15話 諦めと、その先の――――――――――――――

榎本直人くん:巻き込まれ主人公。


榎本美奈子ちゃん:直人くんのお母さん……を10歳くらい若くした感じのショートカットで目つきの鋭い先生。


ローズマリー・ジャーヴィスちゃん:きんぱつでボディラインを隠しきれない、おっとりして明るい先生。


須川ひなたちゃん:小……中学生にしか見えないくりくりしたおめめで髪の毛が長い子。


野乃早咲ちゃん:男装している?女?の子。背は男子の平均な直人くんと同じくらい、髪の毛は肩に掛かるくらい。顔つきは中性的で穏やかな子。


綾小路晴代ちゃん ザ・和服美人(普段は制服ですが)でお淑やか。 髪の毛がものすごく長い子。ひとつひとつの動作がていねい。 早咲ちゃんがおっとり系女子なら晴代ちゃんは清楚系女子。


御園沙映ちゃん 活発……過ぎる女の子。いい子なのですが、仲のいいお兄さんがいることもあって遠慮無くぐいぐい来ます。 ある意味気兼ねなく、前の世界のようにおはなしできる子。肩までのふわふわな髪の毛。


14話までに多少の時間が過ぎています。それは直人くんが、変わらずに常識的なうじうじをしているあいだに過ぎ去ってしまった時間です。※今回も表現にはご注意を。もっとも、最後には……。





………………………………。


俺の、すぐ近くまで来ているらしい……もう、この後に起きるだろう未来が手に取るように分かって目も開けるのが嫌になったし、耳もふさぎたいけど……女が、聞きたくなかった言葉を落としてくる。


「その協力者って……ほんとうに大丈夫なんでしょうね? あたし、言ったでしょ? ここでやるなんていうリスク冒さないで、先に連れて行って安全なところでって。 まぁ、そりゃ」


「だーいじょうぶだって……しっつこいな。 あ? 言ったろ、どんだけ声出しても大丈夫なんだって。 なにせ、警備もみーんな、この1時間だけ別の方面に集中させるように……って手配なんだから。 それにあっち連れてったら私たち、まずおあずけだぞ? 少なくとも数日は。 お偉いさんたちが楽しみ尽くして、すっかりやつれたころになってありがたくお裾分けだーっつって、元気ない状態でしか楽しめねぇよ」


「………………………………そりゃあ、そうだけどさ………………………………」


……もう、大声を上げたらっていう望みもなくなった。


だって、そういうことだもんな。


上がグルになっているって言うんなら、もう、どうしようもないんだもんな。


美奈子さんだって言っていたじゃないか。


俺を秘密にしておけるのなんて、せいぜいが数日。


それで、その数日なんて……だらだら過ごしているうちに、とっくに過ぎている。


こっちに来たばかりだから俺のことを気にかけてくれてしまったあの人たちと、なによりも、次に眠ったら元の世界で母さんに叩き起こされて、これが妄想に近いただの夢だったんだって思えるはずだ。


………………そう、思い込みたかったから、無駄に何日も過ごしてしまったんだ。


初めから……俺がここに来てからすぐに教えられたじゃないか。


いずれ……もたもたしていると、すぐにでも俺って言う「フリーの男」を嗅ぎつけてくるヤツがいるって言うのを。


………………………………それが、金や権力がある順に来るんだって言うのを。


そうだ。


最初っから分かっていたんだよ、俺は。


なのに、俺はずっとうじうじしていて……これまでを、俺の世界の常識っていうものをどっかで引きずったままで、せっかくのみんなの好意も受け入れ切れずに過ごしていて。


なんにも考えず、バカみたいに……男としての欲望に忠実になって、俺でもいいって言ってくれていたあのふたりと、早く一緒になっておけば。


冗談交じりに何度も言われた、とりあえずどちらかを部屋に招いたら、って。


少なくとも、こうしてひとりで部屋にいるようなバカな真似はしないでおけば。


……どこを、どう間違ったらそうなるっていう、俺に取っちゃ出来の悪い設定としか思えないような、もうよぼよぼの爺さんたちの時代に始まったっていう、男の極端に少ないっていう世界。


晴代さんたちからの補習で、歴史を教えてもらって知ったじゃないか……ほんの何十年か前の、まだ遺伝子技術も進んでいなくって、どうしようもないって賢明にも気がついたこの世界の過去の人たちが、「人類絶滅」っていう意識の元に……俺でも知っているような大きな戦争が、途中で終わったっていうのを。


