箱を盗んで走り出す。或いは僕が黒服になったワケ

poti@カクヨム

第1話 ちびとのっぽと黒い箱



 蒸気を噴き上げ、鉄輪がレールを軋ませる。

金属が擦れ、汽笛が煙る都の朝を告げる。巨体が荷客混合の車を引く一方、

プラットホームは様々な人種、種族がごった返す。

その中で車掌が出発を大声で告げる。

馬車鉄道にとってかわった化け物が叫びをあげた。


 彼方には『皇国』の象徴たる都に聳える城の、大戦以来変わらぬ威容が見える。

駅舎の鉄骨に止まっていた鳩が、蒸気に驚いたか一鳴きして翼を広げて飛び立つ。

眼下に広がる華の都は、100年以上前の無人の野同然の姿が嘘のようだ。

人間種や亜人、魔物どもの旺盛な生命力を示すが如くに市域はとめども無く拡大。

城壁で区切られていた旧区画を遥か後方に置き去りに。

国家の定めた都市計画何するものぞとカオスを広め、

その最中には線引いたかの如くに線路を伸ばしている。


 百年と半ば。されど百年と半ばの年月。

長命の種族の悲観を吹き飛ばす生命力の中で、尚も変わらぬ物と言えば。

一つには宮城、今一つには都を貫く一本の大河、彼方の丘。つまりは自然。

そして最後の一つと言えば──泥棒!!畜生め、スリにやられた!という叫びが

プラットフォーム上に大きく響く。群衆をかき分けかき分け、何者か飛び出る。


「はいはい右に左の皆様方!!どけどけそこのけ冒険者様のお通りだ!!」

「カジャ!!あの連中追いかけてくる、どうする!?」

「決ってんだろ、アンリ。逃げるんだヨォーーー!!」


 絶叫。姿勢も正しく手足を動かし二人組がそれは見事に遁走を開始する。

そう、幾年経とうが未だ変わらぬ。それこそは冒険者であった。

薄汚い労働者じみた格好に、未だに現役の刀剣類だのを引っ提げた与太者共だ。

のっぽの名をカジャ=デュロー。今一人のちびをアンリ=カトルと言う。


 帽子を押さえ、雑踏を泳ぐように走る彼らを追いかける集団は揃いの黒服。

おまけに黒メガネと黒帽子という徹底ぶり。

腰にこれ見よがしと下げているのはホイール・ロックの拳銃だ。

勿論、この人込みで発砲などと!思いもよらぬ事ではある。

黒づくめ連を後ろに下手人は足取り軽やか見事に素早く逃げていく。


 屈強な集団に押しのけられた抗議の声も無視する黒づくめ共。

去り行く二人は若造だ。いや、まだ子供と言い切っても良かろう。

メン・イン・ブラックは油断したと歯噛みする。

上官へ連絡するか、いやいや不味い。それを使うのはピストルよりも尚悪い。

あの遺物が盗まれたと発覚したら、馘がぽろりと落ちてしまうかもしれない。

判断するや最先任の黒服が下げていた拳銃をいきなり空に掲げて発砲した。


「ええい、退けッ!!道を空けろっ!威嚇射撃を許可するッ!

