17話 「2回目の初対面」
榎本直人くん:巻き込まれ主人公。
野乃早咲ちゃん:「男装」している「女の子」。背は男子の平均な直人くんと同じくらい、髪の毛は肩に掛かるくらい。顔つきは中性的で穏やかな子。――または、野乃早咲「くん」
榎本美奈子ちゃん:直人くんのお母さん……を10歳くらい若くした感じのショートカットで目つきの鋭い先生。
ローズマリー・ジャーヴィスちゃん:きんぱつでボディラインを隠しきれない、おっとりして明るい先生。
須川ひなたちゃん:小……中学生にしか見えないくりくりしたおめめで髪の毛が長い子。
綾小路晴代ちゃん ザ・和服美人(普段は制服ですが)でお淑やか。 髪の毛がものすごく長い子。ひとつひとつの動作がていねい。 早咲ちゃんがおっとり系女子なら晴代ちゃんは清楚系女子。
御園沙映ちゃん 活発……過ぎる女の子。いい子なのですが、仲のいいお兄さんがいることもあって遠慮無くぐいぐい来ます。 ある意味気兼ねなく、前の世界のようにおはなしできる子。肩までのふわふわな髪の毛。
「……済まない、手間取った! こちらは全員確保済みで黒幕も確保したとの連絡が学園外から来た! そちらはどうだ!?」
「榎本先生、こちらも問題ありません。 外は私たちが、中は野乃様と須川様両名の機転により、未然に防ぐことができました!」
階段を駆け上がってきたのは榎本美奈子……この「学園国家」の教師にして、直人の保護者としての手続きを強引に済ませてきた女性。
凜として落ち着いたふだんの彼女とは違い、髪を振り乱し……戦闘があったために爆薬の臭いが染みついているし顔も煤けてはいるが、切り傷程度であるために、同僚のローズマリーと共に指揮を執りつつ直人という青年の元へと駆けてきたのだった。
直人の個室の入り口には、つい先ほど生徒たちの手引きで突入し男性……それも健康な男子生徒を拉致しようとした重罪人が捕らえられている。
もっとも、彼女たちは気絶しており……明らかにすべてが終わったと分かる様相だ。
「せんせぇっ!」
「須川たちもご苦労だったな……もう少し遅ければ、そちらからの中の状況の報告がなければ、もっと突入に躊躇していたかもしれない。 あるいはすでに、直人が連れ去られていたかもしれない。 感謝する。 ……須川、成績には色をつけておいてやろう。 野乃は……普段の素行についてだな」
軽い、ひとまずでの尋問を受けていた下手人たるふたりの女……ひとりは20代、もうひとりに至っては直人と直接の面識がないはずのこの学園の生徒……は、後ろ手に縛られて乱雑に転がされていた。
その「尋問」の場に居合わせたためか、もはや泣くことしかできない須川ひなたは……いつものように、鼻水を流しながら榎本美奈子に抱きつく。
「………………………………お前は相変わらずだな。 野乃も、もっと厳しく育ててやればいいものを」
「……いいんです、早咲ちゃんは優しいのです……」
「……それで、状況は? まあ見たら分かるが、一応な」
「…………はい。 えっと、直接の実行犯はこのふたりと……今は別の部屋に連れて行かれています、もうひとりの人。 この人たちが持っていたお薬……その」
「ああ、言わなくていい、常套手段だからな。 それで?」
「それで、……護衛の人が止めたんですけど、早咲ちゃん、いつにない表情で止められなくって。 ……持っていたの、みんな飲ませちゃったんです。 あの、鉛玉?とお薬、どっちが好きか……とかって。 ……私は、早咲ちゃんに直人くんのところに行ってって言われて、そこから先は分からないです」
「………………………………あいつが? それはまた」
「なので、えっと、先にこのふたりが意識を失っちゃったらしくて……で、まだ大丈夫でしたもうひとりの人も、さっきまでは早咲ちゃんに……今は護衛の人に、別の部屋で尋問を受けている……らしいです……」
ちら、とぐったり横たわる女ふたりを心配そうに見下ろすひなた。
彼女たちの足元にはタオルが敷き詰められており……男性を誘拐し、望む状態に仕立て上げるための手口というものを知っている美奈子は、つい先ほどまで繰り広げられていただろう惨状を思い浮かべ、ため息をつく。
