第76話 桶屋は風が吹いた事を知る
名古屋のとあるアパートで、ひとりの男が絨毯の上に座り、塞ぎこんでいた。
「どうしたの」
塞ぎこんでいる男に女が話しかけるが、男は答えない。女がふと見ると、スマホを握りしめていた。
誰かからの連絡待ちなのかな、と思いながら女も自分のスマホを取り、ネットニュースを見る。
「えっ」
女は絶句した。
[昨夜遅く、壱ノ宮署の女性警察官が複数の男に襲われる事件がありました。
しかし、襲われた女性警察官は犯人達を返り討ちにし全員捕まったもようです。
襲ったのは群春物産(株)名古屋支社の社員キジマタダシ(24)他の4名で、現在取り調べ中です……]
「どういうことなの、あいつらが捕まったって」
「……わからない、いったい何がどうなっているんだ……」
女は男に後ろから抱きしめる。
「どうなるの、あたし達どうなっちゃうの」
「……」
男は何も答えられなかった。
同じ名古屋だが、所は変わって、別の男も同じニュースを知って考えこんでいた。
「いったいどうなってんだ、あいつらは何をやらかしたんだ」
自宅の書斎で親指の爪を噛みながら、考えをめぐらせる。
「もう手付金はもらってしまっているんだぞ、明日はどうなってしまうんだ……」
噛みすぎて爪がなくなって、ようやく相手に連絡する気持ちになった。だが相手は出なかった。
呼び出し音が鳴っているスマホの持ち主は、勤めている会社の社長と対面していた。
「この度は大変申し訳ありません」
そのまま自決しかねない態度をみて、社長は慮る。
「君とは長い付き合いだ、おそくに出来た子供がかわいいのも解る、色々と大目にみてきたんだろう。だがそれが裏目に出てしまったな」
「……はい」
「個人的には助けたいが、社長である立場上、会社と社員を優先するのをわかってほしい」
「わかってます。今までお世話になりました、最後にご迷惑をおかけして申し訳ありません」
辞表をおいて、社長室から男が退室すると、社長は名古屋支社に連絡をいれる。
「私だ。こちらは月曜の9時に記者会見を開く、それまでは動くな。なに、やりかけの仕事があるだと、代わりの誰かをやらせろ。いいか、これ以上会社に傷つけるような真似をするなよ」
電話を切ると名古屋支社長はため息をついた。
「まったく、義理で本社から預かったのに、仇で返しやがって……。とにかく森友財団との契約だけでも成功させて、点数を稼がなくては。至急代役を立てよう」
コンペの行方は千秋の目論見と外れて、群春物産は本気で仕事をとる姿勢になってしまった。
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