Nemesiss:code外伝
@Blast-Azul
シグマ討滅戦 ─謀略の死神─
剣に生きるものにとって、その生涯を通じて最も大切なものは何であろうか。
闘争に生きるものにとって、その命を賭けてでも大切なものは何であろうか。
三ヶ月前、男は突き詰めた強さの果てに、国家すべてへの挑戦を宣言した。
そして今、その男は一人の協力者と共に、天使の領域のすぐ手前で己に挑む者を待つのだった。
「こんにちは、熊さん、ごきげんは─────」
この場にあまりにも不相応な軽薄そうな声と共に、蒼白い雷光を帯びて飛来するナイフ大の三本の杭。
熊と呼ばれた男は振り向き様に苦もなくそれを弾き落とした。
目視すら困難な神速の居合いによって弾かれた杭は、それぞれがあらぬ方向に飛び、洞窟の壁や床へと突き刺さった。
「────いかが?…って言い終わる前に弾くなよ。話にはテンポってもんが────」
「貴様らが我への挑戦者か?」
ニヤついた男の言葉を遮るようにして、熊と呼ばれた男が声を発する。
静かに、しかし相手を品定めするかのような低い声色だった。
「…アンタ、人の話聞かないタイプ?」
ニヤついた男は言葉を遮られたことによる不快の念を、大袈裟に表情に出しながら溜め息をついた。
熊と呼ばれた男───シグマの眼前には三人の若者が立っていた。
相も変わらずニヤついた表情の男と、明るい茶髪を逆立てた目付きの鋭い男、気だるげな表情で煙草を咥えた女。
投擲された電磁杭からして彼らがシグマへの挑戦者であることは明白だった。
しかしそれでもシグマにその問い掛けをさせたのは、そのいずれもがアーマーなどの防具を身に付けない私服姿で、男達は一振りの剣を、女は銃を携えて立っているからであった。
「……今一度問おう。貴様らが我への────」
「挑戦者だよ。さっきの杭投げ程度じゃわかんなかったか?」
何度も言わせるなと言わんばかりに若干の苛立ちを込めつつ、小馬鹿にするようにニヤついた男が答えた。
「あー、けど、後ろのレディは別だ。アイツは俺たちが真っ当に勝負できるように来てもらっただけだ」
付け加えるように言いながら、ニヤついた男はシグマの遥か後方にいる協力者──カリンへと視線をやった。
「はぁ…ったくお兄さんがた抜け目ないねぇ。けどまぁ気にすんなよ。俺も大方そこのお姉ちゃんと役目は同じだ」
カリンはその視線に気付くと、やれやれといわんばかりに大袈裟なジェスチャーをとりつつ、ため息混じりにその視線に応える。
「けど、お兄さん達が卑劣な手を使ったら……わかるね?」
ゾワリとするような殺気。
先程までのカリンのヘラヘラした態度とはうって変わった、歴戦の猛者の眼光がそこにあった。
その眼光をどう受け取ったかニヤついた男はおどけたように、おー怖。と呟くと、後方に控える女に手出し無用の意として銃口を真上に向けておくように指示を出した。
「……よかろう。しかし我を前にしてその軽装…御前試合を見ておらぬ賞金稼ぎ崩れか、それとも単なる愚か者かは知らぬが、挑戦者であるならば容赦はせぬ」
男の侮蔑にも動じず先と変わらない口調で静かに相手を威嚇するシグマに、男はニヤついた表情を納め少し俯くと、小さく「試合を見てない…ねぇ」と呟いた。
刹那、男は先程とは見違える程の殺気の籠った目付きでシグマを睨むが早いか、三本の電磁杭を投げ放った。
不意打ち───。
先の攻撃もそうだが、ひたすらに相手の虚を狙ったかのような卑劣な攻撃に、シグマは少なからず苛立ちを覚えていた。
そんな苛立ちを僅かでも込めたか、抜き手も見えない高速の居合いで瞬時に三本の杭を弾いてみせた。
刀を納めたシグマの見据える先、彼らの表情に先の面影はなかった。
静かに、そして刺すような殺気を放つ三人の挑戦者は愚か者でも、単なる賞金稼ぎでもないことは明白だった。
