第170話 その5

「正直、実務能力は全然戦力にならないけど、塚本とのコミュニケーションが出来るから通訳程度で使えるだけかと思ってたの。けどね一色のコミュニケーション能力はすごかったの。いつの間にか経理部全員の好みとか性格を把握して、それに合わせて気遣いして人間関係を円滑化してくれたの。おかげでささくれだった部内が緩和されたわ」


 一色のコミュニケーション能力高いと思っていたが、そこまでとは千秋は思ってなかった。


(ああそうか、企画3課の環境では発揮しようがなかったからか。やっぱり一色くんはくすぶらせるのは勿体ないな、この女、ちゃんと評価できるようね)


「それで塚本が定時に帰ることになったわ。約束だからしょうがないけど、またピリピリし始めてね、休憩の時に全員で夜食を食べに行った時に、一色がまた巧く話を回していい空気にしたの。それを見て思ったわ、塚本の実務と一色の気遣いがあれば、経理部の作業率は上がるって。だから頂戴」


 本音を引き出すために、あえて迷惑かけているだろうという言い方をしてみたが、どうやら本気で気に入ってくれているらしい。千秋は何となく誇らしい気持ちになった。


「だけど、女ばかりの環境に男ひとりだと何かともめませんか」


「あのコ、ゲイでしょ。大丈夫よ」


「え、なんで」


「夜食の時に恋バナの流れになって、自分から言ったわよ。年下の男の子の恋人がいるって」


(ああ、オープンゲイだったわね、一色くん)


「それで、みんな一色のファンみたいになってね。その恋、応援するから教えてねって、ただの興味本位のくせに。とにかく男女のもめ事ができる心配は無いし、見た目もイケメンだし、人間関係も円滑化できる。あれは拾いモンよ。だから頂戴、あたしならうまく使えるから」


 千秋は少し黙っていたが、やがて口をひらく。


「最初にも言ったけど、今、私が決めれる話じゃないわ。その話は年度がかわってからあらためて話しましょ。それじゃ失礼するわ」


「ちょっと待ちなさいよ」


 馬場のとめる声を後に、足早にその場を離れていった。歩きながら千秋は考える。


(一色くんはやはり能力がある。偏見のせいでリストラ対象になってしまったけど、そんなことで潰したくない。アメリカ研修に行くべきだ。そうすればまわりの見る目が変わるだろう。となると私に関わっていると知られると、向こうでジェーン派に攻撃されるかもしれない。このまま関わらない方がいい)


千秋はそうしようと心を固めた。

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