小官の未来の為だッ、当たっても恨むんじゃないゾ!」


 先ずは一発。一瞬の間。続いて他の黒服も手に手にピストルを掲げて天を撃つ。

銃口が下がるのを見て、抱き合ったり目を白黒させる群衆の顔がさっと青くなる。

悲鳴。怒号。縺れ転がり、道を塞いでいたモッブ共は激しく動く。


 正に海が割れるが如く。黒服共の目の前の群衆は真っ二つに分かれた。

しかし、その代償にプラットフォームは更なる大混乱。

尻を向けて逃げ出す紳士もいれば、ポーターに倒れ込まれお嬢さんが悲鳴を上げる。

阿鼻叫喚の大騒ぎを切り裂く汽車の笛。余りの騒ぎに発車できぬと車掌が、

駅舎の客に罵声を投げる。貴様なんだとレイピアを抜く紳士が現れるに至り、

完全に収拾不能となった事態を背中に逃げる冒険者、追う黒づくめ。


 駅のホームを飛び出すと、広場。騒ぎを聞きつけ駆け付けた警邏を

後ろに振り切って一目散に裏路地に駆け込む。

座り込む宿無し共の眼差しが先ず冒険者を、引き続いて黒づくめを捉えていた。


「ここいらは俺らの庭だっつの。追いつけるもんならやってみなッ」

「でもあいつ等思ったよりしつこいよ、どうすんのさ」

「ハッハー、若さに任せて遁走さ」

「考えてないな!?お前また何も考えて無いな!!」

「考えてる、考えてるっつの──閃いた!!」


 ゴミや汚水を蹴散らしながら路地裏追いかけっこは続いていた。

一人、また一人と脱落していく黒服共も、未だに冒険者二人を追いかけて来る。

チン、と脳裏に光明が弾けるや、のっぽがやせっぽちのチビの懐に手を突っ込んだ。


「ギャッ!?何すんだ馬鹿!!」


 抗議の悲鳴に頓着せず、のっぽが急停止の振り向き様に大きく振りかぶる。


「そんなに欲しけりゃくれてやらぁ!!」


 叫びと共に投擲。小さな何かが宙を舞う。黒服はそれを認めるや、

まるで壊れ物を扱うかの如くに捕まえようとし、一方で冒険者たちは逃げていく。


「あれボクんだぞ!!何てことしやがんだドチクショウ!!」

「そりゃお前のだ!!また買ってやるから!!」

「折角のお宝に何してこのキンタ〇……ん、え?」


 抗議はやがて罵声に変わり、されどどこ吹く風と走るカジャ=デュロー。

路地裏を駆けながらのっぽは掠め取った箱を片手に示してにんまりと笑って見せた。

背後から蛙を踏み潰したような絶叫が尾を引いて聞こえて来た。

刺激物を混ぜ合わせ、卵殻に詰めた目潰しだ。暫くはまるで身動きできまい。


「わーお、流石の非人道」

「何言ってんのさ。とっととあの痴漢共とオサラバしよう」

「そういう訳で皆様ご機嫌よう!!この俺っちは華麗に去るッ!!」


 チビの冒険者のそうふくれっ面に、のっぽが笑いながらそう叫んだ。

走る。走る。冒険者は走る。

黒服共は朽ちかけた建物の陰に飲まれてすぐに見えなくなった。



/



「カジャ!!見てよ、こいつ。スゲー逸品だ!!」


 思わずアンリは歓声を上げて、掠めた黒い箱の中身を検めていた。

見事な剣であった。ひんやりとした刀身は薄暗く人気もない路地裏で尚輝き、

冷たい光を放っている。拵えも豪華そのもの。金で飾られ宝石がはめ込まれている。

そばかす面に嵌った目をきらきら輝かせながら、ちびの冒険者は検めた。


魔法を帯びているかまではその道の鑑定が必要であろうが──アンリが指で弾く。

涼やかな金属音が響いた。掌に乗る箱の中に長剣が入っていたのは不思議だが、

他愛ない疑念はすぐに転がり込んでくるであろう大金のイメージに搔き消える。


 銃という新たなる文明の利器が登場し、普及し始めたとはいえ、

刀剣の類が博物館に入る程無力化した訳ではまるでない。

まごつく戦列に切り込んで来るトロル鬼の突撃を恐れよ、であった。


特に魔法という神秘が施された代物ともなれば、

蒸気機関が轟音を立て始めた現代においても非常な貴重品だ。

製造法自体が喪われている場合も多く、武器として以外にも数多の利用がある。

この剣が打たれた時期は解らないが、『大戦』以前からの遺物ともなれば、

盗品だろうが何だろうが大枚を叩く人間は掃いて捨てる程いるだろう。


 最も。売り払う伝手があればの話ではあったが。

まじまじと剣をカジャは眺めてから、どうしたものかと天を仰いだ。


「しかし、どうやって捌くかね。故買屋の爺じゃ、ボられるぜ?」

「蛇の道は蛇、って言いたいけど。こんな代物はとっとと手放した方がいいんじゃない」

「おいおい、大損するぜ?」

「出所がバレてボクらに手が回るよりよっぽどマシ」

「ふぅん……ま、いいか。明日は明日の風が吹かぁね。そら、試し斬り!!」


 ふざけた風にカジャは宝剣を横薙ぎ一閃。

果たして、紛れもない刃は紛れもなく、土を満載した樽を真っ二つにした。

目を白黒させながら刀身を眺めるも、刃毀れどころか曇り一つ無い。

予想通りの、いや予想以上に魔法じみた切れ味の長剣だ。

今、のっぽが佩いたものなど、これに比べれば箒の柄か、いい感じの棒であろう。


「……言っとくけど、ボクの獲物だかんね。今のペナルティで取り分減らすよ」

「あー、ずっけぇぞお前!!後出しでそんな事言うなよ!知ってたら俺だってなぁ~」

「そんな事より!!今日は前祝いといこうよ。お酒も料理も。偶にはいい店にしよう」

「すると、アレか」

「うん、『踊る白馬亭』!!今日は踊っちゃおうよ!」

「へへへ、いいぜいいぜ。ノッて来た。そうとなりゃ善は急げ、いや悪は急げか?」


 カジャは既にご馳走を思い浮かべているらしく舌なめずりする。

見事誤魔化す事に成功しつつ、アンリは故買屋共の顔を思い浮かべていた。



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