第40話 ビンゴ

 あー。わたし、やっぱり旅は嫌いだわ~。


 馬車は揺れるし、埃っぽいし、お尻が痛いし、見えるのは緑ばかり。旅は人生を変えると言うけど、わたしの場合は悪いほうに変わっていってるわ。


 しかも、この旅は命を狙われるもの。わたしじゃないとは言え、一緒にいて見逃されるとは思えない。死人に口なしと始末されることでしょうよ。


 単独での移動。周りは森。もう狙ってくださいと言っているようなもの。と言うか、これってあからさますぎない? なにか罠を張ってますよって言ってるどころか、叫んでいるようなものよ。


 これで引っかかるのはアホかアホぐらいなものよ。


 ──っ!!


 なにか冷たい視線を受けて背筋に冷たいものが走った。


「……ほんと、アホは裏切らないわね……」


 本当にくるとか、なにかのお約束なのかしら? そんな約束、破ってもらって一向に構わないのに。


「イルア。酔ったりしないの?」


 乗り物酔いするって言ってたのに、よく屋根の上に乗っていられるわよね?


「浮いているから大丈夫だ」


 浮いてる? あぁ、魔法で浮いてるのね。昔からなんでもありだったけど、そのうち転移魔法とか使っちゃいそうね。


「お腹が痛いから適当な場所で止まって」


「……我慢できないほどか?」


 さすが幼馴染み。わたしの違和感に気づいたようだわ。


「我慢できたらいいのだけど、限界っぽいわ」


 もちろん、アホどもの我慢がね。まあ、わたしの精神も限界だけど。


「ミリア、大丈夫なのですか? 回復魔法をかけますか?」


 ラミニエラが心配そうに近づいてきて、回復魔法をかけようとする。いや、お腹痛いと言ったけど、本当だったら回復魔法じゃどうにもならないから。いや、なったとしても酷い状況になるから止めてちょうだい。


「大丈夫です。襲撃者がきたからイルアに警告しただけです」


 小さな声で現状を教え、騒がれないようラミニエラの口を押さえた。


「騒がないで大人しくしててください。お嬢様も」


 お嬢様は相変わらず肝が据わっている。黙って了解と頷いた。


 イルアの指示で適当な場所で馬車を止め、わたしだけ馬車から降りた。


 茂みの中に入り、スカートの下からナイフを抜いてしゃがんだ。


 物音はしないけど、誰か近づいてくる嫌な気配を感じた。これは万死に値するわね。


 わたしの中で人間からケダモノに格下げ。殺してもなんら気にも止めない存在になったわ。


 ナイフを強く握り締め、背後にきたら腕を回して突き差してやった。


 ギャー! と悲鳴を上げるケダモノ。しょせん無防備な女の子を襲うケダモノはこんなものか。


 のたうち回るケダモノを蹴り上げ、逃げられないよう右足にナイフを突き刺してやった。


「女の子だからってナメたらダメよ」


 わたしには魔物に向かっていく勇気もなければ度胸もないけど、虫も殺せない気弱な女ではない。魔物の解体で血には慣れているし、肉を裂くことに躊躇いもない。


 そりゃ、罪もない人にナイフは刺せないけど、ケダモノには無感情でナイフを突き立てられるわ。


 喚くケダモノをそのままにして馬車に戻ると、アホどもが真っ赤な花を咲かせて倒れていた。


 ……さすがイルア。十人をあっと言う間に倒しちゃってるよ……。


「ミリア、大丈夫か?」


「うん。無傷だよ」


「ミリアの察知能力もだが、不意打ち返しも磨きが入ってきたな」


「誇れた技能ではないけどね」


 イルアに好意を持つ女たちを返り討ちにして身についた技能だし。


「賊はどっちの?」


 お嬢様を狙ってか、それともラミニエラを狙ってかまではわたしにはわからない。ただ、雑なところからしてラミニエラっぽい気がするわ。


「身なりからして冒険者崩れだろうから、教会のほうだと思う」


「教会ってそういうところ雑よね」


「そう見せかけないと自分たちが疑われるからな。下手に暗殺者は使えないさ」


 その点、貴族は惜しみなく暗殺者を使う。これは、王宮で排除するってことかしらね?


「冒険者崩れっぽくないのはいた?」


「あーいたな。ちょっと待ってろ」


 そう言うと、身なりがしっかりした冒険者を引き摺ってきた。


「イルア。服を脱がして。調べるから」


 物言わぬケダモノとは言え、野郎の服を脱がすなどしたくないわ。


 イルアも嫌みたいで、剣を器用に使って服を切り裂いて、物言わぬケダモノを肌着姿にした。


「調べるってなにをだ?」


「依頼書的なもの? いくらアホでも口約束で依頼は引き受けないでしょうし、教会関係者なら指示書くらいは持っているはずだわ」


 冒険者崩れだけにやらせるなんて失敗しろと言っているようなもの。誰か指揮する者がいないと目的地にも辿り着けないでしょうよ。


 服を調べたら隠れ縫いを発見。折り畳まれた手紙が出てきた。イルア風にいうならビンゴ、だ。


「はい、イルア」


 内容はきっと世間に出せない内容のはず。そんなもの町娘には手に余る。事情を知っているイルアにお任せよ。


「あとはオレがやる。ミリアは休んでていいぞ」


 お言葉に甘え、荷台に上がったら幌を閉めた。ラミニエラやお嬢様には見せられないからね。


「馬車が止まっているうちに仮眠してください」


 目覚める頃には片付けは済んでいるでしょうよ。


 なにか言いたそうな二人に構わず、わたしも横になって眠りについた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

隣の幼なじみがまた「ステータスオープン!」と叫んでいる 勝ちヒロインの定義 タカハシあん @antakahasi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