百物語の途中で

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百物語の途中で

 蝉の鳴き声も静まらない真夏の蒸し暑い夜。昨日降った雨のおかげか、ぬるくベタベタした纏わりつくような風が校門から吹き付けてくる。

 それはこれから学校で肝試しを始める私達を歓迎しているのか、拒絶しているのか。どっちだっていい、早く終わらせて帰りたかった。


 正直言って肝試しのどこが楽しいのかちっともわからない。誰が好きなのかとか、気になる人はいるのとか、もっと話が広がりそうな恋バナなら喜んでしたかったのにな。


 学校へ続く道には水たまりが点在していて、切れかかった街灯の波紋が広がっている。私は小さい頃から水たまりが嫌いだった。小学生の頃遠足で行った公園の池に落ちてから、一箇所にまとまった水が苦手になってしまったのだ。


 そんな私のことを気にする様子もなく、友達の四人は喋りながら前を歩く。私達の通う中学校では、『おとなになる儀式』と呼ばれる妙な伝統行事があった。


 主に男子がやることなのだけれど、夜の学校に忍び込んで理科室から標本を取ってくるとか、二宮金次郎像の頭に触ってくるとかが通例だったが、昨今の保安事情により深夜の構内侵入は警備員が来るとして何年か前に禁止された。


 怖い話も肝試しも大嫌いな私は、自分の代では起きないのだとホッとしていたのだけれど、親友のあんずが好奇心旺盛なものだから、当時の話を先生に聞いて回ったり、仲間を集めたりして仲の良い先生にどうしてもと頼み込み、体育の先生が宿直することを条件に開催されることになってしまった。


 物を取ったり触ったりするのは危険なので、火を付けた蝋燭を並べて体育館で百物語を読むことになった。私は猛烈に反対したにも関わらずだ。


「それじゃあ、先生は宿直室にいるからな。終わったりトラブルがあったら必ず来ること。解散!」


 先生は爽やかな笑顔をみせて走り去っていった。この暑いのにタンクトップ一枚で、よく平気だなと思った。汗べしゃべしゃで男臭いと、百物語メンバーの一人、ももは鼻をつまんだ。


 体育館を貸し切って、この日のために杏がご機嫌で買ってきた蝋燭にマッチで火をつけ、一本一本丁寧にバスケットコートの丸い部分に合わせて円形に並べる。百本終わるとちょっとした達成感があった。


 今からこれを消さないといけないわけだけれど。私達五人も円陣を組んで座ると、物々しい空気が漂い始めてきた。さっきまで生ぬるくて蒸し暑かったはずなのに、肌寒く感じる。


「おー! 雰囲気出てきたね!」一仕事終えて汗を拭うかおるは、楽しそうにくるりとその場で一回転した。スカートが揺れて起こす風に、蝋燭も合わせて揺れる。始まっちゃうんだ、嫌だなぁ。


 ちっとも望んでいないことが起きようとするので胃がキリキリする。お腹痛くなったから先に帰るねって言えたら、どれだけ楽だっただろう。人の頼みを断りきれない自分の性格に、我ながら怒りを通り越して呆れる。


 いや、まだ間に合うかもしれない! 十話くらい話して一区切りついたら、トイレに行くふりをしてそのまま帰っちゃおう。明日謝ればいいや。


「それじゃあアタシから始めるね。『女の首』。その昔まだここが村だった時に……」言い出しっぺの杏から話が始まった。嫌だけど露骨に耳をふさいだらどやされるだろうし、汗ばむ両手を握りしめて頑張って聞いた。

 話し方が感情豊かで聞きやすいから、失恋して復縁を迫ったら相手の怒りに触れて切り落とされた女の首が落ちる場面で、耐えきれずにひいっと声を出してしまった。


「アハハ! あおいってば驚きすぎ~まだ一話だよ?」


 右隣に座った桃が小突いた。突かれたことにまたびっくりして、みんなが笑うものだから場が和んでしまった。こっちは恥ずかしくて顔がかあっと熱くなった。


「あ~面白かった、仕切り直しに顔洗ってくる。葵も一緒に行こ~」


 左隣に座った桜子さくらこに手を引かれて、ビビリ散らしながらトイレに行くのだった。暗がりの向こうから得体の知れないものが飛び出してきたら、窓が急に割れたらどうしよう。目をギュッとつぶってほぼ密着状態だったから、桜子に必死すぎと笑われた。


「うう、何も起きませんように何も起きませんように……」

「大丈夫だって、泥棒が入ってきても先生いるんだし」


 個室で念仏のよう何度も唱えながら素早く用を済ませて手を洗っているのを、桜子はじっと見つめていた。鏡の向こう側にいる誰かと視線を合わせているようで怖かった。多分今の私は何を見てもそう思ってしまうだろう。


 バクバクしていた心臓は落ち着いてきたけど手を当てるとまだドキドキする。戻ろうと桜子の袖を引っ張ったけど、彼女は屋上に行きたいと急に言いだした。

 戸惑ったけれど体育館へ一人じゃとても戻る気にはなれなくて、桜子の言われるまま錆びついてぎしぎしと軋む非常階段を登り、屋上へやってきた。半月に分厚い灰色の雲がかかっている。今にも雨が降ってきそうだ。


