狂剣士の偽りの世界

仲仁へび(旧:離久)

第1話



 夢の檻の後遺症でなくした記憶。ツェルトとの思い出を取り戻すために、ステラは夜の校舎を徘徊していた。


 けれど、その途中で、悲劇へ至る伏線があった。





 湖水の騎士学校 夜の校舎

 フェイスの罠にかかり記憶を失ったステラ。

 ステラは、自らの記憶を呼び覚ますために、夜の校舎をさまよっていた。


「あ? あいつは何してんだ?」


 その姿を目撃したのは、見回りしていた教師ツヴァンだった。


 どこか茫洋とした様子のステラを見つけたツヴァンは、彼女の後をおいかける。


 そして、ステラが階段に差し掛かった時に、剣を抜いた。


 その剣は、対象人物の未来を知る事ができる効果の件だ。


「これは」


 ツヴァンはその剣をふるい、ステラの未来に待ち受けている困難を知るのだった。


 しかし、その際、階段近くの窓が雷で光った。


 それが悲劇に至る伏線の一つだと、その時のツヴァンは知らなかった。


 ステラが振り向いていて、はっとした顔になる。


 ツヴァンは剣をしまった。

 けれど、その動作が少し遅れてしまう。


「狂剣士、こんな夜に校舎をうろつくたぁいい度胸じゃねぇか。お前は不良にでもなったのかよ」


 ツヴァンは、なんでもないようにとりつくろうが、ステラの顔色が悪くなった。


「ウティレシア?」

「いっ、いやっ」


 彼女はおびえたように後ずさって、その場から走り出した。


 一心不乱といった様子だった。


 急な変貌。

 ツヴァンは驚いた。


「いやぁっ! 来ないでっ!」

「おいっ、どうした。ウティレシアっ! くそっ」


 ステラは、錯乱していた。

 おそらくまともに、ツヴァンのことも見えていないのだろう。


 ツヴァンは、困惑しながらも、どこかへ走り去ろうとするステラを追いかける。

 放っておいて冷静になるのなら良いが、そうでなかったら怖い。


 ツヴァンは、夜の校舎に目立つ淡い金髪の少女をおいかけていく。


「待てっ! どこに行くつもりだ!」


 逃げ続けるステラは、上を目指していた。


 どうしてなのか。

 何か目的があるのか。

 ただ走った先がそこだったからなのか。


 ステラは屋上にたどりついた。


 それ以上できる事ができなくなったステラは、校舎の隅に立つ。

 手すりを背にしておびえた様子で体を震わせていた。


 ツヴァンはできるだけ平静な態度で声をかけた。


「一体どうしたってんだよ。お前らしくもねぇ」

「こないで」

「だから、何が」

「こないでっ、ツェルトっ!」


 ステラにはどうやらツヴァンの事が、ツェルトに見えているらしい。


 ツヴァンは、顔をしかめないようにしながら、ステラの相手をする。


「ウティレシア、お前」

「私の事、嫌いなんでしょ。気が付いてあげられなくてごめんなさい。でも、もうあなたには近寄らないから。もう、貴方の前には現れないから。だからこれ以上はっ」


 苦しげな表情で訴えるステラは、フェイトがほどこした呪術の影響をまぎれもなく受けているようだった。


 その幻惑の世界であった出来事を知らないツヴァン。

 だが、ツヴァンでもそれぐらいの事実は分かった。


「おい、正気に戻れ。お前の目の前にいるのはツェルトじゃ」

「殺さないで!」


 その瞬間に放たれた言葉に、ツヴァンは動きをとめた。

 しかしそれがよくなかった。


 ステラが背にしていた手すりが、老朽化でもしていたのか、壊れた。


 そして、それに背中を預けていたステラの体が、空中へ投げ出される。


「ウティレシア!」


 ツヴァンは駆け寄って。その手を使む。

 だが、間一髪だったこともあり、姿勢が不安定だった。


「いっ、いやぁっ! 離してっ!」

「離したら、お前が死んじまうだろうがっ!」


 暴れるステラは、こちらから逃げようとするばかりで、気が動転しているのだろう。

 冷静にさせなければならない。


 そう思ったツヴァンはためらう。

 ツヴァンは唇をかんだ。


「ステラ!」


 ツヴァンは常日頃、ツェルトがそうしているように名前を呼んだ


 ステラは、その言葉に反応する。


「だっ、大丈夫だ。俺はお前を嫌ったりしないっ。俺は、お前の味方だっ!」

「うそっ。そんなの、嘘よっ。だって」

