1話 目が覚めた先は、真夜中のグラウンド
改めまして数ヶ月ぶりの新作です。よろしくお願いします。0話に記載していますが改めての注意です。このおはなしは前2作とは異なり、寝ているあいだに投げ出された彼、直人くんと、TSっ娘なもうひとりの主人公との友情がテーマとなっております。そのために彼らがくっつくことはなく……今回出てきたヒロインと思しき子たちはヒロインではありません。ご了承の上お読みください。
まぶしい。
何も見えない。
真っ白/黒だ。
なのに、光があることだけは分かる。
その光が降ってくる。
その光が昇っていく。
その光に合わせて、俺も昇っていく。
その先には、天を覆う光の扉があって、……俺に迫ってくる。
ぶつかる、と思ったら……それはぶつかる直前でぎい、と軽く開き、俺を通す。
後ろでそれが、ばたん、と閉まる音が聞こえた気がする。
そこは、闇。
さっきまでのように真っ白だったのとはちがって、闇。
一切の光がない。
光がない。
くらい。
暗い。
黒。
漆黒。
○
………………………………ん?
なんだか変な夢……のようなものを見た気がするな。
夢のようなもの……浮かんだって言うよりは、飛んだ?感じで、どこかを通り抜けた……みたいな感じか?
………………うーん、よく表現できないし、よく覚えていない。
とにかくまぶしかったり暗すぎたりしたことだけは覚えている。
ま、夢だしこんなもんか。
どうせいつも起きてすぐに忘れているんだもんな、夢なんて。
……こうして考えているあいだにも、目が覚めつつある今でさえも、どんどんと遠くに行っているんだからな。
………………………………………………………………ああ、眠い。
二度寝したい……けど、たぶんこれはアラームが鳴る少し前なんだろうな。
たまにあるように、セットした時間のほんの10分20分前とかっていう、ものすごく絶妙なタイミングで目が覚めるやつだ。
できればそうしていたい……けど、これがもし、もうすでに1回無意識で止めて寝直したあとだったりなんかしたら、確実に遅刻だろうな。
今日も学校だし、早く起きるに越したことはない。
じゃなきゃ、ただでさえ朝は機嫌悪い母さんだ、せっかくの俺の気持ちいいまどろみを大声と布団を引っぺがすっていう荒技でどやしつけられながら起こされかねない。
ああ、寝ていたかった。
けど、母さんには逆らえない。
「…………………………………………………………………………………………」
……やっぱり、大声が近づいてくる。
母さんのだろう。
ってことは、今考えたように寝坊なのか、俺は。
二度寝ならぬ三度寝をするところだった……したかった……けど、こればかりはなぁ。
学生とはつらいもんだ。
んじゃ、気合い入れて起きますか……、っと?
「………………………………ねぇっ! 君、大丈夫っ!? ねぇってばっ!」
ん……?
声?
母さんのものじゃないよな?
母さんよりも明らかに高くて、幼い感じの声だもんな。
かといって、こんなボイスアラームに設定した覚えはないし。
………………………………。
だよな?
昨日寝る前にぼんやりしたとかいうオチで、それが今、耳元で叫ばれているかのような大音量で流れているわけ……じゃないよな?
だったらヤバい。
母さんに……俺がこういうのに興味があるっていうのがバレるのと近所迷惑やらかしたってことで、かなり本気のゲンコツを落とされかねない。
……が、得てして寝ぼけているときっていうのは、意識が先で体は後で。
だから、………………………………動けない。
「……榎本先生と……に連絡してきます! ひなたは彼を介抱して……」
また別の声。
………………………………そこでどうして母さんの名前が出るんだ?
やっぱり寝ぼけてるのか?
普段なら俺の名前を呼びながらゲンコツだろう?
いやしかし、意識はもうすぐ起きそうになっている感じなんだけど。
あ、ほら、指先とかあったかくなってきたしな。
けど、これって……母さんの教え子の人とかが来ていたりするのか?
家に?
早朝に?
なぜ?
