蒼の双子
雨宮テウ
第1話
『誰も知らない秘密を教えてあげる。
僕とルイがまだ半分しか人ではなかった頃の話。
僕らは湖で生まれたんだ。』
——深く蒼い、ちいさな冬の湖が 凍てついた零時に見上げた先
音や色彩を大切に飲み込んだ群青でさえ 優しく支配して
穏やかに君臨する満月に 深く深く堕ちていく
蒼の双子が 生まれた。
『誰も知らない秘密を教えてあげる。
私とルカがヒトじゃない方の半分で過ごした頃の話。
私たちは鳥と獣だった。』
——その双子には名前があった。兄がルカ、妹がルイ。
蒼い瞳をしていたが、生誕の夜、
あまりに大きな満月によって、その瞳は金色に輝いていた。
ルカには深い森を分け入るための勇ましい足が、ルイには広い空を舞うための自由な翼が与えられていた。
『つないだ手のひらから互いの温度を知りながら、僕たちが生まれて初めて見たものは、大きな満月だった。』
『生まれた時から私たちは知っていた。
たとえそうすることで二度と会えなくなっても、
この手を離さなくてはいけないと。』
——そしてルイは群青の空へ舞い、ルカは濃紺の森へ消えた。
それは自分を選択するための本能だった。
『森はエネルギーで溢れていたよ。植物も動物も自分に自信を持って姿を作り、表現し、逞しかった。厳しい自然の中で何度形を失っても、少しずつ力強く立ち上がった。自分がそこにいることに疑問なんて持たない、揺るがない精神で、誰かを糧にして、誰かに糧にされる世界。』
『空は自由で満ちていた。雲も鳥も自由だった。自由だからこそ進路を取り、規律を重んじ、風や光と対話しながら確固たる意思を確立する。自由でありながら、あるべき流れには決して逆らわず、凛とした気持ちで諦めず進み続け、自分を貫いていける世界。』
『素晴らしい世界だった。花や鳥の美しさ、甘い香り、移り変わる色、雨上がりの蜘蛛の巣には雫でできたビーズが鮮明に輝いて。』
『風と太陽の匂い、知らない土地の景色、賢い渡鳥たちの話、
綺麗な夜空に、雄大な虹。』
『僕たちは人じゃない半分の人生を選ぼうとしていた。
何年も何年も僕らは空を渡り、道をゆく。
でも、ある日のことだった。
そう、あの日も忘れられないような冬の大きな満月だった。
森を歩き続け、あの蒼い始まりの湖に辿り着き、疲れを癒せないままオリオン座を眺めていた時だった。
何かが落ちてくる。僕にはそれが何なのかすぐにわかった。
力尽きた片割れ。』
“ルイ!”
ルイはボロ切れのように傷つき、
白い肌は太陽を知らない大理石のように冷たかった。
“ルイ、どうしたんだ!こんなに冷たくなって!
どうして暖かい場所へ渡らなかった?”
ルイは微かに開いた瞳で僕を確認すると、
夜風にさらわれてしまいそうな声で言った。
“…ルカ、なんて目をしているの…眠れなかったの…?”
僕は眠れなかった。何年もずっと。みんなが冬眠していく中、自分だけは眠れずに春を待った。黙っている僕にルイは続けた。
“空の世界は素晴らしかった…。
でもどこにも暖かい場所なんてなかった…。”
“森の世界も素晴らしかったよ。だけど心が休まる場所が見つからないんだ…”
——交わした言葉はそれだけだった。でも十分に分かり合えた。
どんなに優しい夕闇も、華麗な虹も、壮大な夕焼けも花も星も雨の雫も全部、
ルイに、そしてルカに見せてあげたいと思うようになった。見せてあげたら何と言うか、どんな顔をするか、どんな気持ちになってどう共有できるか、
それができたらどんなに素晴らしいだろう。
そんな事ばかり考えた。
“ルカの肌はあったかいよ。やっと暖かい所に渡れた…”
もうルイには翼なんて要らなかった。
疲れ切ったルカはもう言葉が出なかったが、ルイの耳元で鼓動する心音は
《おかえり》でもあり《ただいま》でもあった。
ルカもやっと眠れる場所を見つけたのだった。
私は知った。自分は自分と誰かの空でしか自由には舞えないと。
僕は知った。自分は自分と誰かの森でしか何かを糧にし、歩けないと。
——深く蒼い、ちいさな冬の湖が 凍ついた零時に見上げた先
音や色彩を大切に飲み込んだ群青でさえ 優しく支配して
穏やかに君臨する満月に
深く深く堕ちていく
2人の心は人間だった。
名前を呼んで欲しかった。
《おかえり》と《ただいま》が必要だった。
蒼の双子は始まりの蒼い湖に飲み込まれた。
冬の満月の夜のことだった。
おしまい
蒼の双子 雨宮テウ @teurain
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