボケてねーぞ」

 じぃちゃんが少し凄むも、父親は表情を変えずに元気そうでなりよりですと返していた。

 と、ばぁちゃんと一緒に遅れてリビングに入ってきた母親が開口一番言った。

「ばぁちゃんがおごってくれるらしいから、アウトレット行こうぜ、アウトレット!」

「誰もそんなこと言っとらん!」

 ばぁちゃんの反論をスルーして母親が荷物を置いて玄関に向かう。

 相変わらず、忙しなかった。


 車に揺れながら、時々蓮花の事を考える。

 蓮花は今日、何をして過ごしてるのだろう。

 休日の朝はよくパンを食べると言っていた。

 昨日ドーナツを食べた時の事を思い出す。

 甘党の蓮花のことだから、ジャムとかをたっぷりと塗って、もぐもぐ…ニコニコ、もぐもぐ…ニコニコとしているのだろう。

 いつか一緒に朝ご飯を食べたいな。


 彼女は、綾音は昔から変わらないと言った。

 でも、そんなことはないと思う。

 中学時代の三年は、結構大きいと思う。

 だから、彼女の望む私と、本当の私との間にはどこかしら、ズレがある筈だった。

 もし、そのズレが致命的なものであった場合、私達のこの関係は、終わってしまうのかも知れない。

 それは嫌だ。

 蓮花が彼女となってから過ごしてきた時間は、まだわずかではあったけれど、蓮花の存在は、私の中で少しずつ大きくなりつつある。

 だから、そうならないために、もっと話をして、彼女を知り、私も知ってもらおうと思った。


 ところで彼女と彼女(ややこしいな…)という関係になったけれど、具体的に何が変わるのだろう。

 スマホで調べても、出てくるのは彼氏と彼女のデートプランとかで、女子同士カップルのデートプランなんて見当たらない。

 それじゃあと、女の子同士の遊ぶプランもと見てみたけれど、どうもしっくり来るものが無かった。

 仮に普通のカップルとして置き換えたとするとデートプランは山のようにあり、もはや何でもアリな感じだ。

 そう思ったら、調べるのもバカらしくなってしまった。

 そもそも、デートとは、お互いを理解する為の手段であって、目的は二人が親密になることだ……多分、だけど。

 蓮花と私が親密になる方法は、きっとネットにはっていない。

 自分たちで考えて築き上げて行くしかないのだ。

 そう…親密になって……う、腕を組んだり……こ、恋人つなぎは……もう、やってるか。

 は、ハグは……この前の蜂のをカウントしていいのだろうか。

 あ、あとは、一緒に写メを撮ったり、お揃いの物を買ったり………そ、それで……よ、夜のどこか景色の綺麗なところで……き、き、きき、キス………とか………?

 いや、いやいや、いやいやいや……ま、まだ流石に早いでしょ!

 そ、それにべ、べべべつに、そ、んなよこしまな思いがあって、れ、蓮花とデートするんじゃないんだからねっ!!

 ツンデレみたいになっていた。

 深呼吸をして、気持ちを落ち着ける。

 い、いや、まあ……そ、そーいう、ふ、雰囲気になったりー、蓮花から、も、もも、求め、られ、たら…………。


 頬に手を添えて、そんなことを考えているとすぐ隣からすごぉ~く、視線を感じた。

 横を見ると、妹がめちゃくちゃガン見していた。

 私は咳払いをしてから、手遅れな気がしつつも、平静を装って訊ねた。

「な、なに?」

「ねーちゃん、さっきからずーーーーーーーーーーーーーっと、ニヤニヤしていてキモい」

 一瞬で看破されていた。

「そ、そんなことないし」

 しらばっくれると、妹は私のスマホを手に、こちらに向けてきた。

 ていうか、いつの間に人のスマホ取ったのさ、肩掛けのポーチに入れといたのに。


 スマホには、窓に映る私の顔が映っていた。

 頬を朱色に染め、口元をゆがませていた。

 若干、うん、若干…だけど、気持ち悪い、かも……。

 妹は更に写真をスライドさせると、今朝撮影したと思われる寝顔まで撮っていた。

「て、こら! なに人の寝顔撮影してるのよ!」

「早く起きないねーちゃんが悪いんだろー」

 私と妹がスマホを取り合っていると、助手席から母親が振り返ってきた。

「なんだー? さっきから面白そーなことしてんじゃん。私も混ぜろよー」

 うわ、面倒な人が釣れちゃったよ!

