31話 最後の試練(2)

追い詰められる直人くんと押していく早咲ちゃん。






「直人ー。 直人ー? ………………あれ、まさかそこまで耐性がないなんて……」

「………………………………………………………………………………………………」


目の前には早咲の火照った顔と体……むき出しになった胸。


中性的な顔立ちとは言ってもやはり骨格も肌も女だ、ましてや風呂上がりとあってどう見ても女にしか見えない。


目を少しでも下に落とすと細いくびれとへそ、……その先の腰から下が。


「ですからー、くすぐったいですし重いんですけどー? 直人? 直人ー」


と、……そうだ、いけない。


俺は今、助けてもらった上に肉体は女な早咲の上に馬乗りになっているんだ。


まだ怒っているわけじゃなく、むしろ心配されつつ動かないのに文句を言われているだけ。


……友人としての関係を維持したいんだ、とりあえず離れてここから出ないと。


………………………………。


………………………………………………………………。


……あれ?


………………………………。


「…………………………………………、早咲」

「あ、やっと動きました。 直人、重いので」


「すまん、腕と脚に力が入らない」


と。


なんとか気を持ち直してどこうとしたはいいけど、脚というか腰に力が入らず……このまま体をずらそうとしたら今度こそ覆い被さるようにして倒れ込みそうになっているのに気がついたから、端的に事実を絞り出す。


……下はバスマットで膝も手も痛くはないけど、ずいぶんと長いこと同じ姿勢でいたからか、手首と膝がしびれている。


………………………………これ、詰んでいないか?


このままだと、俺は早咲に馬乗りになって裸体を見続けるっていう恥知らずになる。


かといって、それを避けるために立ちたいけど、体をうまく動かせない始末だ。


動かないでいると邪な視線が止まらないからたぶん直に怒られ、動くと今度こそ押し倒して気まずいどころじゃない事態になる。


俺、どうしたら?


………………………………。


というか、まずい。


まずいことに気がついてしまったことがまずい。


何がまずいかって、………………………………その、あれだ。


健全な高校生男子として当たり前に持っている男としての衝動が起き始めているっていう……つまりは欲情しているって言うことだ。


恥ずかしいけど今は恥ずかしがっている場合じゃないし、これまでみたいに気がつかないフリをするわけにもいかないんだ、何とかしないと。


……すでに体は反応している、早咲にも……前世が男だったからこそズボンを見られたらすぐに分かるはずだ、今の俺がどんな状態かって。


仰向けにもかかわらずこてんと……そのせいでまた一段と……とにかく首をかしげて俺の顔を不思議そうに見ているだけだからまだいいけど、ふと下を向かれたらアウトだ。


………………………………男としてアウト、女にそれを見せてアウト、男にそれを見せてアウト、なにより性別に関係なく友人として………………………………まちがいなくアウトだ。


男女はほんとうの友人にはなれない、なんてどこかで聞いたフレーズが頭に浮かぶ。


早咲を男と見るか女とみるか……少なくとも今の俺の体は女だと言っている。


………………………………俺の心は男だって見たいのに。


この世界で唯一の男の友人だって。


だから、何とかして収める。


けど、どうやって?


恥ずかしい話だけど……この世界に来てから、俺は1回もしていない。


だって、そもそもそんな余裕はなかったんだから当然だ。


学校……学園にいるあいだは女子たちからの肉食獣のような視線に晒され、へとへとになってここに戻って来て適当に済ませてさっさと寝る。


当然ながら俺が楽しめる娯楽がなくて……俺が興奮できるもの自体がなくて。


そういう欲求すら浮かばなかった。


そうしているあいだにあの晩に襲われ、危ういところで早咲に救われ。


……そして今度は早咲っていう元男な友人と会えた楽しさで、またそれどころじゃなくなっていたんだ。


思えば途中から俺の心がずっと揺れていたのも所詮は性欲って言う男の悲しい性のためだったのかもしれない。


だって、現に今、女らしい姿を見た途端に発情した犬みたいになっているんだからな。


――――――――――こんな自分に、嫌気が差す。


早咲はこんなにも……風呂上がりに転びそうになった俺を助け、背中から倒れて痛いはずで、なのに俺からはずっと馬乗りになられていても、いつものクセでかわいらしく首をかしげて。


「……………………………………なおとだったら、いいですよ」

「………………………………………………………………、え?」


「いくらなんでも直人がそこまで固まって動けなくなって、苦しそうな顔していて……下をそんなにしていたら」


「………………………………っ、済まない早咲。 ヤなもん見せちまって」


「え? あの、修学旅行とかで普通に見ていましたから別に平気ですけど。 前世じゃ見せ合いとか当たり前でしたし? ……あー、直人の性格じゃそういうのしない子と一緒でしたかー」