「試してみろよ!俺たちが愚か者かどうかをな!」
言い放ちながら茶髪の男がゆっくりと得物を抜く。
それは一見するとただのやや大きめの刀。
しかしその刀身には赤銅色に輝く太い金属線が巻き付き、鍔に当たる部分にはなにやら複雑な機械が組み付けられていた。
かたや先程までニヤけていた男も、気付けば音もなく右手に得物を握っていた。
それは黒く鈍い光を放ち、一切の飾りを廃した無骨な合金製の剣だった。
にらみ合いはほんの束の間。
ニヤついていた男が再び電磁杭を連続して投擲する。
頭を、手を、足を、胴を、的確に狙い澄ました蒼い煌めきが、僅かな時間差でシグマに飛来していた。
一太刀では弾ききれないように狙いと時間を分散させた攻撃は、単純な剣士相手であれば確実にダメージを負わせることができるはずだった。
しかし次の瞬間、それらは鈍い金属音と共に弾かれシグマの周囲へと落ちていった。
杭が当たったであろう部分を見れば、そこには銀色に煌めき蠢いている液状の金属があった。
「へぇ…念動力による電気の発生を利用した、磁性液体金属の操作…ってところか」
別段驚くでもなく、ニヤついていた男は冷静に状況を分析すると同時に、もはや無用とばかりに手元に残っていた電磁杭を自分の後ろに放り投げ捨てた。
「それで終わりか?なれば」
今度は自分の番と言わんばかりにシグマは左の人差し指を茶髪の男へと向けた。
雷撃魔法の予備動作である。
その姿は抹殺するものへの死の宣告のようにすら見えた。
一閃、目が眩むような稲光が走り、蒼白い稲妻が茶髪の男に飛んだ。
ズドンという音と同時に茶髪の男の周囲に閃光が迸る。
その光景はまさに落雷の直撃そのもので、刹那の後には一つの感電死体が出来上がるかと思われた。
が、男は立っていた。
珍妙な装飾の刀を正眼に構え、その鋭い目付きをシグマに向けたまま。
今の今まで自分の雷撃を受けて無傷だった者を見なかったシグマが目を見張る。
「そこらの雷程度じゃ俺の"雷切"に食われちまうぜ?」
───雷切。
茶髪の男が言った言葉に僅かな心当たりがあったシグマは思考を巡らせる。
超高電圧を帯びた刀を使う男。
たしか『雷神』の異名を持つイヅナの精兵…。
「そういや自己紹介がまだだったなぁ」
シグマの様子を察したか、ニヤついていた男がわざとらしく大袈裟な仕草でお辞儀をした。
「俺の名はブラスト。後ろのレディはネーベルだ。あとこっちは───」
「一課の雷神とは俺のこと!風神ブラストの唯一無二の相棒!ブリッツ様だぜ!!」
ニヤついていた男───ブラストは白けた目で茶髪の男───ブリッツを一瞥すると、相棒ではないし風神はダサいからマジでやめろと指摘していた。
ブラスト、ブリッツ、ネーベル。
それは孤高に生きてきたシグマでも名前だけは聞いたことがある、イヅナ精密電子の私兵部隊でも名の知れた精兵たちだった。
その時は完全武装で顔も覆われていたのでわからなかったが、ブラストといえば御前試合にも出場していたことをシグマは思い出した。
一対の双剣と双銃、搦め手の投擲武器を扱う器用な戦士だという印象を持っていた。
しかし眼前に立つのは一振りの剣しか持たず、一切のアーマーも、ましてや銃すらも持たない私服姿の男。
これが何を意味しているのか、シグマは未だに測りかねていた。
「なるほど、雷撃は効かぬようだ…。だがその風神と雷神とやらが剣一振りで我に挑むとは、如何なる心境か」
「アンタの居合は見てたぜ。あれじゃ鎧があっても意味がねぇ。だったら避ける方に重きを置こうって寸法さ」
あと風神って言うのは止めろと付け加え、ブラストはニヤリと笑った。
この戦法は理には敵っている。
事実、シグマの居合は鋼鉄など容易く両断できるだけの威力があり、ましてや鎧を着込んだだけの重装兵士などは格好の餌食でしかなかった。
