第15話 わたしが一番知っている

 イルアに連れられてきたのは交易広場だった。


「馬車は商人組合に預かってもらってる」


 隊商の人たちと交渉のために何度もきてるけど、商人組合にいくのは初めて。結構、人の出入りが激しいのね。


「こっちだ」


 中に入るのかと思ったら、建物の裏へと回ってしまった。


「これがオレたちの馬車だ」


 と、馬に繋がれてない荷車が置かれていた。


 馬車は何百回と見てるけど、そんなに詳しいわけじゃない。けど、中古と言う割には綺麗で、しっかりとした造りをしていた。


「大きすぎない?」


 完全に隊商が利用する大きさだ。わたしたち、三人だけだよね? 他にもいるの?


「御者を二人雇った。オレ、馬車とか操れないしな」


 まあ、冒険者だからって馬車を操ることなんてなかなかないしね。


「イルア、やっときたか」


 と、二十歳くらいの男の人と女の人がやってきた。この二人が御者?


「冒険者のリガとマール。兄妹だ。今回御者として雇った。ミリアとシスターラミニエラだ」


 お互い、自己紹介を交わした。


「荷物は用意したが、足りないものがあったら教えてくれ。マール。二人は旅をしたことがないから面倒を見てくれ」


「了解。報酬分の働きはするよ」


 女性でも冒険者をやっているだけあって自己主張が強いようね。


「じゃあ、さっそく出発するか」


 馬を荷車に繋げ、梯子を使って荷車に上がった。


 厚い幌が張られているようで、中は薄暗く、いろいろ荷物が積んであって狭かった。


 ……移動中はずっとこの中にいるのか……。


 馬車の旅は辛いとは聞いてるけど、これを見ると聞いている以上に辛い予感がするわね。わたし、堪えられるかしら?


「馬車は揺れるから外を見てるといいよ」


 左右に窓があるようで、布を捲って開放してくれた。


「以外と高いんですね」


「シスター。移動中は舌を噛まないようにね。結構揺れるからさ」


 それは出発して教えられた。ゆ、揺れが凄い!


 踏み固められた町の中でこれなのだから町の外は相当なものでしょうね。町を出る前に心が折れそうだわ。


「ミリア、シスター。気分はどうだい?」


 町の外に出て鐘一つ分くらい経って、マールさんが尋ねてきた。


「……な、なんとか、酔わないでいられてます……」


 揺れは激しいけど、堪えられないほどではない。わたし、意外と馬車に強かったりするのかしら?


「シスター、大丈夫かい?」


「はい。全然大丈夫です!」


 ラミニエラは元気いっぱい。逆に疲れないか心配するくらいね……。


 わたしは自分のことで精一杯なのでラミニエラには構ってられない。この揺れに慣れることで精一杯だわ。


「あの、馬車はどこに向かっているのですか?」


「ミラータ村だよ。町からほどよい距離で、よくいっているところだからね」


 確か、牧畜が盛んな村で、よく小鬼猿が出るとイルアが言ってたっけ。


 揺れは段々と激しくなってきた。


「道があまりよろしくないんですね」


「まあ、ミラータ村は山にあるし、それほど馬車の往来が少ないからね。わたしも馬車でいくなんてこれが初めてさ」


 冒険者は基本、歩き。歩いてなんぼの冒険家業、って歌があるくらいだしね。


「……緑が多いな……」


 当たり前と言えば当たり前なことなんだけど、町の中しか知らないわたしには緑しかない光景は異様に感じてしまう。


「ミリア、大丈夫か?」


 ぼんやりと外を眺めていたらイルアが外を歩いていた。


 いや、乗ってないのはわかっていたけど、まさか歩いているとは思わなかったわ。


「大丈夫よ。イルアは乗らなくていいの?」


「オレ、乗り物酔いする体質なんだよ」


「そうだったの? 初耳」


「まあ、馬車に乗ったの、冒険者に成り立ての頃だしな。それからずっと歩いているよ」


「イルアの場合、自分で走ったほうが速いしね」


 インベントリがあるから重い荷物を持つこともない。馬車で一日の距離も半日でいけちゃうしね。


 なんてことのないおしゃべりをしていると、突然イルアが剣に手をかけた。


「リガ。小鬼猿だ。数は八。こちらに向かってくる」


「相変わらず察知するのが早いヤツだ。狩るか?」


「ああ、狩っておく。マール。二人を頼むぞ」


「了解。二人とも、大丈夫だろうけど、安全のために閉じるよ」


「わ、わかりました」


 わたしにはなにもできないのだから言う通りにするまでだ。


 遠くでキーキーと鳴いている声が聞こえる。けど、鳴き声はすぐに消えた。イルアが倒したのかな?


「もういいぞ」


 しばらくしてイルアの声が近くからして、マールさんが後ろの幌を開けると、いつもと変わらないイルアがいた。


「小鬼猿は捨ててきたの?」


「ああ。ミリアは大丈夫だろうが、シスターには厳しいだろうからな」


 わたしは山羊を解体できるので、獣の死体くらいでは驚いたりしないけど、解体された肉しか見たことがないラミニエラは厳しいでしょうね。


「まあ、小鬼猿じゃ大した金にもならないしね」


 小鬼猿一匹倒しても銅貨三枚。鉄の位の冒険者なら惜しくはないでしょうよ。


「リガ。出発だ」


「了解」


 リガさんやマールさんも小鬼猿は雑魚のようで、惜しいとも思ってないみたいね。


「ミリアは落ち着いてますね」


 少し青くなったラミニエラがそんなことを言ってきた。


「一人だったら泣き喚いているかもしれませんが、イルアがいるので怖くはないですね」


 戦っている姿は見たことなくてもイルアが強いことはわかっている。なら、イルアが大丈夫と言うなら大丈夫。怖がる必要はないわ。


「……信じているんですね……」


「信じていると言うより知っているだけです」


 だって、イルアのことを一番知っているのはわたしなんだからね。

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