「いや、俺、お前を見てこうなっていて」


あんまりにも不思議そうな顔で聞いてくるもんだから思わずで本音を言って血の気が……あ、今ので少しだけ収まった……けど、俺の体はあいかわらずだ。


「いえ、ですから平気ですって。 そもそも僕は男でしたからそれを見せる側だったわけですし」

「……そういえば、前世から女遊びを」


「そういうことです。 なので別に気にしませんよ? むしろこの状況では男として反応してしちゃうのが男の体でしょう? 知ってますよ、僕が何百回何千回してきたと思ってるんですか」


「………………………………悪い」


むしろ怒ってくれたりした方がよっぽど楽なのに……それなのに早咲は、変わらずに笑顔……少しだけ困ったような感じにしつつ、俺のことを見上げ続ける。


「……直人の性格からして、これまで発散する余裕、なかったんですよね」

「……ああ。 少なくとも、こっちに来てからあの晩までは」


「でしょうねぇ、僕みたいにいろいろと慣れているのと彼女すらいたことがない直人とでは違うでしょうし? いろいろと」


「………………………………、なんで」


「いえ、分かりますよ。 据え膳にむしろ腰が引けている感じでしたし、女子の体から目を離せない場面ものすごく多かったですし? ……ま、こっちの女の子たちも直人に対してそうでしたからほとんど気がつかれてはいないでしょうけど」


「………………………………………………………………………………………………」


………………………………俺は、俺に向けられているのに気がついていたから……俺のが気がつかれていないはずはない、んだけど。


「なので――……、その。 いいですよ? 僕は。 そうして発散できない辛さは身をもって知っていますし。 頭の中がごちゃごちゃしちゃって、もうどうにもならないんですよね? ――――――――――――それに、命令されていますし」


「……、命令」


「はい。 僕からは絶対に直人に手を出さないって知られていますけど、もし直人が僕を求めるんだったら手ほどきを、って言うのをですね。 だって、直人、誰ひとりとしてそこまでの距離にもならないですし……夜になる前に帰しちゃって、呼ばないんです。 誰でもいいのでとにかく女の体に慣れさせろー、ってニュアンスで。 あと、……いい加減にあのふたりか、それともクラスの誰でもいいのでさっさと抱いてね? でもムリそうならお前が何とか手助けしろー、っていう圧力が」


………………………………。


そんなことが。


なのに早咲は、ずっと俺のそばに……同じ部屋にふたりっきりでも平気で寝息を立てたりしていて、起きているあいだは楽しくさせてくれて。


「……それは、母さ……美奈子先生やローズ先生が?」


「いえ? もっともっと上の方ですよ? むしろおふたりは直人の人権をないがしろにするなって怒ってくれていましたし。 だって、直人が襲われかけたあたりから、さっさと手慣れた人を送って……もちろんクラスの人に教え込んでですね……いい感じに襲えって言うのまで出ていましたから。 ほら、最低でもひとりふたりはお嫁さんがいないと大変だって話したでしょう?」


「………………………………」


「あとー、えっちなものとか手に入りませんでしたよね? そもそも欲しいものがあったら何でもとは言われていたでしょうけど、直人からそんなものをー、なんて間違いなく言えませんし? ……ま、上の方が手に入らないようにもしていましたから」


「………………………………それは、ネットとかも」


「調べますよね? 興味本位でも、実用本位でも。 直人って言う健康な、しかも若い男のを1回たりとも無駄にさせちゃダメって言う方針だったそうですよ? ……ま、この世界の男ってそもそも男になるタイミングで幼なじみたちを宛がわれていますから、そこまで需要がなくって大した数がないって言うのもありますけど」


………………………………。


確かに俺は調べた。


知らないメーカー、だけど使い方や中身は……少しだけ古い感じのパソコンを使って、ネットを。


だけど、いくらそれらしいのを探しても……この世界の女性向けのはこれでもかってあったけど、俺のような男向けのものは何一つ無かった。


それは、フィルタリング……いや、検閲されていたからで。


「……僕、たくさんの女の子、女の人たちとしてきたっていいましたよね?」

「………………………………ああ」


「なので、相手によってはそういうのを使って入れられるって言うのもたまーにあったりもしたんです。 ………………………………なので、いいですよ? 僕と同郷の直人なら」


「………………………………っ! な……にを言っているんだ。 だってお前は男で」


「でも、体は……今世の肉体は女です。 さっきから、直人が見ているように」

「っ!」


早咲は抵抗するわけでもなく、ただ横たわって……潤んだ目つきで俺を見上げてくる。


「その感覚、衝動。 この体になってから……あは、もう16年ですか、感じられなくなってはいますけど、それでも覚えてはいますから。 出せないって言う辛さも、ものすごく」


「………………………………………………………………………………………………」


「それに、繰り返しますけど。 直人が……何ヶ月経ってもあのふたりに手を出さない、出せないようでしたら代わりに僕がっていうのと、逆に直人が……女の子に慣れないといけないので、もしこういう場面になったら拒否しちゃダメって命令されています。 だから、これは「命令」なんです。 気にしないで、いいんですよ?」

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