「いーから、母さんは父さんの道案内しときなよ」

「いや、お父さん道覚えてるし、必要ないっしょ。ていうかさ、綾音ちゃん綾音ちゃん」

 母親が急に猫なで声で私の名前を読んでくる。

 鳥肌立つから止めてくれ。

「な、なに?」

 母親はそこでふふんと鼻を鳴らし、どや顔をする。

 ウザすぎる。

「彼氏君のことでも考えていたのかにゃあ?」

「だっ…から、ち、違うし! そーいうんじゃないからっ!」

「ほほう、じゃあどーいうんですかねぇ?」

 あーもう、嫌だこの人。

「こら、静香しずか! 自分の娘をあんまりいじめるもんじゃないよ」

 見兼ねたばぁちゃんが私に助け船を出してくれる。

 しかし母親はまったく悪びれない。

「なーに言ってんのよ、愛娘とのスキンシップよ、スキンシップ! ねっ?」

 うひひっと邪悪な笑い声を上げながら、母親が私の肩をぽんと叩いてくる。

 もはや突っ込む気力も出ない。

 と、車の急ブレーキが踏まれ、母親が後ろにふらつき、後頭部を車の側面にぶつける。

「ったー、ちょ、お父さん、大丈夫?」

 フロントミラー越しに父親を見ると、覇気の無い顔をしている。

 そうして、ぼそぼそと呟くように言った。

「そっか…綾音にも、ついに彼氏が……」

 勝手に勘違いをしてショックを受けていたらしい。

「そりゃあ、世界には億単位の人がいるんだから、こんなのでも好きになる人が一人くらいはいるでしょ」

 おい、母親よ、流石に失礼が過ぎないか。

 親しき仲にもなんとやらとか知らないのか。

 それを聞いて父親はしばし黙り込み…。

「…そうか、そうだな。母さんみたいなのでも結婚できるんだからな」

 母親並みに失礼なことをさらりと言ってのけた。

 いや、あなたの妻ですけどね、うん。

 ばぁちゃんはそれを聞いて吹き出し、母親は振り返ってギヌロッと、擬音が聞こえそうなぐらいの勢いで父親を睨み付けていた。

「い、いいや、な、何でも……」

「いやいやいや、めっちゃ聞こえてたし、全然誤魔化せてないからね。そーだ、アウトレット着いたら、久しぶりにデートしよっか。今のはなしぃくわしぃく聞きたいからさぁ。ね、とも君♪」

 母親が普段では絶対言わない不自然過ぎる呼び方と四十代とは思えない可愛らしい声音を出し、二重の意味で戦慄せんりつを覚えた。

 お父さんごめん、今フォローしても多分無意味だし、また私に追求の目が移るのも嫌だから、このまま放って置くね。

 大丈夫、骨は拾うから。

 合掌しといた。


 アウトレットに到着すると集合時間を決め、母親は父親の腕をガッチリロックして連行して行き、ばぁちゃんと妹のペア、私と三つのグループに別れる。

「さーて、ゴデバのドリンクでもご馳走になろうかなー」

 母親は意気揚々、父親は青色吐息と対照的だった。

「なんだ、ねーちゃん一人でまわるのかー?」

 妹が不服そうな声を上げる。

 普段は私のことをバカにする生意気な妹も、人混みが多いところでは気後れするのか、珍しく可愛いことをいう。

「そっか、お姉ちゃん大好きっ子の琴美ちゃんはさみしいのかなー?」

 頭をうりうりと撫でてやる。

「う、うっせー、早くどっか行けよー」

 妹がウザったそうに手を払い除け、前蹴りを空振りさせてばぁちゃんの手を引いて歩き出した。


 適当な店に入り、手触りの良さそうなクッションを触ってみたり、瓶詰めのキャラクターものの食玩しょくがん等を眺めながら蓮花の事を考える。

 蓮花は普段、ボーッとしている所があるけど、好きなものを食べたり眺めている時は生き生きとしていて、子供みたいな笑みを浮かべる。

 普通、高校生にもなれば、好きなものを食べていちいちニコニコしたりしない。

 そういう意味で彼女は年齢に比べて幼い気がする。

 幼い、つまりは分かりやすいと言う事だ。

 幼い頃には、その分かりやすさは親たちにとって良い事だっただろう。

 でも、私達くらいの年齢になると、良好な人間関係の中においてはより良く作用するだろうけれど、一度人間関係が悪化してしまうと、マイナスな感情が相手にストレートに伝わり、結果、修復は他の人に比べて格段に困難なものとなってしまう。