いや、でも、それならボイスでのゲンコツは避けられるけど、逆になおさらに分からない。
だって、……俺を知らない相手が、俺と同い年くらいの生徒……それも女子が、俺の部屋に?
んなわけあるか?
………………………………。
ない。
……と、思いたいけど。
俺の体が、揺さぶられる感覚がある。
肩を掴み、……声の方向から察するに、俺の目の前にかがみ込んで来ていて。
………………………………かがみ込んで?
「ね、……あの。 目、開けて? ………………………………起きないの。 お薬とか、盛られているのかなぁ……ん――……」
……この声。
けっこう幼い感じだけど、でも、スマホとかからじゃなくて、現実の女子の声で……いやいやだからなんで知らない女子が俺の部屋に入って来ているんだ!?
「……え、と。 ケガとかは……ない、のかな?」
待って待って待って待って。
ちょっと待って。
俺の部屋に来たのが俺を起こせって母さんに言われて来ているんじゃなくて、いや、それでも充分におかしいんだけど、なんでケガがないのかどうか調べようとしているのかとか、知らない男子の部屋に勝手に入ってきて平気なのかとか、肩とか顔とか頭とかをぺたぺたぺたぺたと触られているのかとか、そんなことはどうでもいい。
手が柔らかいなとか小さいなとかもまたどうでもいい。
寝起きは、まずい。
なにがって、………………………………その、寝起きの布団の中が。
いや、大丈夫だとは思うけど、その感覚はないから大丈夫だとは思うけど、でも、万が一にも目立つ状態だったとしたら――――――目も当てられないことになるのは明らかだ。
母さんなら、ふん、とか言っておしまいだけど、もし年の近い女子にそれを見られたら。
俺はもう婿に行けない……じゃないけど、少なくとも数週間は凹むだろう。
ついでに、相手からは学校中に広められることまちがいなしだ。
端的に言うと、………………………………やばい。
男の尊厳の危機だ。
ついでに学校生活の危機でもあるな。
「…………ん。 服も脱がされたりした跡はない、ね。 ……や、そういう風に着させられたとかかもしれないし。 なら、もう少し調べないとっ」
これは男の沽券、存亡に関わる一大事だ。
もしそれを見られ、泣かれ、それを聞きつけた母さんが部屋に来たら……ゲンコツどころじゃ済まない。
それをさせたのが母さんだろとか言っても問答無用で、どんな目に遭うか想像もできない。
学校では優しいフリをしている……それでも「実は榎本先生って結構こわいんだね、淡々って感じのお説教、みんな怖がってるもん」とかよく言われるけど、家で怒るときはほんとうにこわいんだ、俺の母さんは。
だから、早く。
早く、起きないと………………………………!!
焦ったからか、急にからだが熱くなってきて一気に覚醒した感覚。
俺は、布団の下をのぞき込まれないようにと、惨劇を起こさないようにと、全力で両手を……はがされそうになっているだろう布団へと伸ばそうとして、体も起こして。
――――――――――――ごつん。
と、焼けるような痛みと光がひたいに走り、俺は悶えた。
○
痛いと言うよりは熱い。
火花が散るような、っていうのを俺自身が経験するのは初めてだけど………………………………いや、これ、時間が経つにつれて痛くなってきたぞ!?
めっちゃ痛い。
泣きそう。
というか涙がにじめ出る感覚。
とにかく痛い。
「~~~~~~いっ………………………………」
「………………………………たぁ――っ……」
本気で痛いときっていうのは、痛いところに手を当てて目を閉じて、ただただうめくことしかできない。
端から見たら情けない感じにうずくまっているだろうけど、しょうがないだろう。
だけど……それは、俺に頭突きを食らってしまったはずの女子にも言えることで。
……まさか、ほんとうに顔の真ん前までのぞき込まれていたっていうのは想像していなかった。
悪いことした……っていうか、なんでそんな近距離まで近づいてきていたんだよ、この子。
警戒心ってものがないのか?
……そんな考えをできるようになって来るくらいには楽になってきたから、俺は変わらない痛みに悶えつつも、布団に手を伸ばし……、伸ばし。
伸ばし。
伸ばし?
