幸せの国

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幸せの国

 ある世界に幸せの国と呼ばれる場所がある。暮らす人々は皆幸せで、痛みも苦しみもない理想の国と評判が立って、何度も隣国から侵略されたがしばらくすると平和が訪れる、不思議な国だった。


 そこへ一人の若者がやってきた。彼の住んでいる国は百年間続く戦争で命が毎日のように奪われていた。人々は心身共に疲弊しきって、幸せの国へ行けば解決策があるかもしれないと、若者に希望を託したのだ。

 彼は海を超え山を超え、谷を超えボロボロの姿で国へ通じる道を歩いていた。喉は渇き足は棒のようになって、それでも前へ進もうとして倒れた。


 気づくと、若者は介抱されて民家にいた。ここはどこかと尋ねると、幸せの国だという。ようやくたどり着いたと若者が外へ出ると、そこかしこに青い花が溢れ花園と見紛うような光景が広がっていた。祖国では花などというものはすっかり枯れ果ててしまい、彼には子供の頃にしか見たことがないものだった。

 介抱してくれた家人は、その花の蜜を飲めばたちまち元気になり、花弁を食せば病が治り、食材に練りこめば滋養強壮にもなり、体力もつくから男たちは力仕事でも疲れ知らずだと自慢げに言う。

 そんなことあるはずないと若者は疑いつつ国を見て回るのだが、どこを探しても医者がいなかった。寿命も長くなるらしく、埃ばかりでみすぼらしい葬儀屋が一軒あるだけだ。


 国を守る壁も存在せず、城の周囲に堀があるくらいで警備も手薄である。屈強な男たちは特に鍛えずとも強いからと花の世話をしたら後はのんびりしている。国を守るもののくせに怠惰だと文句を言った若者は、掴まれて投げ飛ばされた。若者は祖国でそこそこ腕の立つ剣士だったものだから、驚きの余りふにゃふにゃと力が抜けてしまった。


 青い花の効果は絶大だと知った若者は、これさえあればと花が欲しくなったが勝手に持ち出すことは禁止されていた。城門から入り国王に謁見し、どうしても青い花を持ち帰らせてくれと頼み込んだ。祖国の現状を必死で訴えると、王は戦争が終わるためならばと許可し、若者は花二本と土を大事に大事に持ち帰った。


 若者が持ち帰った花はやせ細った祖国の土でも根付き、花開き、溢れるほどの蜜を出した。国民は蜜と花弁により飢えから開放され、活気に満ち溢れてきた。やがて花が枯れて実がつくと、それもまた美味で国民はどんどんと健康になっていった。食べられない部分が種のようで、大事に土に植えてまた花が咲くことを願った。


 さりとて国は戦争の最中。終わらせるにはどうしたらいいかを考え、若者は隣国の兵士に蜜を飲ませて敵意を失わせる作戦を考えた。強くなった戦士たちは敵をあれよあれよと囲い込んで、兵糧攻めをした。空腹に耐えきれず白旗を上げた敵に蜜を飲ませることで味方につけ、そこから蜜と花弁を食すことが敵側にも広まり、ついに戦争は終結した。これでもう血が流れることはないと喜んでいた矢先、変化が起きた。


 平和になったある日のことだった。若者が国の見回りをしていると、男が一人死んでいた。口からは涎のように蜜を垂れ流していたが、それは思わず鼻を摘みたくなるような甘ったるい腐った匂いを放っていた。葬儀が行われ、男の遺体は土へ還された。


 数日後、また人が死んだ。今度は小さな子どもだった。同じような死に方をしていたので、どういうことか若者は幸せの国を目指して旅立った。蜜と花弁の力で疲れ知らずになった彼は、半日程度で辿り着いた。村人に聞けど、皆目を逸らして答えない。そうだ、葬儀屋があったと駆け込むと、白髪の老婆が一人店の隅にうずくまっていた。


 あんたも蜜を飲んだのか、老婆の問に若者はそうだと答えた。老婆は首を横に振り、青い花の蜜にも花弁にも幻惑作用があり、合わない人間にとっては毒であると語った。特に果実は痛覚さえ無くしてしまうのだとも。痛みも疲労も人が休むために感じる大切な身体からの言葉であり、失っていいものではないと強く言った。


 若者は衝撃を受け、まだ国土全体に広がらぬうちに焼き払ってしまおうと、店から出ようとした瞬間に倒れた。彼は花を広めるために二つの国を昼夜問わず駆け回り、人々を救おうと蜜と花弁を配って回っていたので、体力の限界などとうに超えてしまっていたのだ。


 老婆はやれやれとため息をついて死んだ若者の死体を引きずって、青い花が一番美しく咲いている花園に埋めた。花は意思を持っているかのように根を伸ばし、あっという間に埋めた場所は青で染まり若者の姿など見えなくなってしまった。


 幸せの国は、今でも存在しているという。

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