 また、彼女のことを利用する輩も出てきそうな気がする。


 でも、その性格は同時に彼女にとっての魅力の一つであり、そんな彼女だからこそ、私は惹かれたのだった。

「……………………」

「…あのぅ、お客様……?」

「はっ!」

 気が付くと私は手近にあるクッションをバシバシと叩いていた。

「ご、ごめんなさい!」

 早口に言ってさっさか店を後にした。


 フードコートで昼食を終え、ばぁちゃんに妹と共に服を一着買って貰うと帰路に着いた。

 帰りの車では母親は鼻歌を歌ってご機嫌で、父親の顔色は青から土気色になっていた。

 運転大丈夫かな……。


 なんとか無事に家に着くと、台所ではじぃちゃんが缶ビール片手に夕飯の準備をしていた。

 ばぁちゃんはすぐにキッチンに入るとエプロンをつけてじぃちゃんとケンカをするようにしながら一緒に夕飯の用意を始めた。

 夕飯が出来るまでの間、私妹母親父親の四人で母親が学生時代遊んでいたゲーム機でスゴロクを振ってゴールを目指す鉄道のゲームをした。

 相手を邪魔するカードを手に入れる度に私と母親は、互いに攻撃をけしかけ、とばっちりを受けた妹が私達の争いに参戦し、女三人、かしましく騒ぐ中でルールのよく分からない父親はのほほんとひたすらゴールのみ目指して走っていた。


 夕飯を終え、風呂から上がって縁側で庭をぼうっと眺めていると、近くに置いたスマホが点灯しているのに気付いた。

 すぐに振動が消えた事からメールの受信と悟る。

 蓮花…かな?

