第13話 魔導箱
夜に大きな箱を抱えてイルアが帰ってきた。
「遅くなった。ごめんな」
「それはいいんだけど、なに、その大きな箱は?」
冒険者をやっていれば遅くなることはよくうるし、問題があって何日かに帰ってこないときだってある。帰ってきただけありがたいわ。
「魔導箱だよ」
あ、そういればそんなこと言ってたわね。
「まあ、説明はあとにして、食事を先に済ませちゃいなさいよ。それとも湯浴みしてくる?」
「あ、いや、食事を頼む。昼からなにも食ってなかったんだ」
大食漢がよく食べないでいられたこと。そんなに集中してたのかしらね?
「イルアのうちに用意してたからそちらにいきましょう」
夕食のときに帰ってこなかったらイルアのうちに冷めても食べれるものを用意しておくのだ。
イルアのうちにいき、釜戸に火を入れる。
「鍋が温まるまでサンドパンを食べてて」
温めればすぐに食べるものだからサンドパンで繋いでもらいましょう。
「デンシレンジが欲しいな」
よくイルアが言っている冷めた料理を温める魔導具らしい。王都に売ってたらいいわね。
鍋が温まり、皿に盛って出した──ら、あっと言う間に食べてしまった。よく噛んで食べなさいよ。いや、トロトロに煮込んだシュノローアだけどさ。
二十人分はあるシュノローアを食べ尽くし、さらに明日の朝にと用意していたニシのミソ煮込みまで食べ尽くしてしまった。
……体のどこに消えるのかしらね……?
「思うんだけど、旅の間の食事って質素って聞いたけど、イルア、堪えられるの?」
固く焼いたパンに水とか聞いたことあるわよ。
「そのための魔導箱さ」
バンと魔導箱を叩いた。
「これは大量のものが入る箱なのさ!」
空になった鍋をつかみ、開いた魔導箱に入れた──ら、消えてしまった。へ?
「安いものだから大量には入らないが、この部屋分の容量はあるそうだ」
この箱に居間くらいのものが入るんだ。世の中には凄いものがあるんだね~。
「出すときはどうするの?」
たくさん入るのはいいけど、なにが入ってるかわからなくなるんじゃない? 全部出さないとダメとか?
「中に手を入れて欲しいものを思い浮かべればいいだけさ」
どんな理屈かはわからないけど、まあ、そう言うものだと納得しておきましょう。わたしには魔法とかわからないんだしね。
イルアが箱に手を入れ、鍋を出した。
「ただ、この箱の口のものしか入らないんだよ」
当たり前なことを残念そうに言うイルア。まあ、わたしは軽く流しておく。イルアの常識はわたしと違うところにあるからね。
「明日は魔導コンロを買いにいってくるよ」
「売ってるところあるんだ」
前から欲しいとは思ってたけど、人気商品すぎて三年先まで予約待ちだそうよ。
「冒険者組合の伝を使ってな。まあ、中古品だけど」
中古品でも買えるとは凄い。本当に人気なものだからね。
「明日も早いから湯浴みして寝るよ」
「うん。食器や鍋は明日洗うね」
明日の分がなくなっちゃったし、下拵えが先だわ。それに、明日からコリルもくるし、間に合わないなら暇な子を雇えばいいんだしね。
「ああ、わかった。お湯は張っておくよ」
「うん、お願い」
鍋に食器を入れ、釜戸の灰を入れておく。油を吸ってくれて洗うのが楽になるからね。
一旦うちに戻り、明日の下拵えを開始する。
すべてを終わらせ、またイルアのうちにいくと、また長椅子で眠っていた。
「しょうがないんだから」
落ちた毛布をかけてあげ、湯浴み場へと向かった。
「旅に出る前に洗濯に出さなくちゃね」
下着なんて何日かに一回洗うのが当たり前だけど、イルアは毎日交換しないと気に入らない性格なので下着はあっと言う間に溜まってしまう。
さすがに洗濯までやれる時間はないので、時間に余裕があるときはかあさんがし、忙しいときは近所の奥様たちにお願いしているわ。
まあ、そう言うわたしも下着は毎日替えて、湯浴みのときに洗っているのだけれどね。
「石鹸も買わないとダメね」
旅に出たら洗濯もままならないけど、水場があるところで夜営したり宿場町に泊まる。そこで洗うようになるはず。早く洗うために石鹸は必要でしょう。
下着を石鹸でよく洗い、痛まないていどに絞って紐にかけておく。湯浴み場には渇き石と言う摩訶不思議な石が置いてあり、湯気や湿気を吸い取ってくれるのだ。
ただ、その吸った水分はどこにいくはわからない。イルアの話では空気が乾燥しているときに蒸発しているんじゃないかって言ってたわ。ほんと、摩訶不思議な石よね。
湯浴みを終え、居間にいくと、鍋にお湯が張られていた。
……しょうがないイルアね……。
まあ、なにがしょうがないかは言わないでおく。男にはいろいろあるんだしね。
落ちた毛布をもう一度かけてあげ、丸まって眠るイルアの頭にお休みの口づけをする。
「おやすみなさい。いい夢を見てね」
そう言ってイルアのうちをあとにした。
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