しかし、それは居合だけへの対処でしかない。
「では、これは、どう捌く?」
言うが早いか、みるみるうちにシグマの身体を先程の銀色に煌めく液体が覆っていく。
と、同時にそこから切り離された金属を空中で杭状に変型させ、今にも射出せんとする構えをとった。
堅牢な防御にして強力な攻撃…雷撃と同様に、シグマをシグマ足らしめる『蠢く流体金属』を用いた攻防一体の戦術だった。
「我が放つ杭の速度は、貴様の杭とはわけが違うぞ」
気のせいだろうか。
レールガンの要領で杭を形成する瞬間、一瞬だけブラストがニヤリと笑ったように見えた。
「やれやれ、そりゃあ物騒な杭だな。俺の電磁杭とは殺傷力が違うみたいだ」
諦めとも感嘆ともとれるため息と共にブラストが呟く。
と、同時にブリッツがブラストの前に歩み出ると、正眼の構えを上段へと変え、まっすぐにシグマを見据えた。
「…けど、ハナっから
ブリッツが構え終えるやいなや、ブラストの左腕が蒼く輝き出す。
それが機械義手であるとシグマが気付いた瞬間、今まで弾いてきた電磁杭たちが共鳴するように一斉に放電を起こし、一瞬にしてカリンとネーベル以外の三人を覆う電磁結界を形成していた。
四ノ型 鳳陣。
それは敵味方を問わず、結界内のすべての電子機械を磁気により機能不全に陥らせ、強制的に近接戦闘に持ち込むブラストの搦め手。
挑発に見せかけて度々投げ付けてきていた電磁杭が、すべてこのための布石であったことにシグマは内心舌を巻いた。
しかしシグマの杭はあくまで念動力による電気を用いて放つもののため、電磁結界など何の意味も為さないはずだった。
そんな疑問の答とばかりに、ブリッツが大音声で叫ぶ。
「最大出力でいくぜ!吼えろォ!!雷切ィィィーーー!!!」
頭上に構えた雷切から蒼白い閃光が迸り、バチバチと放電の火花を飛ばしながら本来の姿を露にした。
正しく戦闘体勢となった挑戦者を見、シグマは感嘆の息を吐くと共に僅かに笑みを浮かべた。
「ほぉ…電磁結界内で威力を底上げされた雷切を最大出力で解放し、我との一騎討ちを狙う…なるほど、貴様らが望むはやはり我との死闘か!なればその雷剣にて我が磁気鎧の守り、磁気杭の攻め、共に打ち破れるか見せてみよ!」
これこそが闘争。
互いの死力を尽くした力と力の激突。
久々に心の踊る戦闘が出来る。
──そう思ったシグマに対して、しかしブラストは白けた顔で返答を返した。
「死闘?打ち破ってみせろ?…バカ言えよ。もう終わってんだぜ、その話」
一瞬ブラストの返答の意味が把握できなかったシグマだが次の瞬間、その目にはブラストの言った『意味』が映し出された。
鎧が。
杭が。
シグマの最大の防御にして最強の攻撃である液体金属が、みるみるうちに引き剥がされていくのが見えた。
引き戻そうとしても、その念動力を全く意に介さないかのごとき速さで液体金属はブリッツの雷切へと吸い寄せられていく。
「これは…念動力では…ない…!?」
遂にシグマが持ちうる液体金属の全てが雷切にまとわりつき、放電と共にその刀身の上で蠢いていた。
「9割はもともと予測してたさ。で、残り1割の確証のためにアンタに雷撃を撃たせた」
ネタばらし、とばかりにブラストがぽつりぽつりと話し出した。
「結果はアンタの雷撃はブリッツの雷切に食われた…つまり電流値が足りなかったってことだ」
一瞬だけ雷切を見た後、ブラストはなおも続ける。
「雷使いのアンタなら知ってるよな?電磁石の磁界強度は電流の強さに影響される」
シグマがハッとすると同時に、ブラストは嬉々として声を発する。
「アンタの鎧の原理、逆手に取ってやったのさ。鳳陣と雷切でアンタより強い電磁石を作りゃ、その鎧は引っ剥がせるってな」
すべてがブラストとブリッツの計略だった。