沙映でさえ知っていたように、人口を維持できなくなってくっついた国や地域……なくなったそれまでがいくつもあるっていうのを。


ここは、そういう世界なんだ。


あの人たちは、親切にもそれを隠すことなく教えてくれていたんじゃないか。


男ひとりが女100人を相手にしても、まだまだぜんぜん足らないんだって。


人工授精の技術がなけりゃ、今ごろは男の取り合いで泥沼の戦争すら起きていたんだっていうのを。


それでもなお、この世界は100年後には数えられるくらいの国しか残らないだろうディストピアだってことを。


「んじゃ、悪く思うなよー? ……なんだっけか、監禁されていた? それともなんかのビョーキで隔離されてた? あるいは事情ありありの隠し子? だっつうんだから、下手したらハツモノかもしれないなぁ!? いいか? もらっちまうからな??」


こんなところに……身寄りも無しに着の身着のまま来てしまった俺は、そのうちにどうなるのか、なんて、分かっていたんだからな。


こんな世界……丸ごとを相手にして俺を守り切るだなんて、その力も気概も、個人じゃどうしようもないものだって。


だから、もしかしたらローズ先生たちも、今ごろは俺がこんな目に遭いそうになっているってことにすら気がついていないのかもしれない。


あるいは妨害に遭って、分かっていても手出しできない状況なのかもしれない。


………………………………それとも、単純に気が変わって。


自分の危険と俺の身とを考えて……当たり前だよな、自分たちの生徒ですらない赤の他人だもんな、そんな俺っていう厄介ごとをさっさと引き渡した方がいいだとか、売った方がいいだとか……どうでもよくなったとか、めんどうくさくなったとか。


それとも、俺のことを知った最高責任者とやらのツテ、っていうのから脅されて引いたか。


いずれにしても、何回か会っただけの厄ネタってやつでしかない俺は、彼女たちにとってはその程度の存在なんだ。


そんな俺を命がけで守ろうとする、意味がないもんな。


「……はい、はい、あたしたちの方は万事滞りなく。 ただ、予想されていましたようにセキュリティーが強固で……、はい、もう数十分で対象の寝室へ侵入できるかと。 ええ。 万が一にでも起きないように慎重に進めておりますので、それまで陽動の方を……」


………………………………美奈子さんだってそうだ。


あの人にとっての俺は、息子じゃなくなっていて、ただの……自分や親戚の誰かと顔が似ている程度の、違う世界では息子だと言い張っているだけの男子生徒で。


いくら生徒想いだとは言っても、個人じゃ限界があるはずだ。


……脅されて、本物の……こっちでの本物の家族と、家族だと言い張っている男、どっちが大切かって聞かれたら、言うまでもないもんな。


ああ………………………………分かっていたんだからな。


俺は、バカになれないバカだったんだって。


「……ふぅ。 あっちは手はず通りみたいよ……ってちょっと!? 見とれてなんかいないで、さっさと始めて終わらせてって! 薬飲ませたらすぐなんでしょ!?」


「焦るなーって。 作戦通りじゃ、私たちまだ外にいることになってるし、お前もそう報告してくれただろ? ……こいつはこの通り、まだ寝かせたままだしな。 調べた限りじゃ、こいつ、こっちに来てからはまだ誰の相手もさせられてないはずだし、何十回だろうと平気なんだからさ。 ……にしても、感心するほど特徴も無いフツーの面構えだな。 ま、男は顔よか1日に何発」


「……下品なのは嫌い。 いいから、さっさとなさい」

「その下品なこたーしようとしてんじゃねぇかよ」


ああ。


……もう、いい、か。


どうでも。


自由がないって言ったって、これが男女が逆……俺が痛い目に遭わされてずっとこどもをこの体から産まされ続けるわけでもないんだ。


あくまで、気持ちよくなり続けるだけの……相手次第じゃ目はつぶっておいた方がいいだろうけど、とにかく肉体的には快楽しかない未来なんだ。


そうだよ、頭の悪い設定みたいな世界なんだ、むしろ俺みたいな男にとっては極楽のはずなんだからさ。


これまで女っ気なんてなかったんだし、見た目が悪かろうと歳が行っていようと、俺に相応の相手だと割り切れば、なんてことはない。


この世界じゃ男は……健康な男はものすごく貴重なんだ、すぐにダメになるような扱いにはしないはず。


薬だけじゃなくて、メンタルだってどうにかして維持しようとするはずだ。


少なくとも俺が……俺のモノが機能しなくならないようにするため、うまい食事と快適な部屋、世話役の女性たちくらいはつくだろう。


ひとりの時間だって……ひととおり落ち着いたら、もらえはするはずだ。


奴らだってせっかく攫ってきた若い男が不能になったら困るもんな。


だから、老人相手だろうと、生理的に無理な相手だろうと、義務とさえ割り切れば豪華な衣食住は保証されて……ある程度の自由もあるだろう。


そう、最低でも何十年かは。


さすがに老人の相手は嫌だけど……俺の世界でも、つまりは現実だった場所でもそういう不運に見舞われている、見舞われていた女の子は数え切れないほどいたはずで、何も俺が特別に悲惨な目に遭うわけじゃない。