「うーん、生暖かくて湿ってて、いかにもな雰囲気で、ほんと百物語日和だよね」まるで晴天に髪をなびかせるようにぬるまったい気持ち悪さを楽しんでいる。


「戻ろうよ、まだお話途中だったし、みんな待ってるよ」

「だって全部古い話なんだもん。聞いてて飽きてきちゃってさ。一人で抜け出すのは悪い気がしたから、葵を共犯にしちゃった♪」


 子供のような無邪気な笑顔で桜子は言う。あれっ、こんなに子供っぽかったっけ。もっと落ち着きのある大人っぽいイメージだったと思ったんだけど。


「ねえ、本当に怖い話聞きたくない?」声のトーンを落として、桜子は首を傾げてにいっと笑う。


「い、いいよしないでよ。さっきのだって、首が切れて落ちるところとか怖かったじゃん。これ以上聞いたらお風呂入れなくなっちゃうよ! しかも百個終わる前に中断すると呪われるんでしょ? 戻ろうよ」


 ここでも怖い話をされたら嫌なので、階段の方を見た。いつでも戻れるように深呼吸をして、目を逸らさないようにして後ずさる。森でクマに出会ったときの対処法みたいに。


「葵は可愛いね。あんな古い人達の話でそんなに怖がるなんて。でも嬉しいな、そこまで怖がってくれると、こっちも怖がらせた甲斐があるというか、冥利に尽きるよ」


 妖怪や幽霊の側についているような口ぶりで、桜子は話を始めてしまった。戻りたいのに、逃げ出したいのに意識と身体がバラバラになってしまったのか、眼を閉じようにも耳を塞ごうにも、金縛りにあったようにただ立っているしかない。その足だって、ちゃんと地についている感覚がない。コンクリートから数センチ浮いているような気がする。


「ある日、四足よつあし小学校の三年生は遠足で五手いつで自然公園に行って、自由時間の最中女の子二人が池に落ちてしまいました」

「あの時の話? でも私は一人だったよ、桜子も見てたじゃん」

 思わず突っ込んだ。確かに落ちた私自身は怖かったけど、その後助かったし別に怖い話じゃないじゃんと。


「一人は大人に助けられましたが、もう一人は助かりませんでした。なぜなら、助かった方の女の子が顔を蹴ったり叩いたりして、水面に上がってこれないようにしたからです。二人目がいると大人が気づいたときには、もうひとりの女の子は窒息して死んでいたのです」


 私の言葉を聞いているのか無視しているのか、桜子は続ける。

「待って。何を言ってるの? 誰の話をしているの?」


 桜子の様子がおかしい。百物語を途中でやめてしまったから、悪霊が乗り移ってしまったんだろうか。やっぱりやならきゃよかった。杏をもっと強く引き止めるべきだったと今更ながら後悔している。


「だから私は決めたの。桜お姉ちゃんを殺したやつに復讐するって」桜子の声には、怒りの感情が込められている。

「お姉ちゃん? 姉妹がいる話とか聞いたこと無いけど」

「いたよ。ずっとずっと昔から。お姉ちゃんに『お友達』ができちゃうまで。ずっとずっと、ずうっとね」


 桜子だと思っていたものは、足音もなくすうっと近づいてくる。足は恐怖で動けない、やっとやっと動くようになった時には、よろけて転落防止用の柵にぶつかった。


「許さない。お姉ちゃんを殺した、あんただけは!」

 ぐっと首を掴まれて揺さぶられる。抵抗しようにも人ではないような怪力で締め付けられて、息をするのがやっとだ。薄れていく意識の中で、うすぼんやり当時のことを思い出した。


 そうだ、濁った水の中にもう一人いた気がする。その子が池を見ようっていうから、付いてったんだった。名前は…………桜。じゃあ目の前にいる桜子という人物は何者なの!?


「そんなっ、事、言われたって、私だって助かるのっに、必死で……」声を絞り出すが、締め付ける力は緩まない。

「なんと言おうが実際お姉ちゃんは死んだ、死んだ、死んだ!! もう帰ってこない。どんなに会いたくても会えないの! あんたは地獄に堕ちて、一生お姉ちゃんに侘び続けろ!」


 首を絞める腕は軽々と私を持ち上げ、私は身を乗り出す形で突き落とされた。地面につくまであっという間で、悲鳴を上げる間さえなかった。不幸にも落ちる途中で意識を失えなかったので、首の骨が折れる音を聞いた。吹き付ける風より生暖かい、真っ赤な液体が眼前に広がっていく。

 ああ、やっぱり水たまりなんて大嫌いだ。



「望みは叶ったのかいお嬢ちゃん」配管の影に隠れていた首だけの女が語りかける。

「うん。これでお姉ちゃんの無念も晴らせた。満足だよ」桜子はやりきった顔で微笑んだ。

「お姉さんに会えるといいね。ところで、その名前はつけてもらったのかい」と首だけの女が聞く。

「私は桜お姉ちゃんの想像上の妹イマジナリーシスター、桜の生み出した子だから桜子。いい名前でしょ?」

 そう言って、桜子は分厚い雲の隙間から差し込んだ月の光を浴びて消えていった。



 葵の死体が発見されたのは、数十分経ってからのことだった。戻ってこないことを不審に思った三人が探したが見つからず、教師は慌てて警察と救急車を呼び、校庭の花壇の横で発見されたが即死だったという。

 親友の突然死に杏は声を上げて泣き、桃は呪いだ祟りだと震えて怯え、薫は一人でトイレに行かせるんじゃなかったと後悔した。



 以来その中学校では、『おとなになる儀式』は禁止事項となった。

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