第180話 その4

 蛍は千秋の困り顔が好物であるが、今の困り顔は好きではない。


 ただ困り顔を見るのなら、今のように追い詰めればいい。それだけで見られる。

 何か問題が起きた、ケイ助けて、こういう困り顔が見たい、つまり頼られる事が大事なのである。


 この数年は見る機会がなく欲求不満だったが、ここ1週間ずっと頼られたので不満は解消されている。

 蛍にとっての次の課題、というか千秋本人の課題なのだが、ポンコツ状態を回避するために目的もしくは目標を持たせる事である。


 しかし本人にその気が無くては押しつけできない。こればかりは千秋本人が決めなくてはならないのだ。

 互いに次の言葉を失くしてしまい沈黙の時が流れた。


 空気が重苦しいな、話題を変えるかと千秋は伸びをしながら蛍の部屋を見回す。


 無駄に広い正方形のワンルームのど真ん中に、2人は今いる。

 小さめの正方形のコタツの周りにロータイプのソファーが囲んでいる。

そこから見回すと雑然と物が置かれている感じがするが、何度か見ているとある法則があり、それに則って置かれているのに気がつけば、結構整理されているなと気がつく。


部屋全体を、コタツの在るところと同じ大きさで区切って、9等分のエリアごとにそれぞれ区別して置かれているのだ。

南西の角のエリアは機能的な事務机と本棚がある、おそらく仕事用のエリアだろう。

東の真ん中はクローゼットのエリアで、仕事着と部屋着が並んでいる。

しかしクローゼットはそこだけではなかった。

西側の真ん中と北西のエリアはとても普段から着られない服がずらっと並んでいた。


「相変わらずコスプレやってるの」


「まあね」


 カブライスポーツジムには健康目的だけでなく、様々な目的で人がやってくる。そのなかにはコスプレイヤーの人もいた。

 お気に入りのキャラの衣装を着るだけでは飽きたらず、体型もよせようとしてやって来るのだ。


 蛍は最初は興味無かったのだが、レイヤー達の熱い思いと真剣な運動から少しづつ興味を持ったのと、自身もスタイルが良くなってきたのでたまたま誘われたイベントで着てみたところ、ハマってしまったという訳である。


「名古屋の大須にね、行きつけのコスプレ屋があるんだけど、ここのところ忙しくて行けてないんだ。あーあ、壱ノ宮に支店とか出さないかなー」


「なんてお店」


「コスプレ喫茶[プリティ・プリンセス]っていうの、今度一緒に行きましょ」


「遠慮しとくわ」


しかし千秋は、すでに蛍のコスプレ趣味の犠牲(?)になっているのであった。

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