………………………………………………。
………………………………布団が、ない?
まさか、もう取られて?
……いや、とにかく謝らないと。
「す、すみません! 思いっきり起きちゃって……大丈夫ですか!? 俺、その、まさか目の前にいただなんて」
と、ものすごく甲高い声で悲鳴に近いものを上げていた女子に、母さんの生徒か誰かに対して、声をかける。
そのために目を開けて、頭をあげる。
………………………………。
……そこには、小さな女の子がいた。
ああ、いや……予想通りに母さんの教え子らしく、俺の学校の制服を着ている以上には最低でも同い年なんだろうが……とにかく小さい、というか幼い。
さすがに小学生……にも見えなくもないけど、全体的に小さい。
………………………………なぜに母さんは、こんな子を俺の部屋に入れた。
……分からない。
小さすぎるから大丈夫だろうとかいう理由なのか?
分からん。
母さんの考えが分からない。
母親で教師なのにな。
……とにかくその、……涙目というか涙が出ているしちょっとしゃくり上げているし、ひたいに両手を当てつつも俺を……上目遣いになって見ているその子。
ああ、ただでさえ幼い感じなのに髪の毛がかなり長いから余計にそう見えるのか……なんてしばらくぼけっとしていたのか、その子の痛みもようやくに収まったらしく、両手を下ろした。
……まだまだ顔は半泣き以上のそれだけど。
というかけっこう涙出てるし。
こんなところに母さんが来たら、俺、酷い目に遭うなぁ……確実に。
「…………ううん、悪いのはこっち。 ごめんね……。 ………………………………じゃなかった! 君、大丈夫なの!? 誰に、何されたの!?」
半泣きが消え、痛かったことを忘れたかのような表情になってがばっと起き上がった彼女は、再び俺をのぞき込むような姿勢になって来て………………………………俺は、後ろへ後ずさる。
だって、またぶつけたら今度こそ大変だもんな。
俺よりも、この子の方が。
と、後ずさるために着いた手のひらからは、ざりざりとした地面の感覚。
尻も、下がベッドなんかじゃなく、もっと硬い平坦なものに支えられているのが分かって。
――――――――――靴も、履いているみたいで。
………………………………。
あれ。
なんで、俺……?
ざりざりざりと、何度も触ってみてなんとなく分かる。
これは……アスファルトの感触か?
ついでに思い出したように、背中からは硬いところで寝ていたときのようにあちこちが痛む感覚がズキズキと響いてきて。
……布団なんて、当然に無くて。
…………俺もまた、この子と同じように、制服を着ていて。
目に見える景色は、薄暗くて。
ちらほらとまたたいている光は、きっと星……それ以外は真っ暗な夜空で。
どう見ても朝の俺の部屋じゃなくて。
「……ごめんねぇぇぇ……ふぇぇぇぇ……」
と、俺が下がったのを見て……また泣き出しそうな顔をして、その子も1歩2歩とよろよろ後ろへと下がって、ぽすんと腰を下ろした。
スカートのままで。
それが視界に入り、この子が俺と同じ地面に立っているらしいのにやっと気づく。
この子は立っていて、俺は寝転がっていたところから軽く起き上がっただけ。
だから、しゃがんだ瞬間にスカートが浮かんで中が見え、……じゃない、今はそんな場合じゃないんだ。
というか、こんなに幼い子のスカートに反応したらさすがにまずいだろ、俺。
まあ、幸いにして影になって見えなかったからよかったけど。
自分でも引く一瞬だったけど……しかしながら男の本能で無意識に目で追ってこうして考えてしまうのが情けない。
……母さんからゲンコツ、もらった方がよさそうだな。
「ひなたが聞いていいことじゃなかったね。 ごめんなさい……。 ………………………………。 ……あの。 ごめんついでに、あなたを今から介抱しなきゃなの。 このままじゃ、ここにいたら危険なの。 でも大丈夫、きっとすぐにお医者さんとか先生たちが……」
その子が……たぶん名前がひなた、なんだろうな……なんてことを考えながらも、俺はろくに話も聞かず、周りを見るのに必死だった。
頭が起きてきたら、この子のスカートの中とか母さんのゲンコツとか、そんなものはどうでもいいことだって分かってきてしまったからだ。
………………………………なんで、俺は外にいるんだ。
俺は昨日、いつもどおりに寝たはずだ。
なのになぜ、俺は外で寝ていたんだ。
それも、……暗くてはっきりとは分からないけど、だけどたぶんここは、俺の学校の………………………………グラウンドで。
制服を着て、夜空にひとり、校庭で寝ていた俺。
しかも、空を見た感じにはまだまだ夜中だ。
ほら、真上近くを見てみれば満月だって浮かんでいるし。
明かりが月と校舎の窓からしか来ていないくらいだし。
さっきの星は……目が明かりになれたら見えなくなったな。
……けど、まさか俺、夢遊病とかでこんなところへ?
