第124話 そういや大縄跳び苦手だった

 名古屋市丸の内にある、森友財団の名古屋支社の会議室で、一色テンマは自分を見失っていた。


 屈託無く爽やかで物怖じしない彼であったが、今日ばかりは違うようで、どうしようかと思案の真っ最中である。


 出掛けに遅れはしたが、それでも開始10分前には到着していた。

 しかし、相手の群春物産はすでに到着していて、森友側の課長と談笑の最中であった。入室して挨拶すると、通りいっぺんの言葉をかわした後、ふたたび談笑に戻る。一番下の柴原という社員が話しかけるが、係長にすぐとめられてしまう。


 一色は不安を感じた。そんな一色に森友の課長が声をかける。


「エクセリオンさんはあの女性、佐野さんは来られないのですか」


「は、佐野でないと出来ない仕事がありまして、少々遅れます」


「困りますなぁ、時間は守ってもらわないと。何しろコンペが延びたのはその方のお陰なんですから」


「そのむねは時間変更のお電話を頂いたときにお伝えしましたが」


「知らんよ、私は聞いてない」


 えっ、という顔をする柴原を見て、一色はさらに不安になった。これは間違いなく出来レースだなと。



 開始時間になった、千秋はまだ来ない。それではと柴原が開始の宣言をした。


 先手は群春からだった。取り扱う商品は変わらなかったが、価格が違った。前回はエクセリオン側より2割安かったのだが、今回はなんと5割、つまり半額でやるという。一色は慌てた。


 さすがに森友側も心配になり、大丈夫なのかと念を押した。


「大丈夫です、さらに新たなルートを開拓しました。買い付けたはいいが売れずに困っているブローカーを見つけまして、それでこの価格にすることが出来ました」


それを聞いて、一色はあっと思った。


 おそらくではあるが、先週の金曜にサトウ課長から聞いた話をキジマが鵜呑みしたのだろう。それを元に作られた資料を、確認せずにそのまま使っている。そうでなければ出せない価格だからだ。


 しかし、それを指摘することは出来ない。何故それを知っているのだと言われては返す言葉が無いからだ。


「さすがは群春さんですな」


「いやいや、日々精進しているおかげですな」


 何言っているんだ、と一色は思ったが言い返すタイミングというか内容も無く、自分の番が来てしまった。


 千秋はまだ来ない。


 一色は覚悟を決めて、プレゼンをはじめた。

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