ただ俺も、そのひとりに含まれることになったって言うだけだ。


それも、扱いは悪くないはずだしな。


こいつらだって、……俺から望んだわけじゃないし、俺を襲ってくるようなヤツの顔も見たくないけど、どれだけの見た目だろうとひとまずはそこまで年上じゃ無さそうだしな。


「そんじゃー、行きますか。 私、急かされるのキライなんだよねー。 だからお前はしばらく黙っとけ? な? 見てる分にはいいからさ……うし、まだ寝てる。 弛緩剤は効いてるだろうけど、気持ちよくなりさえすれば意識なくたって勝手に動いてくれるでしょ。 男も女も薬の前じゃただのドウブツなんだから。 ま、硬くさえなってくれりゃあとはどうだっていいしなぁ」


ああ……俺は、ほんとうに映画みたいな……男女は逆の、目に遭っているのか。


弛緩剤……ってことは、そのせいもあって体が動かないってわけで。


その中で目が覚めてしまったのは、運がよかったのか悪かったのか……いや、起きていることが分かる分、こうして考えられた分、まだ良い方なんだろう。


「あ、準備はしときなよ? 2、3回で交代するんだからさ」

「1回って言っていたじゃない……いや、分かったわよ……」


最初の頃に、俺を怖がらせないようにって、やんわりと先生たちが教えてくれていたやり口……いや、俺の世界でも当たり前のようにあるんだろう、その中でも穏便な部類のこれを、後悔してから経験することになるなんて、なぁ。


こうなるんだったら、さっさと沙映と晴代さんとくっついておくんだった。


善意の中で、過ごせていた内に。


「……おーい、起きろー」

「ちょっ!? あんた、何してんの!?」


「いやー、完全に意識ないままクスリ飲ませると、たまーに大変なことになるんだわ。 ほんとは寝たまんまでやってる途中に起きてくれるってのが好きなんだけど……ま、どうせ弛緩剤で思うように声すら出せないでしょ」


でも、やっぱり。


ただの……ふつうの高校生な俺には、そんなのはどのみち無理だっただろう。


どれだけがんばろうと、結局はこうして襲われるまで待つしかなかったんだ。


………………………………ふつうの恋愛をして、ふつうに好きな相手と……俺にはきっと何人もはダメだろうから、たったひとりの好きな人と、結ばれたかったな。


まったく、どんだけ女々しいんだろうなぁ、俺は。


ああいや、この世界だと男々しいとか言うんだろうか。


「おーい……ったく、軽く叩く程度じゃ起きねーか。 弛緩剤多すぎたか? いや、でもアレがいつもの量だし……? こいつが痩せ過ぎてんのか? ………………………………んー、ま、ゆっくり多めに興奮剤飲ませてやりゃなんとかなるか」


ここで襲われるのが終わったら、多分俺はもう、二度とあの人たちとは会えなくなる。


俺を見つけてくれて、なんとかしてこうならないようにしようってしてくれていた人たちとは、もう。


遅いけど、でも、ひと言だけ言いたい。


俺を、………………………………俺の言ったことを一応は信じてくれて、俺の意志を尊重してくれて、ひとりの人間として扱ってくれたっていうのに、すっごく感謝しているって。


上からは……俺の頭や肩を叩くのを止め、ごそごそと……薬、今言っていた興奮剤なんだろうな、それを準備している気配だけがしてくるようになった。


もうひとりの女は……音も声もしないし、見張りにでも行ったのか。


……………………まな板の上のなんとやらは、きっとこんな気分なのか、……。


………………………………………………………………………………………………。


………………………………………………………………………………………………?


上からの刺激がなくなってすぐの頃からしていて、気のせいだって思っていた……首元を、指でちょんちょんと軽く叩いてくる感覚に、今さらながら意識が向いた。


薬の準備……いや、でも、口移しって言っていたよな?


その、指の感覚がする方へ……どうせ暗くて俺の顔なんか見えないだろうしって思い、軽く頭を向けてみた。


「――――あ、よかったです、起きていましたか。 ……直人さん。 声、出さないで。 動かないで。 それで、目、キツくつぶっていてくださいね?」


そうして、首だけを回した先から聞こえてきたのは……この世界に来てから2番目に聞いた覚えのある……安心できる声で。


「じゃ、行きますよ? キツいですからね? ……さん、に、いーち――――――――――……はいっ」


はいっ、と聞こえたかと思ったら俺の両方の耳をぎゅっと両手でふさいでくる感覚がして、――――その瞬間……言われた通りにしていてもなおまぶしい光と、柔らかい手越しから聞こえてくるキーンという音が、まぶたと鼓膜を激しく揺さぶり、俺の意識は軽く遠のいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る