ジジと僕の引退試合

くろろ

第1話 約束の記憶

 祖父は高校野球が大好きだった。


 夏の甲子園をテレビで観戦をすることが祖父の唯一の楽しみで、おじいちゃん子だった僕――倉本くらもと航太こうたは、必然的に祖父と一緒に高校野球を観る機会が多かった。幼い頃の観戦場所は、あぐらをかいた祖父の足の上だ。


 だからその日も、祖父のあぐらの上に座ってテレビを見ていた。


 モニターの向こうでは、夏の太陽が照りつける中、自分よりもずっと年上のお兄さんたちが熱い戦いを繰り広げていた。 

 小学校に入る前の僕には、野球のルールは正直よく分かっていなかったけど、金属バットの甲高い音と、それに続く大歓声、そして打ったお兄さんの全力のガッツポーズに、子供ながらすごく興奮したことを覚えている。


 そのとき観た試合は逆転に次ぐ逆転のシーソーゲームで、甲子園のアルプススタンドは、回が進むごとに異様な盛り上がりを見せていた。

 黒っぽいユニホームを着ている高校が力で押してくるとするなら、白のユニホームを着ている高校は技で切り返し、黒の高校になんとか対抗しているようだった。色のイメージから、なんとなく黒の高校が悪役、白の高校がヒーローに見え、戦隊ものの番組が好きだった僕は、当然ながら白の高校を応援していた。


 白のヒーローが九回裏の守りに入った。


 一点リードのままツーアウトまできたのだけれど、その後にバタバタと連続でヒットを打たれ、いつの間にか満塁になっていた。打席には、この試合ですでに二本のホームランを放っている四番打者が入った。その自信に満ちあふれた憎たらしい顔つきは、まさに戦隊もののラスボスのそれだった。


 捕手がタイムを取り、投手の元に走った。マウンドに立つ二人は、口元をグローブで隠しながら何やらコソコソと話している。

 話し終えた瞬間、バッテリーの二人はパッと笑顔を見せた。

 ヒットで同点、長打でサヨナラ負けという絶体絶命の場面。しかも相手はラスボス四番打者。圧倒的不利な状況にも関わらず、二人は笑ったのだ。

 一体何を話していたのだろうと疑問に思ったものの、すぐに試合が再開したので、改めて白のヒーローを応援することにした。


 何とかツーストライクまで追い込んだヒーローだったが、その後はファールで粘られている。ラスボスはだんだんバッティングのタイミングが合ってきているように見えた。最悪な結果が頭をよぎり、胸のドキドキが止まらない。


 マウンド上で、ヒーローが何度も首を横に振っている。

 僕はその姿を、祈るように両手を組んで見つめていた。

 直後、首を縦に振ったヒーローは、両腕を大きく振りかぶり、この試合最高の一球を投げた。


 ラスボスがそのボールをフルスイングする。


 僕は咄嗟に立ち上がった。やられたと思ったのだ。


 ボールは――捕手のグローブの中に収まっていた。

 三振、ゲームセット!


「やった!」と叫んでいた。

 ヒーローがラスボスを倒した瞬間だった。


 ハッピーエンドに満足した気持ちで試合終了のサイレンを聞いていると、頭の後ろから「やれやれ」と声が聞こえた。

「まったく、航太が立つと、グラウンドが見えなくなるわ」

 振り返ると祖父がこちらを見て笑っていた。自分が立ったために、祖父は最後の場面を見逃したことに気づいた僕は、誤魔化ごまかすように「勝った勝った」と言いながら祖父に抱きつく。祖父はそんな僕を優しく抱っこしてくれた。


 勝利校の校歌が流れ、選手や監督のインタビューも終わり、土を集める選手の姿を見送った後、テレビカメラは水撒きしているグラウンドを映していた。


「ジジはあの場所に行ったことあるの?」

 僕は祖父のことをジジと呼んでいた。ジジは少し寂しそうな顔をして答えた。

「ジジな、甲子園には行ったことがないんだよ。一回は生であのグラウンドを見たいと思っていたんだけども、機会がなくてなあ」

「じゃあさ、僕がジジをあの場所に連れて行ってあげるよ」

「えっ、本当かい?」

 驚くジジに、僕は力強くうなづいた。

「野球が上手になれば、甲子園に行けるんでしょ? 野球やりたい!」


 さっき見た白のヒーローの姿に強い憧れを持った僕は、自分もあのグラウンドでボールを投げたいと思うようになっていた。剛速球を武器に、どんな強敵もばったばったと三振に切ってとる投手になりたい。そうなれば、あの場所に立つことができる。今度は僕がヒーローになるんだ。そのようなことをジジにしゃべったような気がする。


「そりゃあ楽しみだなあ」

 幼い孫の頭をなでながら、ジジは嬉しそうに微笑んだ。


――続く

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