挑発に見せかけた電磁杭の配置も、そこから展開した鳳陣も、磁力によって動きを阻害されないように私服で来たことも、雷切に装飾のような銅線が巻き付いていたことも。
すべてはシグマの鎧を剥ぎ取るための計算だった。
「さらに、導電性の高いアンタのこの液体金属の鎧は優先的に電気を引き付ける……」
意趣返しとでも言わんばかりに、ブラストはシグマを指差して続ける。
「つまり、コイツが避雷針になって、アンタの雷撃も役に立たないってことさ」
「お兄さんたち…ちょっと……」
策によりシグマが不利になったと見たか、今までシグマの後方で様子を見ていた強い殺気を放ちながらカリンが歩み出た。
その様子をブラストは一瞥すると、大袈裟な仕草で両手を広げながら道化じみた返答をする。
「卑怯だ、とでも言いたいか?剣以外の武器を何一つ持たない俺たちが、この男から雷撃と液体金属を奪ったくらいで?アンタ、ずいぶんとこの熊ちゃんを甘やかすんだなぁ」
せせら笑うという表現が最も似つかわしいのか。
しかしブラストの発言には道理があった。
確かに後方に控えるネーベルは銃口を上に向けたまま微動だにせず、さらに三人の周囲には弾丸を防ぐ電磁結界。
加えてブリッツの雷切は液体金属がまとわりついて武器としての役割は果たしていない。
つまりこの状況下でシグマと戦えるのはブラストただ一人ということになる。
それを察したかシグマも無言でカリンを制し、静かに息を吐きながらブラストを見据える。
「貴様、さては目的は───」
「あぁ、お察しの通り、真剣勝負……つまり一人の剣士として、アンタと戦いたかったのさ。強さを追い求めてきた俺の剣が、果たして追い続けてるヤツに届く剣なのかどうかを、さ」
舞台は整った。
そう付け加えると、ブラストは静かに下段の構えを取り、シグマににじり寄らんとした。
「…そうか、これが貴様の望みであったか。この國に、まだかような気骨の士がおろうとはな!」
嬉々として笑みを浮かべ、シグマはその心意気に応えんと刀の柄に手をかける。
「よかろう!闘争に生きしその剣閃、我に届くか否か。この一撃に勝負を賭けん!!」
バチバチと放電の音だけが響く結界内に静寂が訪れる。
瞬きさえ許されない極限の緊迫した空気が両者の間を流れる。
それは一瞬だったか、あるいは数瞬の後か。
地を蹴って動いたのはブラストだった。
結界が消える。
放電の音が止む。
一切の音が止む。
一瞬の間、広い洞窟には、ただ無音の空間があった。
シグマは抜刀のタイミングを図る。
しかし一太刀の勝負に優れるはやはり居合の名手であるシグマ。
たちどころにブラストの踏み込みが甘く、いなした上で己が居合の一撃を叩き込めると見た。
「甘いッ!もらったァ あ?」
ぐらりと。
シグマの視界が、大きく横にブレた。
ブラストの身体を切り裂くべく放ったはずの居合は、その鋼剣を弾いたに過ぎなかった。
とてつもない衝撃がシグマの首を襲い、続いて手を襲った。
何が起きたのかわからなかったシグマだが、地に横倒しになり次第にぼやける視界と手の感覚が無くなっていくことから、ようやく状況を理解した。
「撃…たれ……?」
崩れ落ちたシグマを尻目に、ブラストは弾き飛ばされた鋼剣を拾う。
そしてゆっくりとシグマのほうを振り向いたブラストの顔は、ゾッとするような笑みを浮かべていた。
「テメェェェェーーー!!!」
静寂を切り裂くような激昂した叫びを上げて、カリンが拳鍔を投げる。
謀られた。
すべてがブラストたちの術中だった。
そして謀られたのだと悟った時には、すべてが終わっていた。
投げ付けられた拳鍔を避ける気配もなく、ブラストはそこに倒れ伏したシグマを見下していた。
「……外野が吠えるなよ」