「俺がお前を守ってやる。ずっと一緒にいて、何からもだ。だからもう大丈夫なんだ」

「また、一緒にいてくれるの?」


 ツヴァンが放ったのは、あきりきたりな言葉だった。演技もない。へたなセリフだったが、効果はてきめんのようだった。


 ステラはおとなしくなった。


 ツヴァンはステラを引き上げた。


 屋上の淵でへたりこむステラを見て、ツヴァンはため息を吐く。


 ツヴァンは、安堵していた。

 だが、不幸は終わらなかった。


 ステラは、すがるような光を瞳に宿して、こちらを向く。


「ツェルト、ずっと一緒にいてくれるのよね」

「あっ、ああ」


 こちらに抱き着いたステラは安堵した顔をみせる。

 その様子はまるで親に見捨てられかかった子供のようだった。


「よかった」







 ツヴァンは心を病んだステラに対処した。

 学校を休学させて、ステラを療養させることになった。


 あのような精神状態で、登校させるわけにはいかなかった。


 ステラの友人には、ステラの状態をしらせた。

 ツェルトの精神は、かなり追い詰められてそうだったが、ツヴァンではうまいことがなにもできない。


 それからも色々あったが、一番大きな出来事は、国がクーデターでひっくり返った事だった。

 それで、ステラが騎士として働くことになった。

 けれど、まともな精神状態でないステラが、騎士としてやっていけるわけがない。


 だから、ツヴァンはツェルト達と協力して、任務中にステラを行方不明にすることにした。








「ふふっ、ツェルト。貴方今日はとってもおかしいわね。どうしてそんなおかしな顔してるの?」


 ステラは笑っている。真実など何も知らずに、偽りの幸せな世界で。 


 ツヴァンがツェルトに見えているのは、今も変わらず。


 夜の校舎。運命を変えたあの場所に、もしももっと適任がいてくれたら、と思うが、下手な人間に任せるのも、良いように利用されそうで怖かった。


「おかしいとか言うな。俺は普通の人間だぞ」

「そうかしら? だって貴方、なんだかとっても冷たいわ。まるで死人みたい。病気? 大丈夫よね」

「ああ、大丈夫だよ。お前こそ、変なもん食って体を壊すなよ」

「私は貴方じゃないんだから、そんな事しないわよ」


 こちらに延ばされた手が触れる。

 けれど、その手から伝わるはずの熱は、こちらは何も感じられない。


 ステラが手に触れているのは黒くて、何かよく分からないものだからだ。


 間違っても人間などではない。


 ツヴァンは、もう人間なんかじゃない。


 ただの人間である事を嘆いていた。力がないことを嘆いていた。

 けれど、ツヴァンにとってこんな皮肉があるだろうか。


 ツヴァンは湖の町に伝えられていた化け物で、二番目の存在で、アインを殺した張本人。


 ステラが精神を壊せば、それに引きずられて、ツヴァンの精神もよどんでいく。


 それが分かったのは、手遅れになってから。


 だから、今は、人間としての姿形を保てなくなっていた。


 かつで、ツヴァンが二番でアインが一番だった。


 化け物だったツヴァンを救うために、アインが穢れを取り払ってくれたことがある。


 その時に、二人は一蓮托生の存在となった。


 けれど、ツヴァンに殺されたアイン。


 アインの魂は、別の生を歩んでいた。


 それが目の前の「どうかしたの? ぼうっとして」金髪の少女だ。


 ツヴァンは、他人が浮かべていたそれを思い出しながら、「いいや、何でもない」笑いの表情を作る。


「俺はずっと昔にお前を傷つけた。けれど俺はそのことを忘れていた。何もかも皮肉だよな」

「なに? いきなり」

「お前が一番目だったことにも気が付けなかった」

「私もあなたが一番よ。貴方の隣にずっといるわ」


 かみあわない会話をむなしく思うが、ツヴァンはそれでよかったとも思う。







 隠されたその場所。

 ツヴァンはステラを置いて、離れた場所にいたその人物に話しかける。


 王宮での騎士の任務が終わってすぐに来たのだろう。

 服はボロボロで血や泥で汚れていた。


「俺はもう長くない。完全にばけものになったら、お前が俺を殺せ」

「いいのか? 先生」

「もともと、生き延びるはずの命じゃなかったしな」

「そっか」

「お前の場所をとっちまって、わる」