いやいやいや、夜中に校庭に入ろうとしたらあっという間に警備員に見つかる、警報装置もなるだろうし、っていうか、そもそも家から学校まで……ここまで、電車の距離だぞ?
……いや、でも、それよりも。
俺を見ているのが、どうして同じ学校……の女子なんだ。
制服が同じな以上、この子もまた俺と同じ学年以上のはずで。
その子が、なんでこんな真夜中に?
そっちの方が、より不自然に思える。
………………………………俺、混乱してるな。
元はと言えば、俺がここで寝ていた方がおかしいことなのに。
俺自身のことを考えたらいいのか、この子のことを考えたらいいのか……すぐに母さんが呼び出され、このまま病院へ連れて行かれる心配をしたらいいのか。
それが、なにも分からない。
頭の中でぐるぐるとおんなじ疑問が繰り返される。
「…………ね、ねぇ、大丈夫!? しっかりしてぇ!」
「………………………………あー、やっぱり。 ……はいはいひなた、落ち着いてくださいね。 他の人はすぐに来るそうです。 ……それで彼……ああ、起きたんですね、どんな感じです?」
分からないままでもう1回同じようなことを考えてぐるぐるとしていたら、少し離れたところから誰かが走って来る音がする。
そのまま顔を上げると、もうひとり……これもまた女子だ……が、息を弾ませながら走り寄ってきて、ひなただと確定した小さい子に話しかけるのが聞こえる。
身長差で、……新しく来た子を女子の平均だと考えてみても、それから頭ひとつ以上小さいから余計に幼い感じに見えるしな、……えっと、ひなたという子。
「まずい、んだと思うよぉ。 だってだって、ぱっと見ただけだとなんにもないけど、でもっ。 ぼーっとしてて、あんまり反応がないの! これ、……思いたくないけど、お薬盛られて連れて来られた可能性あるかもっ! なのに私、いきなりごっつんこしちゃって、びっくりさせちゃって、怖がらせちゃって………………………………ふぇ、だからお願い、代わって早咲ちゃん」
俺は人の顔と名前を覚えるのは得意じゃない。
特徴を覚えておくのも苦労する有様だ。
けど、いくらなんでもこんな突拍子もない状況で……まだふたりしかいないからこそ、俺の頭が必死になって覚えようとしている。
俺を起こしてくれた、……俺の頭突きをまともに受けて泣かせた、ひなたという下の学年……中学生に見える女子。
そして、もうひとり。
……ひなたを抱きしめるようにして、もういっかい泣きじゃくりはじめた彼女をあやすようにして、俺の方に視線を流してきたのは……早咲、と思しき女子。
満月を背にして、あまりよく見えないけど……ひなたとは違い、ぱっと見て俺と同学年な体格で、髪の毛は肩……くらいまでで……男子の制服を着ているけど、女……だよな?
髪の毛だって肩くらいまで伸ばしているし、なによりも声と雰囲気が女子だし。
そんな、幼い顔つきとは反対に……落ち着いていて、目が慣れてきたからなんとなく分かるようになってきた顔は落ち着いていて、そんな雰囲気の男子……に見える、女子。
それが、――――――――俺が「こっち」へ来て、はじめて出会ったふたりだった。
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