微動だにしないブラストの鼻先数センチのところで、拳鍔は急激にその軌道を変えて、強烈な磁力に吸い込まれるようにブリッツの雷切へと飛んでいった。
まるで眼中にないと言わんばかりに、ブラストはカリンに一瞥もくれずシグマの眼前に屈みこみ、親指で背後を指差しながらポツポツと語り始めた。
「ネーベルにとっちゃあな…ハナから銃口の向きなんか関係ねぇんだよ。射撃精度は言わずもがな、跳弾さえもお手の物。付いた異名が"魔弾の射手"。…鎧を失ったあの瞬間から、ほとんど勝負はついてたのさ」
シグマもまた、すべてが眼前でニヤニヤと笑う男の術中にあったのだと理解した。
最初の杭の投擲から続く全ての行動が、発言が、この一瞬のために組み立てられた謀略だった。
ブラストには最初から斬り合う意思など微塵も無かった。
雷撃を無力化し、液体金属の鎧を剥がし、シグマの高速の居合を一太刀防ぎさえすれば良かったのだ。
銃口を上に向けて手出しをしないと見せかけていたネーベルは、跳弾を完璧に計算した状態で結界が消えるタイミングを見計らっていた。
とはいえ万が一にもシグマに殺意を気取られてしまえば、計略に狂いを生じる可能性がある。
だからこそ、真っ向勝負をするフリをしてシグマの意識をブラストにのみ向けておく必要があった。
「この一撃に勝負を賭ける、だ?冗談キツいぜ。俺たちの御前試合を邪魔したアンタに、そんなもんやる権利なんかねぇんだよ」
ブラストは倒れ伏したシグマを、まるでゴミでも見るような目で見据えながら、一本一本指を立ててその戦闘を評価し始めるのだった。
「一つ、能力を過信しすぎて相手に策があるのを見抜けなかったこと」
「二つ、クソくだらねぇ"死闘"とやらにこだわったせいで、真っ向勝負になると勝手に思い込んだこと」
「三つ、そもそも俺が正々堂々戦うようなタマじゃないことを、"あの試合を見てたのに"気付けなかったこと」
「これがアンタの敗因だ。…苦情なら受け付けるぜ?ま、せめて化けて出るくらいにしといてほしいけどな」
わざわざ立てた三本指をゆらゆらと振ると、立ち上がり背中を向け様に吐き捨てた。
「…アンタは剣に生き、闘争に命を賭けた。だが、最期はそのいずれも発揮することなく惨めに死ぬんだ。せいぜい悔やめ。俺たちの真剣勝負を台無しにした、その罪を、な」
剣も魔法も併せて呑み込み、闘争そのものを嘲笑う謀略の死神の背。
薄れゆく意識の中、シグマが最期に見た光景だった。
「アイツは良いのか?」
怒りに震えるカリンを見ながら、ブリッツはブラストに声をかける。
しかしブラストはカリンを見ることもなくシグマの死体に背を向けて立ち去ろうとしていた。
無防備なブラストの背を目にしながら、しかしカリンは動けなかった。
そのブラストの向かう先、友を射殺した魔弾の射手が、今度は一寸のブレもなく真っ直ぐにカリンの心臓を狙っていたからだった。
「あの
誰にともなくブラストは呟くと、最後までカリンを省みることなく去っていった。
三人が立ち去る姿を、カリンはただ黙って睨み続けていた。
その心に渦巻くのは、何の手助けも出来なかった友への懺悔か。
卑怯な手段で翻弄してきたブラストたちへの憎悪か。
それとも弔いのためと残され、相手にすらされなかった不甲斐なさか。
剣に生きた男は、その剣を振るうことなく死んだ。
闘争に生きた男は、望む闘争を行うことなく死んだ。
かくして男は、謀計に次ぐ謀計に弄され、己が武器としていた魔法も居合もその一切を発揮できないまま死んでいった。
過去に囚われ、戦うことに呑まれ、声高に強者への挑戦を叫んだその末路を、事切れる寸前のシグマがどう思ったのか知る術は、無い。
シグマ討滅戦 ─謀略の死神─ 完
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