 そう思うだけで、胸に温かなものが流れるのを感じた。

「今から電話して、いいですか?」

 私はスマホ画面の電話アプリをタップして、星印に登録されている彼女の名前を選んだ。

 電話口で一番に言うセリフを決めて、少しの照れと、蓮花の反応が楽しみで、頬が少し緩むのだった。

 電話はすぐに繋がり、彼女の声が聞こえてくる。

「もしもし…あ、綾音?」

『うん、あなたの彼女の綾音だよー』

「…………」

 ありゃ、反応がない。

『おーい』

「……」

『黙り込んでないで、何か反応しておくれよー。私だけが彼女と思っているみたいで淋しいじゃないか』

「……はっ?! あ、ご、ごめんなさい!」

『いや、そんなに、真面目に謝らなくてもいいんだけどさ』

「う、うん。その……う、嬉しくて……」

 あなたの彼女というのがお気に召したらしい。

 うん、改めて考えると我ながら結構恥ずかしいことを言ってしまったなぁ……。

 頬が熱を帯び始めるのが分かる。

 周囲を伺うと、家族は誰もこちらに気付いていないようだ。

「それで…四日に遊ぶ場所なんだけど……」

『うん』

「は、初めての…で、デート…だし…市内のモールとか、どう…かな」

『いいよ、私もそうしようと思ってたから』

「そ、そっか綾音も一緒のこと、考えてたんだ。ふふ、嬉しい…かも」

『そ、そう?』

 そんな些細ささいな事でも喜んでくれる蓮花は、まあ、つまり、よーするに、私にそれだけ好意を寄せてくれているの…かな。

 なんだか恥ずかしくなってきて、背中がかゆくなりそうだった。

「綾音は、どこか見て回りたい所、ある?」

『んー、まあいつも出掛けている所だしね。蓮花は?』

「実は、ちょうど期間限定のショップがオープンしてるみたいだから、そこは行きたいかな」

『りょーかい』

「あと…」

『うん?』

「…で、できたら……だけど…」

『はいはい』

「プ…」

『プリン?』

「ち、ちがっ……」

『プリン違うかぁ、まあ、違うよね、ちなみに私は絹ごしプリンとか大好きです。蓮花は?』

「え、あ、うん。牛乳プリンとか…好きかも」

 ああ、あのなぜかお日様のイラストの描かれているプリンかぁ。

 うん、牛乳プリンを食べてイラストよろしく満面の笑みを浮かべる蓮花とか、マジエンジェルもとい、園児みたいだ。

 牛乳プリンプライスレス♪

 自分でつぶやいておいて意味がよく分からなかった。

『あはは、似合ってるよ、ちょーね』

「そ、そう? えへへ、ありがと」

 蓮花が嬉しそうに笑う。

 なごみをいただいた所でそろそろ話を戻そう。

『それで、プリンしゃなくて、なんなん?』

「あ、そうだった。ぷ、プレ…」

『プレーンオムレツ』

「だか…ちが……っていうか、さっきから食べ物ばかり…」

『そうねー、でも、蓮花食べるのとか、大好きでしょ』

「そうだけど…それだとまるで私が食いしん坊みたいな感じにならない?」

『………そ、そんなことないよーう』

「カタコトになってるけど…」

『ごめんごめん、蓮花と話してると楽しくてつい…』

「…っ!……そ、それは、嬉しい、けど…」

『それで、プレ?』

「…んー、やっぱり、当日会ったら話そうと思います」

『えー、なになに? 気になるんだけど』

「ふ、ふーん、い、いじわるする…かか、か、彼女には教えま、せせーん」

 頑張っておどけようとしていたけど、羞恥心しゅうちしん惨敗ざんぱいしていた。

『…んだ?』

「そんなことないよー」

 今度は蓮花がカタコトだった。


 それから当日の集合時間と大まかな予定を決めて今日一日あったことを話した。

『じゃあ、おやすみ』

「うん、おやすみなさい……ふふ」

『ん、どうかした?』

「なんか…綾音からおやすみって言われるの、いいなって思って」

『そっか…うん、私も好きかも』

「え? わ、わ、私…も、す好きだよ、あ、綾音のこと…」

 すすき? ああ、好きがつんのめったのね。

『蓮花、その、今のはおやすみと言われるのが好きって意味だったんだけど……』

「…え? あ……そ、そうだよねー、えへへへ」

 笑って誤魔化そうとしていた。

「うう…その、今のは…忘れて欲しい、かな…」

『それは無理だよー、あんな可愛い告白の言葉を忘れられる訳ないじゃん? ねぇ?』

「う、うぅ~」

 なんか後ろでぼふぼふと何かを叩いている音が聞こえたけど、スルーしておく。

「…じ、じゃじゃあ、忘れなくてもいいけど、綾音も私のこと好きって言って!」

『えぇ? なんで?』

「か、かの、じょだけに、は、恥をかかせるの、良くないと、思い、ます」

 めちゃくちゃな理屈だった。

『いや、そもそも蓮花が勘違いしただけで…』

「それは、それ。これは、これ。あれは、ミッフィー」

 混乱しているのか、若干テンションがおかしくなっていた。

 なんか余計なものも聞こえた気がしたし。

 部屋に置いてあるのかな?

「だ、ダメ…かな?」

 しっとりとした声を耳元でささやかれる。

 背筋がぞくりとして、身震いした。

 うぅ…し、しかしなぁ、そんなこと急に言われても…。

 そもそも、言われるのを分かっているのに、嬉しいのかなぁ。

 予期しない時に言われた方が良いと思うんだけど。

「…あ、綾音の好き……き、聞きたい…な」

『…っ!!』

 ふわりと、柔らかな布が頬に触れるような声音に唾を飲み込んだ。

「い、嫌…かな?」

 だんだんと泣きそうなトーンに変わってくる。

 ヤバいとにかくなんとかしないと。

『いいや、嫌ではないよ…うん』

「じゃ、じゃあ……」

 うぅ、なんか段々と追い詰められて逃げ道をふさがれていく心境だった。

 うーんとうなって、ふと空を見上げた。

『ね、ねぇ、蓮花』

「うん。なぁに?」

『つ、月が…き、綺麗だ…ね』

「……………………」

『? 蓮花?』

「………………」

『おーい、どしたん?』

「……うえぇっ? あ、ううん、や、ななななんでも、ない…よ。あ、そそ、そうだ。あれをやっておかないと。じ、じじゃあね!」

 いきなり電話が終わる。

 あれ? 急用でも思い出したのかな?

 首を傾げて、空の月をしばし眺めていた。


 翌朝、蓮花との不自然な電話のやり取りから、気になって布団に寝そべりながらスマホで調べてみた。

「……………………ぐはっ」

 バタバタバタバタ。

 布団の上でばた足の練習をしていた。

 うわー、うわー、うわー。

 うわあああああああああああああああああ。

 危うく恥ずか死にそうになった。

「ヤバい、今日の蓮花からの電話、出られるかな……」

 そう思ったけど、蓮花から電話は無かった。


 多分、一緒の事を考えていたんだと思う。











―――――――後編につづく―――――――

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