「自業自得だから気にするな。 それに、どうせ連行された先では私たちが想像もしたくないような終わりを迎えるさ。 目が覚めたとしても、当分は起き上がることすらできないだろうし、脅威では無い……が、野乃もまたエグい手を使うものだな。 ふだんの彼女を知っている私でも、まさかそんなことをしているとは思ってもみなかった。 てっきり、拘束して残りは私たちにと思っていたんだがな」
「はい、………………………………私も、早咲ちゃんのこと。 たぶん、初めて「こわい」って思ったんです。 早咲ちゃんが、あんなに大きい声で、あんなに低い声で怒るのなんて、ほんとうに、初めて……だったので……、私」
再び美奈子の胸に顔をうずめ、しゃくり上げ始めるひなた。
はぁ、とため息をつき、小学生をあやすように……小学生を撫でるようにして、美奈子は言う。
「……これを、誘拐した先で使う予定だったんだろう? 彼ひとりに対して。 いや、ここでしようとしていたのだったか? ……それを3人で分けたんだ、命には問題が無いはず。 そもそも同意無しに男性を……ましてや襲った後に誘拐となれば、どの国の法律でも極刑は免れない。 彼女たちはそれほどのことをしたんだ、気にするなよ? これは、殺人よりもずっと重い、「人類を減ずる」罪だ。 な、須川」
「………………………………ぐす、はい」
「……それで、聞きにくいのだが大切ゆえに聞く。 未遂とは、どこまでを指すんだ? 今の彼の状態は?」
「あぅ……はい、その。 お薬を……あ、体が重くて眠くなるものを、冷蔵庫の飲み物に入れられていて。 業者の人が……って。 それで、お手々と足をしばられて動けないときに目が覚めて……この人たちの話を聞いちゃったみたい、です。 私、すぐに離れちゃったので、ほとんどは早咲ちゃんから聞いただけですけど」
「動けない状態で、意識だけあり……これから先に起きるはずだった未来を思い浮かべられ、覚悟を決めるかどうかといった具合か」
「………………………………早咲ちゃんが予定よりも早く動いたので、まだ縛られたとき以外には体、触られていないはずです……けど」
「ああ、お前が近づいただけで………………だったか。 それで野乃が」
「はいぃ…………ですけど、早咲ちゃんは……その、落ち着かせるのが上手なので、きっと大丈夫です。 護衛の人も、直人くんが落ち着いたように見えるし、なにより早咲ちゃんが外で待っていてほしいからって、なにかあったら呼ぶからって、今はドアの外で待機しているって言っていました」
「ああ、彼女はな。 女相手はまだしも、男相手でもいつもの調子だろうからな。 もっとも、男相手ならばいつもとは決定的に違うところがあるからこそ任せられるのだが……まあいい。 いつもなら頭が痛いところだが、今回ばかりは野乃の「アレ」に助けられたというわけか。 流石に当直の中にカウンセラーはいないし、野乃ならば男には手を出さないだろう。 ああ……今年だけでもすでに、それはもう散々に迷惑をかけられているから、それは良く知っているとも」
「せ、せんせい……その、早咲ちゃんは女の子に優しいだけなので、あんまり怒らないであげて……」
「……須川。 あとあいつもだ、それについていい加減に、本気で怒ってもいいと思うのだがなぁ。 1週間と言わずひと月くらい監禁しても文句は言えないと思うぞ?」
○
俺は、さっき耳にした言葉が信じられない。
……そうして、気がつけば完全に息も収まっていた俺は、ここはふたりしかいないから安心して、と早咲さんが言うのを聞きながら、ただベッドに腰掛けていた。
両手を挙げてみる。
手を、指を、動かしてみる。
………………………………きちんと、動く。
もういやな汗もかいていないし、きっと、立とうと思えば立ち上がれもするし、歩けるだろう。
そんな、いつもどおりの感覚に戻っている。
……さっきの、早咲さんから聞いた………………ありえない言葉、たったひとつで。
「……ふう。 もう大丈夫ですよ、直人。 ここにはしばらく、誰も入って来ません。 そう、おはなしを着けてきましたから。 しっかりと外で、声が聞こえない程度の場所で何十人もの人たちが外を見張ってくれています。 そして今は。 ――――――――――――今だけは……絶対に、君に手を出そうとする人は現れません。 それはもちろん、僕も、です。 それは、さっきの話を聞いたなら分かりますよ、ね?」
「………………………………さっきの。 それに、早咲さん、の、話し方」
「早咲、でいいですよ? もう秘密、バラしちゃいましたし。 それに、その方がより僕のこと、「男」として認識してもらいやすいはずですから」