「謝るな。それは」

「分かった」


 そう遠くない時に訪れる時の事を考えて、ツヴァンとその人物は約束を交わす。

 その人物は、顔をゆがめて、隠された場所の方を見つめた。


「あんたが死んだら、ステラはどうなるんだ。誰がステラの支えになる」

「お前がいるだろ」

「俺はステラに見てもらえない。あんたは生きるべきなんだ。ステラのためにも、ステラの幸せを願う俺のためにも」


 誰よりも一番、惚れた女のそばに痛かった人間。

 その人物は、自分の無力をかみしめて、そこにいた。


「最後まで足掻い、抗ってくれよ。頼むから」


 そして、そういってその場を去っていった。







 それから幾日か経った後、大嵐がやってきた。

 雷が鳴り響き、大粒の雨が大地に流れる。


 その光景は、ステラの何らかの記憶を刺激するのだろう。

 だから、何か気をそらすものを、と思ってツヴァンはその話をしはじめた。


「かつて、この世界にはアッシュという少年がいた。けれどアッシュは、好きだった人間を誰も守れずに、大切な人も仲間もすべて失ってしまったんだ」

「かわいそうね」

「そうか? そいつは自業自得なんだ、愚か者で、力がなかった。だから、だ」

「でも、愚かでも力が無くても、奪われていい理由にはならないわ。大切な人を守りたいと思う気持ちは、誰だって抱くものだもの。弱いから奪われて当然、なんて言っていたら、剣を持つ事ができない人に悪いもの」

「お前は、そういうとこはぜんぜん変わんないよな」

「そうかしら? というか、私は昔から何も変わらないわ。それはあなただってわかっているでしょ?」

「ああ、そうだったな」


 精神がむしばまれても、見かけ上は真面目で人が良い。

 だが、だからこそ危うく見えた。


 ステラは、自分のことを後回しにしてしまう。

 少しくらいは自分の事だけを、考えてもいいはずなのに。


 心配するのはいつだって「貴方は大丈夫なの? 今の話、貴方にとってつらい話だったんじゃないの。だって、そんな顔をしてたら、隠せるものも隠せなくなるわよ」人の事だ。


 俺は「隠し事なんてしない。他ならぬお前にはな」「もう、嘘ばっかり」笑ってそういうのがいつも難しい。









 終わりは唐突に訪れた。

 ツヴァンは、もうどこも、人間ではなくなった。


 ばけものとなったそれは、ただ暴れまわるだけの存在。

 人も物も平等に壊していく。


 だからそれは、残った意思をかきあつめて、最後に引導を渡してくれるあいつがいる方へと向かったのだ。


「王都でばけものが暴れてるぞっ!」

「市民達を避難させろ!」

「ひぃぃっ!」

「おいっお前、騎士だろ! なんで市民を見捨てて逃げるんだっ!」


 混乱する人間たちを巻き込みながら、そこへ。


 そこには、勇者の剣を携えたそいつが立っていた。


 ステラの先を、未来を預ける事を、申し訳なく思う。


 だが、こうなった以上、今さらもとには戻れない。


「言ったよな。抗ってくれって。これからも守ってやってくれって」


 もう、なにも、かんがえられなくなる。


「満足かよ。これで」


 さいごに、さいごに、あと、なにをすればいい?


「あいつを、ステラを悲しませるなよっ!」


 そいつの剣が、ばけものの体に突き刺さろうとしたとき。


「待って!」


 ステラが飛び出してきた。


 それを見たツェルトは、剣を引かない。

 勇者の剣じゃない。その、ただの剣を。


 剣は、こちらをかばうように立ったステラと、ばけものを貫いた。


「あっ」


 剣がぬかれる。

 血をこぼすステラ。

 地面に倒れて、こっちを向いて何かを言おうとしている。

 でもばけものは聞き取れない。


 ツェルトは笑っていた。

 涙をこぼして、後悔しながら


「だから言っただろうがっ! 抗ってくれって!!」


 無慈悲な一撃が、勇者の件ではない、ただの剣での一撃が振り下ろされた。







 その日、王都を襲った化け物が退治された。


 行方不明になっていたはずの騎士とともに。


 国が乱した勇者は、勇者の剣を抜かずにばけものを退治した。


 人々は喜んだ。


 それが、悲劇へ至る伏線だったと気づきもせずに。


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