「男。 ………………………………ってことは、早咲、は」
リビングから持ってきたらしいイスに腰掛け、俺から少しだけ距離を保ったまま、どう見ても静かな、中性的な女子としか見えない彼女は言う。
「ええ。 ……あ、違うかな、もうちょっと「昔」の口調で……少し待ってくださいね? ………………………………。 ――――――――――――、こほん。 うん、こんな感じ、だったかな? いや、懐かしいなぁ。 で、直人、僕は君と同じように……男女の比率がほぼ同じまま、この世界と途中までは同じような歴史の先にあった世界で生まれて育った記憶を持っているんです。 ………………………………。 ……あ、中途半端に戻っちゃいますね……ま、いっか。 で、いろいろあってこれくらいの歳で死んじゃって……なぜかは分からないけど、気がついたらその記憶だけを持ったまま、不幸にもこんな絶望しか見えない世界に女の子として生まれ変わっていたことに気がついた。 元、男なんです。 ね? 誰にも言えるわけがないでしょう? 直人、君以外には」
早咲をよく見てみると、いつもみたいに髪の毛を下ろしたままじゃなくなっていて、後ろで……うなじ辺りで縛っていて、長髪をまとめている男にも見えなくはない格好になっている。
もちろんなのかどうかは分からないけど、これまた服装は俺と同じ、いつもの男子の制服……まあ、埃と切り傷でぼろぼろだけど、だし。
「……………………ほんとう。 なのか。 だって早咲、お前はこれまで」
「秘密にしておくつもりのヒミツ、って言ったでしょう? それに、考えてみて? 直人」
すっ、と席を立ち、俺から目を離して寝室の端の方をゆっくりと歩き始める早咲。
「もし。 もし、仮に、直人が……直人が来た世界でもどこでもいいです、そこで、ふつうの人しかいないところで。 誰かが「自分は実は前世の記憶を持っている。 それも、今とは反対の性別として生きてきた、そういう記憶。 もちろん歴史も違うその世界のことについて詳しいし、前世は別の性別として生きてきた自我がきちんとある。 だから自分を肉体とは別の性別として扱ってほしい」――――――――――だなんて、言えますか? それを、幼いころに……いえ、大きくなっても」
「………………………………、いや、それは」
身近な誰かでさえ、冗談を言っているんだとか、あるいは頭を打ったんだとか、電波を受信しているんだとか。
「そうです、まず信じられません。 直人の世界ではどうだったかは聞いていないですが、少なくとも僕が生きていた世界では肉体と精神の性別が別だなんていうのは一般的じゃありませんでしたし、輪廻転生などというものもあるのかもしれないけれど、それを口にする人はふつうの人からは白い目で見られて無視される存在でした。 まぁ、精々が生やさしい目で見られるくらいですかね?」
「………………俺のところは、たしかトランスジェンダーとかは、最近」
「ああ、じゃあやっぱり僕たちの来た世界は少し違うところなんですね。 時代が違うのかな? それとも流れが少し違うのか……分かりませんけど。 でも、少なくともこことよりはずっとずっと近いところのはずですね」
こういうのもありましたか?と、タッチパネルを……もっと、こっちで何回か使ってもっさりしているなって感じていたのをすすすっと……「スマホ」のようなものを素早く操作する手つきを見てうなずくと、科学力もほぼ同じなんですね、と言う早咲。
………………………………。
その立ち振る舞いは、なんとなくだけどふだんの彼女とは違って……いや、服と髪の毛のせいもあるんだろうけど、今までよりも、男に見える瞬間がある気がする。
前から少しだけなんとなくなったそれが、より強くなったっていう印象。
………………………………………………………………ああ。
それで、俺の心がすとんと落ちた感じに納得する感覚が来た。
……早咲は、彼女、いや、彼は……かつては男だったんだろうなって。
夢のようで悪夢のような世界に来てしまった男の子の主人公、直人くんと……やはり夢のようで悪夢のような世界に生まれ変わってきてしまった早咲ちゃんであり早咲くんの、ようやくの初めての会話。ようやく、直人くんに平穏が訪れます。
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